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2004.01.17

阪神大震災から9年

 1月17日である。今夜の月は曇るのである、という話もさすがに聞かれなくなった。私たちの世代のアイドル山口百恵の誕生日である。先日国立の増田書店に入ったら、入り口にミニコミ誌の広告なのか旦那の写真が貼ってあった。現代は17日といえば阪神大震災だ。新聞各紙もこの話題を取り上げている。予定原稿だったわりに、読ませるのは日経の「切迫する地震へ備え急げ」だけだ。文章を練りすぎたのかちと趣味が悪いのが残念だが、ネタは、昨年3月、ドイツのミュンヘン再保険が発表した大都市の災害危険度指数だ。それによると、地震の切迫という点では東京がダントツで、防災関係者や企業経営者に大きな衝撃を与えたというのだが、どうだろうか。


 東京・横浜地区は、710と2位のサンフランシスコ(167)を大きく引き離し1位となった。首都直撃の地震が切迫していると指摘されているのに、何もせずに活火山の火口で暮らしているような無防備ぶりに警告を発したものといえよう。

 そう書いて間違いでもない。この問題は極東ブログでもいろいろ考え続けた。特に昨年9月の串田予言はいい機会だった。ご関心があれば、「地震が来るのか?」(9.12と「地震予告とその後のこと」(9.25を読んでいたたきたい。阪神大震災については、「どこに日本の州兵はいるのか!」(11.17)で書いた以上の思いはない。
 私の結論から言えば、前回の関東大震災レベルは来ない。要点はこうだ。

M8レベルの、関東南部の周期は200年。ということは、プレート移動の隣接で起きるタイプの関東大震災はまず私の目の黒い内には来ない。ただ、M7レベルの直下型は断層で発生する可能性はある。阪神大震災がこれだ。この直下型地震の周期は活動期に入ったと見ることもできる。

 阪神大震災レベルの地震は東京でも起きうる。日経の社説は恐怖を駆り立てるタイプのレトリックに堕している部分があるが、都の被害推定である、死者7100人、建物全壊は4万3000棟、とするは、まさに阪神大震災レベルを意味している。被害規模の推定が少ないようにも思えるが、妥当な線ではないか。そして、この妥当な線には、阪神大震災の時の政府の無策が含まれているとすれば、都行政の尽力でその半分くらいまでに被害が縮小できるのではないかと思う。
 その意味で日経の社説ではなく毎日新聞社説だが、「巨大地震対策 住民、地域の防災力高めよう」の結語は良いことを言っているようでいて、実は大間違いである。

こういった対策が十分に機能するには、住民や地域が「安全」と「安心」のために、みずから知恵を出し、汗を流す心構えが、なにより肝要である。

 くどいが、そういうふうに考えていくことは無駄だ。合理的な行政の課題なのだ。
 関連した話題を追っておく。朝日新聞社説「震災対策――住宅支援制度に賛成だ」は標題のように震災時の支援制度を扱っている。朝日にしては冷静に、そうした制度が運営できるのか懸念しているが、その点は私も朝日に同意見だ。また、朝日は結語近くで補強費用についてちらと肯定的に言及したものの、論述は逃げているが、私は耐震補強の有効性に疑いを持っている。産経はもう少し耐震補強を肯定しているが、裏が書いてないので、くだらない。
 「耐震補強」というのは意味があるのだろうか? ブログなので言うのが、正確な情報のトラックバックが欲しいなと思う。

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「生活」カテゴリの記事

コメント

散人先生の貴重なトラックバックを戴きました。ありがとうございます。それと関連して、yukattiの記事を勝手に以下リンクです。

阪神大震災忌
http://d.hatena.ne.jp/yukatti/20040117#p1

読ませていただいて、私なりの教訓もまとめておきます。

個人対応では:
●飲料水を常に確保しておく
●寝室やリビングに大きな家具を置かない
●寝るときは眼鏡をいつも枕元に

行政対応では:
散人先生曰わく「ボロ家には住まないこと。古い家は例外なく壊れてしまった。」は、現実的にはそうだろうと思います。ただ、旧家でも耐震は可能だというのを「コウアン先生の人を殺さない住宅」(小学館)で読みました。

公共の飲料水の確保は行政的に対応したほうがいいのでしょうね。なんとか簡易濾過器で対応できないものかとも思います。

投稿: finalvent | 2004.01.17 16:21

リンクと言及ありがとうございます。

飲料水・生活用水の供給ですが、神戸の場合はわりに対応が早くて、夜には給水車が来ました。
直後の混乱している数時間を乗り切れるかどうか…がひとつのポイントで、最低限それだけは(国の危機管理方針としては個人で3日間分確保せよと言っているようですが)。#わたしは自宅にはペットボトルをケースで買ってひとりあたり6本、外出する時にはいつも飲料水のボトルを持参しています。

ただ前述しましたように、なにぶん給水車ですから、ふんだんに得られるわけではない。
飲料水で手一杯で、生活用水の確保のほうが難しかったです。#避難所などの最大の問題のひとつだったと思います。
プールや風呂のくみ置き水があるととても助かりました。

>公共の飲料水の確保は行政的に対応したほうがいいのでしょうね。なんとか簡易濾過器で対応できないものかとも思います。

給水車が来たのは配水所が機能しなくなった/水道管破壊、などで水道ライフラインが破壊され、水の供給そのものがとまったからですが
消防用水の点などはここではおいておいて個人の飲料水・生活用水の確保の話に絞ると、
そうなったときの都会の場合の問題点としては
・避難所の問題…全員が避難所などの設備には人数的には入れないので、少々のことなら自宅やテントなどで被災生活に入ります。避難所ならある程度、食料や水の確保などは楽なのですが、避難所外は機敏に小器用に動いて都会サバイバルをしなくてはなりません。
・簡易濾過器…実際に使用されていましたし準備があるといいとも思うんですが、そもそも手近に水源はあるのか、というのがひとつ。家まで水は来ない、避難所は人でいっぱい、近くに河や井戸などがあればいいんですが。
・給水車、簡易水道などによる公共的提供…お年寄りなど身体的弱者の方がやはり大変そうでした。水を自宅まで運ぶお手伝いをしたりしました。
被災生活ではことばがわからない外国人、聴覚障害者等々アナウンスが得られない人々も苦労が多かったとのことです。

投稿: yukatti | 2004.01.17 21:32

yukattiさん、ありがとうございます。率直なところ、自分の思いを越えた圧倒的なリアリティに強く感銘を受けます。あの悲惨な経験からプラクティカルに学ばなければいけないことがたくさんあるのだと思いました。つまり、行政が…という前に行政に実務的な指令を与えるだけの市民が必要になる。考えつづけます。

投稿: finalvent | 2004.01.18 08:55

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» 1/17 Today 阪神大震災 (1995.1.17) [Letter from Yochomachi]
散人は阪神大震災での幸運な生き残り組である。危うく死にかけた。瓦礫の中なら脱出できたのは、いま考えても奇跡的だと思う。あまり思い出したくない記憶であるが、むかし書いた文章があるのでご紹介します。 [続きを読む]

受信: 2004.01.17 11:03

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