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2004.03.27

領有権=財産権、施政権=信託

 昨日書いた「尖閣諸島、領土と施政権」の続きのような話。識者がどこかにいるのだろうと思うが、わからない。しかたない、自分の頭で考えよう。愚考である。
 尖閣諸島問題について、国内には外務省の公式見解を含め、各種の議論がある。が、それはほとんど領土問題を扱っている。つまり、領有権がどこにあるかを議論している。また、中国や台湾もつねに領土問題として扱っている。だが、米国はこの問題を一度として領土問題としては扱っていない。あくまで施政権の問題だとしている。
 米国の立場は、この点では、日本を叩きつぶした連合国、つまり、国連の立場と同じだと見ていい。だから、国際世界としては、暗黙裡にこの問題を施政権の問題だとしているわけだ。なのに、日本で、この問題をきちんと施政権の問題として議論しているのを私は知らない。なぜなのだろうか。私が無知というだけなら、それでもいい。だが、日本人は、施政権という考えをまるで理解していない、できない、ということなのではないだろうか。
 「施政権」という言葉の歴史をざっと探ってみたのだが、はっきりとしない。基本的に西洋世界の概念だとは言えそうだ。中世の用例がよくわからない。近世になると、植民地との関係でよく出てくる。現代的な意味での「施政権」の考えは植民地などと関連していると言ってもいいのだろう。
 現代では「施政権」は「信託統治」との関連で使われている。言語学的な考えでもあるのだが、この現代の用法から、逆に「施政権」を炙り出してみたい。
 「施政権」は英語では、昨日触れたように、"administrative right"、あるいは"administrative power"となるのだろうか。英語でこのあたりの法学を読んでいないので、私はよくわからないと言えばよくわからない。少し先回りするが、この用語は法学というより、経済学に近いのかもしれない。ので、そちらである程度規定されているのかもしれない。
 いずれにせよ、「施政」とヘンテコな訳語が付いている言葉の原義は、administrationではあるのだろう。
 OEDの系統を色濃く残す、私の愛用のPOD6thでは、administratorが項目となり、一義をmanageとしているのだが、おおっ!POD6thはすげーなと感動したのだが、その対象は、こうある。"affairs, person's estate etc"。うわ、いきなりファイナル・アンサーだな。それ以外にも、"formally give out (sacrament, Justice)"ともある。administrationでは、administering (esp. of public affairs)だ。OEDって神!だな。
 が、話の都合でちょっと語源を覗くと、F,f,L (MINISTER)だ。で、話を端折ると、つまり、原義はservantだとはいうが、管財人の語感があるようだ。
 っていうか、あ、わかったぞ、それで、Prime Ministerが出てくるわけか。OEDの歴史原則ってものすごいな。もうちょっと近世よりにすると、ministerは非国教会派と長老派聖職者を指すわけだが、おそらくこちらのほうが聖公会より古い雰囲気を持っているだろうから、教区の管財のニュアンスがあるのだろう。そして、米語のsecretaryはministerの言い換えなわけか。なるほど、今頃納得したぞ。って、読んでるみなさんにはわからなかいかも、ごめんな。
 いずれにせよ、昨日、administrationに「行政」の意味があるとし、追記で、やべ、三権分立が原則化した現代だと信託統治における「行政」だけではねーぞと補足したが、「行政」の概念は、より現代的なものだ。
 話が錯綜して見えるかもしれないので、まとめると、現代語の「施政権」は主に信託統治に対応する言葉だが、その際の「施政」="administration"には、すでに、manage estate、つまり、「管財」の原義が含まれているのだ。そして、「信託統治」="trusteeship"であるように、これは、Trust(信託)の概念でもあるのだ。識者にはなんと当たり前のこと言っていると聞こえるだろうか。
 つまりだ、施政権というのは信託の概念であり、それに対応する領土はestateつまり、「財」なのだ。だから、施政権=信託、領有権=財、という関係なのだ。
 そんな当たり前と言われるかもしれないし、当たり前なのだが、これは、「富」と「資本」の関係にもなっているのだよ。「富」は古い英語で言えば、wealthの概念だが、現代の英語では、financial resourcesに近いだろう。そして、これは、財産権によって「所有」の権利でもある。このあたり、当たり前のようだが、日本では財産権が実質的に確立しているのだろうか?
 で、「富」が「資本」に転換されるのは、広義の信託=trustによって、運用(経営)が任されるからだ。昨今、ネットで「資本主義というのは気持ち悪いものだ」みたいな議論があるが、若造、こういう関係を理解しておるのかぁ?
 現代日本の場合、国富はあるし、それを金額的に換算することもできるが、資本としては転換されていない。そうできないシステムになっている。そこが、日本が資本主義国か疑問な点でもある。が、その話は別として話を戻す。
 領土は財であるから、領有権は財産権に相当する。そして施政権は信託に当たる。で、なんでこんな、日本人や中国人、韓国人なんかに理解できそうにもないヘンテコな発想が西洋に生まれたのか?
 日本の史学者が誤解しまくっている封建制度に根がありそうだが、というのは、この概念は日本史学にはユニバーサリズムとしてのマルクス主義から入ったため、日本史にも適用させようとして元の概念が壊れてしまっている。無視しよう、日本史学なぞ。
 が、推測するに、この考え方の原則は、西洋における封土と領土に関係がありそうだ。もしかすると、領土とは王に関連する概念で、封土は信託(トラスト)に近いのではないか。
 西洋の封建時代と言っていいのかわからないが、この時代は、領民と領有域が基本的にキング的な王の財になっていた。だから、結婚とかで財産分与すると、これが、まるでピースの欠けたジグソーパズルのような状態になる。西洋の地図を見て、変なパッチワークになるのはそうことだ。
 当然ながら、これを国家として見ると、国家に所属する領土のような、まるで鉄柵や壁で囲むような領土の概念ができない。
 話は逆で、むしろ、領土概念ができるのは、このようなキング的な王の財の制度が崩壊してからのことだ。それは、ある意味で、王を倒して、王の代替としての国民の主権を確立し、王から没収した財をその主権に帰属させたからだ。だから、米国など、西洋の発想では、領土が主権との関係で議論されるのだ。
 昨日、こうした関係を考えていて、はっと気が付いたのだが、極東ブログ「試訳憲法前文、ただし直訳風」(参照)で、日本国憲法を直訳したとき、奇妙なひっかかりがあったのだが、これもこのスキーマに関係したのだ!


【第2文】
Government is a sacred trust of the people,
 政府は国民による神聖な委託物(信用貸し付け)である。
the authority for which is derived from the people,
 その(政府の)権威は国民に由来する。
the powers of which are exercised by the representatives of the people,
 その権力は国民の代表によって行使される、
and the benefits of which are enjoyed by the people.
 だから、それで得られた利益は国民が喜んで受け取るものなのだ。

 考えながら、この文章を睨んで、うぁと私はうめき声を出してしまったよ。これは、まさに今日のめんどくさいスキーマ通りなのだ。
 つまり、元来、領民と領土は王のものであったが、市民革命によって、領民と領土は国民の主権に収奪された。しかし、国民=主権というのは、概念的なものなので、実際に国家の経営は、信託としてつまり施政権として、政府に貸与されているのだ。authorityというのは財産権なのだな。
 くどいが、日本国において、政府とは日本人=主権が信託したものなのだ。
 でだ、先に富と資本の関係に触れたが、領土と領民という資本を任された政府はその活動による利潤を、オーナーである主権者日本人に返せ、というのわけだ。
 この文章は、そーゆーことを言っていたのだ。そんな解釈は電波か? いや、これが正当な解釈ではないのか。そんなこと当たり前? 
 つまり、そのように信託された政府の「管財代表」だから、Prime Ministerなんだよ。
 小泉、テメーはわれわれの番頭さんなんだよ。きちんと経営して国民に利潤を返せよ! っていうか、おそらく封建制度における「税」という概念は、この財と管財の分離から派生したものだろう。
 書いていて、溜息が出る。西洋ってすげーなである。日本国憲法って偉大だなと思う。そして、私はまた断固憲法改定反対論者になろう。もちろん、米国憲法のように、修正項はあってもいいし、追加もされるべきだが。
 同じ論理が憲法前文末にも徹底されている。

【第9文】
We, the Japanese people, pledge our national honor
 私たち日本人は以下のことに国家の威信を掛ける
to accomplish these high ideals and purposes
 そのことは、このような高い理想と目的だ、
with all our resources.
 そのために私たちの全財産と制度を担保としてもよい。

 これって、ヘンテコな英語で書いてあるが、ようするに、日本国という財(all our resources)を資本として政府に運営する際の、経営方針なのだ。日本というのは、高い理想のために運営されるNPOみたいなものなのだ。で、それは、ちょうど資本主義における資本の投資(馬から落馬した見たいな表現だが)によって、「しまった、すってんてんになっちまったぜ」というのを日本人は覚悟しているということなのだ。
 また、言う。日本国憲法って偉大だなと思う。本気で泣けてくるぞ。
 それにしても、どうしてこんな奇っ怪な考えが西洋に出てきたのか。先に触れたように、「税」(=利潤)が関連しているとは思うのだが、この考えのスキーマは、聖書にもある。タレントの語源タラントが、神の信託であり人はその才能(タレント)を運営して神が喜ぶことをなせ、というスキーマだ。が、聖書のこの発想は、当時のヘレニズム世界の世界観でもあったのだろう。おそらく、ヘレニズム=アレキサンダーによる世界統治、がこの考えを人類に産み出し、ローマに引き継がれ、西洋に渡り、より洗練されて、日本人が引き継いだのだろう。

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コメント

こんにちは。土地の私有という概念の変化と絡めて
考えると面白いかもしれませんね。
江戸時代の権力者は収税権を持っていたが、土地の
私有はしていなかったのですよね。
(土地を私有するという概念はなかった?)

投稿: deji | 2004.03.27 11:08

dejiさん、こんにちは。今回は、日本史関係はあえて外したのですが、江戸時代の土地の権利などどうなっているか気になりますね。もちろん、定説はあるのでしょうが、「所有」という概念だったのか。私自身は、平安期からの荘園と相続に関心があります(その解体を含めて)。このあたり、もちろん個別には研究されているわけでしょうから、勉強しなおしてみたい感じです。

投稿: finalvent | 2004.03.27 12:07

すみません。その信託理論なりを読み出したfinalventさんが偉いというか、確か金森徳次郎って憲法担当大臣は商法の先生だったような記憶ですし「自分は信託法勉強したからここいらすぐ理解できた」みたいな感想書いてあったように思います。

つまり、そこいらの考えの蓄積あった英国のコモンロー伝統が凄いし理論化した法学者達が偉いんであって、その資料をジープに乗って焼け野原の東京中かき集めた22歳のタイピストベアテシロタとか、それを一週間で切り貼りした20代から40代の左がかった娑婆では弁護士かも知れないが軍人らが、そういうことを理解して起草したとは、とても言えないのではないでしょうか?

財としての領有にあたる言葉が「うしはく」で、統治権にあたる言葉が「しらす」だとか、ウィーンのシュタインに学んだ井上毅が草案作成に当って古典を漁って古事記でしたか、から見出したとか書いてあったような...(なにせ外地なもんでw)

それに「唯一・絶対・万能」の「主権」って概念は、対「法王権」排除のための政治的概念だったような気がしますが。ヨーロッパと違って「法王権」のない日本にいきなり接木的にそんな「主権」概念を「切り貼りで」持ち込んでしまったから収拾つかないんだ、というような評論も見たような気がします。

少なくともここ2年以内に「9条2項カット、又は3項追加」くらいはやってもらいたい説に、私は賛成ですネ。

投稿: shibu | 2004.03.27 17:52

shibuさん、どうも。なんつうか、この話書きながら、これじゃ左翼じゃん、西洋人じゃなんとかもちらと思ったけど(ま、実際そういう面あるんだけど)、自分にしてみると、長年来の疑問の一端がこれであらかた解けて、そこから出てくる歴史の相貌に、なんっていうか、感動したんですよ。率直なとこ言うと、この憲法をナベツネ案とかみたいなものに引き替えたくないぞと。未来の日本人なら、この憲法に仕込まれた西洋の宝を理解してくれるだろう、それまでは、壊さずに伝えたいというか。もちろん、修正しないと使い物にならいですよ。憲法に規定のない軍隊とか冗談にもほどがあります。これに修正項を加えて、防衛省にすればいいのだと思います。

もちろん、shibuさんがご指摘されるように、「20代から40代の左がかった娑婆では弁護士かも知れないが軍人らが、そういうことを理解して起草したとは、とても言えないのではないでしょうか?」っていうのは、歴史を見る限りそうですし、その後、作成者たちのインタビューを読んでも、え?みたいな間抜けな話が多いのですよね。

ただ、なんていうか、欧米人っていうのの根っこにあるこの法意識っていうか商意識の感覚っていうのは、けっこう常識でもあるのだろうなと思います。あいつら、財産相続だとなにかと管財人に触れる機会も多いし、また、各種慈善のトラストなんかも多いし(ピーターラビットの作者ポターの逸話とか泣けますよ)。1950年代までは、いちおう大卒の米人ならある種のこの法の感覚を持っていたのだろう、という感じはします。

憲法前文については、もう一点、"the high ideals controlling human relationship"っていう言い回しの由来が知りたい。もちろん、偉そうな解釈は読んだことあるけど、この言い回しは英語としてもかなり変だと思うのですよ。エンジニアの表現かとも思うけど、それにしても異様な表現です。

長い話が長くなるけど、池澤夏樹が「パンドラの時代 006」で、
http://www.impala.jp/pandora/archives/000109.html

   法律の専門家である友人と食事をしている時、彼が「日本国憲法の前
   文と国連憲章の前文はとてもよく似ているんだ」と言いました。
    ぼくは不勉強なことに国連憲章をちゃんと読んだことがなかったので、
   家に帰って読んでみました。
    なるほど、内容も文体もよく似ている。

というのですが、今回、国連憲章を読み直して、その根幹の枠組み(スキーマ)は全然違うよと思いました。っていうか、僭越だけど、池澤夏樹は憲法の前文を理解していないよと思った。池澤訳の憲法前文を高橋源一郎とかも賛美していたけど、おまえさんたち、全然、わかってないよ、わかってなくて賛美しているのは、困るよと。

もちろん、私の解釈が間違っているのかもしれないし、専門家の話もききたいけど、それでも、自分なりに30年間くらいかな、日本国憲法ってなんだろ考えたけど、こうした問題をすぱっと解説してくれたの読んだことないですよ。って、shibuさんへの愚痴じゃないんですが。

投稿: finalvent | 2004.03.27 18:21

こんばんわ。えぇと、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」ですよね。地に足着いてないってな印象ですね。適当に何でもぶち込めるっていうんでしょうか。若きニューディーラー諸君は、スターリン憲法の影響が相当あったという話ですしね。労働者を人間に変えたダケかも知れませんし...24条とか27条勤労の義務なんてユダヤ系ロシア人22歳事務員だか秘書兼タイピストのシロタが突っ込んじゃったってらしいですしね。

それに、米国の独立宣言と憲法の間には断絶があって全く連続性はないんだみたいな言い方してる方もいらっしゃいますし。

やはり問題はご指摘すぐ後文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、『われらの安全と生存を保持しよう』と決意した。」ことにさせられちゃったことでありまして、まずここから変える(改正する)。といっても前文なんていじると収拾つかなくなりそうだから、的を絞ってまず「9条」、なのではないでしょうか、というお説のほうが実際的だとはおもうのですが...

防衛出動とか日米安保発動とかの前に、領域警備での普通の国家的対応とか、自国民が拉致されてそれが相手国元首を自白した際の普通の国の対応等々、具体的事例が目前にあるわけですから、そこいらから議論していったほうが分り易いし、またそこからでないとハッキリ言って、抽象論では分らないですネ。

それに個々具体的な国家行動がまずあって、後からその成功失敗含めて一本の筋書き(理論付け)書いたってことなんでしょうし...

投稿: shibu | 2004.03.27 23:05

自分も、日記にて産経新聞のWeb記事を見て感想を書きました。
その時は「領有権」と施政権」について、あまり考えていなかったのですが、ご指摘の通り重大な違いがありますね。
http://www.sankei.co.jp/news/040325/kok067.htm
この記事を参考にしたのですが、改めてgooニュースの方も見て
http://news.goo.ne.jp/news/sankei/seiji/20040325/NAIS-0325-03-15-31.html
同じ産経系の記事なのに、本社サイトの方が報道量が少ないのには
驚きました。
好意的に解釈すれば「お前ら領土問題で揉め事起すなよ。まあでも
日米安保があるから、中国が武力でどうこうしようとするなら俺達も出張るからな」
となりますが、基本的に台湾問題と変らない冷淡さですね。

モンデール駐日大使の時代に比べりゃ、まだマシかもしれませんが。

投稿: きこり | 2004.03.27 23:16

"the high ideals controlling human relationship"ってやはりキリスト教と関係あるのでは。教会は元来ギリシア都市国家の民会を指す単語の転用で、共同体を意味する言葉だし、その教会を運営する使徒権は、神から預託され、かつ他人に分与できて、この権利分与は「霊」に関係する。とうろ覚えですが。
cf. parakletos

投稿: 通りすがり | 2004.03.28 03:27

きこりさん、こんにちは。今回の米国での対応は、台湾問題をある程度含めているようです。ブッシュ政権が続くかはわからないのですが、このまま台湾が民進党でいくなら、対中政策に変化は出てきそうです。

投稿: finalvent | 2004.03.28 10:47

通りすがりさん、ども。holy communeっていうやつですよね。教会の終わりで牧師がいつもいう祝福にも含まれていますが。ただ、私はちょっと語感が違うような感じはしています。

投稿: finalvent | 2004.03.28 10:49

結構面白く読ませていただきました。殊、前文の英訳は面白い。
施政権のはなしは、主権に含まれる統治権(とその所在)と、日本の間接民主制における主権者→議会(代議員)→内閣の各段階における信任程度とをあわせて考えた方がいいと思っています(門外にはなんのこっちゃら、ですね)。

投稿: か | 2008.01.31 10:50

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