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2004.01.28

ラジオ、深沢道子、70年代

 ラジオが好きだ。聞くのも作るのも。よく作った。最初はいつだっただろう。小学一年生以前かもしれない。エナメル線の手巻きに多数の半円形の板が回るバリコン、ゲルマニウム検波器っていうやつだ。今でも覚えている。三球、四球、五球(スーパーヘテロダイン)、一石、一石レフ、六石…ああ、こういうノスタルジーに浸るのはやだなと思うが、甘美な思いはする。完成品の高性能なラジオも好きだ。SONYのはいいぞぉと思う。聞くの好きだ。北朝鮮や北ベトナムの放送も聞いた。別に左翼っていうわけじゃない。日本じゃない変な国の日本語がよかった。
 今はAMのNHKとFENくらいしか聞かない。TBSも文化放送も聞かない。秋川リサとかすてきなお姉さんという感じだった。深町純に詩を送ったら曲を付けてくれた、ってその放送の日だけ風邪で寝ていて、あとで女の子から、あなたの詩?ときかれて、照れた。みのさんもいい人だった。小島イッケイ(どう書くのだ)。久米宏もラジオだった。なっちゃんちゃこちゃん。土曜日の夜の終わりはいつも…ヤングタウン・トーキョー。ああ、ださ。

cover
戦争をやめよう
 いっぱい持ってたヤングセンスも捨てるんじゃなかったなと悔やむ。こうしたご時世だからどっかで高い値段で売っているのだろうな。ピンクピクルスとか、今、どんなだろう。かぐや姫も初期のが面白かった。グランドファンクレイルロードの後楽園も風邪で行けなかった。今週のSPAの福田和也と坪内祐三の対談だとあれは口パクだったらしい。ピンク・フロイドも箱根に見に行きたかったけど、まだお子ちゃまだったからな。ああ、ラジオ。
 FM放送も昔は美しかったなと思う。ジェットストームは別にいいけど、深沢道子「男の心、女の心」はもう一度聞きたいなと思う。なんかあの声と、ああ、大人の世界だぁ、という感じがたまらなかったなぁ。1975年ころか。高校生だったか。あのとき、深沢道子は何歳くらいだったのだろう。ぐぐってみてもあまり情報はない。書店で検索しても、近年の著作は少ないみたいだ。知らなかったのだが、彼女、交流分析やゲシュタルトセラピーとか専門だったのか。
 私は交流分析は関心なかったが、大学生のころは、ゲシュタルトセラピーのフリッツ・パールズにけっこう入れ込んでいたことがあった。ふーん、という感じだ。
 あれから25年、いや30年近いのか。深沢道子、あのころ、30歳代だったのかな。いやもう少し上だろうか。って、もう少し上でも、今の俺より若いのか。でも、大人っていう感じだった。この永遠に到達しない大人の女っていう感じは、なんなのだろう。
 そういえば、マリーネ・デートリッヒの公演を見たことがある。いつのことだろう。白黒テレビか。終わって立ち上がる観衆が爺ぃばっかし。
cover
バエズ武道館公演
 ジョーンバエズが武道館で、アカペラで、ニクソン馬鹿野郎を歌ったとき、あれは天使のように見えた。その後、彼女は声を失ったというが、また戻ってきたという公演をテレビで見た。おばさんという感じだった。きれいだった。アメイジンググレースはなんか聖なる感じだった。
 1970年代かぁ、万博も見た。あのときの小学六年生の付録のガイドブックは実家にあるんじゃないか。
 未来が、世界が、遠いかなたにあった。学校をふけた友だちに、湖畔で、どうしたんだよとか問いつめる青春もあった。彼は今も未婚。友だちが窓越しに、オリビアニュートンジョンのLPを借りに来た。彼は離婚して子供をひきとった。感傷するにはまだまだけっこうしょっぱいなと思う。それに、いまひとつうまく思い出せない。思い出したくないっていう感じもする。
 でも、深沢道子DJの復刻CDとかあったら、欲しいなと思う。

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コメント

ラジオ、SONY、AM、FEN、TBS、文化放送、小島イッケイ(どう書くのだ)→一慶、久米宏、なっちゃんちゃこちゃん→野沢那智&白石冬美、ヤングタウン・トーキョー、ピンクピクルス、かぐや姫、ピンク・フロイド、ああ、ラジオ。
ジェットストーム、あれから25年、いや30年近いのか。
・・・・・・・・・・・・・・いっとき!高校生に戻れました。
でも、申し訳あいません、深町道子・・・記憶にありません。
30年前のラジオ小僧より。

投稿: ひーちゃん | 2004.04.22 23:28

ひーちゃんさん、ども。みな、あのころラジオ小僧でしたよね。秋川リサは、どう?

投稿: finalvent | 2004.04.22 23:32

ランラジオ(雑誌)でチェックしてQRl出してベリカード集めてました。今ではAudio&Video機器の設計者として小僧を楽しく続けてます。

投稿: ひーちゃん | 2004.04.22 23:52

小島一慶、久米宏は、二人で組んで、ベストテン番組やってました。
片方が洋楽、片方が歌謡曲、サイコロふって、出た目でどっちを流すか決める。

投稿: にせ藤沢人 | 2004.07.21 02:53

お初です。「『男の心、女の心』のテーマ曲はなんといったかなー。女声スキャットとビブラフォンが印象的だったやつ」とググっていたところ、こちらにたどり着きました。「男の心、女の心」は1975年春にFM25時の金曜日(正しくは土曜日未明)の番組として登場したんですよね。ご存知かもしれませんが、詳しくは「60年代通信」という労作サイトhttp://plaza8.mbn.or.jp/~60data001/htm_fils/mail/mail53.htm#0101b
に載っています。当時のFM25時は本当に充実したラインナップで、なかでも「男の心、女の心」はテーマといい、深沢道子さん(深沢さんですね)の落ち着いた声といい、とても洒落ていて、私も好きでした。提供はスコッチのJ&B。語り出しは常に「わたくし? わたくしは深沢道子。精神科のカウンセラーです」だったように記憶しています。当時高校3年生だった(どうやら同年生まれのようです)ので、勉強しながら聞いた記憶があり、同級生にもファンが多かったですね。深沢さんは1935年生まれだそうですから、当時40歳という計算になります。にきび面の高校生にとっては「おしゃれなお姉さま」という感じで、それも良かったのかと。深沢さんは聖マリアンナ医科大学助教授を経て、早稲田大学文学部教授を務めていらっしゃいましたが、もう退官なさったようです(未確認ですが)。私もこの番組をまた聴いてみたいですね。どなたか音源をお持ちではないですかね。長々失礼しました。

投稿: no hay banda | 2004.09.07 15:39

no hay bandaさん、こんにちは。ほんとだ間違ってらと思って、「深沢」に直しました。お恥ずかしいかぎりです。

そして、彼女のファンが今もこうしていることに感慨を覚えますね。余談ですが、NHKのAMでDJをしていたサンディアイが今フラを教えているサンディだと最近気が付きました。目をつぶれば、同じ声です。

投稿: finalvent | 2004.09.07 15:48

深沢道子の男の心女の心のテーマミュージックを忘れられなくております。たしかアルトサックスの哀愁を帯びたライブ演奏でたぶんラテン系の音楽であったかと思うのですがどなたかご存じではありませんか。当時高校生であった男性です。

投稿: kobacat | 2005.09.20 20:25

よく覚えています。
わたしも「おとこの心、おんなの心」大好きでした。
必死で生録した、テープがたぶんあると思います。
ロバータフラックや、リタクーリッジ、バーバラストライザンド、出だしにJ&Bの宣伝でグラスにウィスキーをそそぐ音で
始まりました。
ほんとうに、しっとりとしたいい雰囲気の番組でした。
数年まえに、日本の新聞の悩み相談コーナーでお名前を
拝見して、懐かしかったのを覚えています。

投稿: yuki | 2006.04.20 16:12

深沢道子で検索したら出てきたブログにいきなり書込みさせていただきました。なぜ検索したかというと、早稲田大文学部時代、担当教官としてお世話になり、卒業後同じような業種で今、働いております。時々、深沢先生どうしてらっしゃるだろう?何て思いから、検索したのでした。
私がお世話になったのは、12年前。当時はメールなど個人で出来る環境になく、卒論原稿でずいぶん面倒をおかけし、「教師家業も楽じゃない」と言わしめた、ダメ学生でした。でも、最後には「研究室に置かせてね」と。当時、ブルーグレーなヘアスタイルに、品あるメイクに、母とはまた別世界の自立した素敵な女性と思ってました。今はどうしてらっしゃるのでしょうか?

投稿: amira | 2008.04.23 16:19

初めて投稿させていただきます。最後の投稿から1年以上たっていますが、深沢道子さんの”男の心、女の心”を聞きたい心境(年甲斐にもなく心に痛手を受けました)になり検索したところこのブログを見つけました。
私も、高校3年の時深沢道子さんの声を聞いていました。何年たっても忘れられないテーマミュージックと深沢道子さんの声ですね。テーマも心に残るテーマでした。一番印象に残っているのが”さようならを言うこと”です。失恋したときなど、道子さんが話していたとうりに実践してかなり心が楽になったことがよくあります。部屋にそのとき録音したテープ(30年以上たっているので聞こえるか分かりませんが)があるので、今日の夜一人でさびしく聞いて見ます。(先日聞きたくなったときに聞こうと思ったところ、テープデッキが壊れて使えませんでした。今日お店で来ました)

投稿: タイのヤマ | 2009.07.16 20:35

 懐かしい・・・「男の心・女の心」での深沢さんの語り口や声。私の心にも深く刻み込まれています。私にとっては、ラジオ放送史上最高の番組です。
 さて、番組で使われていたテーマ音楽ですが、イタリア・フランス合作映画「最後の晩餐(La Grande Bouffe)」(1973)のテーマ音楽でフィリップ・サルド(Philippe Sarde)作曲によるものです。輸入版CD「Le Cinema de Marco Ferreri」に放送で使用されていた録音とピアノソロの二つのバージョンが収録されています。
 YouTubeでは、http://www.youtube.com/watch?v=K-UgsSicNno にテーマ音楽が流れているシーンがアップされています。
 映画そのものは観ていませんが、かなりの問題作だったようです。
 

投稿: Ramirez99 | 2010.04.17 00:22

5年前にコメントしました。深沢さんの番組のテーマ曲、やっとわかりました。もう30数年、探していたもので、ありがとうございます。

投稿: kobacat | 2010.08.19 11:59

「男の心・女の心」のテーマ曲、映画のテーマ音楽だったのですね。
皆さんの情報に感謝!?

Ramirez99 さん、
おかげさまで長年の謎がとけました。
「最後の晩餐」は観たことがないのですが、
雑誌の映画評は見たような気がします。確か、当時の話題作ですよね。
# モンティ・パイソンにも同じようなエピソードがありました。

finalvent さん、
「極東ブログ」のおかげです。

拙作ウェブページ「男の心、女の心」からリンクさせて戴きました。
残っていた録音について少しだけまとめてあります。

「読売新聞」の記事では、番組名が「男の心・女の心」となっていますが、
どちらが正しいのでしょうか。

no hay banda さん、
残念ながら、「60年代通信」の該当ページは参照できませんでした。

投稿: ahirured | 2014.08.30 11:56

こんにちは。何気なく覗いていたら、伯母の名前があったので読んでしまいました。初めまして。私、深沢道子の姪です。

ラジオの頃、私は小学生でした。あの頃は、たまにNHK教育の番組に出たりして、衣装はこれでいいかしらなんて言われたのを覚えてます。

伯母は、つい最近のことですが、平成25年に亡くなりました。最後の職場は母校の早稲田大学、生涯独身で、その意味では寂しいところもあった人生なのを私は知っています。しかし、亡くなった後、早稲田のお弟子さんが中心になって追悼の会を開いてくださり、大勢の方が見え、そこには学生時代に親しかった美智子皇后からもお花が届いて、素晴らしい方々にこれほど愛されていたのだと知って、温かい気持ちになりました。
今回このブログの本文やコメントで、憧れの気持ちを抱きながら伯母のラジオを聴いてくださっていた方がたくさんいらしたことも初めて知り、とても嬉しく思いながら拝読しました。
またこんなに素敵な形で文章にしてくださっているブログを、本人は見ただろうか、きっと見ていないんじゃないか、と思うと、本人に伝えられないのが残念な気持ちです。

生前伯母が住んでいた家に現在住んでいる身として、一言ご挨拶したくて、コメントいたしました。
ありがとうございました。

投稿: 寺澤佐和子 | 2016.11.11 18:57

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