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2004.05.28

幼保一元化は必要だが

 日経新聞社説「縄張り排し幼保一元化目指せ」を読み、しばし考え込んだ。批判があるわけではない、短いスペースながら、基本的な部分はよくまとまっている。だが、私が実社会を見て思うこととはかなりずれがある。
 同社説にはスペースの都合からか、時事的な背景への言及はないが、これは、21日、文部科学省と厚生労働省が共同して開催された、幼稚園と保育所の一元化を目指した新総合施設の検討会議の初会合をうけたものだ。参考として、共同系「幼保一元化で初の合同会議 総合施設検討で文科、厚労」(参照)をひく。


 小泉純一郎首相は「2006年度を待たず実施する」としているが、これまでは幼稚園を所管する文科省と保育所を所管する厚労省が、それぞれの審議会で別々に議論を進めてきた。
 検討会議では、これまでの両部会での議論の概要を報告。今後、月に1回程度会合を開き、7月中に意見を取りまとめる考えだ。両省で意見の隔たりがある保育料の設定などの費用負担の仕組みや、設置主体をどうするかなどが焦点となりそうだ。
 両省は、検討会議で取りまとめた意見を基に、来年の通常国会での「総合施設法案」(仮称)提出を目指す。

 二省がようやく顔を付き合わせ、しかも早急に法案策定に向かうというのだ。問題の背景は、日経社説が詳しい。

 背景にあるのは、三位一体改革の一環で保育所への補助金(運営費)を地方で自由に使える一般財源に振り替える動きだ。すでに今年度は前年度分運営費の4割に当たる1700億円が削減された。縦割り行政による非効率を排し、税源移譲で地域に見合った制度創設を図ることは、深刻化する幼稚園の定員割れや保育所の待機児問題解消のためにも急務といえよう。

 政府側の意識としては、幼保一元化はまず補助金の問題であり、省間の金銭や人事の権限の問題になる。その大義として「幼稚園の定員割れや保育所の待機児問題」がある。表面的な社会問題としては早急の課題ではあるのだが、なにか違うようにも思える。
 私事になるが、私は一昨年秋、8年間の沖縄生活に終止符を打ち、東京に戻った。この間、たまに東京に来ていたとはいえ、生活となると、この激変に慣れるのは1年以上かかった。今でもこの都市には十分に慣れていない。大江戸線には乗ることもできない。様々なものが奇異に見える。その一つが、街中を走る奇妙なデザインの中型バスだ。なんだろうときくと、幼稚園の送り迎えバスである。幼稚園児獲得競争の一環のようだ。呆れたが、呆れる自分がおかしいようだ。あれに乗りたいと児童に思わせることも幼稚園経営なのだ。
 他方、保育所の待機児問題が深刻化していることも知った。就学前児童を抱える親(実際には母親)が職を続けるなり、新規に職を得るには、子供を保育所に預けるしかないのだが、難しい。経済原理として見れば、園児を欲しがっている幼稚園に子供を預ければよさそうだが、そうはいかない。理由は、幼稚園は子供を預けるところではないからだ。下手すれば、自宅におくよりも子供に手がかかる。もっともそんなことでは幼稚園経営もうまくいくわけもないので、延長保育が進められ、実質子供を一日預けられるようにはなってきている。だが、それでも対象は三歳からなので、妊娠・出産を機に職場を離れていた女性にとっては、そこまで待つことは実際にはできない。
 と、いうことはどういうことなのか?これは、もしかすると、勝ち犬の二極化ではないのか。世間では、いまだ負け犬の側に関心が向いているが、負け犬論争などしょせん個人の生き方に捨象される問題に過ぎない。好きな人生を生きればいいでしょう、でケリのつくことだ。これが可能なのはシングルだからであって、子供を持てば人生の選択は単純ではなくなる。
 社会問題はむしろ勝ち犬側にあるのかもしれない。彼女らは、保育所児童の母親か、幼稚園児の母親か、に分かれることになる。これを勝ち負けで言えば、前者が負けで、後者が勝ち、という印象もある。この違いは単純に選択の問題ではなく、その家庭の経済格差が反映しているように見えるからだ。
 幼稚園も経営的に生き延びるためには、この経済的な階層化に対応しなくてはならない。上昇志向の幼稚園にとっては、幼保一元化なんてどこ吹く風になる。むしろ、そこからこぼれた幼稚園が保育所化することが、幼保一元化ということになるのだろう。
 こうした事情をマーケットニーズとして見るなら、まず、富裕階級には幼保一元化は無用だということになる。とすると、政府が、幼保一元化を打ち出すのは、基本的に今後増えつつある貧困層のセイフティネットの意味合いがあるだろう。女性をよりいっそう働かせる基盤の整備とも言えるが、実際に高所得の女性はこうした幼保一元化となった保育所を使うだろうか。
 地方では問題は少し違う側面があるかもしれない。日経の社説では、先行して幼保一元化に取り組んだ構造改革特区37例に言及しているが、この問題は地方においては、低所得層のセイフティネットというより、既存の体制の保護があるように思える。自分が比較的詳しい沖縄の事例で言うなら、沖縄では、基本的に、保育所に対立する幼稚園はなく、保育所を卒業してプレ小学校として同一組織の延長としての幼稚園に入る。組織的には小学校と変わらない。公務員の保護制度というか、行政による雇用創出になっている。これは、あまりに馬鹿馬鹿しいので、「なにか本土人として行政への提言はないか」と問われた機会に、「幼稚園を廃止にして、その運営資金を無認可保育に当てろ」と発言したことがあるが、いきなり危険視された。
 以上は、私の観察に過ぎないが、国政側としては幼保一元化に向かわざるをえないとしても、それでも富裕層側への幼稚園へのニーズは変わるわけもない。繰り返すが、幼保一元化は、低所得層向けの、幼稚園の保育所化を意味するのようになるだろう。それでいいのだろうか。
 もっとも、富裕層など少数なのだから、社会問題としては捨象できるという考えもあるだろうし、幼保一元化は、働きたい女性にとってはメリットになるからいいじゃないかという考えもあるだろう。
 未婚女性が負け犬論争を楽しんでいるうちはいいが、実際に結婚して子供を産むということになれば、幼保一元化の恩恵が、目に見える「負け」を意味するという世界になるのではないか。

追記(同日)
 幼保一元化について、自分の問題感覚と実態がよくわからないので、経験者の女性の意見をきいてみた。そこから得た私の印象なのだが、まず、幼保一元化だが、形態としては、三歳以降では、幼稚園が保育所化するという点ではすでにそうなっているとのこと。やはり、三歳児までの扱いが重要になる。もう一点、待機児童のせいか、保育所が選べないというのも問題のようだ。保育所が現在の幼稚園のように、育児方針などから選択できるといいらしい。なるほど。すると、幼保一元化がどうというより、どういう幼保一元化になるか、ということ(三歳児までの扱いと、選択できるか)が問題なのだろう。

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コメント

これはけっこう意外でした
ぼくが住んでるところの近くの保育園は老人ホームも兼ねているもので..そういうのは経営的問題なんだろうなと思っていましたが、構造としてはむしろ幼稚園よりも保育園のほうが人が入るようになってるんですねぇ..

でも、保育士さんはキツそうですね
http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop/0311/09_01/index.html

ちなみに、ここの保育園はすぐヨコに寺がありまして、以前はここの運営も兼ねていたんですが..(ってか、寺の延長としての保育園だったのかな。。よくわからないけど)


寺をやめて老人ホームも兼営するようになったのが時代の流れだなぁ、と..

(運営理念としては、老人と子供、って感じで良さそうなんですが...実際どんな状態なのかは確かめていません)

投稿: m_um_u | 2004.05.29 06:02

フランスでは職業乳母が働く母親を支えていますね。
日本では現実味は無いのかな?

投稿: anonymous | 2004.05.29 08:07

幼保一元化は制度よりも内容はすでに、双方が歩みよっています。
つまりは保育園(3歳児以降)の幼稚園化・・・文字を教える。
情操教育(音楽・体操・図画工作の類)
幼稚園の保育園化・・・子供預かり時間の延長、兄弟の早期囲い込みによる「お試し入園」制度?

フルタイムではない時間の余裕のある主婦層では、今までも3歳児以降は保育園から幼稚園への転園はよくあること。

フルタイムへの勤務復帰時に収入の差(より低収入のほうが入園しやすい)によって
待機から、認可・公立保育園に入れなくて無認可入園を余儀なくされ競争に勝ったパート母子家庭が3歳から幼稚園に転園するというのも癪に障る現象です。

老人施設との併設も検討されることも多いですが、保育現場では
併設されることは嫌がっていました。
地域の老人会メンバーを保育園に招待して、一緒に「給食」での会食をしたり、子供の「芸」のお披露目をしたりの交流をしますが、
確かに、老人にとっては孫のような子供を近くに見るのはよいようです。
しかし、一部の人にとっては、「子供はうるさい」し、
身内でない老人のボケ具合がわからないだけに、
子供にとっては「老人=オトナ」は危険なんだそうです。

実際、走りまわる低い位置での子供達は足元のおぼつかない
老人には危険です。
知覚の鈍磨した老人による、乳児の扱いは見ていてはらはらします。

ただ、隣接するだけならともかく、他人の集団として
老人と保育・幼稚園児が混在するのは管理が非常に難しいと思いました。

投稿: dona dona | 2004.05.29 11:06

89年から99年まで計10年間二人のこどもを私立認可保育園に通わせましたが、終わり頃はさまざまな面で揺れていました。措置入所(役所の権限で入所先を振り分ける)から保護者が園を選択できるようになるというが、実際は選べるほどないとか、認証型保育園(いわゆる民営化)は人件費削減によってコストダウンが可能なのであり保育の質を落とすとか。エンゼルプランとか言いながら実は財源カットが目的の国と、既得権益を守りたい経営者及び職員と。今はどうなんでしょう。
当時から感じていたのは、保育園問題を「福祉」の管轄とするのはもはや無理なのではないか、ということでした。医者や弁護士や夫婦とも教師といった高所得者も、年収二百万に満たない母子家庭など低所得者も、一律に「保育に欠ける」家庭状況にあるということで福祉の対象となる。この多様性は払う保育料の差だけではカバーしきれないのではないか、と。実際、年収五百万で区切ってそれ以下は措置入所、以上は自由契約扱いといった案もあったようですが、共に生活する子どもの差別化につながると反対の声があった記憶があります。
私はフリーランスの仕事なので9時~5時の保育ではまかなえずよくべビーシッターを利用しましたが、保育園の保育料はなんて安いんだろうとそのたびに実感しました。病気の子をまる1日みてもらうと月の保育料はあっさり飛びます。民間の人件費とはそういうものなのだと痛感しました。ですので、幼保一元化が実現しても、たとえ高所得の女性でもやはりなんとかして子どもを預けようとするだろうと思います。
しかしその一方で、子どもが卒園した保育園で昨年はじめてゼロ歳児クラスが定員割れしたとも聞きます。私の時代では考えられないことです。少子化の進行は想像以上なのかもしれません。東京都下の比較的保育園のたくさんある市の話です。
いずれにしろ、保育園問題を突き詰めると、妻のパート収入の税金免除の上限問題とか、年金の扱いを個人単位にすべきかどうかとか、他の保障制度と密接にからんでる問題のように思うのですが、どうなのでしょうね。

投稿: T | 2004.05.30 06:35

マトコメふうで、失礼。dona donaさん、Tさん、貴重なコメントありがとうございます。問題の所在を考えるうえで、こうした意見が聞けるのはとても嬉しいです。

投稿: finalvent | 2004.05.30 10:46

なるほど、ふむ、ふむ・・・とうなずきながら
一気に読みました。

勝ち組の二極化のくだりは秀逸です(えらそうながら)。

女子大で、階層論の講義を担当することがあるのですが、その際、ご意見を紹介させていただいてもいいでしょうか?

投稿: かも | 2006.02.28 23:53

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