ユニクロ野菜の失敗
通称ユニクロ野菜こと、ファーストリテイリング全額出資子会社「エフアール・フーズ」(ブランド名「SKIP(スキップ)」)が解散することになった。私の率直な印象は、かなりのショック、だった。そのあたりを少し書いておきたい。
ビジネスとしての失敗要因を表層的に指摘することはそれほど難しくはない。イトイ(糸井重里)の絡んだ企画はポシャルもんだよな、みたいな皮肉は要らないほどだ。が、ニュースを見ると、失敗の説明は、ややまばらな印象は受ける。共同系「ユニクロ、野菜事業を断念 割高で客足伸びず」(参照)では、プライスに着目していた。
しかし、品質を売り物にしたためスーパーの店頭価格に比べると2割程度値段が高くなって利用者が伸び悩み、03年6月決算では、9億3000万円の経常赤字に陥っていた。
朝日系「ユニクロ、野菜販売から撤退 会員確保できず子会社解散」(参照)ではより抽象的に会員不足としていた。もちろん、会員不足の理由はプライスかもしれないのだが。
カジュアル衣料専門店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは22日、02年秋に参入した野菜・果物の販売事業から撤退する、と発表した。事業に対する見通しが甘く、会員制の宅配で目標の会員数を確保できなかった。店舗販売でも集客が伸び悩んで、黒字転換のめどが立たないと判断した。
同記事には会長のコメントもある。
柳井正会長は、「衣料品と異なり計画生産できなかった。これ以上赤字が膨らむと取引先や株主に迷惑を広げる恐れがあり、撤退を決断した」と話した。
これは意外に含蓄深い。が、もう一点、先に進めて、産経系「会員数伸びず… ユニクロ「農産物」撤退 復調アパレルに専念」(参照)を引く。
このため、初年度十二億円前後と見込んだ年商も六億五千万円と半分程度にとどまり、十億円近い経常損失の計上を余儀なくされた。需給をうまく合致させることも難しく、現状の社内ノウハウでは収益化は困難という。
ユニクロ野菜の事業失敗に、どういうイメージが湧くだろうか?
私はスキップの会員だったので、その点から言うと、個々の野菜の価格はさして問題ではない。へたな有機野菜よりはるかに安い。が、送料のコストはどうしても割高になるので、ある程度のグロスが必要になる。それがオーダーのめんどくささにつながる。
オーダー自体はネットから簡単にできる(が、当初はクレジット決済のみ)。難しいのは、どういう野菜の組み合わせで買うかだ。スキップ野菜はあまり保存の利かない生鮮食料だし、ある程度はグロスで買うので、買ってからの献立を考えておかなくてはいけないのだが、配送日が不明。
献立が難しくなる、というかめんどくさい。結局、私の場合、ジャガイモやサツマイモ、カボチャなど保存の利くものをメインに買って、他に配達時に即食えるサラダやお浸し用の葉野菜や果物ということになる。
ある程度共同購入のサークルか店舗があればいいなとは思った。その後、店舗はできたが、私の生活圏にはない。店舗はある程度富裕な地域を狙ったのだろうが、マーケティングのミスだ。そういう地域ではニーズはないのだ。むしろ、そこから2段階くらい落ちたところを狙うべきだった。単純な指標で言えば、低温殺菌牛乳の販売状況を参照すればよかったのだ。低温殺菌牛乳の味の違いがわかる地域なら、2割高くらいでも売れる。
こうした通販の問題は、生鮮食品だからというわけではなく、スキップより前に失敗していた千趣会の食品部門e-shopでも同じような問題があった。こちらは、生鮮ではないが、ざっとした印象で言えば、在庫管理がいわゆる千趣会とは違うマネッジができなかったのだろう。
高級野菜の需要という点では、産経系に暗黙にあるように、総じてワンランク上の食材へのニーズとしてあるだろう、というか、実際スキップでも、これはという商品はよく品切れになっていた。
話を戻して、私がショックというのは、あの永田農法の野菜を簡単に食うのがこれから面倒臭くなるのかということだ。私は永田農法の野菜をうまいと思うからだ。特に残念なのは、カボチャとサツマイモだ。
永田農法 おいしさの育て方 |
永田農法の創始者永田照喜治はまぎれもない天才だ。これがどのくらいすごいかというと、糸井のエッセイにあった逸話だが、永田は野菜はセラミック包丁で切ったほうがいい、とさらっと言う、ことだ。私は、おおっと思う。言われてみれば当たり前なのだが、少なくともその味覚の違いがわからないと永田農法の野菜の真価がわかりづらい。ただ、しいていうとスキップの野菜はそれほどには永田農法に徹したわけでもなかったが。
永田農法は非常に不思議な意味で、有機農法の否定でもある。また、これほど管理化を必要する農法もない。うまい野菜を作るというのだが、これが植物にとってよいことなのかすらわからない。が、できた野菜は奇跡に近い、と言うだけ、まどろっこしいことになる。
頭でわかりやすい範囲でいうなら、野菜の硝酸塩の問題がある。なぜ識者が指摘しないのか不思議なのだが、日本の野菜の硝酸塩の濃度はヨーロッパの基準なら、市場に出せないはずだ。そんなものがまかり通っているのだが、批判はあまり見かけない、と、私もあまりこんなところで雑駁に言うのもよくないので切り上げる。が、永田はそれより進めて、野菜のエグ味や青々しい色まで、良くないのだとまで語る。特に、緑のお茶は不自然だと断言した。私はお茶が好きで、蘊蓄の領域になりつつあるのだが、今まで疑問に思っていたことが永田の指摘で得心した思いがした。
ところが、あのお茶の緑色こそ、硝酸態窒素の色なのです。昔の茶畑を知っている人ならば覚えているでしょうが、本来のお茶の葉は山吹色なのです。この原因は、油粕などの有機肥料、窒素肥料の多用にあります。(中略)
緑の茶畑は悪夢なのです。安全意識を高めて、本物を見分ける目を養ってください。
「茶色」という表現がなぜ、茶色なのか。各種の説があり、実際の茶色を見るに茶染めかとも思う。が、それでも茶は、茶色に近いものだったのだろう。
永田の言葉は表現が拙い点や常識を外れた点も多いので、人によっては「電波」扱いするかもしれない。くどいが、永田の真価はその野菜なのだ。あの奇跡の野菜を食ったら、「電波」だみたいな阿呆な評は口を出ない。
世の中には本当にうまい野菜がある。しかも、その基本的な「農」の原理がたった一人の天才で確立された。しかし、その野菜を日本に流通させることは難しい。ユニクロは失敗した。
どうにかならないものなのか。日本の社会にとっても大きな問題だとも思うのだが。
極東ブログもどうやら社会派ブログの仲間入り臭いが、社会派とはなんだろうと思う。政治にぼやくことやエコを声高に語ることだろうか。私は、社会は生活と切り離されてはならないと思う。そして、生活は、われわれが生命体であるその官能性に拠っているのだ。理論的には味覚のない人間にだって理想社会を論じることはできるだろう(ネットにもいるじゃないか)。だが、味覚のある人間は理想社会を味覚でしか納得しない。
栄養士どもは、健康のために野菜を食えだのとぬかすが、日本の野菜の惨状を知らないのだろうか。なぜ、大根がみんな同じ長さなのだ? ニンジンをなぜ子供が嫌わなくなったのか? キュウリがつるっとして、触って指に刺さらないのか? ホウレンソウの葉のギザギザはいつ消えたか? それを看過して、何が野菜を食え、だ。
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コメント
お久しぶりです。
ココのところ自分には難しすぎる話題ばかりだったので
下手にコメントつけるのが怖いなぁと思う今日この頃です。(^^;
新聞各紙、主だったニュースサイト、Blogでユニクロ野菜の失敗に対し
大半が「ぽしゃって当然」という論調だったのでFinalventさんが
冒頭で「かなりのショックだ」と申されたので「おや?」と思い
拝見しましたが永田農法つながりの話題でなるほどと納得しました。
私の住んでる所は人口6千人程の田舎町で朝近所の農家の方が
取れたての野菜をおすそ分けくださったり叔母が畑を持ってるので
スーパーの(というか農協規格で統一された)野菜は食えたもんではないなぁと思ってます。
最近の子供はにんじんは甘いということを知らないというのは何だか気の毒な気がします。
お茶の話も出てきましたが私の地元、福岡の八女の茶畑は殆どがダメだと思います。
福岡で本当に昔ながらのおいしいお茶をと思ったら星野村の
一部の農家の方か嬉野まで足を伸ばして、やぶきた茶を求めるくらいしかないです。
概読されてるかも知れませんがPHP新書「おいしい日本茶を飲みたい」波多野公介著で知った
富山市の「しゅんめい」はとてもオススメです。
宅配野菜に関しては利用したことはありませんが、
送料と納期が曖昧だと引いてしまうヒトが多くなるのもしょうがないでしょうね。
私だってそんな状態なら解約したくなるし
ふとAmazonが宅配食材始めたらどうなるのだろうと考えてみました。(^^;
それでは失礼します。
投稿: はつせの | 2004.03.24 20:29
あの時代のファーストリテイリングは完全に舞い上がっていました。今でこそ憑き物の落ちたようなことを言っている柳井会長でさえ冷静さを失ってましたもの。そんな時にマーケットリサーチをやらずに思いつきだけで事業を起こしてしまったつけだと私は思います。
いかりやや成城石井などの高級スーパーの隆盛を見ると、このような食料品の潜在的なマーケットは無いはずは無いでしょう。
イタリアでは売り込み先を探しているスローフードの生産者達とマーケットをつかもうとしているベンチャー企業が運動を起こしたNPOを仲介者として新規事業を起こそうとしているドキュメンタリーをNHKのhi-vishionだったかで見た記憶があります。
いつか誰かが又、挑戦するでしょう。私はユニクロのようなフードビジネスの素人ではなく、農業関係者の中のきちっとベンチャービジネスのトレーニングを受けた人がいつか乗り出すのではないかと想像するのですが。
投稿: F.Nakajima | 2004.03.24 22:55
はつせのさん、ども。美味しい野菜が食べられるようでうらやましい限り。日本茶はそうなんですよね、自分も嬉野に行き着きました。釜炒りが好きでもあるのですが。最近はお煎茶は飲まず、日本茶は、抹茶というか茶道風なので。あとは、とりあえずオーガニックな龍井風なのにしようと思っています。高級紅茶の世界はオーガニックに以降しているのに、日本茶はこれでいいわけないと思うのですが。
投稿: finalvent | 2004.03.25 09:45
Nakajimaさん、どもです。ご指摘、よくわかります。この分野でちゃんとしたビジネスが出てほしいと思います。話は前後するけど、柳井会長ってほんと変な人でしたね、って過去形にしてはいけないけど。スキップに参加した若い人たちは今どんな思いで、これからどう生きていこうとするのか、ちょっと生の声が聞きたい気もします。
投稿: finalvent | 2004.03.25 09:50
SKIPでお薦めだったトマトを注文したことがあります。スーパーで売っているトマトと比べれば、確かに違いを実感できるものでした。高いんですけどね。
でも、ここで考えなきゃいけないのは、「何と比べて高いのか」ですよね。スーパーの値段と比べればそりゃ高いんですけど、自分の健康を買っているのだと思えばそれほど高くもない。
安全でおいしい食品に目が向くようになると、普通に買っていたスーパーの食材や加工食品が毒に見えてきます。何を食べたらいいかわからない世の中で、SKIPってけっこういい選択肢だったんですけどね。残念です。
とはいいつつも、最近は便利さからpal*systemを利用しちゃってますが(笑)。
投稿: rorann | 2004.03.25 14:40
残念です。
投稿: sappy | 2004.08.19 20:31
はじめまして。
こちらを拝読した時、なんだか胸がスカッとしまして、
コメントさせていただきたいと思いつつ、1年過ぎました。
ずっと心に残っていた記事でしたので、
今ごろになって、TBさせていただきました。
失礼しました。
投稿: ズー | 2005.05.06 15:48
はじめまして、mayと申します。
上のズーさんのブログで紹介されていたのを
拝見し、おじゃましました。
記事を興味深く読ませていただきました。
私は最近、ベランダで野菜づくりをはじめたことから、
永田農法に興味をもつようになりました。
化学肥料のこととか、とても気になっています。
「永田農法的」栽培をめざしながら、
本当においしい野菜を作れるといいな、と思ってます。
こちらで紹介されている
永田農法の本も、先ほどアマゾンで購入しました。
ご紹介、ありがとうございます。
投稿: may | 2005.05.14 12:26
こんばんは。はじめまして。"野菜の味"というキーワードで検索の末、たどり着きました。SKIPは私も愛用しておりまして、無くなったときは大変残念でした。私も農業関係の仕事をしているので現場には良くいくのですが、やはり肥料のやりすぎなどで窒素が多い(=えぐみが強い)野菜が多くあり、残念に思っております。はつせのさんがおっしゃるような内容で、チャンスがあればちょうど起業したいとも感じておりましたのでコメントを入れさせてもらいました。果樹のように野菜もセンサーで味を計れると良いのでしょうが・・・
投稿: fuku | 2005.05.28 20:39
はじめまして。
ごく最近新しい農業を学び始めた若造です。
あなたのこのブログのおかげで「永田農法」を知ることができました。
ありがとうございました。
投稿: tohokuhappy | 2005.08.23 03:08
茶色が茶色なのは昔はほうじ茶が庶民のお茶だったからですよププププ
投稿: えええええええ | 2010.05.15 07:02
永田農法って有名ですねー
投稿: 長田 | 2010.07.06 22:59
ようこそ! 永田教へ!!
投稿: | 2010.08.23 11:51