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2004.01.22

良い正月である

 正月である。中国では春節の祝い。韓国も旧暦で正月を祝う。ふと気が付いたのだが、正月に韓国ではトックという餅に似たものを雑煮のように食べるのだが、これってまさに雑煮なのではないか。まさか日本の風習?とも思うが出だしからこの話題ではつらいのでパス。
 沖縄も地域によっては旧正月を祝う。ヰーショーガチデービル! 沖縄テレビは今日午後二時から正月吉例東西民謡歌合戦の再放送を流す。古い町並みを歩けば民謡がやけに聞こえる日である。
 「沖縄も地域によっては」といったものの、その地域は主に漁撈民(海人)の地域だ。今日を正月休日とするせいか糸満が例によく挙げられるし、港の大漁旗は確かに絵になる、が、糸満市自体は西崎を中心に新興住宅地になっているので、糸満とひと言でくくれるわけでもない。むしろ、玉城村の奥武島のほうが面白い。短い橋一本の先に実は沖縄から独立した島があるのだ(半分冗談)。
 沖縄の正月行事はいろいろ言われているが、総領家(嫡子の家、とーとーめーのある家)でないとあまり見られない。が、今、そんな家はどのくらいあるのだろうか。100軒に1軒くらいじゃないか、と、うちなーんちゅ訊いてみると、いや10軒に1軒はある、と答える。話にならん(ちなみにこの話はジョークである)。
 若水の風習は表だって見られない。が、この話は民俗学的に収録されているので、ネットなどにも散見する。困ったことだな、ともちと思う。沖縄のこうした風習は、つい、日本民俗学のバイアスがかかるのだ。そして、文章化されたものが伝聞ゲームで広まる。オリジナルな情報は少ない。と、愚痴るのだが、うちなーんちゅですら、その伝言ゲーム的情報を沖縄の伝統だと思いこむ例は少なくない。ま、いいか。なんくるないさ
 総領家に限らない正月の風習としては、キッチンに潜んでいる火ヌ神(ひぬかん)へのお供えがある。あれは、香港などで見られる「火土君」である。「ひぬかん」の語源は「火土君」かなとも思うが、香港あたりのお札の表記では火土が一文字なので違うだろう。いずれにせよ、起源は同じでも沖縄のは香港のほど派手ではない。かまど神ということでは本土にもあるが、この話には今日は立ち入らない。
 沖縄の線香と礼拝も香港とほぼ同じだが、「恭禧發財」とは言わない。那覇あたりでは、「ウワカク ナミソーチ」と言うらしい。が、那覇近在で正月を何度も過ごしたが、聞いたことはない。南部のうちなーんちゅに聞いてみる。「ウワカク ナミソーチ」って言うのか? 答え「知らん」。話にならん。意味は「若くなりましたね」と言うのである。年取りなのだから、「老」を祝っているのだろうが不思議だ。この風習は鹿児島あたりでもあるらしい。いみくじわからん
 沖縄の旧正月が表面上撲滅したのは、新正運動の成果である。と、書いてものの、「新正運動」でよかったのか。ネットを検索したら極東ブログしかヒットしない。やべぇ。もちろん、正確に言えば、「新正月一本化運動」である。これを略して「新正運動」だと記憶しているが、どうだろう。
 それにしても、旧正月を撲滅すべく「新正月一本化運動」ってなことが沖縄で行われていたのである。呆れたものだが、こうした問題を歴史学なり社会学で扱った例を知らない。あるのだろうか。小熊英二は知らないんじゃないか。
 「新正月一本化運動」を推進したのは、新生活運動推進協議会である。これは、広義に「新生活運動」と呼ばれている。1947年片山哲の内閣が推進したものだ。新生活運動として「新日本建設国民運動要領」とやらを作り、県単位に新生活運動推進協議会を作った。もしかすると歴史に疎い世代も増えてきたようなので老婆心ながら補足すると、片山内閣は社会党の内閣である。おタカさんだの福島瑞穂だののご先輩である。戦後社会党政権が日本の伝統である旧正月の撲滅に邁進したのである。社会主義政策だね。
 1951年から52年にかけて、主婦連、総評、全国地婦連(「ちふれ」である)も参加。新生活推進主婦大会なども活発に開かれた。おいおいである。こいつら戦後も千人針みてーなことをやっていたのである。で、本土の場合は、旧正月撲滅というより、お盆の撲滅にかかった。みなさん、変だとは思わないか、日本のお盆。休日が工場労働シフトになっているのはこのウラがあるのだ。歴史とはこういうことを知るために学べである。
 ちなみに、この覆面社会主義運動のその後はどうなったのか、実はまだ二階に暮らしているのである、みたいなオチになる。1974年第1次石油危機が一息つくや、(財)新生活運動協会は生息地を省エネに定めて、「資源を大切にする運動関係団体推進会議」から「資源とエネルギーを大切にする国民運動中央連絡会議」へと進化! 地方組織は「省資源・省エネルギー国民運動地方推進会議」とした。そして、1982年、(財)新生活運動協会は「(財)あしたの日本を創る協会」に名称を変更し、何をするかというと、環境問題に取り組むようになったのである。ポケモン進化!のようではあるが、サヨ丸出しである。が、よくわかんないが、地方によっては、いまだに新生活運動協会が存在しているようだ。なんだそれ?である。
 話を沖縄の旧正に戻す。沖縄でも、本土に遅れること5年、1956年、米軍下の琉球政府に新生活運動推進協議会ができて、新正月一本化運動のエンジンになった。に、してもだ、1956年、私が生まれる前年、沖縄はまだ日本に復帰していなかった。ちなみに、奄美は1953年12月25日米軍の本土へのクリスマスプレゼントとしてか日本に復帰を果たしていた。この時の話は干刈あがたのエッセイが興味深い。1956年といえば沖縄には焦りもあったのだろうし、新正運動もそうした文脈にあったのだろう、と言って間違いでもないのだが、実際のうちなーんちゅうの女性にしてみれば、ショーガチが二度ある、はぁ、デージナンギやっさである。ギョージはすべてオードブル5000円で終わりにしたいものである、と書いても本土人には通じないかもしれないが、解説は省略する。
 旧正月の話はこれでおしまいとしたいのが、も一つ余談。こうしてみると、沖縄は旧正月を大切にしてアジアっぽくていいじゃんと思う馬鹿者もいるかもしれない。違うぞ。2001年、中国と沖縄で旧暦が一日ずれたことがある。同じ旧暦といっても、暦の基準となる地点が違うので旧暦でも時差が起きるのだ。え?その基準ってどこ?と思って調べてみたことがある。たしか、中国は西安だった。つまり、長安である。燕の都にして北方の駐屯地北京ではなかった。ほほぉである。旧暦の季節感覚は確かに長安であるなと思う。で、日本は?というと標準時を流用しているので源氏物語ゆかりというわけではないのだが、明石なのである。ほいじゃ、バンクーバーの春節はどうなるべぇと思って調べたら、長安基準の暦を使っていた。というわけで、実は、沖縄の旧正月も極めて近代日本的なのである。

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コメント

面白い話ですねえ。知らないことばかりです。

本題とはあまり関係ないですが「ちふれ」ってあの化粧品のちふれですよね。

http://www.chifure.co.jp/

最近テレビコマーシャルやってますね。

投稿: さいもん | 2004.01.22 13:48

さいもんさん、どもです。ええ、ちふれです。
http://www.chifuren.gr.jp/news-bk/320/newsback-320.htm
とま、こういうのは「教養」じゃないです。

投稿: finalvent | 2004.01.22 13:58

ええ「情報」ですね。

しかし、千人針社会運動とくっ付いているのもあれば、訳わからん新興宗教とくっついているものもあり、経営者がカリスマ過ぎて宗教団体よりそれっぽい会社もあったり、挙句の果てにはハンセン病差別…。

化粧品って面白いですね。

投稿: さいもん | 2004.01.23 01:56

どもです。新生活運動もそうですが、組織ができて金が流れると、組織って目的なんてどうでもいいのですよね、なんというか。

投稿: finalvent | 2004.01.23 09:30

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