« 新聞社説という不快 | トップページ | [書評]芸者(増田小夜・平凡社ライブラリー) »

2004.01.05

いやそれなら、信濃国

 共同のニュースを引用する。「『信州』への改称検討 田中康夫長野知事」というニュースだ(参照)。


長野県の田中康夫知事は5日の仕事始め式で、長野県から「信州」への改称を検討していることを明らかにした。理由として「『信州』は既に認知され、評価されている」などと語った。

 ひぇ~である。やるなぁである。そんなの他府県人にはまるで関心なかろうが、それこそ信州人の悲願でもある。信州ナショナリズムの泣かせ所を突いている。それをやったら、私ですら、ヤッシー贔屓になってしまうかもしれない、と、理性が飛ぶ。いやそれなら、信濃国のほうが…とか。ああ、海こそなけれ物さわに、よろず足らわぬことぞなき、である。かくいう私はディアスポラの信州人でもある。この関連は「トラジ、トラジ」(11.20)や「仁科五郎盛信を巡る雑談」(11.02)など。
 長野県人は他府県人には「長野県人」というが、内心では「信州人」だと思っている。沖縄県人と「うちなーんちゅ」みたいなものだ。もっとも、若い世代はそうもいかないのだが、それを言えば、キムチを食わない韓国人だっている…てな話になる。
 しかし、そういう信州というのは、実は近代の産物でもある。信州は、もともとは、中世イタリアみたいに、小国家的な14藩が盆地を中心に寄り添っていただけだ。信濃の国はじっしゅう(10州)にぃ、である。
 大政奉還、明治になってもまだ当初は長野県と筑摩県に分かれていた。このほうがまだ自然だ。だが、明治政府は長野を県庁所在としたことで、勝手に長野県にまとめてしまった。信州人が合点したわけでもない。ヤッシーの今回の方針は象山佐久間先生の信州人の遺恨でもあるのだ。
 「長野」県がなんとか持ちこたえていたのは、県庁所在地にある善光寺がけっこうキーになっている。あれは、信州をイタリアに例えればローマのようなものだ。あれを県庁に抑えられているのでしかたがない、というのは冗談だが、善光寺は信州の象徴でもある。ディアスポラの信州人でも一生に一度は善光寺参りをしなくてはならないし、一日五回の聖地礼拝は欠かせない。冗談です。
 長野県が信州になるなら、ついでに、あの「野沢菜」という醜い名称も止めて貰いたい(製法も昔のように塩漬けだけにせよ)。「野沢菜漬け」など論外である。「な」でいい。「お菜」というほうが信州人らしい。「お葉漬け」もいいだろう。正しい食べ方は、お茶を飲みながら食べるのである。お茶といっても、普通の茶ではない。茶にも信州人の作法があるのだ。伝授しよう。急須に一度番茶を入れる。この先が難しい。そのまま十煎を越えようが茶葉を変えてはいけない。これが極意だ。それではお湯ではないか!と批判してはいけない。そして、相手の茶碗に湯、もとい、茶がなくなったら、さっと継ぎ足す。これが信州人の礼儀でもある。
 信州人は政治的な民族でもある。こたつに足をつっこみながら、そして若者は政談を交わし、老人は「たくらねごと」と呟く。いいぞ、そうではなくては信州人とは言えない。
 長野県が信州に改名したら、今度は「ずくなし追放運動」を推進してもらいたい(ディープなジョークですみません)。

|

« 新聞社説という不快 | トップページ | [書評]芸者(増田小夜・平凡社ライブラリー) »

「雑記」カテゴリの記事

コメント

あけましておめでとうございます。信州人でございます。
お葉漬けに一票です。

投稿: 信州人読者 | 2004.01.05 18:07

「お葉漬け」一票ありがとございます。ま、お茶(白湯)でも。(余談ですが、今でも女子高校生は紺のトレパンを履いているのでしょうか。ああ、信州)

投稿: finalvent | 2004.01.06 09:46

ほお、と驚きのニュースだったのですが、これ、記事を良く読むと単に改名の話じゃなかったんですね(道州制がらみ?)。あと、県民総意として納得な提言なのか、それとも長野周辺の県の北部と松本周辺の県の南部とでやはり温度差があるのか…といったこともよそ事ながら気になります。←http://www2.diary.ne.jp/user/95992/とか読むと温度差がやはりあるのでしょうか。
ちなみにわたしは信州には数回旅にいっただけですけどとても良い思い出が残っている元関西人です。信州人の議論好きイメージは司馬遼太郎で形成しましたが、あってるのかな…。

投稿: yukatti | 2004.01.06 20:39

yukattiさん、ども。そう、「信州県」ということではないみたいですね。ますます、信州人は燃えてしまいますが、といいつつ、現長野県ですが、実は方言も3つくらいのタイプに分かれるみたいです。もともと一つの信州人意識ではないのに、明治国家に対抗して強まったのかもしれません。それにしても、信州人の「信濃の国」という歌への愛着は深いものです。まるで国歌です。とま、信州人は議論好きです(社会党・共産党もけっこう強かったりします)。日垣隆とか、ちとかっこよすぎますが、佐久間象山っていう感じです。

投稿: finalvent | 2004.01.06 22:06

出る釘は打たれる・・打ちのめされる・・静かにしておればよい。理屈を言う女は男に相手にされない(女相手に同じ土俵に乗ろうとしない?乗ってるからそうなるんでしょ!)初対面の女には目も合わせない(多分はにかみ屋なだけ)。凄く嫌われているかと心配になるくらい。初対面の女性に対して「おめえ」と呼ぶ(これはただの方言)。初めは、喧嘩でも吹っかけられているのかと、憮然とした。僻んでいないといいながら、他人の悪口を平気で言ってコケ下ろし、優越に浸る。最近やっと分かってきたことが、これら。だから何よ?って。こういう風に思う自分がここで暮らしていかれるように、自分から溶けていくしかないんです。隣近所からおすそ分けや、お葉漬けを教えてもらえるほどになって来た今、気にならなくなっても来ていますね。女性よりも、男性の方が付き合いにくさを感じます。

投稿: godmother | 2007.08.30 09:54

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: いやそれなら、信濃国:

» お蕎麦(そば)のお稲荷(いなり)さん:NHK朝ドラ「つばさ」がおませな訳は? [godmotherの料理レシピ日記]
 NHK朝の連続ドラマ「つばさ」(参照☛)の舞台は、埼玉県の川越市内の老舗和菓子屋さんです。川越というと実家も近いし懐かしさもあって見始めたのですが、先週から何となく重たいテーマで、気持ちが遠のくのを... [続きを読む]

受信: 2009.05.28 11:40

« 新聞社説という不快 | トップページ | [書評]芸者(増田小夜・平凡社ライブラリー) »