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2004.01.24

なぜ極東ブログはイラク分割案を取らないか

 現在のイラクを同認識するか、どうあるべきかという問題について、極東ブログ「イラクはシーア派主導の民主国家にはなりえないか」(参照)は、Doc-show-logの「イラク主権移譲メモ」(参照)へのトラックバックとして書いた。これに対して、再度Doc-show-logより「イラクの民主主義に関して」(参照)のトラックバックをいただいた。Doc-show-logのこの展開は非常に明晰であり、逆に失礼な言い方になってしまうのだが、ありがちなタメの議論にならなかったことを第一に感謝したい。
 Doc-show-log「イラクの民主主義に関して」の見解について、概ね異論はない。細部の認識の違いはあり、それは後段である程度言及したいが、その認識の違いが、大元の問題をどれだけ支持しえているのかということが、Doc-show-logと極東ブログの双方の課題であろし、これらのブログを関心を持って読まれている方の思索の資となればよいだろう。
 大元の問題は、イラクの今後のモデルであると思う。これに現状のイラクおよびそれを取り巻く世界情勢と歴史の問題が関連しているからだ。この問題について、やや粗雑だが、次のような命題になるだろう。


極東ブログ
国民投票を実施し、シーア派メインの体制を作れ
Doc-show-log
連邦制で各地域にイラクを分割し、バグダードは独立行政区にする

 極東ブログ説の補足の前に、両説の基本に米国への距離がある点に注意を促したい。加えて、おそらく、現実的には米国はDoc-show-logの案を取るのではないかと思われるという当方の認識も表明しておきたい。
 分割案の説得性はスンニ派とシーア派の対立の緩和や石油の問題というより、現状すでにクルド人たちは、事実上の独立を進めておりこの現状を含み込まざるをえないという点が重要だろう。
 その意味で、極東ブログの案のほうが遙かに暴論であると理解している。この点はDoc-show-logの認識が正しい。


共同の記事でもCIAが米軍撤退後の混乱を予測しているという報道がなされているが、国軍も官僚制も機能していない現段階のイラクで民主選挙を行なっても全くの形骸でしかない。

 では、極東ブログ説はここで引くのかというと、そうではない。悪い冗談を書くのかと苦笑されるだろうが、少し補足したい。
 危険な意見だが、シーア派を立てると極東ブログが言う背景にはクルドを内戦的に押さえ込め、そして、イラクとアメリカを疲弊させよ、という考えがある。
 この案を採れば、現状ではすまされないほど被害が出ることは間違いないが、国民国家を志向させるための苦しみであり、民族意識を低レベルの状態から国家維持に向けるためのプロセスとして歴史を見れば不思議ではない。問題は被害のレベルだ。それをある程度の悲惨さの地点で国連をダシにし、独仏を巻き込むかたちで国際圧力をかけるようにすればよいだろう。
 メリットは、まず、米国の有志連合構想をくじくのに都合がよいことだ。日本はおたおたしていても、事態はある程度進む。イラクはどうするかといえば、その後はイラク軍部の台頭を許せばいい。第二のサダムを作るのである。さすがにそう言うのは憚るものがあるが、問題はサダムの作り方だったのではないか。発端のブログでトルコモデルに言及したのは空論ではない。パキスタンの軟化を見ても、こうした国家を自立させるためには国家内に圧力をかけるための軍事的な統一が不可欠になる。
 田中宇ばりの空論というか悪いジョークに聞こえるかもしれないし、非難はあるだろう。
 以下、Doc-show-logからの指摘の個別の問題に簡単に触れておきたい。基本的に、これらの問題にはそれほど重要性はないと思われる。
 シスタニの非政教分離的発言について。大筋でDoc-show-logがシスタニを政教分離を支持しないと見るのは正しい。私も彼の本音は政教分離ではないと思う。しかし、国際政治のレベルでシスタニを押さえ込めばよいということと、現状のイランの軟化と同じように仕向けていくことは可能だろう。シスタニが国政に宗教を関与させないとのそぶりを見せているのはただのフェイクというより、イラクという国家に生きてきた人間の生活者の認識であると、肯定的に評価したい。
 イスラムの他宗教に対する姿勢。この問題の近代国家との関連について、Doc-show-logには極東ブログの「なぜフランスはスカーフを禁止するのか」(参照)を参照していただけたらと思う。次に、私はイスラムはその人口分布から多分にアジアの宗教であると考えている。マハティールを想起していただきたい。アジアの多数のイスラムは近代世界との大きな軋轢を好まない。むしろ、イスラム問題をアラブに偏らせているのはサウジなのである。Doc-show-logが「イスラミストの中では戦闘姿勢になっている」と見る認識は間違っているとは思わないが、この問題はイスラムのサウジ問題の派生だと極東ブログは考えている。サウジの問題とはアメリカの問題でもある。
 イラクのシーア派について。Doc-show-logの認識は正しい。極東ブログとしては、現状、また、しばらくの間、イラク・シーア派が吹きまくるイラクの民族主義がどうスンニ派やクルドを巻き込んでいくかのほうに関心を持つ。つまり、問題の前面はイラク・シーア派ではなく、幻想にすぎないのだがイラク国民という意識の展開であり、イラク・シーア派はその背後の問題になると考える。
 民主国家イラクの可能性について、以上の議論中に含まれているので、繰り返しの言及は避けたい。

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