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2004.03.06

小さな時代の終わりと何かの始まり

 この記事は極東ブログ「グリーンスパンは日本の円介入をリフレと見ていた」になされたsvnseedsさんのコメント(参照)への返信の意図もある。とても有益な示唆が得られたことを感謝したい。また、当のグリーンスパン発言の全文が読めて、とても嬉しい。これは貴重な歴史文書になるだろうと思う。


FRB: Speeches, Greenspan--Current account--March 2, 2004(参照

 先の極東ブログの記事だが、標題どおり、私には、グリーンスパンが日本の円介入をリフレと見ていたと知って率直に驚いた。この点については、後からブルームバーグの記事を再読しても、この記者もそのあたふたとした強調から見るに、同様の驚きの感はあったと思われる。
 ただ、svnseedsさんが指摘されるように、識者のなかには、ごく当たり前に取られてもいたのだろう。それでも、そうした声が、マスメディアや木村剛なども出現してきているブログの、ある意味、メインストリート側には出ていなかったのではないだろうか。少なくとも、大手新聞系では見かけなかった。
 それどころか、この点についても、svnseedsさんが指摘されるように、新聞系はグリーンスパン発言を誤読しているし、また軽視してもいる。軽視については、基本的に為替のディーラー側にあまり意味がないとの判断もあるだろう。つまり、特にグリーンスパン発言がなくても、G7後に円安側に揺れてくることはほぼ共通認識でもあった。
 誤読の点、つまり、「グリーンスパンが円介入を批判した」説については、私の考えでは、存外に根が深い。反動毎日新聞は論外としても、読売や日経が浅薄、朝日は気分的な反米意識のようなものが感じられる。このあたりのメディア側の意見と、財務省・日銀の思惑のズレはいったいなんなのか奇っ怪だ。洒落としては、ブルームバーグのコラム「FRB議長が懸念するアジアの根拠なき熱狂 W・ペセック(Greenspan Eyes Irrational Exuberance in Asia: William Pesek Jr.)」(一時的参照)の冒頭が笑える。

 もし中央銀行当局者を困らせたければ、為替市場について質問するといい。いすの上で態勢を整え、床を見つめ、「ノーコメント」とだれもが答えるに違いない。

 まあ、そういうことなのだろう。話のついでの同記事を利用する。

 世界で最も影響力のある中銀当局者、グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)議長は9日、ニューヨークで講演し、アジアの中銀は近く「尋常ではない」ドル買い介入の規模を減らす可能性があると述べた。真意はどこにあるのだろうか。もっと当惑するのは、なぜ議長がそのプロセスを早急に実現させようとしているようにみえるのかということだ。
 この講演内容はアジアにおいては、日本と中国にドル買い介入を抑制するよう求めるグリーンスパン議長のシグナルと一般的に受け止められた。アジア中銀のドル資産は過去2年間で計2400億ドル(約27兆円)増加。日本と中国のドル資産残高は合計で1兆ドルを超えている。

 日本の新聞系がある意味意図的にグリーンスパン発言を誤読したのとは違い、むしろこのコラムのように、発言自体、「日本と中国にドル買い介入を抑制するよう求めるグリーンスパン議長のシグナル」と見るべきだろう。ブレーキを踏み込むという感じだ。陰謀論臭いうがった見方をすれば、それが成立する(停止)というなら、日本の円介入はそもそも米主導の政策ではなかったかという気もする。このあたりは、グリーンスパン発言に日銀批判を読むsvnseedsさんとは視点が違うところだが、私も陰謀論的な見方に固執しているわけでもない。臭いなと思うだけだ。
 いずれにせよ、ここで、米側からストップが出たことは確かだ。といって、即座にストップするわけでもない。なにせ日本政府は世界最大のヘッジファンドでもある。いつでもドンパチの構えを崩せるわけでもない。が、それでも、昨年のG7での一見敗北にも見える円高移行の防戦のような円介入(=partially unsterilized intervention)の時代は終わったと見ていいのではないか。このあたりも、デフレの根を深くみるsvnseedsさんとは視点が違うところだ。それはそれで理解もできる。
 今の事態が終わりであれば、それは同時に何かの始まりでもある。始まりとは、ごく単純に言えば、日本のデフレの終わりでもあるのではないか。と言うと、単純すぎるかもしれないのだが、これで3月を乗り切り、UFJとダイエーを片づければ、日本は新しい始まりがあるような気分にもなる。笑わないで欲しい。真面目な話、ようは、気分の問題なのだから。ついでに言うが、国政政治・軍事面でこの間、私が敵視しつづけた、有志連合もアナンの日本での発言を機に、とりあえずの終わりになったようだ。次期米国大統領やEUの動向も不確実な要素が多いが、概ね、新しいなにかが始まりつつあるようには見える。
 話を少し戻す。svnseedsさんをリフレ派に含めることは失礼なことになるのかもしれないが、グリーンスパン発言についての次の、リフレ派ぽい指摘はそのとおりだと思う。

 For now, partially unsterilized intervention is perceived as a means of expanding the monetary base of Japan, a basic element of monetary policy. (The same effect, of course, is available through the purchase of domestic assets.)

 これ、金融政策の道具として為替介入を使うのってどうよ?筋悪じゃない?と言ってるように読めるんですがどうでしょう?自分のところの資産を買い入れてもof course同じ効果があるよ、と(この部分、日本語訳ではカットされてますね)。為替介入なんかしないで自分のところの資産買った方が良いんじゃない?と遠まわしに言われてると解釈するのが自然だと僕は思うんですが如何でしょうか。


 そうだろう。が、そういうリフレ派の目はないかもしれない。そのあたり、可視になりづらいリフレ派の経済学というは今後どういう方向になっていくのか、というのも気になる。少なくとも、自分がその歴史の証人の一人であるという点でもこれからも考えていきたい。
 グリーンスパン発言には、ユーロ問題、中国問題(これもけっこうメイン)、また、日本の米国債買い入れの意味なども含まれている。が、とりあえず、そこまでは話は広げない。
 svnseedsさんからは、「日本やアジアの介入が米国債を支えてるという説もばっさり否定されてます。」との指摘があるように、グリーンスパン発言からもその意図は読み取れる。米債を含んで成長している米経済の視点からは、結果論的にそうも言えるのだろうなという思いはある。ただ、多分に米国の政治臭がするなという印象もある。
 放談的な言い方だが、大規模に非不胎化を実施した財務省・日銀は決定的に頭がいいと言えるだろう。皮肉としてそう言いたいねという気がするが。

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「時事」カテゴリの記事

コメント

気分の問題なんでしょうね、私もそう思います。
繁華街に行くと景気回復しつつあるのかなとも思います。
ただ、このまま回復しちゃうと若年層の意識が政府から離れたままになっちゃうような気がしてなんか嫌ですね。
国に対する不信感持ったまま好景気というのは、どうも…

投稿: 愛読者@二回目 | 2004.03.08 22:12

愛読者@二回目さん、ども。カネボウでがたがたしている現状を見るとダイエー問題が載りきれるのか不安ですが、そこをなんとかしのげたら、日本はぼちぼちでんな、なりそうな気がします。というか、私の「気分」ですね。オヤジ雑誌も4月相場みたいなネタにしているし(あぶねーです)。若者の政治意識というはいつも二面的です。したかない面もありますね。

投稿: finalvent | 2004.03.09 10:27

どうもです。
一連のやり取りの中で、僕は政治を「語り得ないもの」として意識的に扱ってきましたが、もしかしてfinalventさんは経済をそのように扱っているのかな、と思いました。だとすれば話が噛み合わないのも無理はありません。如何でしょうか。

例えば日本の為替介入へのグリーンスパンのコメントですが、あれを「ストップのサイン」だと見ることは僕には出来ませんでした。「デフレが収束しつつある現在の状況では」今までの規模の非不胎化との合わせ技の介入(つまり変則的な金融緩和)は(逆にインフレの懸念があるため)長く続けることは出来ない、と素直に読むべきだと今でも思います。

また中国やユーロへの言及についても同様で、そこに政治的な意図を読まなくても理解可能だと僕は思います。そして、政治的な背景を排除して理解可能なものに対し、わざわざ政治を絡めて考える必要性は無いと僕は思っています。

まあこれは見解の相違ということで、予めお互いの視点がわかっていればむしろ話の幅が広がって面白いのかもしれませんが。

あ、政治的な視点といえば、「縛られた金融政策 - 検証 日本銀行」や「ドキュメントゼロ金利」のような話は大いにアリだと思っています。日銀と財務省のくだらない(しかし日本経済に深刻な影響を与え続けている!)駆け引きの話です。是非ご一読を(後者、僕は未読ですが。まだ積んだままです)。

それと、僕が言いたかったことを黒木さんがきれいにまとめてくれているのを発見しましたので良かったら見てみてください。
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/b0057.html#b20040308120239

この視点から見ると、毎日新聞の見解がいかに的外れのものかご理解頂けると思うのですがどうでしょう?巨額の為替介入や「介入が財務省の聖域になっている」ことが問題なのではなく、日銀が本来の仕事を行っていないということが問題の本質なのです。まあ毎日には逆立ちしてもわからんでしょうが。

グチになっちゃいますが、日本のマスコミは、まともであるべき大新聞でさえ、インチキな投機屋の視点から物を書いているように見えることが多々あります。きっと読者のレベルにあわせてるんだろうな、なんて皮肉を今更言っても詮無いことではありますが、情けない限りです。「リフレ派の経済学」なんてものはなく、ごく普通の経済学的見解なんですが。でなければそもそも僕のような素人が理解できるはずありません。

というように(笑)、僕はごりごりのばきばきのリフレ派です。2年ほど前までは構造改革主義者でしたけど。(既にお判りかとは思いますが)発言がかなり偏っているのでその点割り引いていただければと思います。ではでは。

投稿: svnseeds | 2004.03.09 19:53

経済ってよくわかんないんですけど、なんかやたらと株あがってますね。しかも、これまで低迷してきた不動産関連やら建設関連があがっているのが不思議!みんな東京の景気があがると踏んでるんですかね?それとも、これは単に3月の決算対策で誰かが意図的に仕組んでるんですかね?

すみません、ここにコメントすべき内容でないかもしれませんが、みなさんのコメントを読んでいてとにかく好景気になるんだ、というように読めたので書かせていただきました。

投稿: ひでき | 2004.03.09 20:32

svnseedsさん、こんにちは。経済と政治の関係ですが、私はこう考えています。経済と政治は独立した領域ではなく、不可分な関係にある、と。

基本的には、先進資本主義において国家は経済を従属させようとしている。これは、私の起点がラフに言って、依然、マルクス主義に非常に近いということがあります(この点はあまり粗雑にいうと誤解されますが)。

マルクス主義→ケインジアン+ヴェーバリアンというような立場の私は、経済から近代国家という流れで、政治の動向を思考します。

そして、この逆、つまり、経済が諸国家(の政治)を飲み込む動きをするという動向で経済を考えます。

ちょっとラフすぎるのですが、現代の国際金融というのは、本来のマルクス主義での帝国主義の終焉期の現象だと私は考えています。

その意味で、経済とは「語り得ない」と見ているとも言えます。人類が引き起こす経済という現象は、なにを欲望しているのか、それは人類の史的必然(!)にどのように関わり、人間(類)はどのように自由(!)を達成するのか? そう考えます。ある意味、私はバリバリのマルキストです。というか、吉本主義者ですね。

ただ、政治にも、「語り得ない」もの、つまり、国家幻想というものを含みます。この問題はあえてここでは含めません。

そうは言っても、個別の問題、たとえば、先日のグリーンスパン発言については、私は極めて政治的な意図でなされていると考えます。ちょっと笑い話めくのですが、彼は元来はブッシュ(父)の抜擢なので、ある意味、不本意にクリントン下で働き、今や、ブッシュ王朝への最後のご奉公といった、やや陰謀論めいた筋も私はそれほど低く評価しません。また、実際、その発言は政治的な影響をじわじわと及ぼしていると見ます。

問題は、経済現象は、そうした政治の意味づけを抜きに見ることが可能か?です。

これは、結果論、つまり、そのアウトプット側から見れば、自然現象であるかのように見えます。そして、そのアウトプット側の像としては、ある法則が成り立つかのように見えます。これは自然現象なのか、経験則を合理的にまとめたものなのか?

私は、これを経験則であり、人類史の無意識の動向がかかっていると見るのです。このあたりは、バリバリのヴェーバリアンです。なんか、お笑いみたいですが。資本主義のエートスなき中国に資本主義の興隆などありえないとも考えています。まさか? みたいですよね。でも、そう考えています。

ただ、私は、現在世界の未知の経済領域について、勉強があまりにも足りませんでした。その意味で、経済という現象をできるだけ、禁欲的に眺めなくてならないとは考えています。その点で、リフレ派の考えはとても参考になります。

しかし、どんづまりの点で、私はリフレ派を支持するかというと、わからないというのが率直なところです。端的なところで、たとえば、「需要」がなにを意味するのかもわかりません。滑稽なくらいです。私には「需要」とは米国の文化現象にしか見えません。そういえば失笑を買うことでしょう。しかし、次に私が「雇用」もそう見ていますよというとき、経済学者は失笑を続けるでしょうか。きちんと説明できないのではないでしょうか。

雇用と景気は関係がある、もちろん、あります。でも、米国と日本では異なります。この日米の差異は、経済学的にモデル化できるかといえば、できないだろうという感じがします。どうでしょう?

クルーグマンはその点、意外にあっさりとそのモデル化できないという限界を見ているのかなと理解しています。

話をノードを一つ上に上げて、政治=意図、ですが、svnseedsさんは、それを個人なり、集団に帰属させているように見えます。それは、意図、という言葉から考えれば、当然です。しかし、私は、政治に反映される意図というのは、幻想としての国家システムの出力だと見ています。

具体的にいえば、日銀が本来の仕事を行っていない、それは確かなのですが、この中央銀行は、米国のように民間部門を重視してはいません。日銀と財務省は、日本企業の製造部門を推進することで国家威信と国家の富みを達成しようとするシステムの下部システムでしかありません。その意味で、まさに、彼らは「本来の仕事」をしています。無意識的にですらです。意図なきがごとくです。

というわけで、こう語るとちょっと異様ですよね(笑←と入れておきます、照れくさいので)

私は、多分に、陰謀論のように見える発言をしているかもしれません。ただ、私の視点は、この数ヶ月の動向で見ると、状況をよく見ていたかなという気がします。ま、失笑を買っているのかもしれませんが。

投稿: finalvent | 2004.03.09 20:46

ひできさん、こんにちは。私は、そういうひできさんの見方というか感性は重要だと思います。それって、気分じゃないの、みたいな。でも、その気分が実体化しえます。

投稿: finalvent | 2004.03.09 20:47

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