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2004.01.27

[書評]秋日子かく語りき(大島弓子)

cover
(C)角川書店
 個人的な話から始める。先日実家に行って死んだ父に線香をあげ、母の愚痴を聞きいた後、10年前に出奔したままの自分の部屋にこっそりと入り、書架を見ると、一番手前に「秋日子かく語りき」があった。他に大島弓子は1冊のみ。人に貸して返ってきていない。誰に貸したかも覚えていない。大島弓子が、あすかコミックに移り、それからサバの話ばかりになるまで、よく買っては読んだ。  あの時代、と言って何年前だろう。1987年、15年前か。つい昔のような気がする。井の頭公園にはまだビーバーがいたころだ。ハナ子さんは今でも元気でほっとする。私は30歳になった。少女漫画なんか読んでいたのか? 多少はね。そういう時代だった。なにより、大島弓子の作品は、ものすごいクオリティが続いていた。こんな作品を人間が書き続けることが可能なだろうかとも思った。不安な感じがした。  日焼けた「秋日子かく語りき」をぱらぱらとめくって読みかえしてみた。きっかけは、NHKの「ちょっと待って、神様」(参照)である。つまり、これの原作である。ふとしたきっかけで放映されると知り、HDレコーダーに予約セットして見ることにした。見た。面白い。映像も音楽いい。よく出来たドラマだなと思った。原作と違う点も多いなとも思った。フランクリンのエピソードはよく活かしているなと思う。  1週目が終わり、どんどん原作から離れていく。あれ?という感じがした。ただ、どうもドラマが心にひっかかる。原作を読み直してみようと思った。まさか、自分の昔の書架の度真ん前に待っているかのようにあるとは思ってもいなかった。  10年ぶりに読む原作は、意外なほど強烈だった。昔の漫画だなとも思うのだが、最後シーンで、自分の心のなかのなにかが氷になるように静止した。ネタバレで申し訳ないが、恐ろしいとも思える言葉が記されていた。10年前の私には、読みながら読み落としていたのだ。その言葉は、秋日子の友人、薬子のものだ。キャラクターは高校生である。
夜空に
”美しく青木ドナウ”が
流れて
秋日子の言葉が
みんなの心を
一瞬ホッとさせ
そして
それぞれが
未来の転生のことを
夢見ていた

しかし
わたしは

花や蝶になりたいと
いうのでなければ
我々はとってもちかい
今生(みらい)のうちに
それぞれの夢を
かなえることが
できるのだと
固くそう思っていた


 薬子は絶望を抱いているキャラクターではない。シニックではあるが、冷静である。だが、その冷静さのなかに、ひっそりとした、ある種の絶望があるのだと思う。それは、未来に自分の夢など叶うことがないと諦めている高校生だ。人生には、夢などないと思って生きている少女である。
cover
(C)角川書店
 が、その少女の前に現れた、少女秋日子---その内実はおよそ人生に夢などなかったかのような竜子54歳---がどたばたを起こした。そして、7日の後、薬子は、生きることが可能なのだと確信するようになる。
 この奇妙な確信は、ドラマ「ちょっと待って、神様」の宮崎あおい演じる秋日子に与えられている。ドラマの秋日子は、生きることをほとんど断念した少女であったからだ。その意味で、このドラマは、単に原作をアレンジした別ものではなく、原作のもっともコアな部分をストレートに展開しているとも言える。他の主人公たちも、みな、生きることの緩慢な絶望に浸されている。脚本家浅野妙子はある意味、徹底的に大島弓子を読み抜いているし、ディテールには大島弓子的な配慮も多い(キースジャレット趣味は違うだろうが)。
 しかし、原作を読み返し、この言葉に立ち止まりながら、その生きる確信が、過去形で語られていること、「それぞれの夢をかなえることができるのだと固くそう思っていた」ということ、これは、当然ながら、陰影がある。ふと大島弓子が何歳の時の作品だったかと思って、愕然とした。大島弓子は私よりちょうど10歳年上である。私が30歳のとき、彼女は40歳である。私は今46歳だし、彼女は56歳なのだ。
 「秋日子かく語りき」を書いた40歳の大島弓子という存在を、私は考えていなかった。30歳から見れば、40歳とははるか彼方の存在であり、まして女性である。30歳の男の私は、それほど若い女に関心があるわけではないが、まだ青春の失恋に5年後も打ちのめされていた分、年若い女性しか見ていなかった。
 このところ、岸本葉子の癌のこと、酒井順子の「負け犬」だの読みながら、自分の世代から自分より一回りくらい歳が違う女性の、生き様を決するあたりの言葉を読みながら、そのすべてにおいて(マンションを買う、癌になる…)など、結果的に先行していた大島弓子の40歳ということを考えた(浅野妙子も40少し過ぎである)。40歳の大島弓子にとって、秋日子による薬子の啓示、「それぞれの夢をかなえることができるのだと固くそう思っていた」ということはどういう意味を持っていたのだろう。
 かつてはそう信じていたが今は信じられないといった単調なものではない。しかし、かなえるべき夢の時間は、40歳という歳ではすでにある程度の総括をしてもいい時期だ。
 作中の竜子54歳は、それでも少女の秋日子として、「そう遠くない」青年期の生の可能性を語るのだが、それを越えた大島弓子と竜子の人生の時間の距離は、どのような生の可能性の意味をもっていたのだろうか。それとも「セイシュンっていうやつ」が、完成したあとで、そのような、後年の生の可能性を問うことは、あまり意味がないのだろうか。いや、この作品自体がそういう「セイシュンっていうやつ」が花となったものだろうな。
 そうか、「セイシュンっていうやつ」だなと、46歳の男である私は思う。思えば、10年前、すべてをかなぐりすてて出奔した自分はかろうじてセイシュンっていうやつだったかのかもしれない。言いながら、照れて苦笑するが、嘘の気持ちでもない。
 ヘッセの「ガラス玉演技」の主人公ヨーゼフ・クネヒトは、ものの最初に籠もる不思議な力を詩にうたっていたが、「セイシュンっていうやつ」は人生に意味を与えるのだろうと思う。それは、失われてみえるかのようでいながら、ある青年期一時期の問題でもないのだろう。「秋日子かく語りき」の洒落のもとであるツァラトゥストラは、至高の午後をもって、永劫回帰という生のナンセンスを受諾しているのである。
 ドラマ「ちょっと待って、神様」まだ終わっていない。原作のように、深夜のフォークダンスで終わるのだろうか、気になる。すでに決まった脚本だろうが、そう期待したいなとも思う。

追記 2.7
ドラマ「ちょっと待って、神様」は最終回をむかえた。それに合わせてブログのリンクを修正した。このブログで期待していた、原作に近い最終回の映像とは少し違った。ドラマでは一種のキャンプファイアーシーン。なので原作のエンディングが考慮されていたとも言えるだろうが、むしろ、ドラマの海の朝焼けのシーンが良かった。あれは脚本家の意図だろうか。それでも制作側の強い意志がないとできないので、あのロケはよくやるなと思った。これだけドラマで見ると宮崎あおいのファンになってしまうのはしかたがないか。泉ピン子もよくやっていた。父役津嘉山正種はかっこよすぎ。勝地涼君は好演。裕木奈江演じる、ドラマだけのキャラ原田ゆかりは不思議な印象を残した。ある意味、美しく描いてはいない。脚本家のある種の自省が反映しているのだろうか。結果的に若い人たちに見て欲しいドラマだったなと思う。

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「書評」カテゴリの記事

コメント

はじめまして☆ リンク&トラバさせていただきました。
ドラマと原作とはけっこう違うんですね。
原作、ますます読みたくなりました。

投稿: mille | 2004.02.07 01:58

milleさん、初めまして。私も最終回まで見たのですが、最終回の映像的な部分はかなり原作と違っていました。ドラマのほうは海の朝焼けが美しかったです。原作は意外に短い物語です。そして、他の短編もかなりいいです。

投稿: finalvent | 2004.02.07 08:03

finalventさん、レスありがとうございます。
そうですね、海の朝焼け、ほんとにきれいでした。
この物語が短編というのは意外でした。amazonなどで見つけられたので、読んでみたいと思っています。

投稿: mille | 2004.02.09 23:46

milleさん、どうも。この本は、偉そうな言い方で恥ずかしいのですが、深く人生の宝になると思います。ブログ本文ではふれなかったのですが、作品としては、同書にある「庭はみどり川はブルー」のほうがより文学性が高いかもしれません。NHKのドラマは、この作品を内包しているという感じも受けました。

投稿: finalvent | 2004.02.10 09:11

やっぱり大島弓子読んでみることにします
(ほかにもいろんな方が薦められてたし・・あと、猫作家みたいだし)

あと、同著者で「緑の国星」も気になってます

投稿: m_um_u | 2004.02.11 06:19

m_um_uさん、どうも。ええ、面白いですよ、きっと。損はないです。大島弓子は、選集ができる前期、アスカ時代、その後みたいな3つの時代があるような気がします。前期については、橋本治がうまく言い当てていて、影響強すぎです。大島弓子はファン(吉本ばななもそう)とか研究者?も多いのですが、あまりそうした累積にひるまず、素直に読まれるといいと思います。ちょっと僭越ですが。

投稿: finalvent | 2004.02.11 10:07

はい、じゃあとりあえず素直に当たってみます (*^-^*)

投稿: m_um_u | 2004.02.11 11:36

そういうわけで購読いたしました。

素直な感想として・・
なんか・・神話みたいだな、って思いました。

「神話みたいに多様な解釈を許すつくりをする人だな」って・・

んで、作品自体の感想ですが・・
やはり、極東さんが指摘されていた、最後の薬子の語りのところが気になりました

ぼくにはこれが、現在のリストラ社会の中で、職を転々としなければいけない人々へのエールのように感じました。

あと、個人的な雑感として
「転生」ということには以前からすごく興味があって・・
「19~20歳のときにこの作品に出会っていたら、またなにか変わっていたのかもしれない・・」って思いました
(この時期が一番、こういうことで悩んだ時期だったので・・)


そして、将来再読したときにはまた違った感慨をもつのかも・・

そういう予感を感じさせてくれた作品でした


大島弓子の作品はほかにもいろいろ購入してみたので、ゆっくり楽しんでいこうかと思います。

ご紹介ありがとうございました m(_ _)m

投稿: m_um_u | 2004.02.14 21:42

はじめまして。。「ちょっと待って神様」は、毎回涙ぐみながら見ておりました。最終回の朝焼けのシーン、振り返ると秋日子に戻っているというシーン、感動的でした。最近は1988年版の原作本を読んで、あれこれ考えています。実は私は元日に首吊り自殺未遂をやらかしたのです。事情はいろいろと・・。死とは何か、生きるとはどういう事か、いろんな事を考えています。  原作には、秋日子(になった竜子)が、真っ暗な我が家を見ているところとか、(ああわたし、美しき青きドナウを踊るんだわ)と思うところとか、感動する場面が多いですね。最後の薬子のモノローグ・・ハスを描いたページは、涙なくしては見られません。31歳の男の私には不似合いかもしれませんが。。なぜ自分は死ななければならなかったのか・・?自己愛が強いと思われても仕方ありませんが、死を選ばなければならなかった自分が不憫で泣けてくるのです。竜子と秋日子は、私の人生になんらかの影響を与えると思います。
これからもこの本を読んでは泣こうと思います。長くなりました。すみません、失礼いたします。

投稿: 春日 歩 | 2004.02.20 20:35

春日さん、こんにちは。傍からみると誤読かもしれないけど、ある作品を読み込めるというのはよいことだと思うのです。私など、書物に恋をするかどうかが重要だったなと思います。

ちょっと話がとんちんかんになりますが、私は自分は鬱の傾向があり(実際ありますが)、また自殺の傾向もあるかと思っていたのですが、これだけ、鬱や自殺傾向の人々がネットなどで可視になってみると、自分は違うな、その違いは、心の問題でもないなと思うようになりました。

自分はうっすらとですが、自殺というのは、一種の他殺というか、ある種の内的な切迫の強迫反復のようなものの、その疲労感から出るのかもしれないと思うようになりました。デュルケムの自殺論を理解社会学的?に見ることもできるかと、というようなことはどうでもいいことですが。

ふととんちんかんなひらめきというか、私自身の内面的な苦しみはいつも旅があったな、旅の経験とはなんだろ、と思って、「侮辱されること」というのが浮かびました。自虐的な意味ではなく、旅先で未知の人と会い、侮辱される経験というのは、ある意味よいものです。くそてめー、みたいな。苦しみというのはどこかで理解(愛)されたいものですが、それを微塵にくだく、無神経な人々との関わり。くそテメーが泊めてくれないなら、また野宿かみたいな。なんか、生きるってこうかみたいに思ったことがあります。

なんか、ハズシた話ですみません。


投稿: finalvent | 2004.02.21 08:06

m_um_uさん、コメント遅れてすみません。大島作品の感想面白かったです。大島は前期作風を好む人もいるし、ある種、受け付けないとまでいわなくても、なにがおもしろいねん、みたいな受け止めかたもあります。大島はある意味、文学的に読み込めちゃうので、それが欠点の面もあるかと(大島ファンにしかられそうだが)思います。しかし、大島の世界は、実は文学にならないのですよ。吉本ばななが近いかもしれないのですが。

投稿: finalvent | 2004.02.21 08:09

あ・いや、コメント遅れとかそういうのは気にしてないです。
それより、極東さんの旅の話が面白くて・・
確かにそういうのはあったなぁ、と
(ぼくの場合、よいとまけ現場でしたが・・)

やっぱ、「なにくそッ」って気持ちなんでしょうかね?
(こうやって書いてしまうと薄っぺらくなってしまう感じですが・・)
そういう気持ちってのはあらゆる場面であるような気がします。硬い資料とか当たってるときとかでも、「・・なんでおめーにそこまで言われないとイカンのか?」、って思ったときから読み込みが早くなる感じがして・・(これは個人的性分かもしれませんが・・)

あと、大島弓子はいまちょっと止まってます。
でも、吉本ばななに近いっていうのは興味深いです(吉本も好きなので)。じゃあ、やっぱじっくり読んでいくこととします(*^-^*)

投稿: m_um_u | 2004.02.21 08:50

finalventさん、御返事ありがとうございます。
暗い話ですみませんが、自殺する時って、精神状態がまともじゃないのですね。「今しか死ぬチャンスはない!勇気を出せ!」ということしか頭にありませんでした。以前の私は、とても自殺するような人間ではありませんでした。医師によると、うつ病ではないが、うつ状態だということでした。
そんな中で出会った作品なのです。一生忘れられない作品になるでしょう。私はこの作品を「愛して」いるのだと思います。
学ぶべきことが多すぎる・・というのが現在の感想です。これから読み込んで、いろんな解釈をしていきたいです。
私こそ、ハズしたコメントですみません。

投稿: 春日 歩 | 2004.02.21 11:05

・・すいません
いまごろ気づいたんですが、これって・・
「ツァラスストラかく語りき」でしたね・・・(^^;)

まったくもってお恥ずかしいです・・・。

そして、最後のセリフは「永劫回帰」をさしていたのですね・・(つまり、<永劫に回帰する現世を見せることによる、来世への期待感への否定 ⇒ 現世(いま)の問題は現世で(いま)解決しろ>、という・・)

・・いまごろ気づきました・・。
あまりにもちょっと迂闊でした・・え・と、なんか書いたらtrackbackいたします m(_ _)m

投稿: m_um_u | 2004.02.22 21:45

m_um_u さん、すごくこの作品を読み込んでいらっしゃるのですね。現世の問題は現世で解決しろ・・・耳の痛い言葉です。

投稿: 春日 歩 | 2004.02.22 21:52

>春日さん

いや・・ちょっと・・迂闊でした

最近になってこの人の恐ろしさを感じています
たぶん・・おそろしくいろんなものを読んでいた方のように思います。
(それか勘がやたら鋭かったか・・)

ほかにも既視感の感覚とか・・

とりあえず、ほんとに読み応えのある人にめぐり会えたんだな、って気持ちです (*^-^*)

投稿: m_um_u | 2004.02.22 23:10

m_um_u さん。恐ろしい・・ですか?大島さんがですか?
う~む、私はまだその域には達していないです。
これから恐ろしさを知るのでしょうか・・?
今はまだ、心の中の古傷に触られるような感覚です。
観念的な表現になってしまいますね。すみません。。

投稿: 春日 歩 | 2004.02.22 23:52

久しぶりに、「秋日子かく語りき」を読み返して、大島弓子という人は、未だに男性を知らないのじゃないかな、と思いました。処女の感性と言うのは、どこか男性の感覚と通じるところがあって、だから大島弓子には男性のファンが多いのかな、と。
それはともかく、あとがきで「大叔母さんが、結婚せずにずっと家にいた人で、物心ついたころから毎日寝しなに本を読んでくれた。・・・ああいう風になりたかった」みたいな事が書いてあって、ああそうか、って思った。昔は、そういう人が決して「負け犬」とは呼ばれず、家庭の調停役をしていたものですが。大家族で、身近にそういうモデルがいると、サバとの悠々自適生活も、比較的やりやすいかなって、ちょっと羨ましいです。

投稿: ジュリア | 2010.01.09 16:05

はじめまして。

私は、最近、人のブログを読み始めたばかりなのですが、その中にこちらの「極東ブログ」と何度かでていて、名前だけは知っていました。
前に、大島弓子さんを検索していたらこちらにたどり着きました。
どこかに書いてありましたが、大島弓子さんには、男性ファンが結構多いそうですが、実はこちらの「極東・・」を私は「極道・・」かなと、(字が違いますがイメージで)昔ヤクザで今は足をあらって堅気になった人が書いてるブログかと思っていたので、そんな人まで読んでいるのかと驚きました。
違いましたが。

男の人が大島さんを読むきっかけは何かなと疑問に思います。
自分で本を買われたそうですが、今よりも、昔(失礼)はもっと抵抗があったのではないかと思いますが、それでも買わせてしまう大島さんの本は凄いと思います。

私は、凄く好きな曲をみつけた(出会った時)いつも、今日まで生きてきて良かったと、(死んでたら聞けなかった)と思うのですが、初めて大島さんの本を読んだ時、「大島弓子さんがいたら、本があれば生きていける」と思いました。まだ、読んで無い方が多いのですが、サイトを見ていると、マンガのセリフとか少しでてたりして、その一言だけでも、同じ気持ちになります。心を持っていかれてしまいます。

私が大島さんを好きになった頃、大島さんについて、
「女学生たちが、まるで福音書を読む様に、何度も繰返し読んだ」
と言う風に書いていた人がいましたが、その通りだと思いました。でも、福音書がよく分かって無いので、本屋で観たりしたけど、聖書の付属本?(神様の有難い言葉の詩集の様な)結局分かって無いのですが。

自分の事ばかりだらだら書いて、失礼致しました。

投稿: コンコン | 2012.03.15 10:09

場違い、抵レベルのコメント大変申し訳ありませんでした。

投稿: コンコン | 2012.03.15 20:04

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