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2004.04.03

男の幸せ

 ちとわけあって、「男の幸せ」というのを問われた。ついでなんでブログのネタにする。なお、この話、これ以上のフォローはなしです。ま、そういうこと。

 酒井順子「負け犬の遠吠え」を巡って、女性の幸せについて話題になっていますが、それでは男としての幸せとは、いったいなにが決め手になるとお考えですか?

 結婚っていうことだと、男の場合、その意味は世代で随分違うと思うんですよ。私は昭和32年生まれですが、上の団塊の世代で大学とか行けた中産階級予備軍はフリーセックスとか不埒なことを言っていたし、下の世代になると大学をレジャーランドにして不埒なことをしていたこともあって、って冗談ですが、私の世代くらいまでは、結婚というのはまだ性欲とかに結びついていました。富島健夫の青春小説とかまだ読まれていた時代です、って、そんな作家知らないですよね。女性は性的な憧れであり、それは20代中頃くらいまでは、けっこう幸せというのに大きな比重を持っていたと思います。もっとも、結婚すれば、サザエさんの旦那みたいに性的に滅菌したようなツラして会社に通って、裏で日活ポルノロマンを見るとか奇譚倶楽部で団鬼六を読む…ま、そんなふうに性とは退屈なものになります。ただ、性が退屈なものになるっていうのは、普通の日本人の男の人生においてごく普通なことじゃないかなとは思います。
 それと引き替えに、30代くらいから、社会的な成功っていうのが大きな意味を持つ……かのようですが、そうでもないでしょう。普通の男の大半は少年時代にすでに「僕は負け組」っていうのをしっかり納得しているものです。「どうせ俺なんかさ」っていう感じですね。でも、今の30代とか見ていると、あまりそういう負け意識がないみたいなので、のびのびと育っているのでしょうかね。あるいは、男の負け意識って静かなものですから、現代だけでも見えづらいのかもしれません。少数だけど世の中には「僕は勝ち組」っていうヤツとか勝ち組と勘違いしたヤツもいるし、そういうのが、えてしてメディアとかにも出てくるので声高に見えますが、どうでもいいことです。勝手に勝ってな、っていう感じですね。
 大半の負け組の男は、密かな幸せを追及するようになります。っていうか、たいてい男の人生なんて、そういう密かな些細な幸せを大切にして生きていくものです。それが、ちょといびつになって勝ち組ダンスを踊るのが、いわゆるオタクじゃないかな。メディアとか出しゃばるオタクってなんか、勝とう!ってしているじゃないですか。本当のオタクは俺だぁ!、みたいな。でも、オタクの大半は負け組だし、オタクっていう自意識なんかどうでもいいものです。なんかさ、適当に楽しいな、コレ、みたいな感じですね。それほど、こだわりというほどでもないけど、ちょっとこだわることがあるくらいなものです。たいていの男はそういうのを、それなりに大切にして幸せの種にしていますよ。
 でも、そういう趣味だけで十分ということはなく、男の幸せっていうので大きな意味を持つのは、情けないことかもしれないけど、とても保守的に、家族的な愛情だろうと思います。「うまく通じなけど、奥さんを大切にしてる」とか、「煙たがられるけど子供を大切にする」っていうごく普通の感じですね。もっと言うと、俺みたいな負け男と運命を共にするこの人たちが一番大切だよ、っていう感じです。これがあれば、他はもっと負けてもいいっかぁっていう感じですよ。トイレで座って小便してもいいかぁ、と。でも、そのあたりが、女性の感覚とはずれるのでしょうけど。
 こういう普通の男の幸せの感性っていうのは、案外、昔も今も変わらないかなと思います。江戸末期の国学者でもあり歌人でもある橘曙覧(たちばなのあけみ:1812-1868)に「独楽吟」という一連の歌がありますが、これなんか、そういう男の幸せというものをよく表現しています。どういういきさつか知れないけど、不埒男の元米大統領クリントンも1994年天皇皇后両陛下の訪米のスピーチで、「独楽吟」から一つ引用しています。


たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時

 ここで朝の一服マイルドセブンをぷふぁとする感じでしょうか。でも、私が一番好きなのは、こっちほうです。

たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時

 橘曙覧は赤貧洗うがごとしという生活だったようです。福井の生まれだから、魚のうまいのを知っていてもそうそう子供に食わせることができなかったのでしょう。でも、たまには魚を買って、煮て、子供に食わせると、子供たちが「うめぇ」とか言って骨までしゃぶっていたのでしょうね。このとき、橘曙覧は幸せだったでしょう。男の幸せなんてこんなものです。
 もう一つ、さっきの負けオタクじゃないけど、こういうのもあります。

たのしみはそゞろ読みゆく書の中に我とひとしき人をみし時

 マルクス・アウレリウスとかヒルティとかアランとか、エミ-ル・シオランとか、そぞろ読みつつ、にこりともせず奇妙な至福を感じるっていうのも、男の人生です。
 現代なら、そぞろ読み行くブログの中に、自分と似た思いの人のいることを知る時でもありますね。もちろん、男とは限らないのでしょうけど。

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「生活」カテゴリの記事

コメント

こんばんは~。

・・・それにしても、ガチガチの「保守」ですねえ。小林よしのりとか西部邁とかが泣いて喜びそうな感じ。ところで、家族持てなかった人ってどうなるんすか? 「負け組の中の負け組」ってことかしら・・・。

投稿: milfy | 2004.04.03 22:16

あの~。ちょいと質問。
>ガチガチの「保守」
この話、右的にも左的にも傾いていないと私は感じるんですがどのあたりがガチガチ的なんでしょうか?

>家族持てなかった人
さあ、橘曙覧がでてくる位だからつながりだと西行か鴨長明あたりが例ででてくるんじゃないすか。

投稿: F.Nakajima | 2004.04.03 23:27

>家族持てなかった人
あ、種田山頭火がいたか。

投稿: F.Nakajima | 2004.04.03 23:29

あの~。「保守」だっつってんですが。

投稿: milfy | 2004.04.03 23:43

失礼、質問しなおします。
どのあたりが「保守」なんでしょうか?

投稿: F.Nakajima | 2004.04.03 23:59

小林よしのりとか西部邁などをお読みいただき、ご想像いただければ幸いに存じます。他には福田和也や西尾幹二なども参考になるかと思われます。

投稿: milfy | 2004.04.04 00:10

申し訳ありませんが、それは答えになっていません。
あなたのその答えでは、単なる保守と目される人物の提示にとどまり、あなた自身がなぜこの文章を「保守」だと思ったかについて明示されていません。
生活・ビジネスにかかわらず、人の意見に対して賞賛・批判あるいは感想を述べるときには自らの言葉で理由・根拠を述べるべきだと私は思いますが。

投稿: F.Nakajima | 2004.04.04 00:36

何かのバラエティ番組で、独身熟女の杉田かおると杉本彩が温泉に入りながらの会話で、杉田かおるが「あたし達ってこんな番組に一緒に出てるってことが負け犬同士ってことでしょ?」って言ったら、杉本が「わたしは負け犬じゃないわ!」って答えたのに対して、杉田かおるが「エ~、じゃあ、なに犬?」って言ってた。

投稿: ゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○ | 2004.04.04 00:44

あの~、finalventさんご自身が、「男の幸せっていうので大きな意味を持つのは、情けないことかもしれないけど、とても保守的に、家族的な愛情だろうと思います」と、見事に本文中に書かれておられるのですが・・・。で、私も「家族的な愛情」を重視する姿勢は、正に「保守」であると思っておりますのです、はい。

投稿: milfy | 2004.04.04 01:23

>゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○さん

そのネタ、美しすぎ。このお二人、マジで私の目標です。

投稿: milfy | 2004.04.04 01:54

些細なことには首をすくめておけばいい。

しかし、杉田かおるいいなあ。

投稿: さいもん | 2004.04.04 22:32

> 男の幸せっていうので大きな意味を持つのは、情けないことかもしれないけど、とても保守的に、家族的な愛情だろうと思います。

このような意味での幸せという感覚は、男でも女でも変わらないんじゃないでしょうか。

むしろ、

> 普通の男の大半は少年時代にすでに「僕は負け組」っていうのをしっかり納得しているものです。

こっちが違いますよね。

女性の場合はいろいろな勝ち方がありえる(と今のところ信じられている)ので(結婚→専業主婦など)、だからこそ悩みが深いんだと思います。

ただ、共働きがあたりまえになって女性の側の選択肢がどんどん狭くなっていく現状では、幸せの感覚の男女差はじきに無くなっていくでしょう。

この消えゆく差異をあえて最後に取り上げて見せたところが、酒井さんの本が注目された理由だろうと思います。

投稿: yuno | 2004.04.09 09:10

共働きが出来るってことは、必ずしも女性の選択肢が狭くなっていることにはならないでしょう。

投稿: juice | 2004.04.09 09:29

キモい。

投稿: | 2009.01.06 16:37

finalventさん、こんにちは、

ここのところ、仕事にいらいらしながら過ごし、なんとかゴールデンウィークまで来れたなと、一息ついております。

男ってばかな生き物だなとつくづく思います。依存だの、中毒だの、非難されながら、ひそやかな楽しみに自分を見出すことが幸せなのでしょうね。あるいは、家族から敬遠されていても、ささやかな仕事のプライドをまもったり。

対する女性たちはというと、これはこれでがまんしている。ランチだ、習い事だ、趣味だといってる人は人で、悩んでいるし病んでいるし、ばりばり働いている女性たちもストレス・フルで、背中がぱんぱんにはっている。誠にこの世は住みにくいです。

投稿: ひでき | 2009.05.03 15:23

・・・考えてしまった。「女の幸せ」って何だろう。それは、「ポン酢醤油のある家だ」ぁ~。ポン酢醤油が買えるだけの収入を持つ男と結婚することだぁ。(・・・いくら金持ってても、「醤油と酢を混ぜればいいだろう」という男では、たぶんダメですね~。幸せになれません。)それだったら、自分でポン酢醤油買える、経済力を持った方が、まだまし。そういう事ではないかと。

投稿: ジュリア | 2010.01.09 17:02

人はいつ男になるのか,そっちの方が重要な気が,なんとなく文章を読んでいると,家族を持ってからが,男だと言ってるように感じた。昔なんかは,一人前ってのはそういう感覚だったのかもしれない。

投稿: | 2010.04.06 14:28

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