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2004.06.06

天安門事件から15年

 4日夜に香港で行われた天安門事件犠牲者追悼集会は返還後最大規模となった。15周年という区切りを意識してのことか、香港における民主化運動が高まりという意味か。私には後者のように思われるが、それは香港返還記念日の大規模デモで様相がくっきりとしてくるだろう。当然ながら、当の天安門はこの間、戒厳令に近い警備下に置かれ、なにごともなかったようだ。
 日本国内の報道も、香港の追悼集会を報道するに留まった。日本国内ではこの問題の関心は薄い。かく言う私にしても、率直なところ、単純に中国の民主化を支持できるというものでもない。そうでなくても社会インフラがいまにも崩れそうな中国は世界経済の爆弾のようにすら見える。
 天安門事件の解明についても、ほぼ「天安門文書」でケリがついており、また、当時の事件に関わった学生も、この10年間でその存在基盤を失っているかに見える。極端な様相としては、新しい中国の世代が国粋化していくなかで、事件の世代は馬鹿な米国かぶれということにされていく。
 ニューズウィーク日本語版6・9に寄稿された王丹の「天安門事件のたった1つの教訓」も読み応えはなかった。王丹などすでに象徴でしかなく支持している身近な同士はないのかもしれない。それにしても民主化への希求は弱く、むしろ共産党への断罪に執心している。無難すぎる。政治的には奇妙な違和感も感じた。


 89年には多くの人が趙紫陽に望みを託していた。だが天安門事件の直後、彼は共産党総書記の地位を追われた。92年以降は朱鎔基に期待が集まった。そして今、われわれは胡錦涛国家主席と温家宝首相の指導力に期待している。

 ジョークなのだろうか。それとも、これが中国の政治の現実というものだろうか。そうなのかもしれない。胡錦涛はうまく江沢民を出し抜くのかもしれない。
 王丹が当初の期待としていたのは当然ながら趙紫陽だったが、今回の追悼集会関連のニュースでは奇妙なほど、趙紫陽の名前を耳にすることが多かった。香港では未だに趙紫陽への人気が高そうなのだが、率直なところ私には不可解な印象もある。今さら趙紫陽が復権するということはありうるのだろうか。90年代後半あれだけ期待を持たされて、結局つぶれてしまったというのに。
 しかし、ことが中国だけにきな臭い線が捨てきれない。端的に言えば、趙紫陽は実際の権力を裏で掌握している江沢民降ろしのための御旗に過ぎないのではないか、とは思う。それを伺わせるニュースもある。産経系「天安門事件 党内で映像回覧のナゾ 「無関係」江氏アピール?」(参照)をひく。

【北京=野口東秀】中国の民主化運動が武力弾圧された天安門事件(一九八九年)について、中国共産党宣伝部は当時の経緯を映像記録でまとめたCD-ROMを作成した。幹部向けの内部資料として回覧されているが、資料作成の真意をめぐっては、弾圧正当化の公式見解を若手幹部に刷り込むものか、あるいは事件後総書記に抜擢(ばってき)された江沢民中央軍事委主席が事件の再評価に備えて自身の生き残り工作を始めたのかなど、評価が二分されている。

 このニュースはこうコメントを付け加えてもいる。

 事件後、上海市の党委書記から党総書記に抜擢された江沢民氏は、弾圧にはタッチしていないものの、趙紫陽氏の失脚によって政権を委ねられている。事件評価の行方は、江沢民政権の合法性にかかわる問題だけに、弾圧に「無関係」と訴えるだけでは事件再評価への江氏の備えはまだ薄弱とみることができる。

 産経新聞的な勇み足のコメントなのか、あるいはなんらかの裏の感触があるのかわかりづらい。
 この機に天安門事件について新聞のデータベースを当たってみて、当たり前のことのようだが、記事がリアルタイムにDB化しているのに呆れた。歴史がこのように電子化されるものだろうか。ハンガリー騒動が、こうして電子的に検索されたらさも面白いだろうとも、少し思った。
 天安門事件の経緯をDBを通して、今の時点でざっと眺めていくと、すでに天安門文書が出た現在でも、鄧小平という人間はわかりづらいな、という印象を持った。彼が即座の弾圧に及んだのは間違いないのだろうが、趙紫陽を切ったのは、思想の相違というか権力への勘だったのだろうか。あるいは、解放軍との関連でやもうえないという判断だったのか。さらに資料を遡って眺めていくと、天安門事件がなくても趙紫陽は屠られていたようでもある。
 趙紫陽がこの間生き延びてきたのは、中国の歴史を見れば、不思議でもない。口を割らないかぎり、責めることができないというが中国の歴史だ。最初に剣を血で塗った人間がえんがちょ、じゃないが、弱くなる。誰も手出しができない。
 さらにDBを見ていると、鄧小平は最晩年、趙紫陽が復権できるように画策していたという話もある。まったくのガセでもないのだが、そうした脈絡が今でも生きているということがあるのだろうか? 中国という国はわからないものだと思う。

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コメント

天安門事件といえばfinalventさんはご存じだと思いますが、アメリカ製ドキュメンタリー映画「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもDVD発売済)で興味深いことが語られていますね。
http://www.tamaeiga.org/festival/program/7th/films/7-26.html

つまり「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなく、民主化側の学生リーダーもかなりきな臭い動き、端的に言えば意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと言うことです。
(この映像の中で学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)はカメラの前ではっきりと政府による虐殺を起こして人民を目覚めさせると言っています)

政府側、民主勢力側も一筋縄ではいかないところだと言う感じがします。

投稿: エフ | 2004.06.06 17:44

エフさん、ども。「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」は見てないんですよ。DVDが出たとのことで、見られるチャンスが増えそうです。この気にちょっとぐぐってみたら、けっこう中国人たちがこれ見ているんですね。

柴玲はこの件で、非難されましたが、しかたがない面はあるかなという気もします。結局被害の実態は不明ですが学生より巻き添え市民のほうが問題だったように思います。

投稿: finalvent | 2004.06.07 08:02

香港は今度9月に選挙ですか?(よく分かりません。)
あの島はイギリスの世界政策にのっかってこその場所だと思いますし、華僑のシマになってからも世界とつながることで繁栄する場所なのではないでしょうか。中共(わざと言っています)のなかで民主化を主張することになんの意味があるのでしょう。基本法23条成立(=言論統制)は確かに問題ですがそれは枝葉ではないですかね。
台湾も併合されれば没落するでしょう。沖縄も同じというと乱暴ですかね。乱暴ですね(予防線)。

投稿: mori | 2004.06.07 23:02

こちらの方では始めまして。
中共党宣部が六四事件の資料CD-ROMを製作した経緯に関しては、
香港誌『亞州週刊』最新号で詳しく報道されています。
http://www.yzzk.com(※中文。新着記事は有料)
この件に関する日本の報道は、産経新聞も含めて、
大体こちらとロイターの記事の引き写しのように見受けられます。
結論部分をご紹介すると、

「『天安門文書』が六四事件における李鵬と江澤民の責任を暴き、
楊兄弟を免罪する内容だったのに対し、
問題のCD-Rは江澤民を免罪し、楊白冰が鎮圧の責任者であったことを「実証」するもので、
『天安門文書』に対する党宣部の反撃とみなすことができる。
江澤民は自分が六四事件の流血によって権力に到達したことを知っており、
今、権力の核心から退こうとしている彼にとって、「六四」は最大の心配時である。
従って、江澤民は六四事件の解釈権を奪取しなければならない。
六四事件の解釈権の争奪は、北京の最高権力における派閥争いとなる。
表面上の相変わらずの強面の裏では、六四再評価の工作が密かに進行している。
六四事件の再評価と犠牲者の名誉回復を行うことで、
民心、歴史、そして中国改革の主導権を勝ち取るものは果たして誰なのか」

もう一つ、現在なお所在が不明で、失踪したとも軟禁中とも言われる元解放軍医の蒋彦永が、
三月に六四事件の再評価を求めて北京に送った公開書簡の内容と、
問題のCD-Rの内容に類似性がある、という指摘もあります。
蒋彦永書簡は日本語で読むことができます。
http://www.geocities.jp/dangdaizhongguo/ishikengi1.html

それにしても、香港の民主化は日本の国益にも反するものではないと思っていましたが、
日本の大方の反応は北京と同様に冷淡なのですね。
moriさんのご意見など、中南海からも聞こえてきそうに思われます。
香港民主派が保釣運動に積極的に関わってきたという経緯などが引っ掛かっているのでしょうか。

投稿: heung | 2004.06.10 02:05

heungさん、詳細なインフォ、ありがとうございました。中華圏における民主化という問題は、現状世界が中東アラブ・イスラムに関心が向いている現状、どうしても隠れる傾向にあるし、どうも日本の政治やメディアの傾向もありそうだなと思います。ブログがそういう部分をどう補えるかなというのは、彼らの1/100ほどでも課題でありたいと思います。

投稿: finalvent | 2004.06.10 07:50

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