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2004.01.23

イラクはシーア派主導の民主国家にはなりえないか

 極東ブログ「イラクがシーア派になるのはしかたないこと」(参照)に対して、ブログDoc-show-logより「イラク主権移譲メモ」(参照)のトラックバックをいただいた。意見に関心を持って頂いた点に感謝したい。トラックバックの趣旨は、私が、イラクはシーア派主導の民主国家を志向すべきだろうという意見に反対の意見を述べられていることだ。
 Doc-show-logの認識のセンスはよく、非難は感じない。議論の是非は各人が考えればいいだろう。ただ、今回は本格的なトラックバックによる意見交換が可能なので、私も応答したい。
 結論から言うのだが、極東ブログの意見に強みがあるわけでもなく、Doc-show-logに解決を志向した見解が提示されているわけではない、と見る。Doc-show-logの思索の戦略について言えば、極東ブログもそうだが歴史志向ではあるものの、あまりに迂回過ぎるだろう。
 まず重要なことだがDoc-show-logからは意見評価に関わるファクツの提示があった。それは、BBCのニュースからシーア派指導者シスタニの発言を引いて、彼は本音では政教分離主義者ではないというのである。


"There is no guarantee that such a convention will draft a constitution upholding the Iraqi people's interests and expressing their national identity, founded on Islam and lofty social values."
発言の主はアヤトラ・アリー・シスターニー。世界で5人しかいない十二イマーム派最高位のアーヤトッラー・オズマーである。
普段、アヤトラ・シスターニーは政教分離主義者といわれているが、本音が上の発言で暴露されている。

 非難するわけではないし、極東ブログも粗雑な議論を展開することが多いことは承知だが、当の問題の評価を与えるファクツの提示としては、これでは粗雑過ぎる。
理由はこうだ。

  1. このBBC発言は政教分離の否定を述べたものではない。いわば、イスラム指導者のクリシェに過ぎない。
  2. このBBC発言はオフィシャルな発言ではない。
  3. 極東ブログはシスタニが政教分離主義者であるとは述べているわけではない。

 諸点について補足するまでもないことだが、3については若干補足が必要かもしれない。というのは、Doc-show-logの指摘は極東ブログの以下の言及中の「悪玉視されているシーア派シスタニ」に折り込み済みでだからである。

幸い、悪玉視されているシーア派シスタニは、イラン革命のホメイニとは違い、政治に聖職者が関わるべきではないと認識している。

 米国的な民主化の点からは「悪玉視されているシーア派シスタニ」をうまく使いこなせということがポイントだ。また、基本的には歴史主義的な視点に立つ極東ブログから言えば、Doc-show-logが「30万人以上いるキリスト教徒や、世俗主義者をものの見事に抹殺している」とイスラムを見るのは歴史認識からも正確ではない。イスラム政治は本質的に宗教に寛容な性質を持っている。というのは、歴史的にイスラムとは経済支配の機能が優先されるからだ。広義の交易システムかもしれないと思う(実は中国の皇帝性も同じ)。諸宗教が経済秩序をおびやさかさない限り、イスラムでは異教徒は税の問題に還元される。このことは広義に現代のサウジですらあてはまる。
 迂回はこのくらにしよう。ではどう考えたらいいのかという結論を再考したい。結論は、極東ブログの先の認識に変更が必要なのか?という点だ。現状ではノーである。
 最大の理由は、日本のような自由主義国家はイラクにプラクティカルな民主政治を期待するしかないという前提から、現状のイランの軟化のようにシーア派国家を国際世界に組み入れていくべきだからだ。ただ、トルコを志向すればいいかということについては、Doc-show-logの認識のほう冷酷で、その分、正しいだろう(ただしクルド認識は甘いかなとは思う)。
 さて、私からのDoc-show-logへの関心は、破邪ではなく正見である。どうすればいいのか。
 私が読む限り、Doc-show-logは、アメリカが提案していた連邦制を是としているように見える。あるいは、油田の権益を確保しつつ国家を分断させろということなのか。
 後者であれば、イラクのシーアを国際ルールに引きずり込むという点で、大筋で極東ブログの認識に立つのだと思われる。
 前者、つまり、アメリカの旧シナリオを是とするのだろうか。だとすると、ニューズウィーク編集長ザカリア(日本版1.28「視点 超大国アメリカが頭を下げるとき」)より滑稽な現状認識ではないだろうか。
 タメの批判がしたいわけではない。当方もこの問題の筋が見づらいと感じるのは率直なところだ。国連委譲を計るべきか、国家分断か、あるいはシーア派を立てるかというチョイスから、極東ブログは3点目を選んだのであるが、これが優れたソリューションではないことは明白なので、その欠点だけ展開されてもなという思いはある。

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» イラクの民主主義に関して [Doc-show-log]
前回のentryで言及した極東ブログから応答としてイラクはシーア派主導の民主国家にはなりえないかという記事が出された。あの文はかなり乱暴に書いている部分もあり、... [続きを読む]

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