Winny開発者逮捕は時代錯誤
Winny開発者を京都府警が著作権法違反(公衆送信権の侵害)の幇助容疑で逮捕した。また、京都府警かよだ。が、それについては、とりあえず今回は触れない。読売系のニュース「共有ソフト「Winny」開発の東大助手を逮捕」(参照)をひく。
発信源などの特定が困難なファイル共有ソフト「Winny」を開発し、インターネットを通じて映画やゲームソフトを違法コピーするのを容易にしたとして、京都府警ハイテク犯罪対策室は10日、東京都在住の30歳代の東京大助手を著作権法違反(ほう助)の疑いで逮捕した。
このニュースは逮捕前から早々に流れていた。最初にその話を聞いたとき気になったのは、いったい罪状は何?であった。ご覧の通り、答えは、「著作権法違反(公衆送信権の侵害)の幇助容疑」である。で、答えかよ。朝日新聞系のニュース「Winny開発の東大助手を逮捕 著作権法違反幇助容疑」(参照)にはこう補足されている。
高速で通信するブロードバンド化が進むなか、ファイル交換ソフトによる著作権侵害は深刻化している。府警は、助手がWinnyが悪用される危険性を認識していたとして、立件は可能だと判断した。
国際的に著作権侵害をめぐるプログラム開発者の刑事責任についての判断は分かれており、今後、議論を呼びそうだ。
まず私が困惑するのは、前段の著作権法違反についてだ。単純な話、これは民事なので、著作権を侵害された人からの訴えが必要になる。日本では依然ソフトの違法コピーが盛んなようだが、以前、この問題に対してたしか米国系の業界団体が、ちくれば報奨金を出すというキャンペーンをしていた。ちくって実態がわからなくては訴訟にできないからだと私は理解した。つまり、著作権の侵害は親告罪でだから、著作権者からの告訴があって初めて成立する。そのあたりの関係が未だによくわからない。
そして今回ある意味で多少びっくりしたのは、著作権法違反幇助容疑っていう奇っ怪な罪状だ。先の文脈で言えば、一般的に幇助罪はその前提の罪状、この場合は著作権侵害罪が成立していることが前提になる。朝日新聞系の先のニュースではこのあたりを配慮してか、次のような説明が入っている。
府警ハイテク犯罪対策室などの調べでは、助手は02年5月からWinnyをホームページで無料配布し、群馬県高崎市の風俗店従業員(41)=同法違反罪で公判中=らが昨年9月、このソフトを使って米映画「ビューティフル・マインド」などの映画やゲームソフトを送信できるようにし、著作権を侵害するのを手助けした疑いが持たれている。
とりあえず、問題は、「著作権を侵害するのを手助けした疑い」の意図が立証できるかというフェーズに移行していると見ていいのだろう。つまり、「助手がWinnyが悪用される危険性を認識していた」ということだ。
この点、読売系でも朝日新聞系のニュースでも作者の次の発言をひいてさも、その意図があったかのように誘導している。朝日新聞系のニュースをひく。
助手はインターネット上の掲示板「2ちゃんねる」上で「47氏」と呼ばれ、「そろそろ匿名性を実現できるファイル共有ソフトが出てきて現在の著作権に関する概念を変えざるを得なくなるはず。自分でその流れを後押ししてみようってところでしょうか」などと開発意図について説明していた。
これは2チャンネルの発言を拾ってきているように思われるのだが、私が見た範囲では原文が見あたらなかった。もしかすると次の発言をねじ曲げているのだろうか。
89 名前: 47 投稿日: 02/04/11 00:26 ID:TuaSESIN
個人的な意見ですけど、P2P技術が出てきたことで著作権などの
従来の概念が既に崩れはじめている時代に突入しているのだと思います。お上の圧力で規制するというのも一つの手ですが、技術的に可能であれば
誰かがこの壁に穴あけてしまって後ろに戻れなくなるはず。
最終的には崩れるだけで、将来的には今とは別の著作権の概念が
必要になると思います。どうせ戻れないのなら押してしまってもいいかっなって所もありますね。
この発言が対応しているなら、新聞のトーンとはかなり違うことがわかる。
Winnyについては、それがこのような形で社会問題になったからには、社会問題の視点でどのような技術なのかという理解が必要になる。共同系のニュース「Winny」開発者、著作権法違反ほう助で逮捕へ」(参照)を参考にひく。
Winnyはネット上で無料公開されている。特定のサーバーを使わず、暗号化されたファイルが自動的に複数の利用者間でリレーされていく方式のため、ファイルがどこから送受信されているのか特定しづらく、極めて匿名性が高いため、「ソフト違法コピーの温床」とされる。
間違いではないのだが、このような新聞での解説では、47氏によって、あたかも著作権を侵害する独自技術が開発されたかのような印象を受けるのではないだろうか。しかし、Winny自体はそれほど独自技術を持ってできているわけではない。ただ、このあたり、開発過程で2chの応援で独自性が追加されたと見ることもできないこともないのだが、大筋の理論には独創性はない。
もともと、Winnyは同種のWinMXの次世代版として2チャンネルで期待されていた話題の流れで出てきた。この話題を見ながら、たまたま47氏は、技術的な関心から米国で開発されたFreenetをWindowsに移植しようと試みた。しかもその動機は、FreenetのソースがJava(支持者が多いわりには基本的には非効率な言語。非支持者も多い)というプログラミング言語で書かれているから別の言語(C言語)に移植してみようというものだった。しかも、ニュースで騒ぐほど、匿名性にはそれほど関心は置いていなかった。
586 名前: 47 投稿日: 02/04/06 18:13 ID:tI2XpLS7
(略)
そもそもFreenetのアーキテクチャは匿名性ばかり重視して
しまっていて無駄が多いと思うんでFreenetプロトコルには準じない
(Freenetクライアントにはしない)で全部自分でやるって方針です。
だからこそ、匿名性に関する技術は既存の、処理効率の高い暗号技術をとって付けたような形になっている。その意味で、ネットエージェント社(ネットワークセキュリティ専門)が暗号解読をした時点で、Winnyの匿名性など技術的にはなくなっていた。
さらに、こうした開発意図についての発言は、2002年4月の時点だという点も注意を促したい。ざっくばらんな話、高速回線が普及し、社会問題が深刻になったから、過去に遡って、しょっ引いてやれというわけだ。
いずれにせよ、新聞に引用されたかのような、著作権概念への挑戦のようなコメントは、47氏にとっては余談の部類であり、すでにFreenetによって破られているからという時代意識のうえでなされているものだ。
当然ながら、47氏を奇妙な罪状でしょっ引いても、Freenetやそれの類縁の技術が海外から押し寄せてくれば、京都府警の対応は無意味になる。というか、たぶんに今回の逮捕は見せしめだろう。
さて、社会としてこの問題にどう対応したらいいのか。
その糸口は、私は今回の報道を見ながら、もう一点些細だが、奇妙なことに気が付いたこと、にありそうだ。話を原点に戻して、いったい何の著作権侵害かというと、「映画や音楽などのソフトウエア」と3点上がっているものの、群馬県高崎市の風俗店従業員逮捕では、「米映画『ビューティフル・マインド』などの映画やゲームソフト」となって、なぜか音楽は抜けている。
ここで米国の状況を知っていただきたいのだが、米国でもファイル共有ソフトで音楽がばらまかれた。が、このことに対して、音楽業界は訴訟で挑み、広範囲に脅しをかけたが、その反面で、妥当な価格でのダウンロード販売を推進した。つまり、利用者は、訴訟リスクの高いコピーを使うか、妥当な価格のコピーを購入するかが選択できる。これによって、事実上、音楽の著作権問題は解決した。
すると問題は、映像とソフトウエア(ゲーム)だが、映像については、現状の回線速度では、およそ映像といったクオリティのコピーはできない。勇み足な言い方だが、そんなもののコピーは目をつぶってもたいした問題ではない。もともと配布に便利なセルDVDの価格を下げれば問題は解決する。
ソフトウエアはどうするかだが、ゲームは映像性が高ければ、現状では配布にやや難がある。すると、残るは通常ソフトウエアなのだが、これも、現状パッケージ売りがほぼ全滅し、オンライン販売に移行しているのだから、適正価格にすればいいだけのことだ。
つまり、今回のWinny事件は、日本の警察と業界の時代錯誤ということだ。
追記(同日)
朝日新聞系「『著作権法への挑発的態度』が逮捕理由 京都府警」(参照)によると以下のように供述しているとのこと。
金子容疑者はこれまでの調べなどに「現行のデジタルコンテンツのビジネススタイルに疑問を感じていた。警察に著作権法違反を取り締まらせて現体制を維持させているのはおかしい。体制を崩壊させるには、著作権侵害を蔓延(まんえん)させるしかない」と供述。
これが本当なら、確信犯というか、根本的なところで京都府警に逆らう気でいるとみられる。いわば、危険を冒してまでの思想の実践ということだ。そうであるなら、この問題については、さらに深い考察が必要になるだろう。「逮捕するのは時代錯誤だ」、あるいは、「ソフト開発だけなのに逮捕は許せない」といった次元ではなくなくなる。
ざっくりとした印象を言えば、前段は私も同意する。後段の体制崩壊うんぬんについては、単純には同意できない。
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コメント
>今回のWinny事件は、日本の警察と業界の時代錯誤ということだ。
というか、大義名分はどうあれ、これは単なるスケープゴートなんじゃないですか? 京都府警や防衛庁の内部情報がWinnyで流出してた事件もあったわけですし。わざと時代錯誤やってるんでしょ。
ちょっと話はずれますが、文化庁がRIAAの圧力を受けて著作権法改正(海外盤CDの輸入規制を可能にする)を進められているという状況もありますし、著作権法まわり・ネットワーク回りが今後利権漁りに荒らされてゆく可能性が高まっているわけですね。これも時代的には逆行しているけど、現に動いているわけで。
サーバ立てるのに許認可が必要、とかいう状況になったらとてもやっておれませんが・・・。
投稿: hikaru (nankado) | 2004.05.10 13:00
はじめまして。本筋とは関係ありませんが、
> 暗号化に既存アルゴリズムを援用していたからだ。
やや誤解を招く表現だと思いました。暗号の世界では、既存のアルゴリズムの方が安全とされています。アルゴリズムが不明な暗号はたいてい、"Snake Oil"(イカサマ)で脆弱だとされています。 Winnyの場合はどうだったのか知りませんが(既存の脆弱な暗号だったのかしら)。
投稿: iwata | 2004.05.10 14:35
hikaru(nankado)さん、どもです。見せしめはかなり確かでしょう。意図的に時代錯誤をやっているか、ですね。別件を見るとそんな感じはします。あと、ご指摘のように、輸入CD問題など、糞な動向がこのまま進むのか気になります。
iwataさん、ども。ご指摘、重要でした。跡が残る形でdelとしました。
Winnyの場合、ハッシュのスクランブルはクラック済み、ノード情報のエンコードもクラック済みで、残るパケットの暗号化は、RC4(共通鍵暗号方式)です。これは理論的にはクラックはできません。暗号のかけ方が甘くなったようなので、解かれたというふうに理解すべきかもしれません。
投稿: finalvent | 2004.05.10 15:12
Winny制作者が不正利用されることを確信して配布していたとしたら、京都府警の逮捕は有りだと思います。幇助としても立件しやすいと判断したものと思います。
ただ、そこでP2Pが違法のような報道などを見ていると、それじゃ拡大解釈すると電話キャリアやISPも同罪になってしまうことになってしまうので、そんな暴論はないだろうなと思っています。
NTTが爆破予告や誘拐の身代金要求に電話が利用されることを事前に予測していたのにも関わらず、公衆電話を設置していたという事は、犯罪の幇助になるのか…という感じですね。
もちろん、47氏も同様なのですが、思想的な部分で電話キャリアとは違ったものがあって、そこが逮捕される前提となっているのだと思います。
投稿: バカぽん | 2004.05.10 20:54
確信犯的とのことですが、
一つ疑問に思うのは現在の若い人たちのありようです。
彼らははじめから違法利用のP2Pがある環境に慣れ、
対価で交換するという概念さえ希薄になりつつある懸念があります。
現行の著作権ビジネスは素人が聞いても禍々しいですし、
そういったありようがより望ましい方法に変わるなら嬉しいことです。
しかしWINNYの登場はそうした構造に反省を促すのではなく、
むしろ単純に違法行為を違法と思わない、
というより人が汗水たらして作ったものをただで手に入れて当然、
と考える世代を作りかねなかった。
おそらく今回の逮捕には様々な思惑があるんだろうと思います。
先進国間における知的所有権保護の強まりや、
あるいは単なる例の書類流出に対する京都府警の意趣返しかもしれません。
法的にも相当問題な逮捕だと思います。
ですが、警察や政府の思惑より何より、
少なくともこのように、公的にファイル共有の違法利用を積極的に否定していく姿勢は、
とられていくべきではないかと思います。
投稿: d.m. | 2004.05.11 00:07
いや、著作権というレベルで言えば、比較的情報処理などの教育で啓蒙されている若者よりも、年配層の方が軽々しく思っている感じが多いです。ソフトのコピーも当然のごとく考えている人達もいます。そこにCDがあるのに、わざわざ買うことはないだろみたいな…(笑)
京都府警、自衛隊…データを誤って流出されてしまった利用者を見る限りでも社会人利用者が相当数います。もちろん学生利用者も多いのですけれどもね。
ただ、ネットという比較的特殊性のある環境で活発に意見交換するのは若者のほうが圧倒的に多いですから、どうしても若者ばかりが目立ってしまうのだと思いますよ。
大人は傍観しますからね。
なので、若い人達のありようというのは、別に今だけの問題ではなくて、年配者でも同様の状況にあるという事は認識した方がいいかと思います。
投稿: バカぽん | 2004.05.11 02:08
あと、この手の問題だと課金システムが作りにくいってのがありますね。
若い層(ぼくも含めて)は別にお金払うのが嫌なわけじゃないはずです。
ただ、いろいろめんど臭いし...
ぼくはデータ派なので、米国でけっこうスタンダードになってるような少額の課金システム(ダウンロードシステム)が整えば、それで払っていいと思ってますが..
そういうのこしらえない日本の音楽業界が悪いんですよね
(映像も含む)
あと、コアなファンはジャケットで買いますから、どっちにしてもCDは買うはずです
(ちょっといま失念しましたが、CDの売り上げとP2Pシステムの普及って相関がはっきりしない、って感じのデータは出てるはずです)
ジャケのとこでも言ったように、ユーザーの視点から見れば、そういうおまけ的なところに惹かれる部分もあるのだから...
要は企業努力(付加価値&簡易な課金システム)だと思います
投稿: m_um_u | 2004.05.11 04:39
個人的にはCDに着メロぐらいつけて欲しいと思います
投稿: m_um_u | 2004.05.11 04:40
はてなダイアリーにも投稿させていただきました。一応こっちにもトラバ貼っておきます。
企業努力が必要というm_um_uさんの言うとおりですが、日本の音楽流通業界にはそういうインセンティブが欠如しているのが問題の本質なので…詳しいことは私のBlogをどうぞ(汗
でも47氏の件は、確かにこうした問題とはちょっと別次元のようですね。彼の思想そのものの問題のようです。
結果的にP2P技術そのものが公的権力に狙われたわけではないという点で安心したような、複雑な気持ちですが…。
投稿: kawakami18 | 2004.05.11 09:53
47氏が発言したとされる
(a)
>現行のデジタルコンテンツのビジネススタイルに疑問を感じていた。
>警察に著作権法違反を取り締まらせて現体制を維持させているのはおかしい。
>体制を崩壊させるには、著作権侵害を蔓延(まんえん)させるしかない
>
という内容について
>これが本当なら、確信犯
>
とおっしゃってますが、言っている内容は上で参照されてる
(b)
>個人的な意見ですけど、P2P技術が出てきたことで著作権などの
>従来の概念が既に崩れはじめている時代に突入しているのだと思います。
>お上の圧力で規制するというのも一つの手ですが、技術的に可能であれば
>誰かがこの壁に穴あけてしまって後ろに戻れなくなるはず。
>最終的には崩れるだけで、将来的には今とは別の著作権の概念が
>必要になると思います。
>どうせ戻れないのなら押してしまってもいいかっなって所もありますね。
>
とニュアンスが違うだけで同一ですよ。
おそらく47氏の主張は一貫していて、(b)の内容を主張したけど
警察側は(a)のように受け取ったのでしょう。
ネット人と警察の中の人という、聞き手側の立場や認識の相違だと推察します。
投稿: hoge2 | 2004.05.12 00:04