« 韓国のクレジットカード破綻と日本の内需 | トップページ | 四月から消費税内税表示(総額表示)方式になる »

2004.03.05

週刊!木村剛の「厚生年金はネズミ講か?」はすげー反動

 「週刊!木村剛」の「厚生年金はネズミ講か?」(参照)を読んだ。私の率直な印象をそのまま書くと、「このお兄さん、すげー反動!」である。もう一つの印象は、こんなの退官したとはいえ、国家を担う官僚やっていたのか、世も末か、いや、待てよ、この反動、実に、国家主義どおりじゃねーか、ってなものである。というわけで、ゴーちゃんファンのくさしに誤解されてもなんなのでトラックバックにはしない。
 以下、簡単に、「厚生年金はネズミ講か?」についての私のメモをまとめる。
 (1)年金財源不足の危機的な状況についての木村の認識は正しい。確かに、ディテールは明るみに出してほしい。だが、この議論は、年金官僚へのルサンチマン(怨嗟)に直結して済む話ではない。私は、政治的な立場としては、民主党側に立つせいもあるが、これは、民主党案、ないし、民主党政権に置けば、自動的に、その方針から是正される問題であり。ルサンチマンを喚起すべきではない。また、負債の問題は、タスカが指摘しているように、日本が経済的に復興すれば問題とはならない。
 (2)年金制度改革の試算はまともな数値なのか、についても木村が正しく、まともではない。ここから先が違う。だからまともにしようではないか。民主党案の所得比例方式ならまともになる。代案がありうることを忘れて、扇情者の鉄砲玉にならないように。
 (3)年金のシステムはネズミ講ではない。この木村の議論は本質的に頓珍漢だ。どこに国でも国たるものは年金制度を持っているのだと考えてもみよ。ネズミ講はトップが儲かるシステムである。年金とは、国民の互助のシステムだ。強者が弱者やお年寄りを助けるために、働けるものが損をこくのである。これは、年金システム内部でみると、民間保険のように損得に還元されるが、広義には国民の税を使って、損をこくのである。総体的に年金とは損が避けられるシステムではないのだから、損かどうかの議論は無意味。
 (4)木村の提起する厚生年金脱退権は、ジョークである。これは、木村もジョーク、つまり、架空の話として書いているのだ。このあたりは、ちょっと悪意を感じる。これも考えてもみよ、といいたい。そんなことそもそも実現するかね? しねーよ。実現しない仮定の上に、国家の施策を考えるのは、なんと形容すべきか。
 (5)木村の議論に隠蔽されている国民年金に注目せよ。彼の今回のテーマは厚生年金に絞られている。が、現行の年金制度では、この2つは分離できるものではない。野口悠紀夫が指摘しているように、実は国民年金は厚生年金から補填されている。厚生年金は企業に負担が大きい。企業はできれば、厚生年金をやめたいのだ。というあたりで、木村が誰の利益代表をしているか気付け。少なくとも、若者の国民年金不払い動向を、この議論でバックアップするという恥ずかしい誤解はしないように。
 (6)そして、木村の意図は、厚生年金をチャラにして、税方式にせよというのだ。予想通りじゃないか。というわけで、ちょっと繰り返しておきたい。極東ブログ「多分、年金問題は問題じゃない(無責任)」(参照)。


 昨日、年金問題なんてテクニカルには税方式か所得比例方式だよ、と書いた。私は所得比例方式がいいとも書いた。しかし、考えてみると、官僚が国民皆税申告制にするわけもないのだから、この方式は頓挫する。
 だとすると、曖昧な形で国家の名目を取り繕うなら税方式化、あるいは部分的に税方式化するしかない。つまり、国民が音をあげない程度に増税するということだ。もっとも、そんなことするより、日本の景気を高めれば、経済面での年金問題がかなり解決するのだが、官僚連?はそうする気はないようだ。
 つまり、若い人が、年金なんか払いたくねー、ということが、システマティックに、増税となる。税金なんて払うのはヤダとか言えるのは、わずかな人なので、普通はぐうの音も出ない。このシステムなら若者をうだうだ言わせず絞りあげることができる(内税で価格に反映してもいいしな)。
 正確に言うと、若者を絞るのではなく、その親である団塊世代を絞るのだ。どうせ彼らを優遇しているのだから、少し絞ってもOKという読みである。

 さらに。

 で、結論。ようは、年金が大問題だとかいうけど、上のような落としどころ、ってのがすでにできているのだ。
 その意味で、極東ブログお得意の「どうでもええやん」になりそうだが、それだけ言うとおふざけすぎる。もっと積極的に年金問題なんて議論するだけ無駄よーんとは言ってみたい気がするが…が、まだ、ちょっとためらうな、国民年金未払の若者より、無責任な態度としての思想を表明すってのは、アリなのかと、まだためらう。

 というわけで、ということでもないが、民主党が本気で、所得比例方式が導入できないなら、年金議論なんて無駄だ。その決戦はそう遠くない。
 その意味で、木村の雑音は、民主党の所得比例方式案潰しの鉄砲玉なのだろう。
 所得比例方式が転けたら、私は、もう年金なんて議論するだけ無駄だ、というのを、もっと積極的に言いたい。あるいは、気力も失って、黙るかな。
 「ごーちゃん」を敵に回すようなことは言いたくないのだが、まだ、ちょっと黙るには、早いような気がする。

|

« 韓国のクレジットカード破綻と日本の内需 | トップページ | 四月から消費税内税表示(総額表示)方式になる »

「社会」カテゴリの記事

コメント

>>3
『年金のシステムはネズミ講ではない。(略)年金とは、国民の互助のシステムだ。強者が弱者やお年寄りを助けるために、働けるものが損をこくのである。』

 はっきり言って詭弁以外の何者でもない。

 年金を負担する人口と受給する人口は『年金制度を適用する全期間を通算すれば』ほぼ一致するはずである。そのため年金が長期的に成り立つには国民一人ひとりの負担と受給は一致していなければならない。すなわち、年金制度の本質は『若い自分が老後の自分を支えるためのシステム』であるべきであり、『ある時代に若者が年寄りを支えるためのシステム』と考えるのは誤りである。

 『国民の互助』というが、貧富の格差があるのはどの世代も同じであるため、その解決は世代間所得移転により行うものではない。しかるに現代の年金制度(賦課方式)は団塊世代の巨額な積立をその親世代に分配してしまったところに問題がある。これはとりもなおさず若者世代の人口が増加していくことを当て込んだ世代間所得移転であり、ねずみ講の考え方と何ら変わるところはない。

投稿: | 2007.05.12 19:18

厚生年金脱退権は確かに実現すべきだと思います。
国民年金があるのにそれ以上は必要ありません。
橋元改革のころに厚生年金民営化は議論されたはずです。

所得比例年金は不要ですね。年金は最低限度の生活を保障するためなので、全員定額でいいはずで、国民年金への統合で十分です。

若い時の手取りが減るのはとんでもないですよ。
個人の金の使い方に政府が介入するな!!

投稿: JO | 2009.09.30 07:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 週刊!木村剛の「厚生年金はネズミ講か?」はすげー反動:

« 韓国のクレジットカード破綻と日本の内需 | トップページ | 四月から消費税内税表示(総額表示)方式になる »