私は週刊文春の反論は間違っていると思う
今週の週刊文春を買って、ざっと見た。目次を見て、識者の雁首を見て、ここまでするか、これじゃマッチポンプの特集だよ、と思った。それだけでひどすぎはしないか。もっとも、立花隆の名前を見て爆笑はしたが。
私は率直に言うのだが、この識者の一覧を見て、そして、その大半に、文春が悪いよと言うものがいないよコレクションを前に、ちょっと、びびる、な。極東ブログは今のところ匿名とはいえ、いちいおうそれなりのネットのポジションを持っているのだから、私の言論の質が問われるわけだ。が、こういう言論の状況のとき、私の原則は、危ない橋を渡れ、だ。私は私が間違うことを恐れてはいけない。私は利口そうに自分を守るな、ということだ。満身創痍にでもなりますか。
その前に、文春に掲載されていて、文春を批判した人の名前を名誉で列記しておこう。住信基礎研究所主席研究員伊藤洋一と作家藤本義一。藤本は喧嘩両成敗なので、結局、反論を乗せたのは一人だけ、なーんだ。
私の考えは前回と変わらない。最大の問題は、直接言論の自由とプライバシーという構図で見るのではなく、まず、裁判所の動向を見ようということだ。私の関心は、国家という一般意志がどう私と関係するかだ。私の権利と私のプライバシーを原則的にどう守りうるかだ。その意味で、極論すれば、ジャーナリズムなんかどうでもいい。そして、私は、田中真紀子の娘は私と同じ、純然たる私人だと考える。
文春の問題提起は、意図的なのか、未整理のまま、やけくそ的にぶちまけているのだが、問題の一点に、「田中真紀子の娘は私人か?」という問題がある。文春は、厳密には私人じゃないと言いたいらしい。そして、その補強として、普通の庶民がこんな訴訟できるわけないじゃないか、とか、田中真紀子の秘書を使うお嬢様だった、とか、ある。が、その手の話は阿呆臭い。庶民と私人は別の概念。立花隆は「純粋私人などではありえない」と言うが、「純粋私人」って日本語じゃないよ。この手の線で見るなら、田中真紀子の娘はグレーゾーンかということだろう。つまり、将来政治家になりうるからというのだが、この言い分は詐術だ。現状のステータスがグレーかという議論ではないからだ。私人ではない潜在性ということだ。だったら、それが顕在化したとき、過去に遡ってほじって書けばいいだけのことだ。で、この私人か?論は終わっているのではないか。この手の議論に参加したヤツは墓穴を掘ってご愁傷様なのではないか。おめーら、ほとんどファシズムだよ。
錯綜したもう一つの問題は、この一記事をもって、他の記事を含む週刊誌全体の発売を禁止してもいいのかという問題だ。これはSPAの巻頭コラム勝谷誠彦も書いていた。私は、なんか、阿呆臭くて涙が出そうだ。なぜ、阿呆? それは物書きにとって基本のキ印が抜けているからだ。基本は、まず資料に当たれ、である。すでに20日は地裁の決定が出ているのだから、それを読めよ。その上でこの議論が成り立つかを検討しろよ。というわけで、私はこの件について原文ではないが、リソース「文春側の異議に対する東京地裁決定の主な内容」(参照)を用意してある。これは極東ブログでは例外的に無断転載だ、というのはこれは転載されるべきだと判断した。この判断が責められるなら、削除したい。
で、「文春側の異議に対する東京地裁決定の主な内容」では、この問題が十分に考慮された跡ある。
以上によれば、本件仮処分命令の申し立ては、被保全権利と保全の必要性の疎明に欠けるところはない。仮処分により差し止められたのは、本件記事が含まれた雑誌の販売であり、本件記事以外の部分は、本件記事を削除するならば、販売を何ら妨げられていない。
そのためには、債務者において相当の費用をかけて削除ないし本件記事を含まない雑誌の印刷を行う必要があるが、それは経済的損失に過ぎず、債務者のその他の記事の表現の自由自体を制限するものではない。多くの発行部数を有する雑誌では、その経済的損失も軽視し得ないが、プライバシーの侵害行為が伴っていた場合にこれを被ることは、多くの部数を販売することにより経済的利益を得ていることの半面として甘受すべき結果と言わざるを得ない。
つまり、この下らない記事を削除して販売しなさいよ。ということだ。それをするかしないかは、文藝春秋側の経営の問題に過ぎない。ケチらず刷ればいいのだと思うが、今週号を見るに、そうしないシラを切るために刷らないわけだ。連載執筆者の不利益の責は、明白に文藝春秋側にある。と、なんだか文章が裁判所風に感染ってくるが、そういうことだ。だから、この線も、実は問題じゃない。
で、本丸、そもそも出版の自由を弾圧したか?だが、これも「文春側の異議に対する東京地裁決定の主な内容」に対応する配慮がある。それを読まないで一般論的に言論の自由弾圧は許せんとかいうのは、クルクルパー。
原決定の法律上の効力としては、取次業者や小売店などの占有下にある本件雑誌が一般購読者に販売されることを直接に阻止しているわけではないというべきである。
別に今回の件では、出版の自由がというほどの問題ではないのだ。こういう些事で、出版の自由という大切な問題をごった煮にしないでほしい。
さて、ではこの問題はどうすればよかったのか。
まず、私ははっきりとしていると思うのだが、この記事は差し止めされるべきものだった、と考える。問題は差し止めの手順が明確になっていないことだ。この現時点で言うと日垣隆の受け売りになるのだが、彼の原則論の示唆が正しい。つまり、この手の問題は次のように整理される(私の言葉で)。
- 記事差し止めにはそれが可能な締め切り時間がある。
- 一度出版されたものの回収はできない。
- だから、出てしまったものは民事で被害を争う。
日本には、日本の出版界というかジャーナリズムには1の原則が存在していなかった。この先、日垣の考えは私と同じではないので、これにてバイバイ。
私は、この原則をジャーナリズムの業界が前もって検討しておくべきことだったと考える。それをしなかったのは、甘えがあったのだろう。
この点から、地裁の今回の判断はどうかというと、意外なほど、欧米流の出版の原則に擬似的に従っているように見える。
1では、日本では、締め切り時間がないのだから、ずれ込むのは仕方がないが、裁判所が判定できる。そしてその時点で、止められる。
2では、出ちゃったものの回収を命じてはいない。
本来なら、締め切り日の原則があるべきだが、それが存在しないし、そうした議論を出さないで変なお祭りをやっている文藝春秋はどうかしているよ、と思う。いずれにせよ、そういう原則ができないなら、地裁の今回の判断は、近似値としてかなり良い線を行っていると私は評価する。
ところで、福田和也が週刊新潮でこう言っている。
公権力によって、事前に雑誌の出版が止められたということ。それが異常な事態であり、許容することはできないことを再確認する必要があります。
福田和也も学者なんだから、ジャーナリズムから言うのではなく、学の手順で物を言えよ。つまり、事実と裁判所の見解と世界の原則を学の手順にかけろよ。
さて、と、以上で終わり。これにコメントはしないでと言う気はさらさらないが、ウンコ投げはやめ下さいね。まとまった反論があったらご自身のブログに書いて、トラックバック下さると当方は助かります。
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コメント
こんにちわ。
知り合いの弁護士さんも差し止めになって当然だと仰っていました。
併せて、
> 普通の庶民がこんな訴訟できるわけないじゃないか
について、普通の庶民がこんな訴訟をできないからこそ、
真紀子の娘が率先して訴訟をし、判例を作っておくべきなのだ、と。
このようなくだらない問題で、イラク報道のようなマジな問題の焦点が、
ぼやけてしまうのは困ったことですね。
投稿: naruse | 2004.03.25 14:21
(あ・イラク報道の焦点がぼけるのか・・なるほど・・)
って、えっとぼくもちょっとコメントっていうか、質問です。
今回の記事ってフリーのライターかなんかが書いたんですか?
文春のライターってことですか?
あと、ぼそっと感想ですが...
近頃だと公人と私人の違いも分からないんでしょうか?(^^;)?
投稿: m_um_u | 2004.03.25 15:20
公人・私人二分論は、この問題に関しては適切ではない考え方だと思います。その人の属性ではなく、その人の行為の属性が公共性をもっているか(=報道することが「公益を図る目的」となるか)で報道の自由についての限界が語られるべきだと。その方が妥当な結論も導けると思います。
もちろん、公共性の有無も公人か否かの判断同様、困難ですが、公人ならばおよそ報道対象となる、という考えを招く上記二分論よりはましではないか、と思っていますし、「私人・公人」という議論は、政教分離の話に引っ張られた議論のようにも思ってしまいます(邪推?)。
記事の内容を見ないことには公共性の有無は判断できないのですが、それをすることはプライバシー権侵害になってしまう…。ジレンマですね。
あと、いくつかの社説で引かれていた「北方ジャーナル事件」は、あくまで名誉毀損のおそれがある記事の差し止めに関してでしたが、今回はプライバシー権の侵害のおそれ(名誉、信用を傷つけずとも、当人が深いに思う場合)がある記事についてですので、本質的に別問題であるはずなのですが、反対・賛成いずれの社説も「差し止められたこと」のみに注目していたように思います。
投稿: sparituda | 2004.03.25 16:19
補足しますと、「イラク報道」というのは政府がイラク報道において、
報道機関を規制しようとする動きがあることを指しています。
#自衛隊の日程・行動記録などを報道しないことを求めるなど
このような問題の「出版の自由」と、
プライバシーと衝突する「出版の自由」を混同しないで欲しいなと。
例の記事自体は、わたしの感覚ですと、
彼女にたいして著しいプライバシーの侵害を行うものとは考えられないが、
公共性があるとは思えない、という感じでした。
投稿: naruse | 2004.03.25 18:49
finalventさんではありませんが、これは私の私的なコメントであります。
まず、文春はじめ、新潮などの今回の件の大体は読みましたが、論壇・マスコミ関係で今回の件を非だとする人の内、私を(そして国民の中で今回の文春の報道について疑問を持っている人たち)を納得させる文章を書いた人は全くいませんでした。
私は彼らに言いたい。あなたたち論壇はこんなときのためにいるのではないか?地裁の文章の論理の前に説得力を無くす、へなへな文章しか書けないのなら物書きなんか今すぐ廃業してくれ。
それからもう一つ言いたいのが今回の文春の態度ですね。まさか自分たちが一流紙ではなくイエローペーパーである事を自認するとは思わなかった(笑)。おまけに他のマスコミの援軍も来ないのがどういうことなのか?日頃の行いが悪いとこういう所につけが回るんですねえ。
投稿: F.Nakajima | 2004.03.25 20:55
narusaさん、ども。お知り合いの弁護士さんの感覚は嬉しいですね。今回の問題は人ごとではないので、そこをきちんと認識されているのは頼もしいです。イラク報道は、国内情報はなんだか、「イラク春の便り」じゃないけど、なんかはずれた感じがします。
投稿: finalvent | 2004.03.26 11:09
sparitudaさん、こんにちは。sparitudaさんのコメントからは別の側面を示唆されます。こうした問題で困るのは、ある枠を想定してそこでオートマティックに議論することだからです。この問題はその側面でも少し考えてみます。
投稿: finalvent | 2004.03.26 11:11
Nakajimaさん、ども。まったく賛同。新聞がダメでも週刊誌が、それもダメとなると、ネット? しかし、ネットはどうも異質です。半歩戻して、文春にはもっとがんばって貰いたいです。(ペンクラブもな、と付け足して意味があるだろうか。)
投稿: finalvent | 2004.03.26 11:13
m_um_uさん、ども。この記事、記名はないです。複数ライターというか調査バイトで書き飛ばしです。が、立案者というかストーリーを立てたヤツはいるはずです。文春内でどういう政争が展開しているのでしょうか。現状では、内部では優勢でしょうが、およそ編集感覚のある人なら社是で納得するわけもありません。
投稿: finalvent | 2004.03.26 11:16
はじめまして。ヒデミスタといいます。
この記事と全く違う結論を自分なりに出してみたので
トラックバックしてみました。
この問題に関しては考え方は様々ですね・・・
投稿: ヒデミスタ | 2004.03.26 19:09
ヒデミスタさん、こんにちは。ブログ読みました。いろんな意見があっていいと思います。率直なところ、私にはあまり説得力ありませんでした。理由は私の記事にある出版と差し止めについての欧米風の原則の感覚でしょう。つまり、この事態に一番欠けているのは、差し止めの原則でした。これがないので、擬似的になってしまった、と。別の言葉でいえば、私たちを含めて被害を被る可能性のある人間をどのような装置で保護するのか、そこが欠けているので、問題の位置が違うのかなと。と、長く書きましたが、喧嘩売っているとかとらないでください。ブログで各主張がなされることはいいことです。
投稿: finalvent | 2004.03.26 19:49
いえいえ、こういう問題に関しては
それぞれ違った主張があったほうがいいと思ってます。
様々なところに問題点があると思いますしね。
大切なのはこのニュースを知った人が
それぞれ自分なりに考えていくことだと思いますしね。
finalventさんの他の記事もなかなか楽しく読ませてもらってます。
毎日長い記事を書くのは大変だと思いますががんばってください^^
投稿: ヒデミスタ | 2004.03.26 23:33
ヒデミスタさん、ども。ところで仕事、出版希望ですか? ある意味、実力の世界でいいですよ。がんばってください。
投稿: finalvent | 2004.03.27 07:34
そうですね、一応出版業界を目指して就活してます。
自分の非力さを思い知らされる毎日ですが・・・
励ましありがとうございます。
がんばります!
投稿: ヒデミスタ | 2004.03.27 22:36