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2004.03.06

四月から消費税内税表示(総額表示)方式になる

 今朝も新聞社説に気になる話題はない。朝日と産経が全国人民代表大会(全人代)十期第二回会議に触れているが、つまらない。静岡県警のカラ出張問題など、警察と触れることの多い地方で暮らしていた経験から言えば、ことさら騒ぐことでもない。ただ、警察の経理をもっときちんとして欲しいとは思う。というわけで、今朝の話題は、消費税の内税化についての雑談だ。
 私は消費税の問題には詳しくはない(他の領域でも同じだが)。が、この問題は、日々の生活で直面することでもあり、基本的には、普通の生活人としての意識という視点で雑記してみたい。
 ご存じのとおり、この四月から消費税の総額表示、つまり、従来の内税表示が、全ての価格表示で義務付けられることになる。今までのようなめんどくさい消費税意識はなくなる。いろいろ思うことはあるのだが、なにより、この世界の変化の切れ目の感覚を忘れないでおきたいと思う。私はコンビニ行って、レジでは請求額を目視確認し、ざらざらと財布から一円玉を出して、渡す額を口頭で言い(口頭確認)、おつりをもらって、レシートを眺める(再チェック)。そういういう2004年早春の風景が変わっていく。
 と、書いたものの、渡す金額を口頭確認したり、コンビニのレシートを眺めるという習慣を持つのは私くらいなものか。若い人は、ゴミでも捨てるようにレシートをレジの専用のゴミ箱に捨てていく。ゴミですかねと思う。最近はセブンイレブンは教育がしっかりしているのであまり見かけないが、間抜けなバイトさんが内部用のレシートを手渡してくれることがある。けっこう楽しい。スーパーで買い物をするときも、私はレシートをざらっと眺める。まれに、ミスを発見する。すてきな奥さんになりたいわけでもないし、彼女らは別にレシートをいちいち点検するだろうかは知らない。
 こうした風景が桜の後に変わる。そして、それは歴史の感覚となる。私は、そういう些細な歴史の感覚の断層がとても気になる。
 内税化について、社会ではあまり批判は起きていない。起きていても、タメ臭い。いわく、これから消費税をさらに上げるための準備だとか、100円ショップは105円ショップにするわけにもいかないのでさらにデフレが進むとか、キリのいい額にするために値上げになるなど。どうでもいいといえばどうでもいい。
 3%の税が導入されるときはあれほど日本は騒いだ。薩摩隼人山中の胆力をもって断行した。それも歴史の向こうの世界だ。たしか吉本隆明は原則としては消費税は好ましいというので、ふーんと思ったものだ。
 私事めくがあのころ、ひょんなことで会計システム開発の一端に加わったことがある。私には関係なかろうとも思うがとりあえず、税の講習を一日受けたような記憶がある。内容はたいして覚えてもいないが、課税はレシート単位と個別があって、計算が違うことがあるというのを知った。ふーんと思い、あの時代、たまに、暇そうなコンビニに入ると「ちょっと待って、これ三つ、別々に買います」とレシートを分けさせたことがある。バイトのお姉さんなどによっては不快な顔をしたが(男というのは女の不快な顔に慣れる訓練も必要だしな)、たいていは彼女自身も機械のようだった。詳細は忘れたが、1円くらい誤差がでる。「こうすると1円もうかりました」と言うのだが、ユーモアを解してはくれなかった(女がユーモアを介さないということではない)。私は外人めきたいわけではないが、この手の私のユーモア感覚はちょっと日本人離れしてしまっているかなとも思う。そんな楽しみも5%時代にはなくなった。細川の殿様がご乱心したとき7%という話があり、ふふとか期待したものだが。
 消費税は早晩10%上がる。この調子だと、20%くらいまでは軽く上がるだろう。すでに内税化されているので、国民の税への抵抗感はなくなるに違いない。そのうち、一円玉というのも廃止されるのだろう。考えてみると、私が大学生のころ、一円玉なんて使うことはなかった。デノミが真面目な議論にもなったくらいだ。歴史の感覚とは不思議なものだ。
 内税化で、個人的に気になるのはヤフオクなどだが、価格は統一されるわけだから、これもあまり意識されないということになるのだろうか。
 日本の消費税は米国を除いて欧州と比べれば低いと言われる。が、詳しく説明するほどの知識はないが、これはほぼ嘘っぱちで流通のコストが実質税のように加わっている。まさかと思う? これは一つの商品が製造され消費者に渡るまで、どれだけ、官僚天下りの団体の規制下にあるかを想像したら、そーだよねととりあえず納得してもらるだろう。その意味で、リフレ派はよいデフレなんかねーよというし、理論的にはそうなのだが、この流通改善のプレッシャーというくらいの意味はあるだろうと私は思う。というわけで、コンピューターも店頭で買うのは初心者だけになった。
 ちんたらとした雑談になった。本質的な問題は、野口悠紀夫が指摘するようにインヴォイス(INVOICE)の問題だ。仕送り状方式とも言われる。もともと消費税というのは、インヴォイスと対になった制度だが、日本ではそうなっていない。というわけで、本質的な欠陥があると野口は言うのだが、私ははっきりと意識はしていない。要点は、仕入れ時に負担した税額が売上高に課税された税額から控除できるということだろう。いずれにせよ、複数税率になれば、現在のような帳簿(アカウント:account)方式では精密な対応はできないだろう。
 と言ったものの、それにもそれなりの社会的な意味があるかもしれない。日本の社会は、多分にアンダーグラウンド・マネーで成立しているからだ。国家はなぜだか富裕国民の所得を把握しようとしない(またぞろヤの問題だろうか)。老婆が趣味でやっているような小売り(沖縄は多いぞぉ!)も保護しよとする。このあたりの、行政の間合いというか極意を知った人間が、日本というある意味変な国家を始めて手綱取りできるのだろう。と、思って、小泉の顔を浮かべると、ありゃ、男前のうちだろうが、馬鹿面だな、日本が扱えないわけか。
 最後にプラクティカルなインフォ。内税化の具体的な説明は「総額表示方式」(参照)にあるので、以上の話をへぇとか思う人は、ちょっと目を通しておくといいだろう。ついでにいうと、このWebページ誰が作ったのか知らないけど、mof.go.jpとして恥ずかしくはねーのだろうか、と八つ当たりも書いておく(というのは改善しろよねという意味だ)。

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