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2004.04.03

日米地位協定は改定すべきなのだが

 朝日新聞社説「日米合意――協定改定への一歩に」を読みながら、日米地位協定(安全保障条約第六条に基づく施設および区域ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)は改定すべきなのだがとつぶやいて、しばし考えこみ、桜並木でも見るかと散歩に出て、戻る。
 当面の問題としては、米兵の犯罪だともいえる。朝日を引く。


 日本で殺人などの重大な罪を犯した米兵の身柄引き渡しを含む捜査手続きについて、日米両政府が地位協定の運用を改めることでようやく合意した。
 日本側は、容疑者の米兵の取り調べに米軍警察などが派遣する捜査官を同席させることを認めた。一方、米側は、起訴前の容疑者の日本側への引き渡しについて「いかなる犯罪も排除しない」という表現を受け入れた。これまでの殺人と強姦(ごうかん)に加え、強盗や放火などの容疑者の身柄の引き渡しが実現することになる。

 その解釈でいいのか、とも疑問に思うのだが、いずれにせよ、今回の合意は95年の少女レイプ事件の一つの結末でもあった。
 朝日新聞は沖縄の地元紙沖縄タイムスと長年記者交換などをしているせいか、社内に沖縄通の人脈の層が厚い。それだけ沖縄の視点を外さないとも言える。今回でも、沖縄タイムスや琉球新報の社説などを読み、そこから、沖縄の世論がこの合意に満足していないことも把握できている。
 本土はもう忘れてしまったのだろうが、沖縄が行った住民投票(referendum)では、地位協定改定が高く掲げられていた。それが、今、無惨にも踏みにじられたのである。そのことを朝日は書かない。そして、そればかりではないとして、こう言う。

基地から流れ出した燃料や化学物質による汚染。低空飛行による騒音。巨大な基地をかかえていることによる被害や損失をいつまで我慢すればいいのか。

 それも確かに問題だが、まず、問題を絞ってくれ。問題の所在を曖昧にしないで欲しい。まず、地位協定を改定するという世論を本土に盛り上げて欲しい。
 もちろん、朝日も沖縄の現状がわからないわけではない。

 沖縄県は政府に対して、11項目にわたる地位協定の見直しを要請している。米軍の日本駐留に関する基本取り決めである協定そのものを改めない限り、米兵犯罪をめぐる日米の不平等も基地被害も解決しえないという判断からだ。全国の30近い都道府県議会も、協定の抜本的な見直しを求める決議を採択している。
 それに対して、基地問題の改善は協定の改定ではなく運用の改善で、というのが小泉政権の立場だ。確かに、米政府が協定の見直し交渉に応じることは現時点では考えにくい。
 しかし、だからといって日本政府は改定問題からいつまで逃げていられるだろうか。米軍の再編の余波で普天間移設も大揺れである。ブッシュ米政権は、自衛隊のイラク派遣を日米同盟の証しとして称賛する。だが、沖縄の協力がなければこの同盟が十分機能しないことを、日米両政府は忘れていないか。

 引用が煩瑣だが、もう一点引く。微妙な問題が隠されている。

 だが、これで沖縄のかかえる問題が解決に向けて本当に前進したわけではない。事実、沖縄の人々は、この合意に納得していない。

 問題は、正論に見えながら、沖縄を日本から切り離している点だ。「沖縄の協力」と言い、「沖縄の人々」と言う。が、それは違う。それは、「日本の協力」であり「日本の人々」なのだ。
 朝日新聞よ、沖縄を日本から切り離さないで欲しい。沖縄の問題だからとして、この問題に蓋をするなら、小泉政権と何が違うのか。
 そして、もう一つ踏み込んで言えば、沖縄を反米のダシにしないで欲しい。ブッシュ政権など特定の政権など関係ないのだ。まず、日本と米国という国家間の地位協定の改定に言論の全力を傾けて欲しいのだ。
 もちろん、冒頭書いたように、私も逡巡した問題ではある。だが、繰り返すが、「確かに、米政府が協定の見直し交渉に応じることは現時点では考えにくい」という話で終わりにしないで欲しい。
 なぜ、米国が応じないのか、むしろそこに踏み込んでもらいたい。
 残念なことに、米国が応じないのには、それなりの理由がある。日本の制度に欠陥があると彼らは見ているのだ。
 日本では、警察の取り調べに際して、弁護士など第三者の同席を認めていない。これこのとは、米国と限らず、欧米では非人道的なあり方として非難の対象になっている。筋弛緩剤事件でもそうだったが、取り調べは密室で行われ、そこで自白が産出されるのだ。日本のこの非人道的なあり方に、国際人権規約委員会は、被疑者取調べについて、「電気的な方法」により記録されることを強く勧告している。いずれにせよ、米国側としては、非人道的な日本の警察に米国市民を渡すことは不可能だ。そして、その点で米国の言い分は正しい。
 そこで、今回の合意では、実際上、米兵取り調べに際して、第三者の立ち会いを認めることになった。おかしいではないか。日本人の人権は米国様のご意向より低いのか。
 日本がするべきことは、刑事手続き全般の改正であり、それをもとにした日米地位協定の改定であるはずだ。
 その希求は理想論だろうか。

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コメント

はじめまして。いつも読ませていただいてます。

今回書かれた件については知っていましたが、確かにあまりマスコミが取り上げない部分ですね。それをうまくまとめておられるので、とても素晴らしいと思いました。

これからも良質な記事を楽しみにしております。

投稿: kawata | 2004.04.03 22:24

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