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2004.02.22

日本は米国に貢いでいるのか?

 私は、日本は「米国に貢いでいる」と考えてきた。しかし、そうなのか? 前回「日本の景気は回復しているのだが」(参照)を書いてから、いろいろ考え込んだ。わからない、というのが当面の率直な結論であると当時に、「米国に貢いでいる」というのは結果の一つの評価にすぎないだろうと思うようになった。結果というのは、それが選択肢を持つ政策として理解するのは難しいという意味だ。
 具体的な、政策の側面でいうなら、とりあえず、円介入をすべきだったか?という問いになるだろう。現実は、日本はがんがん円介入を行なった。しかし、円介入をしない、という政策は有効だったのか? つまり、通貨レートは市場に任せるべきなのか。
 実際にその局面での私の考えは、がんがん円介入せよだった。米国の双子の赤字はあるにせよ、急激な円高の局面は危険な投機を誘発するものであり、漫画風に言うなら、「日本国をもてあそばれてたまるかよ」である。なお、昨年の介入額だが、貿易黒字2倍に相当する20兆円である。今年は1月だけで6兆円を超えた。これが米国債に化ける。米国財政赤字の1/5くらいの補填になる。
 だが、中・長期的な局面でいうなら、そうした介入の意義について私はわからない。数年の内に、日本政府の為替介入額は150兆円を超えるかもしれない。そこまでしての円防衛が、結果的に日本の市民社会に有益なのか、私にはわからない。
 が、とりあえず、従来の産業部門重視という日本の「使命」にはかなっていることは、わかる。消費者からも一部の産業界からも「円高、ええんちゃいますか、それもまた好機や」と言う声は聞こえない(あるいはそういう声はあるのか)。
 この状況を日本版ニューズウィーク「日米が突き進む『金融心中』への道」(2.11)でピーター・タスカは問題視し、こう言う。


 誰もが言うように国の財政が本当に破綻寸前なら、何十兆円もの金がどこから出るのか。日銀が刷っているのだ。その一方で日銀は、市中から金を吸い上げることで、影響を相殺している。これは日銀と財務省の間の取引だから、増税や国債の新規発行の必要はない。
 ここで浮かんできた疑問に、誰か答えてくれないだろうか。日銀はアメリカの減税を間接的に支えているのに、なぜ日本の減税を直接支えないのか。日本政府はイラクの経済復興を支援しているのに、なぜ破綻寸前の日本の地域経済を立て直そうとしないのか。
 日本のエリートは、年金や医療保険制度の崩壊を競うように警告している。だが、どちらも経済が回復すれば、それほど深刻な問題ではなくなるはずだ。そんな暇があるなら、なぜ庶民の生活の質を高めるために力を尽くさないのか。
 そして最後に――日本の庶民は、なぜ「一億総貧乏」意識にとらわれ、世界最大の債権国の市民として、ものを考えないのか。

 タスカの指摘は単純だ。円介入に使う金を日本の市場に直接回せ。
 ここでよくわからないのは、このタスカの提言は、基本的にリフレ派の意見と同じではないだろうか。で、そうだとしたとき、リフレ派は、日本の円介入にどう見ているのだろうか。そこは、率直に意見を聞きたいと思うところだ。単純極まる問題にするなら、財布の中身の札を、米国に投資するのか、国内に投資するのか。それとも、どっちにしても、それは同じなのだろうか(そうかもしれない)?
 話を少し戻す。よくある疑問だ。この状況を「米国に貢いでいる」というなら、この膨大な円介入を行うのは財務省の陰謀なのか?
 この問いに答えるのは簡単だ。陰謀のような主体は存在しない。ではなぜ、陰謀にも見えるようなことが実際に起きるのか?
 私は財務省というものが、そういう目的に出来ているからだと思う。そういう目的とは、10年も前にウォルフレンが「民を愚かに保て」で指摘したとおりだ、と思っている。

 ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国と比べてみると、日本という国は、消費者より大規模製造業を優遇する社会になっている。「バブル経済」の消長にともなってさまざまの目をみはらせる現象が出現したが、これとても日本の市民が身銭を切って大企業を支援してきたという長い歴史に沿っていたというべきである(もうひとつ、よくわかる例をあげるならば、60年代と70年代を通して集められた家計貯蓄は、預金先の銀行を経て産業部門に直接融資された。預金利率は低く、一方で消費者向け貸し出しは未発達だった)。家計部門から産業部門へと組織的に日本の富を移動させることで、日本の大企業は世界市場において並はずれた優位性を手にすることができた。

 この認識にウォルフレンの間違いがあるだろうか。それとも、これは財務(大蔵)省の陰謀なのだろうか。いや、そういうふうに(産業部門を重視するように)日本の政府が出来ているからそうしただけのことだと私思う。つまり、オートマチックな現象にすぎない。
 そして同じメカニズムが、オートマチックに今でも、円介入においても、同じように作動してるだけなのではないか。この思いを私は払拭できない。繰り返すが、陰謀があるわけではない。もともと、そういうシステムなのだ。
 話がめんどくさくなるのは、ウォルフレンの例でも子細に見れば、それが日本国民の利益を奪っていたのかよくわからないということだ。同様に、昨今の円介入を例としても、日本国民の富を「米国に貢いでいる」がゆえに日本の富が減少した、とはいえないことだ。
 話はむしろ逆で、日本の富を増やしている。単純な話、米国のほうが金利がいいのだから、当たり前といえば当たり前だ。しかも、この利益は日本の市場に還元されるし(CSFB「為替介入に隠されたもうひとつの意義」(参照PDF))、結果的に「非付胎化介入」(参照)による円は市場に流れる。つまり、リフレなのだ。こんなのアリ? だから、むしろ、結果的なリフレ効果をうむための効果的な施策だとも言えないことはない。でも、そう言う?
 ここでもう一度、顔を洗って「日本は米国に貢いでいるのか?」と問うとき、昨今の日米間の摩擦の無さというか、米国の弱腰にすら見える状況は、むしろ、「貢ぐ」という言葉のニュアンスと逆の様相を持っているように私には思われる。日本は韓国に対して右寄りであれ左寄りであれゆがんだ視点を持ちがちだが、この間の米韓関係の軋轢を見ていると、日本からは想像しがたいものがあった。これが日本に及ばないのは、日本への配慮だろう、としか思えない。
 円介入の状況については、日本国内ではしだいに風当たりも強くなってきている。例えば、朝日新聞ニュース「日本の米国債買い越し、15兆円 03年度、前年の5倍」(参照)では、状況から「日米双方にゆがみをもたらしつつある」と言う。

日本の03年の米国債の買い越し額が前年の5倍近い1489億ドル(約15兆9000億円)に達し、財政赤字が膨らむ米国を買い支える日本という構図が鮮明になった。その「立役者」は昨年、日本が行った20兆円超(約1860億ドル)の円売りドル買い介入。介入で得たドルの大半で日本の財務省が米国債を買った。その突出した規模は、日米双方にゆがみをもたらしつつある。

 しかし、記事からは、なにが「ゆがみ」なのかわかりづらい。ほとんど反米のくさしのようにも受け取れる。

米国債の買い支えは、米国の長期金利の安定と株高を促し、それが日本の株高にもつながる「微妙なバランス」を維持している。三菱証券の水野和夫チーフエコノミストは「バランスが崩れるのを恐れ、介入を麻薬のようにやめられず、外国為替資金特別会計は米支援会計のようになった。米国債の大量購入は、米国の財政規律を緩めるおそれもある」と指摘する。

 鉄面皮に「米国の長期金利の安定と株高を促し、それが日本の株高になるなら、日米双方にけっこうなこと」と言ってみたい気もする。
 だが、こうした朝日のくさしとは別に、私は、そうしないと世界経済はやってらんないのだろうなと思う。
 私の視点はこのあたりから「と」かもしれないが、こうした必死の日米のマッチポンプのような背景にはもう一つ中国があるのだろうと思う。
 ふーんと思ったのだが、邱永漢の「保険株・銀行株が続々香港で上場へ」(参照)の指摘だ。中国の銀行は大量の不良債権を持っているが、現状の湯水のような外資の流れ込みでなんとななるというのだ。中国政府についてこう彼はこういう。

政府は不良債権や不良資産を消す資金に
困らなくなりました。
いま現にやっていることは
代表的な金融機関の不良債権を
政府資金で帳消しにして
きれいな身体にして嫁に出すことです。

 うぁ~という感じがする。米国と日本と中国で、なにか必死に演劇をしてるような印象を受ける。
 で、どうする? 踊るしかないのではないか。カーニバルの季節だし。

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