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2004.02.24

陀羅尼助(だらにすけ)・百草丸・リローラ

 胃腸の調子が悪いものが身近にいたので、陀羅尼助(だらにすけ)でも飲むかと言ったところ、陀羅尼助ってなんだということになった。そうかと思った。それほど有名でもないのかもしれない。確かに、今時、陀羅尼助を飲むやつなんかいないか。
 辞書をひいてみると、広辞苑と大辞林には載っていた。広辞苑にはこうある。


もと陀羅尼を誦する時、睡魔を防ぐために僧侶が口に含んだ苦味薬。ミカン科のキハダの生皮やリンドウ科のセンブリの根などを煮つめて作る黒い塊。苦味が強く腹痛薬に用いる。吉野・大峰・高野山などで製造。だらすけ。

 ちょっとわかりづらい。大辞林はこうだ。

〔僧が「陀羅尼」を唱える時、眠気を防ぐために口に含んだことによるという〕キハダの皮やセンブリの根を煮つめてあめのように固めた、黒くてにがい薬。腹痛などに効く。奈良県の吉野大峯の洞川(ドロカワ)製を良薬とする。

 「吉野大峯の洞川製を良薬とする」というのがおかしい。なんでだろう。余談だが、以前仕事の同僚が大辞林編集に人生をかけた人の知人だったらしく、いろいろ裏話を聞いたものだが、なにか思い入れがあるのだろうか。いや、単に「洞川製を良薬とする」ということは古典常識だよと諭したかったのだろうか。
 ネットをひいてみると、洞川製といっても奈良県吉野郡天川村洞川にはいくつか老舗があるようだ。ネットからは「銭谷小角堂」というのが、ドメイン名からして目立つ(参照)。名前からして小角の伝説が語られているのだが、小角については今回は立ち入るのはやめておこう。
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死者の書・身毒丸
 私は陀羅尼助というと、奈良の当麻寺に詣でるたびになんとなく買っている。面白い時代になったもので、ネットでも購入できるようだ(参照)。当麻寺にホームページがあること自体面白い。当麻曼陀羅もネットで拝見できるが、こういうものは現物を見に行くほうがいい(なお、拝観できるのはレプリカで、現物自体は拝観できない)。当麻寺では曼陀羅の画像も販売している。私は折口信夫に傾倒した時期があり、池田弥三郎注を越える注を付け「死者の書」を現代語訳したいと思ってすらいた。死者の書は当麻寺の中将姫の物語でもある。
 当麻寺の陀羅尼助についての解説は、先の当麻寺のサイトでも見ることができる(参照)。まぁ、どれを見ても成分などは同じで、基本はキハダ、つまり、黄檗になる。
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フジイ陀羅尼助丸
 黄檗(黄柏)は、漢方材の一つ。アルカロイドであるベルベリンを含む。中国の禅宗黄檗宗の由来にもなるくらいなので中国にも多い生薬なのだが、古典的な漢方である傷寒論の主要な処方では見あたらない。有名なのは、黄連解毒湯だが、半夏白朮天麻湯、荊芥連翹湯にも含まれている。が、いずれも、中成医薬に近い。むしろ黄檗は和薬と見ていいだろう。日本人は千五百年は利用し続けていた。何に効くかといえば、とりあえずはベルベリンの抗菌作用(グラム陽性・陰性菌・淋菌へ)だが、収斂剤として、健胃・整腸にも利用されてきた。単純に言えば、万能薬と言っていいだろう。
 この黄檗が日本近代では、クレオソートと配合され、「正露丸」ができる。余談だが、「正露丸」は歴史的には「征露丸」である(参照)。日露戦争に勝ったことを記念して命名されたものだ。「正露丸」に変わったのは第二次世界大戦後であろうか。テレビのCMなどで「ラッパのマークの」とあるのは、そうでないマークの正露丸もあるためだ。ちなみに、大幸製薬の成分はこうである。

正露丸 9粒、成人の1日最大服用量、中
日局クレオソート…400mg
日局オウバク末…300mg
日局アセンヤク末…200mg
日局カンゾウ末…150mg
陳皮末…300mg

 余談だが、なぜ「ラッパのマーク」かということも解説が必要な時代になってしまった。ネットを引くと誤解も多い。ラッパといえば、死ぬまでラッパを話さなかった木口小平(キグチコヘイ)である。彼が亡くなったのは日露戦争ではなく日清戦争とされているが、おそらく伝説であろう。
 関西の薬屋でよく見かけるのは、藤井利三郎薬房のもので、本店の蛙も見たことがあるが面白い(参照)。この成分は次のようになっている。

一日量(60粒中)
オウバク軟稠エキス…1000mg
日局 ゲンノショウコ末…1000mg
延命草末…570mg
日局 ゲンチアナ末…500mg
日局 センブリ末…30mg

 成分中、ゲンチアナは、フランス料理好きならご存じかもしれないが、苦みのアペリティブSuzeの苦み成分である。Suzeについては触れないが、これはなかなかうまいので、お試しあれ。
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御岳百草丸
 私はこの陀羅尼助を愛用していたかというと、そこはそれ、ディアスポラの信州人である。百草丸を好んでいた。気分が悪いときなど、仁丹のように舐めていると、その苦みに癒される。百草丸もまた黄檗主体の和薬である。百草丸にもいくつかブランドがあるが、私が好んだのは長野県製薬御岳百草丸である(参照)。長野県製薬にもホームページがあり、百草丸の歴史が書かれていて面白い(参照)。いや、まったく面白い時代になったものだ。

修験者の間で脈々と受け継がれたオウバクエキス薬は大和国では「だらにすけ」として、そして後に高野山では空海の教え「大師だらに錠」として、また御嶽には覚明、普寛両行者の教え「百草」として伝わる事となる。当然の事ながらその製法は漢方にない日本独自のものである。

 成分は黄檗主体だが、やや違う。

60粒、成人の1日服用量、中
オウバクエキス…800mg
コウボク末…700mg
ゲンノショウコ末…500mg
ビャクジュツ末…500mg
センブリ末…35mg

 こうして改めて成分を見るといろいろ考えさせられる。ふと思い出したのだが、天武天皇が晩年病気になるとき、確か日本書紀では白朮(ビャクジュツ)が献上されていたはずだ。天武天皇は信州文化と奇妙に関係が深い。
 そして、あれっと思ったのだが、厚朴がこんなに多いのかということだ。これでは、黄檗と厚朴の製剤といっていいほどだ、というあたりで、奇妙なことを思い出した。これって、Reloraではないか。
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リローラ
 Reloraは一昨年前あたりから、アメリカで多少ブームになっているダイエット薬である。甘味欲求を減らしストレスを軽減させることで痩せるというのだ。もっとも、それは効能ではなく噂のようでもあるが、販売元では小規模な臨床実験をしていて(参照)、それなりの効果があったという。日本でも輸入品で販売されているようだ。サプリンクスというショップからひく(参照)。

ストレスからの過食予防ハーブ!
リローラは、ミカン科キハダとモクレン科ホウノキから抽出された成分を合わせて配合した商品です。ストレスから来る、過食に対して非常に効果があるという事で、アメリカ国内でも注目をされている新成分です。ストレスホルモンのコルチゾールを減らすことも分かっており、リラックス効果とストレスによる過食を抑え、まさにストレスの多い現代人向けのサプリメントです。

 成分はどうやら、黄檗と厚朴の配合らしい。配合比が特許らしいのだが、基本的にこの配合でなんらかの効果があるというなら、百草丸でも効きそうな気がする。
 とま、健康情報にガセ話を流布してもなんなのでこのくらいにするが、こんなものが特許サプリメントというのは、日本の百草丸を考慮すると、イカンのではないかとも思う。ところで、百草丸で痩せた、ストレスが軽減したという人がいたら、教えてほしい。私も使っているが、特にどってことはない。肥満でもないからか。

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コメント

勉強になりました。ありがとうございます!

投稿: 竹中 大志 | 2012.01.16 20:37

百草丸はひどい下痢が一発で治りました。

投稿: ワイ | 2017.12.24 10:40

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