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2004.03.19

スペインテロ雑感

 スペインテロの関連で、もわもわと心に浮かんでくることを書く。たぶん、自分のために書く。書けば、なにかわかってくることがあるかもしれないし。
 嘘みたいな話だが、私はあまりニュースを追っていない。すでになんども書いたことだが、映像はできるだけ見ない。目が悪いせいもあるが、映像というのはなにを描いているのか、考えるのに疲れる。そんなことはないだろうと普通、人は思うのかもしれない。が、映像にはかならず意図があり、その意図と自分の思いがどうしても齟齬を起こす。映像に向かって「ちょっと待ったぁ」とは言えない。
 スペインテロについても、ニューズウィークの日本語版に掲載されている写真で初めて惨状の一端を見た。実は、それだけ多数の人をどうやったら殺せるものだろうか、と疑問に思っていた。単なる爆破だけではなく列車事故を巻き込むからだろうとは、もちろん思っていた。当然、日本でもそのような惨事が起こりうるか、とも考える。
 ニューズウィーク掲載の写真を見るに、救助のために列車を解体したのかもしれないが、その爆破力は並大抵のものではない。これにはどれほどの爆薬が必要なのだろうか。
 少し古い話になるのだが、70年代に日本では東アジア反日武装戦線、狼、さそり、大地の牙といったグループが企業連続爆破を行っていた。あの時の爆破規模はどのくらいだっただろうか。あれでも100人規模で殺傷することはなかった。彼らは、それなりに無差別な殺戮をしたわけではなかったから、ということでもないだろう。また、オウム事件もひどいもので多数の被害者を出したが、殺傷という面ではやはり100人を越えるわけではかった。
 じゃ、大丈夫とか阿呆なことが言いたいのではない。私は、100人レベルの人間を文明都市で一度に殺傷するというイメージに納得してみたいと思うのだ。なぜだろう? たぶん、私なりの無意識的なテロへの戦いなのだろうな、という感じがする。恐怖に立ち向かうには、目をつぶってはだめだ。
 スペインのテロでは起爆に携帯電話が利用された。それは日本でもできそうな気がする。だが、具体的に山手線なり新幹線なりでそれがどのように可能だろうか。イスラエルでのテロを例とすると、恐らく、自爆テロがもっともあり得るだろう。日本のこの社会にあって、アルカイダなり対外的なテロ組織の道具となった自爆者が出るのだろうか? 私の大衆的な感性からすると、それはなさそうな気がするし、その恐怖心からますます日本人は非白人を差別視していくように思う。
 話の方向を変える。先のブログで私は、「スペイン国民はテロに屈したように見える」と書いた。私の大衆的な意識では、そう見える。私は、自分の内部の大衆性的な感性に嘘をつくのが大嫌いだ。もちろん、そう見えるということと、そう主張することは違う。だが、私はブログという場でありながら、それをやや主張の側に回した。もちろん、先のブログを丁寧に読んでいただければ、私の考えは、いわゆる米英流のそれではないことは理解していただけるだろうとは思う。
 と、うだっとしたことを書いたのは、同記事にトックバックしていただいた余丁町散人先生の「ルモンド社説『スペイン国民をバカにする珍説が流布されている』(2004.3.18) 」(参照)をどう受け止めるべきか、悩んでいたからだ。
 政治思想の面では、私は率直に言うと、それほどル・モンドは評価していない。私は欧米のインテリなんかに糞負けるかよと東洋的に知性を陶冶してきたからだ、というのは冗談で、ただ、きゃつらの考えてに慣れてきただけだ。
 個別に言うなら、ル・モンドは対外的には、EUとの絡みで、フランスの国益を代表しており、特にスペインとの関係では、EU憲法草案をめぐって昨年末、烈しい争いがあったことがこの言論の背景にある。この背景を抜くと、ル・モンドのトーンは随分変わってしまう。それと、ごく蛇足程度だが、"Une these meprisante"は、きつく訳すなら「唾棄すべき主張」となるかなとは思う。
 ル・モンドのその主張自体には、私は率直なところ、奇妙な倒錯感があると考えている。それは、スペイン派兵は今や、事実上国連と連携したイラクに欠かせない治安部隊になっているのであって、開戦時のそれとは違う、ということだ。
 おそらくフランス人を含んだNATO軍ですら、米国が少しお利口なら、もうすぐイラク派兵に踏み切るだろう。とはいえ、NATOやカナダなどの動向を見てから、スペインも仕切り直しという国政判断もありうるかもしれない。しかし、すでに本質的にはイラク統治では米国先導ということではない。
 どう受け止めるべきか、と逡巡するのは、端的に、自分より年長の散人先生への礼のようなものである。それは池澤夏樹にも思う。ちょっこし言うと、池澤さんは覚えていないだろうが、狭い沖縄社会で暮らしていたこともありお会いしたこともある。となると、いくらイデオロギーは違っても、言いづらい線はあるなと思う。それは、礼というより、もっとシンプルに言って、自分より経験ある人間には、自分は引くべきだなよな、というような感じだ。じゃ、小泉総理は?と言われると、深く自分に問いつめると、やはり例外ではない。小泉も小泉なりに今の小泉ではあるのだろう。
 話を、スペインテロの受け止め方に戻す。原文は読んでいないのでちと恥ずかしいのだが、ワシントンポスト紙の訳で「スペイン国民の答え」(参照)を読み、興味深かった。もちろん、大筋で、テロ犯人をバスクETAとして非難したアスナール政権のミスと見る、というあたりは、すでに政治を見る人間の共通理解になっているので凡庸だ。そして、単純に「屈したように見える」なんてナイーブなことは言わない。私が共感するのはただ次の点だけだ。


「テロを撲滅するのは武力ではないのは明らかだ。」と欧州委員会のプロディ委員長が昨日答えた。もしこのような感傷的な考えが大勢を占めるようになれば、次の大統領が誰になろうとアメリカは単独行動主義を続けざるをえないかもしれない。

 日本のポチ保守系以外のインテリたちは、米国の単独主義をよく批判する。だが、現在世界の市場の均衡を守っているのはその米国であり、それをさらに米国に強いるような向き合い方をするのは、いずれにせよ、賢いあり方とは言えないだろうと私は思う。
 さて、結語もなく、最後にまた話が飛ぶのだが、心にひっかかるという点で、素朴な疑問を書いておきたい。イラクの復興に関連したことだ。イラク復興というと、日本人はどうしても日本の戦後復興やその他の焦土となるイメージを持つと思う。だが、現実のイラクの復興というのは、雇用が重点らしい。当たり前過ぎるのだろうが、実は、私は昨年の開戦前から、え?という感じだったのだが、イラクという国の主要な雇用はサービス産業なのではないか?ということだ。
 なにか復興というイメージが全然違うのではないだろうか?ともわっとしている。もちろん、そんなこと現地の人はみんな知っている?、のだろうか? もし、サービス雇用が問題なら、全く異なった援助策を考えるべきなのではないか?

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コメント

コメント感謝。一点だけ。ワシントンポストはおかしいと思う。テロを撲滅するのは「武力」ではなく「警察力」です。根本的に軍と警察は違う。これはフランスも前から言っています。国際的な警察力と諜報機関の密接な連携が実現してはじめてテロを撲滅できる。ポストが云う一国(単独)主義では実現できない。

投稿: 余丁町散人 | 2004.03.19 06:57

散人先生、コメントありがとうございます。実際的なテロを防ぐのに国際的な警察力と諜報機関の密接な連携ということはよくわかります。そして、その面で、米国の軍事力が効力を持ち得ない点も理解できます。詳細な点になると、リビアなどの問題や諜報機関における米国の課題など別の側面もあるかとは思います。それでも、日本人が直面するテロについては、やはり、警察力と国際的な諜報機関の連携であるという大筋は確かだと痛感します。

投稿: finalvent | 2004.03.19 08:49

とはいえ、軍の担保のない警察に警察力が発揮できるのかというと、私には大いに疑問です。

投稿: nh | 2004.03.19 15:05

nhさん、ども。日本の場合は、自衛隊の位置づけが州兵(ナショナルガード)でもなく軍でもない(わけないんだけど)というわけで、ご指摘の問題は災害時にも発生しますね。なんとかすべきっていうか、きちんと「軍」とすべきだと思います。実際、「軍」なんだし。って、いうと、また要らぬ反感買ったりするからなぁ、っていう感じです。

投稿: finalvent | 2004.03.20 09:43

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