仏教入門その3
浄土教については、自分の宗教的な関心から歴史的な関心がおろそかになりがちになる。だが浄土教に宗教的な救済を求めることは無意味だとも思う。が、それは確実に私の一部となっている。
15年くらい前になる。一人熊野詣で山を越えて歩き回ったことがある。山の中腹でふと振り返ると、眼下に昔の大社跡が、それがなるほどというくらい、浄土のように美しく見えた。浄土教というのは、あの美しさや輝きを持つものだと思った。また、のたれ死にも悪くないと思えるほどの孤独に感覚が麻痺していたころ、当麻寺の練供養会式の後の春の夕暮れが浄土を連想させるほど美しかった。飛鳥のレンゲ田にたたずみながら、多数の天人たちが今、大空から駆け下りてきても不思議でなく思えた。あの陶酔感や、沖縄のエイサーのもつ躍動感のなかに、浄土教の歴史的な扉があるのだと思う。その美に惹かれる。それでいて私は宗教的にはいつも浄土教にはなにかに戸惑っている。
![]() 人生論ノート 三木清 |
親鸞について書かれたもので私が一番深く影響を受けたのは亀井勝一郎の「親鸞」である。旺文社文庫のものだ。現在では全集でしか読めないのではないだろうか。この本の評価は難しい。だが、とにかくそれが私の一部であったことがある。亀井勝一郎については全集も読んだが、今となっては親鸞以外残るところはあまりない。保田與重郎も忘れた。
![]() 最後の親鸞 |
![]() 歎異抄 |
教行信証関連で、自分にとって気になるのは、親鸞が阿弥陀という存在を「自然(じねん)を知らしむる料なり」としている点だ。この問題は私にとってキリスト教的な神学的な問題でもある。妙好人において、阿弥陀は「あなた」という二人称的な存在であったが、親鸞の内部ではそうした人格性の存在(マルチン・ブーバーの言う我-汝の存在)が解体されていたのではないか。それは、人の究極の救済において可能なのか、という点だ。わからない。
親鸞は和讃も面白い。「親鸞和讃集」も岩波文庫にある。親鸞の言葉の感覚の繊細さを文学として論じたものは、先の亀井以外に見たことがない。
![]() 法然の哀しみ |
![]() 蓮如 |
浄土教については、まるで藤原道長のごとくだが、自分の死の瞬間という問題ともときおり関係している。私は確実に死ぬ。私が死を迎えるとき、その意識性はどのような自然性を持つのだろうか。雑駁に考えれば、死の恐怖は、死の瞬間にピークを迎えるようでもあるし、諸生物を見ても、差し迫る死から逃れるように出来ている。が、生物には、死を歓喜として促すなんらかの仕組みが埋め込まれているようにも見える。それが、死の瞬間に作動するのではないか。それが浄土教の意味ではないか。そのまばゆいばかりの美のなかで人は死ねるのではないか。それは、たぶん、妄想である。恐らく、死は眠りと変わりないだろう。
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コメント
私自身は、天台大師のありがたい教えを学ぼうともせず、称名念仏以外何もしないなどというのはけしからん、という考えの持ち主です。
善導大師や法然上人の時代ならいざ知らず、こんなありがたい時代に、南無阿弥陀仏で全部済まそうなどというのは、富士山の五合目までタクシーで登っておきながら、バスの乗車運賃しか払わないようなものです。現代の浄土仏教は、信者に、観仏も阿弥陀経の写経読誦も行わせるべきだと思います。曇鸞和尚が浄土仏教を志した動機が唯識論なのだから、浄土仏教の信仰者たちも唯識論を学ぶ機会を持つべきです。
こういう話はしますけれど、私自身は法然上人は大好きなんです。新橋に行く用事があるときは、できる限り芝増上寺に参拝して、称名念仏を十唱してます。
郷に入れば郷に従えです。柴又帝釈天の題経寺におまいりするときは、南無妙法蓮華経を三回唱えてます。
私自身は禅宗ですから、南無釈迦牟尼仏です。般若心経は、本来は密教の経典だそうだけれど、基本的には顕教の経典で通用しているのです。
漢訳仏典と、サンスクリット原典と、チベット語訳仏典がどれも容易に入手できる世の中になってほしいと思っています。それが今の世の阿弥陀如来の救いだと思います。
投稿: 阿弥陀如来の救い | 2009.01.08 08:49
妙智会の宮本ミツ会主様は、カルト教団に巣くっている動物霊やいろいろな人たちの守護霊を霊視できる霊能者であったという話を聞いたことがあります。
でも、その宮本会主様でさえ、本来の花まつりは旧暦の4月8日であることをご存知でなかったんです。会主様は明治の生まれで、以前は、政府が新暦しか使わせませんでしたから、釈尊のご誕生が旧暦の4月8日であることをご存知でなかったんだと思いますが、どんなに優れた人でも、霊能者であっても、知らないことは知らないんで、これはどうにもならないようなんです。
芝増上寺は、新盆も月遅れ盆も年中行事みたいです。その、芝増上寺に2007年4月2日の旧ねはん会の日に参拝したとき、確認したら、増上寺の若いお坊さんたちはこの日が旧ねはん会であることを知りませんでした、当然。
花まつりをはじめたのは、浄土宗のはずです。明治と違って、現在は、新暦を使わないと処罰される時代ではありません。
日本の仏教の各宗派には、正月と盆なんかは新暦でお祝いしてもいいから、釈尊の誕生、成道、入寂の記念の儀式は、新暦ではなく、明治以前のように旧暦で執り行っていただきたいものだと思います。
投稿: enneagram | 2009.04.05 08:33