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2004.04.19

イラク邦人人質事件後の雑感

 邦人人質は5名になるが、私が関心を持つのは先の三名のほうだ。この事件では、事件そのものより、いくら被害者とはいえここまで非常識な日本人がいるのか、というのと、いや世論はそこまで非常識を許してなかったよ、ということが目立ったように思えた。
 奇妙な自衛隊撤退論は浮いた形になったが、本当に自衛隊撤退を訴えるなら、むしろ今からだろう。だが、主張はこの事件のもたらした空気でなんとなく鈍いものになったように感じられる。その他、この事件は、率直なところ、もういいやという気持ちにもなるが、これまでここで書いてきたことのひとつの区切りとして簡単に触れておきたい。
 まず、ちょっと物騒な話ではあるが、私はこの事件は心証としては狂言だろうと書いた。一部狂言説は否定されたという意見もあるが、この点について、私は依然腑に落ちていない。未だこの事件は狂言なのではないかと疑っている。産経系の報道「人質にナイフの脅迫映像は演出 政府分析、早期に認識」(参照)では、今回の人質映像の一部は人質が合意の上の演出であったとしている。


人質3人は政府関係者の事情聴取に、銃やナイフで脅されるシーンについては武装グループに事前に説明されたうえでおびえたような動作をするように強要されたことを大筋で認め、「食事は十分与えられ、待遇はよかった」などと説明したという。

 これが本当なら、やっぱり狂言じゃないかと思ってそう不自然でもない。が、これだけでは事件の構図全体が狂言とまでは言えないだろう。この報道に対して、若王子さん事件のときも犯人側に説得されたような映像はあったじゃないかという反論を見かけたが、話の筋はまるで違う。今回の事件で、本当におびえたような動作をさせたいならテロリスト側が本気でやればいいのだから。
 狂言説はさておき、この産経系の報道が確かなら、政府側は当初から人命への危機感はそう強くはないと見ていたと言えるだろう。そう考えるほうが合理的であるようには思われる。
 この事件全体が狂言という構図だったかを知るには、なにより人質三名からの状況報告を聞きたいところだが、「PTSD」という理由で、その道は閉ざされることになった。もっとも、これは端的にふざけた話だ。と、きつく言うのは、精神医学を冗談にしてもらっては困るからだ。
 国際的にPTSDの診断は、米国精神医学会が発行している"Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders"を元に行われる。この4版を略して、通称、DSM-IVという。PTSD("Posttraumatic Stress Disorder")の診断に必要とされる期間についてはこうある(参照)。

E. Duration of the disturbance (symptoms in Criteria B, C, and D) is more than 1 month.
F. The disturbance causes clinically significant distress or impairment in social, occupational, or other important areas of functioning.
Specify if:
Acute: if duration of symptoms is less than 3 months
Chronic: if duration of symptoms is 3 months or more

 各種の症状が1か月続かないとPTSD診断はできない。人質家族も精神医学を冗談にするようなことを言うものだ、また、メディアもよくこんな話を注釈なしで垂れ流すものだと思ったが、その後の報道では注釈的な説明が入り、PTSDというタームは消えてきているようだ。
 正直なところ、私の心証にすぎないが、「自衛隊撤退、小泉に会わせろ」といった昔懐かしい稚拙な主張より、この点のほうが悪質な感じがする。確かに人質のかたには心理的な動揺はあるのかもしれないし、帰国後すぐの記者会見はなくてもいいのかもしれないが、もう少しまともな釈明があってしかるべきではないか。開口一番、「PTSDなので語れません」ではないだろう、と思う。
 少し行きすぎの憶測かもしれないのだが、今回の事件の経緯で、気になるのは、人質家族の態度の急変、解放後の人質のかたの態度の急変という、奇妙なカタストロフ点があるように見えることだ。一応常識的な判断では、政府の尽力や国民感情を知って反省したということだが、私は率直なところ、なにか重要な情報のエフェクトではないかという気がしている。今回帰国の飛行機内の状況といい、即弁護士が付くという対応も疑問を抱かせるに足ると思う。もし、ことの真相が狂言であるなら、今後、解放された人質のかたの行動には警察のマークが付くだろうと思われるので、我ながら品がないが、そのあたりの情報はなんとなくだが注視したいなと思う。くどいが、狂言説をここであらためて主張したいという意図ではまるでない。
 事件の構図がどうなっているのかわからないが、私の予想が外れたというか、スンニ側の立ち回りが上を行ったなと思う点はあった。「イラク人質事件の政治面は日本政府の勝ち」(参照)より。

現状の停戦を見ると、これは、豊臣秀吉城攻めかなという感じはする。せめて水を止めるという愚行はしないで欲しい。私の推測では夜間しらみつぶしかなという感じもする。で、この文脈でチェイニーの協力というのが実際上の意味を持つわけだ。つまり、小泉が期待しているのは、ファルージャ掃討戦で、焼殺犯と一緒に人質めっけてくださいね、と。そしてこれが成功すれば、日本国雪崩打って、米軍ありがとうになる。
 おい、そんなストーリーでいいのかよと私は思う。

 このストーリーは回避された。この補足をする前に、少し関連するのだが、今回朝日新聞系のニュースで、停戦は日本が米国に懇願したからだという憶測が流れた。ざっと見た感じでは、朝日系から出ているので、これは、朝日の思惑に関連しているのだろうなという印象を持った。私の考えでは、これだけ世界が注目しているところで派手な掃討戦は、通常の指揮系では無理だ。暴発がなければ、停戦はだららだ続くだろう(すでに女子供の大半は避難しているようでもある)。
 とすれば、このだらだらの時間をテロリスト側がどう見切るかだ。怯えたまま人質を盾にするか、あるいは、上のようなストーリーになる前に日本に恩を売るか。で、ここは、テロリスト側というかファルージャの自治側、といっていいだろう、がうまく立ち回った。うまいものだと思う。これで、日本に恩を売るかたちになった。米側がこれをどう見ているか気になるが、一応の是認はあるのだろう。
 今回の事件の圏外の話ともいえるのだが、「自己責任」「自作自演」という言葉も気になってしかたなかった。というのは、無意識にこのブログでもうっかり使っているのかもしれないのだが、一応意識の上では、この二語は私の言葉ではない。私はこんな言葉を使わない。こんな言葉は日本語にはない、とまでは言わないが、なかったとは言えると思う。使わないのは、まるで語感の響きがないからだ。語義的に意味がわからないわけではないが、その言葉が自分の身心に響かないという点で、意味がわからないに等しい。
 私の言葉は「覚悟」だ。危険な地域に行く人道支援のかたやジャーナリストには覚悟が必要だ、消防士や教師も覚悟を必要とする仕事だ。だから尊い。と、それ以上になにを言うべきなのかわからない。覚悟がなければ自由はない。この間、パウエルが人質のかたのありかたを賞賛するようなコメントを出したとして話題になったが、覚悟なければ自由はないという当たり前の感性の表現を出ていないと私は思った。
 危険な地域なのだから国が渡航を禁止せよという意見は我々の自由を奪う。論外だと思う。また、国はいかなる状況でも国民の生命を守る義務があるのも当然のことだ。むしろ、通常は、今回の事件のように外務省は動かない。なにげなく行方不明になって終わりだ。テロリストや犯人からの要求があっても、それが正式な情報であるかなど通常はわからないから、もみ消されて終わりだ。また、そんな危険な地域ならなぜ自衛隊が派兵されるのかという屁理屈も聞いた。戦闘地域と危険な地域は全然話が違う。多事争論というのはこういうことを言うのか。
 「自作自演」も私の言葉ではない。人質のかたが筋書きを書いたという含みなら、その可能性はむしろ低いのではないか。今回の事件への疑念は、狂言という言葉で足りるし、そのほうが正確だと思う。聖職者協会のクバイシは、今回のテロリストを含むグループの政治部門であり、テロリストは警察・軍事部門であるように私は疑う。だから、ことの真相は狂言ではないかと疑う。狂言という言葉をそう私は使う。
 と、あたかも自分の言葉の感覚が正しいかのような偉そうな書きぶりになったが、それほど自分の感性が正しいのだと言いたいわけではない。私は、新しい世界を古い言葉でしか捕らえられないと思っているだけだ。新しい言葉が私の頭には入ってこない、のでもある。その意味で、人質家族があたかもプロ市民のような勘違いをした古い思考法と、実は私も五十歩百歩かもしれない。

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コメント

疑問です。

今回の事件ってなんでみんな感情的なんですかね?
マスコミ各位はいつもの事なんでどうでもいいですがNet上で
こんなに感情的に「自作自演」が叫ばれるとは思ってもみませんでした。

どっちにしろ1,2ヵ月後くらいに裏付けの取れた真相が明かされてから断罪すればいい話
(または真相が明かされない事を問題にするべき)

今は冷静に分析するフェーズだと思うのですが・・・

というかこれほど大きく問題にするべき話かも疑問
自衛隊の派遣も軍事的な意味は極小で政府が既成事実を
積み重ねたいだけだろうし・・・

投稿: TK | 2004.04.19 16:36

DSM-IVというのは、それ自体ひとつの冗談みたいなものなので、家族や本人がそのクライテリアをデタラメに使ったからといって、そう非難されるものではないと思いますよ。そもそも、はじめにその言葉を使ったのは向こうの医者でしょ。

PTSDではない、ASDだなんていっても、実質何言ってるわけでもないわけで。「心労で参っているから、そっとしておいてやれ」というのを、似非学術的な「新しい言葉」で言っただけのこと。

投稿: noel | 2004.04.19 21:42

noelさん、こんにちは。「DSM-IVというのは、それ自体ひとつの冗談みたいなものなので…」というのは、知ってますっていうか、わからないでもありません。DMS-III時点でけっこう日本では受け入れにくいものがあったのでは。ま、しかし、それを言い出すと精神医学事体がフィクションになりかねないし、それはそれなりの社会意義もあります。それと、今回の「PTSD」の出し方が真似されるのも困るなという思いもありました。「心労で参っているから、そっとしておいてやれ」と言うべきだったと言う点には賛成します。

投稿: finalvent | 2004.04.19 22:30

>>私の言葉は「覚悟」だ。危険な地域に行く人道支援のかたやジャーナリストには覚悟が必要だ、

全くその通りだ。で、私は彼ら3人はその「覚悟」を持っていた、と理解している。だからこそ「また行く」という発言が出てきたのだろう。
「覚悟」を持っていなかったのは、彼らの親兄弟であり、多くの日本国民であり、そしてそれを代表するメディアだった。巷に出ている言説の多くは、要するに家族が身内に対してあれこれ言う内容を出ていない。
例えば、ボランティアがそれがどの程度の規模のものであれある組織を代表して現地に行っているのであれば、その組織のバックアップ体制がどのようなものであったのか、あるいは全くそのような体制が作られていなかったのか、そういった検証はどこかでなされているのだろうか?(メディアが報道すべきなのはそういった点ではないのか)
しかし、彼ら3人はその「覚悟」の表明を、おそらくは許されないだろう(すでに隔離されてしまった)。そうだとすれば、もしかすると彼らは、現地で殺されてしまった方が幸せだったのではないか、とすら私は思う。

投稿: niconico | 2004.04.19 22:34

niconicoさま>
「覚悟」はあったかも知れないとして、その上でもう一つ踏み込んだ表現として「戦略」という言葉を、essa@圏外からのひとことさまが使ってますね。
http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20040409
自分は「覚悟はあったろう、でも『戦略』はというと、多分なかったのかな」くらいに思われます。要するに、情報を集めた上であの時期に「行く」という判断を出来てしまったことはやはり、あの3人がイラクで計画してた活動内容から判断してもいささか無理のあるものだったんじゃないのかと。

投稿: 電化。 | 2004.04.19 23:53

人道支援のボランティア?覚悟?
自由法曹団のガード付きでご帰国ですけど。
10名もの、何のためかは知らないがもう弁護団ができているとか。

単なる参院選狙いの某政党(末端の跳ねっかえり?))の宣伝作戦(狂言w)の失敗だとしたら、救出費用20億円の負担請求が俄然正面に出てくるだろうし、思ってもみなかった「犯罪成立」も示唆されて、体調不良起こしたとしても不思議ではないでしょうね。

しかし、映像は難しいですね。カットされた脅迫画面見て考え変えた一般人いれば、演技を見抜くプロがいる。「打合せ」と書いてありましたけど、あの記事出た時点で捜査開始が公になってると思いますね。

もう今や冷静に捜査の行方を見守る時でしょうが、最初にカッカ来て世論沸騰したから、政府も毅然とした態度表明に素早く踏み切れたという面が大きいとは思いますがね。

投稿: shibu | 2004.04.20 00:53

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