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2004.01.23

国立劇場おきなわ、で、トホホ

 朝日新聞社説「南の劇場――チャンプルーの新風を」をよんでトホホとかつぶやいてしまった。知らない人もいるかもしれないで冒頭を引用する。


 沖縄県浦添市に政府の沖縄振興策としてつくられた「国立劇場おきなわ」で、きょうから開場記念公演が始まる。
 国立の劇場はこれまで東京と大阪にしかなかった。琉球王国以来の芸能を伝える劇場を。そんな地元の誘致が実現した。

 そりゃよかったと言いたい。トホホなんて言いたくない。というわけで、あまり詳細に触れる気はない。でっかい箱ができて終わりにしないでくれとも思うが、沖縄県民に関係ないこの箱を沖縄県民が利用できるような宴会場にしたほうがいいと思う。
 朝日新聞社は沖縄の地元新聞社沖縄タイムスと記者交換をやっている。交換された記者たちはそれぞれよく相手を理解しているから、朝日新聞は沖縄の現状をよく知っている。沖縄タイムスのほうも本土のサヨっていうかよく知るようになる。筑紫哲也も復帰時のそういう青年であった。娘の名、ゆうな、も洒落ではない。沖縄は記者によっては深い経験を残す。
 この社説も裏もよく理解して書いてある。トホホなんて言うべきじゃないなと思うが、トホホと口をつく。

 こけら落としを前に「国立劇場にふさわしい出し物にできるのか」といった不安の声も聞かれた。組踊の役者たちは長く生計を立てることに追われ、発声や演技を十分磨いてきたとは言い難いからだ。

 そーゆーことなのだが、が、沖縄のものすごい結婚式に参加した経験者なら、吉例余興で沖縄人の尻もジークル(自黒)とも限らないなと知るともに、演芸が消えることもないことを知っている。二十代半ばの女性だって、「あんたももうおばんさんなんだらカジャデフー(かぎやで風)練習しなさい」である。組踊りとは違うが、組踊りに派生するものもが消えることはないだろう。そして、戦後の状況を見れば、沖縄の芸能を民衆が支えていたのである。国立劇場もいいのかもしれないが、玉城村にある「うどい」を支援したほうがいい。ご関心があれば琉球新報ニュース 公演5000回達成/玉城村の琉球舞踊館「うどい」を参照して欲しい。近くにチャーリーという戦後沖縄料理の代表のレストランもある。
 些細なことだが、朝日新聞もわかっていて言うのだろうがこれは、ちといただけない

 沖縄にはチャンプルーという名物料理がある。外来のものを地元の食材と混ぜて調理し、独特の風味を生み出す。新しい劇場もそんな精神で沖縄の外にも目を向け、知恵や活力を取り込んで幅を広げたい。

 うちなーんちゅうもそう考えている人が多いが、ちゃんぷるーは、島豆腐を必ず使うのである。アジクーター味と泡盛も欠かせない。残念ながら沖縄で普通の島豆腐を探すことは簡単ではない。アジクーター味はMSGとポークになっている。これもトホホである。
 トホホついでの余談だが、古賀潤一郎は高卒で確定した。週刊文春に調査の原コピーがあるが学位がないと記載されていた。B.A.が問題だったようだ。それにしても、他の米大学も学歴が嘘らしい。胡麻臭いやっちゃなと思うが、この男、私より1つ歳下。ある意味似たような境遇で似たような時代を生きてきたのだろうなと思う。私はきちんとB.A.はあるが、人生の面では敗残者である。我ながら胡麻臭い人生でもある。日々之トホホである。が、古賀潤一郎みたいに生きてこなくて良かったなとは思う。人生のなかに嘘を組み込んで生きるほど自分は強くない。アメリカの大学の卒業式は、映画などで見るように、あのヘンテコなガウンと大隈重信のような帽子をかぶる。あの帽子に変なちっこいハタキみたいなぶら下がっているが、あれは実は伊達でも洒落でもない。それを知った経験は忘れられないものだ。学資を出してくれた親の恩でもあるし、教師への恩でもあるし、自分の青春でもある。忘れることはない。
 古賀潤一郎さん、今からでも欠落した単位を取れ。Undergraduateなら再入学は難しくはないよ。

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