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2004.05.21

中国の近未来にどう向き合うか

 今朝の新聞各紙は、昨日の陳水扁総統二期目の就任式とその演説に触れていた。が、どうでもいいような内容ばかりに思えた。しいていうと、朝日新聞が随分台湾に軟化したかなという印象があるくらいだ。どれも、社説の執筆者は、「ことなかれ」をよしとする話を書くと、現実もそうなると思っているのだろうか。李登輝のように、忍耐を持ちながらでも積極的に事態を切り開いていく決断力こそ、まさに日本精神のように思うのだが、そんなことを現代の日本で言っても始まらない。この間、李登輝が蒋経国との思い出を綴った「見証台湾-蒋経国と私」が出版されたり、また、国民党関連で政党間の統廃合が進むなど台湾の状況の変化があるのだが、そうした事情もすっぱりと社説からは抜け落ちていた。こうした新しい台湾の動向のなかで二期目の陳水扁総統の方向性を問うことは難しいのだろうか。
 どの社説も似たり寄ったりなのだが、陳総統就任演説については、産経「台湾総統2期目 自制的な姿勢を評価する」がくわしい。


 三月の総統選挙で再選された台湾の陳水扁総統が、二期目の就任式に臨んだ。陳総統は就任演説で、二〇〇八年までの任期中に新憲法を制定する意向を改めて示す一方で、中台間の平和と安定のための新しい関係づくりも提唱した。自らの信念と意欲を示しつつ、全体に抑制のきいた、かつバランスの取れた演説だったといえる。

 ポイントはとりあえず新憲法制定である。

 中国側はここ数日、新憲法制定の動きを非難し、「台湾独立のたくらみは粉砕する」(国務院台湾事務弁公室)などとして、武力行使もちらつかせて台湾側を牽制(けんせい)してきたが、陳総統は演説で、国家主権、領土、統一・独立問題などは、新憲法には含めないとの意向を示した。陳総統がここまで自制を示した以上、中国側も聞く耳を持つべきではないか。

 産経社説の展開が暗に示すように、現状では、新憲法制定の内実よりは、それによる国内事情や大陸との摩擦が問題のように見える。極言すれば、大陸側がいくら猫かぶっても、この問題を突きつけることで真相を炙り出す、というか、現実というものに台湾人を直視させることができる。これは総統の勇気のように見える。ちょうど某国とはまったく逆のように。
 と、大陸側を「猫かぶり」としたが、台湾の視点を除けば、まるで猫かぶりというより、なんだか大国風情も身に付いてきたようにも見える。中国はそのまま行けばいいんじゃないかとも思えてくる。
 これについて、16日読売新聞に掲載されたフランシス・フクヤマのエッセイ「中国 老練の微笑外交」が示唆深かった。

 これに対して中国は急速に拡大する自国の経済力が、アジア諸国と世界全体にとって脅威に映りかねないことを痛感しているように見える。そして、通商の相手やライバルからの反発を未然に防ぐため、非常に手の込んだ外交攻勢を展開してきた。

 そして、政治面でも以前のように、なにかと安保理決議を阻む拒否権の連発をやめるようになり、北朝鮮についても保護者としての役割を果たすようになった…というのである。これがフクヤマの言う老練な微笑外交というわけだ。そして、それらは当然歓迎できるとしているのだが、強い懸念も表明している。

だが、中国の新政策は、自国がまだ成長途上で国力が弱い間だけ、近隣諸国や諸大国を安心させておくための一時的な戦術に過ぎないのかもしれない。そこに真の問題がある。

 国際政治に関心を持つ欧米人なら普通そう思うだろう。だが、実際のところは中国はそういう遠謀を持っているわけでもないだろう。現状の中国には国際的な知識人やテクノクラートの層があり、それらは米国と同じように緩い条件下なら最適に行動するが、基本的な中国の政治要因というものは、結局のところ依然内政、つまり、中国内部の政争に依存していると思われる。悪い言い方をすれば、彼らにとって世界とは中国であって、それ以外はない。
 ただ、そんなことなら、たいした話でもない。フクヤマはこの先、そのような中国への懸念に対して、軍事を退け、政治を強調している。実は、ここが一番難しい問題だ。

 米国と日本は、もっと緊密な共同作業を通じて中国に対処する必要がある。ただし、現在の北京からの朝鮮は主として政治的なものであり、中国を的とする軍事同盟の構築ではなく、考え抜かれた政治的対応が求められる。

 わかりやすいようでわかりにくい主張だ。意味不明じゃん、と投げたくもなる。少し深読みをするなら、現状と大局の違いが重要なのだろう。つまり、現状は政治の連携であり、大局には軍事の問題だと。わかりにくいのは、その大局の部分をあまりあからさまに書くことが、政治的な活動の阻害になるからだ。
 もう一つ問題なのは、遠謀がないのは、中国ばかりではなく、米国も日本もそうだということだ。基本的に米国は軍産共同体という経済に南部キリスト教的な倫理観の頭脳がのっかているような、そら恐ろしい慣性が働くし、日本は先の社説もそうだが、言霊主義というか「ことなかれ」のマントラを唱えながら、依然経済は重商主義から脱する気配もない。
 それが現実というものだ。が、政治の動向というのは、しかし、フクヤマが暗黙に想定しているような国家の次元ではないのかもしれない。この先言うと失笑を買うようだが、ブログが国家間の政治に機能し始める時代が来るのだろうと思う。
 余談めくが、韓国が今後、国際世界でどのような位置を占めるような国家になっていくのか、やや悲観的な状況になってきたが、それでも日韓の政治言論的な摩擦は、日本語と韓国語が構造面や用語の面で似ていることから、かなりの部分がテクノロジー的に交流が進むのではないかと思う。ブログを読み合うようにもなるだろう。
 これに対して中国がどうなるかだ。20日付のNorth Korea Zone "Getting around internet blocks"に、中国でタイプパッドがブロックされて読めない人は、ここから打開の手がかりを見つけてくれという話が掲載されていた。あれ?と思ったのは、中国は、まだタイプパッド、つまり、ブログを遮断しているのか。昨年その話は話題になったが、今でもそうなのだろうか。
 実態がわからないし、笑い話のようだが、ブログは、中国の政治の保守化(専制化)への抵抗力とはなるのだろう。問題は、それが日本語と中国語の間でどうなるか、なのだが、理論的にはかなり進むのだろう。それが現実にいつ政治的な意味を持つのかはわからないが。

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コメント

finalventさん、こんばんわ、

「戦争を知るための平和学入門」を先日読了いたしました。ご紹介いただき、ありがとうございました。

この本の中で、特にボールディングのLSG理論に興味を惹かれました。中国、米国、日本のそれぞれの軍事力の「力の喪失勾配曲線」がどの海のあたりで引かれているのか、実は中国のLGS曲線は日本の本土の全部を覆っているのか、この辺の捉え方で、情勢判断で、かなり日本の当面の政策の取り方というのは変ってくるように思いました。

この観点に立てば、在韓米軍、在日米軍の中国に対するプレゼンスによって、このLGSが変ってくるわけですから、少々背中が寒くなります。私はのんきなので、「現代の戦争は割に合わない。経済のほうが価値を生む。」とか、断言してしまいがちですが、中国が内政で行き詰まり、かつ、日本の軍事的な政策がないまま、米軍がぬけおちてしまうようなことがあれば、危機的な状況を日本が迎えるというシナリオは、ありえないとはいえないと感じます。

正直、finalventさんが、ブログうんぬんとおっしゃっていることに、私はかなりの驚きを覚えています。私なりに考えますと、このLGS曲線というのも、単に物理的な軍事力だけを指すのでなく、結局は相手への認知や、相手への評価、政治的なスタンスの問題も含んでいるのは、間違いないと、私は感じております。さらにいえば、同じ本のゼングハースモデルという、抑止力のモデルも、エリート層、庶民層の受け取る情報の格差が減っていくという現代における情報の流通の変化によって、大きく変らざるを得ないのではないかと感じております。

多分、在日米軍も専門のセクションを設けて相当日本の情勢分析、情勢判断をやっているだろうし、中国もそうでしょう。しかし、その情勢判断が、いまの日本の一部のブログのように、ごく普通の市民がかなり正確に行えるようになるとすれば、このゼングハースのモデルはある意味崩壊する、といえます。

もっといえば、この文脈の先へいって、ブログが三国の間の「信頼醸造装置」として、働き得るとすれば、すばらしいことだと思います。ブログが米軍の日本におけるプレゼンスを上回る、今はまだほんとうに絵空事にすぎませんが、そんな日を夢見たいです。

生半な言葉で、長文のコメントをしてしまいました。失礼いたしました。

投稿: ひでき | 2004.05.22 01:31

現在行われているアジアの再編成中に
地固めしたEUが台頭することに
経済的側面での危機感を感じますね…。

日本の『ザイバツ』は凋落していますし、
韓国の動きと合わせ先行き不安です。
私もテクノロジー的草の根交流が意味を
持てれば素晴らしいと思うのですが、
どうも根が悲観論者なのかも知れません(^^;

アメリカの戦略が見えにくいというのが、
一番不安要素ですね。
日・台・韓・北・中を合い争わせる現アジアのシステムが
今後どういう組み合わせでいくのか、予想ができませんね…。

finalventさんの鋭い分析、これからも楽しみにしております。

投稿: kagami | 2004.05.22 04:07

ひできさん、kagamiさん、どもです。もっとわかりやすく、整理して書けばいいのにと自分でも思うのですが、なんとか新しい世界を見たいと精一杯です。

新しい世界がどんなものであるかはわからないけど、見ようしないと見えないことは確かだなと思います。つまり、なにか従来の真理の指針のようなものが通用しなさそうです。もちろん、通用する部分もあります。

と曖昧になってしまいましたが。

投稿: finalvent | 2004.05.22 11:37

finalventさん、おはようございます、

先日、ふとLGS曲線に関して浮かびました。日本は米国のLGS曲線の中に完全に組み込まれているんですね。核の傘の下にいることは両義性があるのですね。そして、日本の政治はやはり米国の暴力装置の延長線上にあるのかなと感じました。

投稿: ひでき | 2004.06.04 10:15

ひできさん、ども。このあたり、自分ではよくわからないところです。LSG曲線は大陸弾道弾による核抑止のための原則の発想だったと思いますが、それが今でも通用するのか、というあたりです。

投稿: finalvent | 2004.06.04 10:32

finalventさんの、特に中国がらみの分析、考察って、いつも考えさせられます。
胡錦濤の記事を探していてこのブログにたどり着いたのがどのくらい前だったのか忘れてしまいましたけど、左右のどちらかに傾きがちな新聞の視点をはるかに凌いでいると思うんですよね。ヒューマニタリアンなのでしょうね。
ところで、EUは中国に武器を売らないでほしいと思う。イギリスが来年までは大丈夫なんて言ってるけど、その後はどうなるんだろう。。

投稿: むぎ | 2005.05.03 02:23

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