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2004.06.16

米国「忠誠の誓い」はいかがわしくまだ続く

 米国の多くの公立学校では、星条旗を掲げて「忠誠の誓い」というのをするのだが、この文言に含まれる「神のもと(Under God)」という表現が、米国憲法の政教分離原則に違反しないかということが話題になっていた。もちろん、選挙がらみもある。これの関連で、14日(米国時間)、米連邦最高裁はひとつの判決を出した。が、話題の中心には触れず、原告の提訴の資格の有無という問題に絞り、原告にその資格がないとした。もともと「俺の娘にこんな誓いをさせるわけにはいかねー」というオヤジの戯言で、親権を分けるオッカサンは「これでいいのよ」という痴話に近い。いずれにせよ、結局、今回は「忠誠の誓い」はそのままということになった。学校行事も変わらない。もちろん問題がこれで解決したわけでもない。
 「忠誠の誓い」というのは、社会現象として見れば、馬鹿馬鹿しさも昨今の日本の日章旗にセットした「君が代」と似たようなものだが、似て非なる点は多い。どちらもしょーもねー愛国心教育のようだが、日本場合はもろに国家に結びつく。が、米国は愛国心には結びつくのは確かだとして、本当に国家に結びつくかよくわからないところがある。というのも、この問題は、以前サンフランシスコ連邦高裁で違憲判決が出ており、今回はそれを覆した形なのだが、米国憲法の原則から考えれば、サンフランシスコ連邦高裁に理があるだろうと、私なども思う。
 問題の「忠誠の誓い」だが、こんなものだ。


I pledge Allegiance to the flag
of the United States of America
and to the Republic for which it stands,
one nation under God, indivisible,
with Liberty and Justice for all.

試訳
私はアメリカ合衆国の旗と、それが表す共和国に忠誠を誓います。このひとつの共和国は神のもとにあり、分断されず、全ての者に自由と正義を伴わせます。


 阿呆臭いのがいかにもお子ちゃま向けというわけで(しかし、それをいうなら君が代はもっと阿呆臭いが)、小学校とかでは毎朝やらされるようだ。このあたりのようすは、たまたまぐぐったら、日本技術者がシリコンバレーで働くのを支援するためのNPO JTPAのサイトの「アメリカの小学校」というページで面白い話があった。

私のいた小学校では、毎朝Pledge of Allegianceをクラス全員で唱和していました。私は当初”indivisible(不可分の、一体の)”というのを”invisible(透明)”だと思い込んでおり、「神様だから目に見えないのかな」と妙に納得してそのまましばらく間違えつづけていたのですが、その後毎朝復唱し、しかもクラス全員を前にして各節をリードする、という月代わりの当番まで担当したため、すっかり記憶に焼き付けられてしまいました。

当時の私にとっては、毎朝繰り返される挨拶代わりのもの、という以上の実感はありませんでしたが、後になって考えてみると、幼い私は、毎朝星条旗に向かい、直立不動の姿勢で胸に手を当ててこれを唱える事により、「連邦」「(キリスト教の)神」「共和制」といった、「人造国家」アメリカをまとめるもろもろの原理への忠誠を誓わされ、同時に「自由と平等を実現した偉大な国家」であるアメリカという国、そしてその象徴たる星条旗に対する誇りを持て、と教え込まれていたことになります。加えて、週に一回(このへん記憶があいまいですが)は「星条旗よ永遠なれ」も歌っていました。


 米国ではそういう風景なわけだ。私自身はこの経験はないが類似の経験があり、ばつのわるい思いをしたことがある。
 「忠誠の誓い」の文言を私は阿呆臭いとけなしたわけだが、よく読むと含蓄はある。というか、この文言は変だ。愛国心だからとして読み過ごしがちだが、なぜこんな唱和を必要とするのかと考えてみると、必要だった時期がある。つまり、愛国心の危機から生まれているに違いないと考えればいい。
 すぐに思いつくのは、米国というのは今でも北部と南部に分かれた国家だということだ。先日「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」を読んで、しみじみ南北戦争の陰惨さに呆れたが、この歴史の傷跡は未だに消し去れるわけでもない。滑稽なのだが、大統領はなんとしても南部から出すぞ、という意気込みがこの季節になると感じられる。実際、歴代米国大統領は牛とかが似合う南部人ばっかり。というわけで、勝った北部が「おれたちゃ一つの国家だよ」というのだろう。"The Pledge of Allegiance"(参照)にはその変遷が書いてある。

I pledge allegiance to my Flag,
and to the Republic for which it stands:
one Nation indivisible,
With Liberty and Justice for all.
(October 11, 1892)

I pledge allegiance to the Flag
of the United States of America,
and to the Republic for which it stands:
one Nation indivisible,
With Liberty and Justice for all.
(June 14, 1924)


 この変遷を見てもわかるが昔は騒ぎのもとにある「under God」はなかった。ワシントンポストは、昨日の記事"Justices Keep 'Under God' in Pledge"(参照)でこの件にこう触れている。

Only three members of the court -- Chief Justice William H. Rehnquist and Justices Sandra Day O'Connor and Clarence Thomas -- commented on the constitutional issue that had made this one of the most intensely watched church-state cases in recent memory.

Each supported some version of the broader claim advanced by the White House and Capitol Hill in friend-of-the-court briefs: that "under God," which was added to the pledge by a federal law adopted 50 years ago yesterday, does not amount to a prohibited religious affirmation.


 いきさつはニューヨークタイムズの記事"8 Justices Block Effort to Pull Phrase in Pledge"(参照)がわかりやすい。

But in voting to overturn that decision, only three of the justices expressed a view on the merits of the case. With each providing a somewhat different analysis, Chief Justice William H. Rehnquist, Justice Sandra Day O'Connor and Justice Clarence Thomas all said the pledge as revised by Congress exactly 50 years ago was constitutional.

The law adding "under God" as an effort to distinguish the United States from "godless Communism" during the height of the cold war took effect on Flag Day - June 14 - 1954.


 要するに、このしょーもない文言は冷戦のために出来たわけで、もとから米国の理念でもなければ、連邦国家に関わることでもない。あえて言うなら、ごく私的な習慣ではないのか。
 あまり触れたくもないが、こいつを作り出したのはJames B. Upham and Francis Bellamyという変なやつらで、これがどのくらい変かというのは、"The Socialist Pledge of Allegiance"(参照)を見ればわかる。これって、ハイ○ヒッ○ラー、まんまじゃん。歴史的にも実は、一つの社会主義的なイメージから来ているのだろう。ナチズムというのも国家社会主義なのだ。
 関連のネタはまだあるのだが、話が長くなったのでやめたい。一つだけ余談だが、朝日新聞系「ソウルの小中高『気を付け』『礼』廃止へ」(参照)がおかしかった。韓国の話である。

学校の授業の始まりと終わりに「チャリョッ!(気を付け)」「キョンネ!(敬礼)」と学級委員や班長の号令に合わせて教壇に黙礼する小中高校伝統のあいさつを来月から廃止する、とソウル市教育庁が9日、明らかにした。

 そんなものさっさと廃止しとけよと思うが、そう言う資格は現代日本人にはない。もっとも、韓国でも、これを廃止すると三歩一礼みたいな前近代が吹き出すのかもしれないのだが。

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コメント

under Godの部分が「最近」加わったことは知っていたのですが、
その背景と、さらには誓いの結構笑える来歴がわかり、非常にタイムリーで役に立ちました。

旗は戦場で敵味方を見分けるために昔から大切だったと思いますが、
第二次世界大戦の国民総動員色のなかで、「銃後」の人たちにもしっかり信奉させるようになっていったのかもしれませんね。とすると、日の丸を大切に、という考え方も、同時代の産物なんでしょうか。

「nationは、歴史家にとっては新しく見えるが、nationalistには古い(つまり歴史があって正統な)ものに見えている」というベネディクト・アンダーソンの解説がまさにあてはまる話だと思いました。

ずいぶん前、まだ冷戦構造が残っていた頃に話題になった「23分間の奇跡」も、忠誠の誓いに疑問を抱かない立場から書かれていたんだな、と納得しました。あの中での教師は、いかにも共産主義者でしたから。

投稿: じゃがりこ | 2004.06.17 10:26

じゃがりこさん、ども。米国の近代史っていうのをなんどもなんども見直すっていう感じのことが多いです。特にレッドパージとスプートニクショック以前の米国っていうのが、なんどわかったような気分になっても、今ひとつ感覚的にわからない部分がありますね。逆にいうと、毎回、ほぉと少しずつわかるというか。

投稿: finalvent | 2004.06.17 18:22

アメリカで暮らし始めて1年になろうとしています。
最近テレビで「なんちゃらかんちゃら and justice for all」って耳にするので
メタリカの...And justice以外にも、一般的な何かあるのかなぁとググッてみたらここに辿り着き、うん、解決です!
アメリカって能天気で、アホくさって思うんですが、時にそれがうらやましく思えたりもして、まぁどうでもいいんですが。
日本の国歌はひどいですね。なんであんなのを国歌にしちゃったのか。無理矢理決めた経緯も気に入らんし。関係ない話題ですみません。。。

投稿: 通りすがり | 2006.03.15 13:08

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