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2003.11.29

オントロジーのW3C規格化は無駄

 新しく取り上げるほどの社会的な話題はない。歴史的な話題にしてもいいのだが、趣向を変えてオントロジーの話を書く。とはいえ、この話題を書くのはためらうものがある。自分がこの分野にすでにロートルなので、たいした情報が提供できるわけではないからだ。が、どうせ私的なブログなのでメモがてらに書いてみよう。社会問題の話題を期待している読者がいたら、申し訳ない。一回休みである。
 W3Cに祀り上げらたティム・バーナーズ・リー(Timothy John Berners-Lee)だが、最近RDFを深化させた形でセマンティックWebを提唱している。ようは、RDF(Resource Description Framework )の上にオントロジーを載っけるのだ。ほぉ、そう来たかという感じもした。
 はてなさえブログブームに推されてRSSを付加するようになったので、RSSについては一般認知度が上がった。とはいえ、RSS標準化はなんだかな状態になっているので略語の解説すらできない。が、現状はとくにRSSのサマリー機能などが生きているわけでもないでこんなものだろう。
 技術的にはRSSのベースになるRDFが重要だが、ちとWeb上の用語事典をひいても要領を得ない。用語の直訳に肉付けて「提供する情報についてのメタデータ表現方法の枠組み」ということくらいか。ま、そんなところ。
 バーナーズリーがNeXTファンから出てきたように、RDFも歴史的にはApple由来なので(*1)、このあたりの80年代テクノロジーは歴史的に整理されたほうがいいが、オントロジーを含め、山形浩生にはできても浅田彰では無理だろう、ってな冗談をさておき、山形もチョムスキーのことなどまるで知らなかったようなので、言語学や言語哲学的な素養はなさそうだ。なんとなくだが山形はよしもとばななようにバロウズ(William S. Burroughs)に傾倒するからというわけではないが文系的な人なのだろう。センター試験以降の世代の文系/理系の対立はどうも表出差だけのようは文系のような気がするがと余談が長すぎ。それにしてもなぜ「バローズ」じゃないのだろうか。
 RDFのApple起源だが、MCF(Meta Content Framework)になる。日本ではどのように解説しているかこれもWeb上の用語事典をひいて要領を得ない。なんだ? それに奇っ怪なのだが、どの解説もcontentをcontentsとしているなぜなんだろう?って疑問に思うまでもなく孫引きのようだ。Webの情報というのは、てめーのことを棚に上げて言うと孫引きばっかでそれが実体化するというオントロジーがありそうだ、というのは話が端折りすぎ。MCFについては、An MCF Tutorialに詳しいが、こんなうち捨てられた技術に関心を持つのは私のような歴史家だけである(嘘)。MCFはNetscape Communicationsが買い取り、その後HTML同様XML化されて1999年2月にW3C勧告となった(*2)のだが、今の時点で振り返ると、HTMLは出来そこないのSGMLから出来たみたいなものだが、Netscape CommunicationsはMCFベースのHTMLを考案していたのではないだろうか。Webの歴史の定説はただ孫引きの実体化では?とも思うが、いずれにせよ、RDFがHTMLを食い破って復活しそうというわけだ。
 RDFはデータベース的に見て便利だが、さて、オントロジーとなると、そんなもの要るのか疑問な感じがする。悪態をたれると、あの馬鹿な認知心理学者や人工知能学者がマシンベースで博士論文でもふかそうっていうことかトホホ、君たち懲りないねという感じだが、それでもシソーラス程度のオントロジーの仕組みはWebに欲しいというのはわからないではない。
 と急いだが、オントロジーとはふざけた命名だが、提唱者っぽいTom Gruberは"Short answer: An ontology is a specification of a conceptualization. "と簡素に言っているので、意味はわかりやすい。概念の定式化とでも訳そうか。なぜ、「オントロジー」かという由来はよくわからん。


The word "ontology" seems to generate a lot of controversy in discussions about AI. It has a long history in philosophy, in which it refers to the subject of existence. It is also often confused with epistemology, which is about knowledge and knowing.
 In the context of knowledge sharing, I use the term ontology to mean a specification of a conceptualization. That is, an ontology is a description (like a formal specification of a program) of the concepts and relationships that can exist for an agent or a community of agents. This definition is consistent with the usage of ontology as set-of-concept-definitions, but more general. And it is certainly a different sense of the word than its use in philosophy.

 ま、哲学も知らない馬鹿が洒落で付けたということのようだが、"the subject of existence"という西洋人の発想に起点がある。これについては、私はうんざりするほど解説できるのだが、うざいのでパス。ただ、ちと関連で言うと、最近流行の「クオリア」についても結局は存在論に還元され、言語哲学的にナンセンスになるだろうと私は考えている。「りんごのクオリア」というとき、「りんご」という名辞を超越的に(外在・実在的に)措定できる阿呆でなければ、「りんご」の意味の充足はまさにその「クオリア」の集合にならざるをえず、なのにクオリアというのは個人の命名しがたい感触にして脳内のネットワークという洒落なので、結局独我論的な閉鎖でしかない。そこからは他者に通じる名辞としての「りんご」はどこからも発生しない。結局この問題はクオリアというのは「りんご」による言語ゲームの表出の一つであり、ま、こうしたネタで哲学的なエッセーを書くというライターの飯の種でしかない。と、くさし。
 「オントロジー」という洒落はどうでもよいが、分野としては、認知心理学者や人工知能学者の残党などに継承されているのか、工学的にはそう無意味でないツラはしている。わかりやすそうな「オントロジー工学:チュートリアル」を読むと、懐かしくてサイモンとガーファンクルじゃねーや、カッツとフォーダー(Katz&Fodor)(*3)でも歌ってしまいそうだ。"The structure of a semantic theory"(1964) 。古いなぁ。東京オリンピックだ。1957年以降の生成文法史の学習なんて知的廃棄物の山なんで、若い人たぁ、こんなもの系統だって勉強する必要はねーよとこれまで私的に言ってきたものだが、どうも了見が違うな。この廃棄物の山に埋もれて死んだ私のような屍を見せておかないと、つい装いを変えて再利用ってなことになりかねない。環境保護のリサイクルはいいけど、古典に裏付けのない工学的な知識の再利用は虻みたいなのが集まるだけだよ、とくさしだか嘆きだか自嘲だか。
 「オントロジー」なんて、なあんてことない生成意味論をマシンインプルメントに焼き直しているだけじゃんか。くだらないもほどがあるぜ、と思うけど、認知心理学者や人工知能学者の馬鹿たれどもはGB理論時代にprologでrewriting grammarのインプルメントをやっていたから、ま、理系っていうのはそんなものかと、くさす。が、なんとも荒涼とした風景だな。20年後にはミニマル主義理論の格整合性フィルタリングとかがインプルメントされるのだろう。とほほ。音声認識や自動翻訳すらできないのにタメのモデルはできるのだ。
 話をティム・バーナーズ・リー提唱のセマンティックWebに戻すと、ここでは、"Ontology vocabulary"とヘンテコな英語だが、それでも謙虚に「語彙」に着目していることがわかる。「オントロジー語彙」ということで、ようはシソーラスに徹していくわけなんだろうが…その先がちとわからん。
 「オントロジー語彙」になぜOWL(Web Ontology Language)(*4)が必要なのだろうか?という疑問を投げかけると、先日の電子メールは手紙かのように、法学の考え方が理解されていないってなことになるのだろうか。もちろん、オントロジーの定義通り、a specification of a conceptualizationなのだから、そのspecificationに言語が必要なのはわかる。わからないのは、実際論だ。たとえば、サンプルコードをみるほうが理解しやすいので、こうだ。

<owl:Class rdf:ID="Pasta">
<rdfs:subClassOf rdf:resource="#EdibleThing"/>
<owl:disjointWith rdf:resource="#Dessert"/>
<owl:disjointWith rdf:resource="#Fruit"/>
</owl:Class>

 Pasta(パスタ)クラスは#EdibleThing(食べ物)サブクラスで、#Dessert(デザート)まは#Fruit(フルーツ)とは異なる、というのだが、おまえ、阿呆? もちろん、サンプルなのはわかる。だが、こんな話ではディオゲネスは樽の中でいびきをかいているだけだ。私の疑問は、これっていうのは、現在のRSSがマシン出力であるように、OWLもマシン内部の問題ではないか。たとえば、_| ̄|○でぐぐるとヴィルヘルム・レームブルックの彫像が出てくるように、シソーラスはマシン内で勝手にやればいいのではないか。繰り返すが、Googleのように現実のマテリアルを使って、ディスクリプティブなシソーラスを作り上げるアルゴリズムを開発すればいいだけではないのか。
 ティム・バーナーズ・リーのモデルだと、未仕様とはいえ、「オントロジー語彙」の上に、Login、Proof、Trustと載せているが、このあたりは、悪しきチョムスキー主義者たちの弊害のような気がする。といっても、反米テロを支持するわけじゃないがってな洒落はさておき、実際のところチョムスキーのSyntaxとはモンタギュー文法(*5)の命題の記述、つまりLogicとほぼ等価だ(違うって言われそうだがね)。Proofはようするに真理値(またはmodal)になるだろう。Trustに来て世界知識となるのかもしれない。ま、空想めくが、それでもこのスキームに潜む真理探究の臭いがれいのユニーバーサリズムと同様に宗教臭くてたまらない。ゲド戦記の世界にはドラゴンが存在する。それをOWLで記述されてはたまらない。人間は死後復活することすらできなるではないか。
 もちろん、そんなことは言いがかりだ。冗談である。冗談でない点だけ言って終わりにすれば、シソーラスなどは特定の企業の情報サービス出力のリソースでいい。W3CがOASISにタメはるのはいいとして(ご勝手にどうぞである)、この手の研究に国が金を注ぎ込むのは無駄だと思う。

注記
*1:エージェントの開発にリキ入れていたビルアトキンソンBill Atkinsonがかんでいたか。
*2:http://www.w3.org/TR/NOTE-MCF-XML-970624/
*3:Katz, Jerrold J. and Jerry A. Fodor
*4:http://www.kanzaki.com/docs/sw/webont-owl.html
*5:http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~tonoike/semantics.html

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2003.11.28

韓国の歴史は五千年かぁ(嘆息)

 昨日の東亜日報の社説を見ていたら「高句麗が消えた」(参照)とあり、「高句麗」という呼び名は変だなと思って読んでみた。変だなというのは、高句麗という呼称は日本史の用語ではないかと思っていたからだ。もちろん、翻訳の彩かもしれないのだが。
 話を読んで、正直なところぶったまげた。うっ、これがマジなのかぁという感じだ。ことの説明は私がヘンテコにまとめるより引用から進めよう。


世界の有名インターネットサイトが、韓国の歴史の起源を、新羅が三国を統一した時点にあたる、西暦668年として紹介しているというニュースだ。民族的な憤りとともに恥ずかしさを覚えずにはいられない。檀君王倹(タングンワンゴム)から始まった5000年の歴史が、僅かに1300年あまりに縮小され、歴史上、我が民族の最も誇らしい国家だった高句麗が、一瞬にして「消え去った王国」となったわけだ。

 率直にいってそのサイトがどこなのか知らない。しかし、韓国の歴史の起源を新羅による統一とすることはそれほど間違った見解だとは私は思わない。ただ、そういうためには、日本の起源を近江朝に置くとしなければフェアではないが。と、いいつつ余談だが昭和天皇は天皇家の成立を七世紀と認識していたし、今上天皇も同じように考えているようだ。天皇家に「と」が入っていないというのは国民として助かりますですぅ。
 ぶったまげたのは「檀君王倹五千年」である。え?マジ?東亜日報って北朝鮮の報道機関? それって確かに「紀元は二千六百年(歌ってしまいそ)」より古いですなぁ、って洒落にもならん。なんか、そんな話を新聞社説に載せるようだと、およそ対話の前提もありません。すごすごと引き下がる耳(のみ)っていう感じだ。まぁ、韓国の国定教科書にも檀君が歴史のように記載されているのは知っているのだが、それってマジとは思ってなかったのですがねぇ。
 というわけで、檀君に至っては議論の余地もないのだが、話は別展開で面白い。

中国は最近、高句麗史を中国史の一部に編入するため「東北工程」というプロジェクトを進めている。5年間莫大な予算をかけて、高句麗が中国辺境の少数民族が建てた地方政権であり、中原の政府に代ってその地域を委譲、統治した割拠政権であったということを立証するというのだ。中国は、昨年ユネスコが北朝鮮の高句麗古墳を世界文化遺産に指定するのを妨害し、高句麗が満州一円を掌握したことを立証する決め手となる「物証」の、広開土王(好太王)碑と、集安一円の高句麗古墳に対する大掛かりな整備に乗り出したのも、この事と無関係ではないだろう。

 ほほぉっていう感じだ。「高句麗が中国辺境の少数民族が建てた地方政権」のどこがいけないのだとかツッコミそうなるが、ヤバイのだろうか。って、ヤバイってことになったら学問の自由は無いぜ。中国側の歴史解釈なんか別にほっとけばいいじゃないかと思うが、檀君が許さないのか。高句麗史を明確にすることは中国に恥かかせることなんで、そのあたりにキリ入れたほうがいいと思うのだが…。
 他にも知らなかったことがある。

学界もまた、この20年間1000本を超える論文を通じて高麗と渤海史を中国史と主張してきた中国に対応して、十分な史料の発掘と対応論理の開発を急がなければならない。

 そりゃ中国がむちゃくちゃ。
 古代史なんて日本だと「と」と無能な学者のたまり場だと思ったけど、いやぁ日本ばかりじゃありませんねぇとくさしてどうする。
 それにしても参ったなぁという感じだ。政治的に見れば、この動向は「太陽政策」の一貫というか、北朝鮮との民族同一化の布石なんだろう。なんであれ、こいうこう国政を反映する歴史観はいただけませんな。済州島の歴史なんかも実質見向きもされていないのではないか。私も一度きちんと古朝鮮についてまとめたものを書いておいたほうがいいかもしれない。

[コメント]
# shibu 『「私も一度きちんと古朝鮮についてまとめたものを書いて」』
# shibu 『上記、是非、お願い申し上げます。散見しますに、擦り寄ったのしか見かけませんのでw』
# shibu 『金泳三かな、ニヤついた地場お面おやぢ。次ぎが遺物的大中。シノ雑貨屋がおんなじ屋号だね。挙句に投票直前のネット効果だとか言われて、ジャガイモのむひょぉ~。民主化の結果なんかじゃなくって、両班党争先祖帰りだ!ってな解説みました。直後の朝ナマで、貧相正直もんの山本一太が「全然予想外でした!」ったら、例のキモイ生姜東大政治学きょうじゅ殿が、ニヤリと予想通りですとかほざいたのには呆れ返りました。東大政治って、そんなもんだったっすか~w』
# shibu 『高句麗・渤海VS小国家群・三韓のようで、大陸に属する半島根元と所謂半島は根本的に違うのではないでしょうか。現金王朝だって始祖は擬似チャイナでシナ語で教育受けて育ってるし、二代目は極東ロシアで生れて育ってますものね。親父はチャイナ訪問時が寛いでるみたいだし、息子はチャイナじゃむっつりロシア行ったらニコニコしちゃってるじゃないですか。あれって言葉のせいでしょうね。育ちは偽れませんですね。つまり両人とも白唐辛子wというか「同一民族」なんかじゃ決してないんで、「ソウルを火の海?まぁさかぁ~」ってな韓国側の勝手な思い込みは相当危険水域でしょう。間合いを取った在韓米軍はそんな勝手な思い込みに冷水を浴びせたのでしょうね。瀋陽軍区は緊張してるはずです。大連上空は毎朝昼戦闘機が低空飛行しておりますね。外地暮らしはその意味でもいい経験です。』

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韓国のトホホに同情する

 ちと古くなったが26日の朝鮮日報社説「国がここまで上手くいかないなんて…」が不謹慎ながら面白かった。
大統領が自分の側近不正を捜査する特別検事制法案を拒否したことで、野党代表が抗議の断食に突入し、国会が全面麻痺状態に陥った。そうでなくとも生活の苦しい国民としては、「国家がここまで上手くいかないなんて…」との嘆きが自ずとわき上がるほかない状況だ。
 最近の大韓民国は本当に「めちゃくちゃ」としか言いようがない。
 として次の諸点を挙げている。


  • 在韓米軍問題
  • イラク派兵
  • 労使間葛藤
  • 自由貿易協定(FTA)と農民問題
  • セマングム
  • 京釜(キョンブ)高速鉄道の金井(クムジョン)山区間
  • 北漢(プクハン)山トンネル
  • 行政首都移転問題
  • スクリーン・クォータ制度
  • 扶安(プアン)問題
  • 大学入試の公信力をめぐる危機

 こうした問題のいくつかは私はわからない。しかし、かなりわかるなぁという感じがする。むしろ、これらを問題として国民が困惑しているようすはそれほど悪いものではない。もっとも、朝鮮日報が韓国大衆の思いを反映しているとも思わないが、それでも問題の提起の仕方は、国内問題ばかりにスキャンダラスに見つめている日本よりましな気がする。次のような日本観は日本人には意外だ。

 国だけがこうであって、世界の事情は全く違う。米国は第3四半期の成長率が1984年以来最高を記録し、日本は10年続いた不況を抜け出した。中国は成長率が極めて高く、縮小発表したとの疑惑まで取り沙汰されている。

 日本は不況を抜け出したと聞いて、驚く。統計的な指標からはそう対外的に見えるのかとも思うし、日本の台所までよく知っている韓国ならそう言うはずもないのにとも思う。
 いずれにせよ、こうした問題の多くを朝鮮日報は国政の問題としてる。

本当にもどかしいのはこれら問題のうち、そのほとんどは政府の不手際によるものだという事実だ。

 そういう面もあるかもしれないし、そのトホホ感は日本も同じなので同情するしかない。だが、大枠では世界状況の反映と見ていいので、そうした点について韓国は国政に目を向けすぎてもしかたないだろう。日韓で協調しあえる部分を強化しつつFTAなどの問題に取り組めないかとも思う。

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産経新聞さん、ポチ保守ではいられないよ

 産経新聞を読んでいると小林よしのりが「ポチ保守」といったことがよくわかるなと思う。それでも曾野綾子と高山正之の話が読めているうちはよかったが、合理化やデジタル化を進めていくうちに、あれ?内容も劣化しているじゃんかと思った。台北でも読める日本の新聞だったが、なんだかなこりゃダメだなと思った。
 のっけから脇道にそれる。多くの知識人は小林よしのりを右傾化を甘く見つもって馬鹿にした。が、ざっとみても全滅だった。かく言う私も、小林よしのりに傾倒はしない。批判的立場かというと、どっちかというとそうなる。なにせ、彼の歴史認識、特に日本の国家起源の神話解釈は大間違いでその上に国家観が成りっているという古色蒼然には辟易とする。彼の愛する「日本」イメージは近代化の疑似物に過ぎない。だがそれでも、白黒つけてくれと言われたら、私は小林に与しよう。それに加えて、最近の「ゴーマニズム宣言SPECIALよしりん戦記」を見ても、特にどういう印象もないが、冒頭の小児喘息の話だけは深く共感している。私事だが私もそうだったからだ。私については彼ほど元気に生き延びた感じもしないが、とにかく生きてきた。この思いは率直に言って同じ経験者でないとわからない、という意味で小林よしのりを深く支持するだけだ。もちろん、そんなことは言うべきことじゃあない。なのにそう言ってしまう私は孤立して暴走しているのであり、小林もそうなのだろうなと思う。
 話をポチ保守に戻す。今朝の産経新聞社説「駐留米軍再編 抑止力への悪影響避けよ」はポチ保守のトホホが極まった。端的に言って、「在日米軍さん縮小しないでね、お願いだから、うふっ」というのだ。もちろん、この在日米軍縮小という大問題を社説で取り上げたという点は評価したい。日本人が在日米軍を無視して生きていること自体問題だからだ。
 在日米軍は日本を未だ占領下におくためのものだ。今でも白人は日本人を怖いと思っているから、そうじゃないと日本の首に匕首を突きつけてくださっているのだ。もっとも、それがなければどうなっていたかという話もあるし、ポチ保守が現実主義なのだというのもわからないではない。また、小林よしのりはアイビー出の本格的な米国のインテリを知らないから米国の真の怖さを知らない面もある。もっとも知って田中宇みたいになってしまうのもなんだかなだけど。あいつらの頭の良さに向き合うなら二歳から千字文を書き、四歳で四書五経を読み、六歳で「葉隠」を読むという素養が必要だろう。話がいつのまにか冗談になってしまった。
 問題はこうだ。問題を明確に書くという点で産経新聞は朝日新聞より明確に優れている。


 ブッシュ米大統領が世界に駐留する米軍の配置見直し協議に着手するとの声明を発表した。対テロ戦争に迅速かつ柔軟に対処するため、在外の米軍兵力を変革・再編すると同時に同盟国の役割の拡大などを求める内容になるとみられ、日本の安全保障にも大きな影響を与えるのは必至である。

 これは事実と正当な推測だ。だが、その先、その編成変更に日本が及ばないと主張しているのは変だ。以下の話は、表層的にも変だ。

 約四万人の在日米軍の中核は、沖縄に駐留する約二万人の第三海兵遠征軍など、機動性に富むため、在韓米軍見直しとは一線を画すとみられる。
 だが、国防総省が駐沖縄海兵隊を豪州に移す案を検討と米紙が報じている。一方的な米軍の抑止力低下は日本の安全保障の根幹を揺るがしかねない。北朝鮮の弾道ミサイルなどの脅威に対し、在日米軍は、自衛隊が持たない「矛」の役割を担っているだけになおさらだ。沖縄の負担軽減とのバランスをいかに取るかである。

 率直に言う。「在韓米軍見直しとは一線を画す」のはソウルが火だるまになったとき、米兵を巻き込まないためだ。そして、在沖米軍を含め今回の東アジアの戦力見直しは、冷戦終了時に既決の事項だった。ぐずついたのは、北朝鮮問題と将来的な中国との問題(つまり台湾問題)が背景にあり、そんなおり沖縄が暴走したのでさらにぐずったというだけだ。北朝鮮の現状は大きな問題だが、米国が死守するほどの意味はないと判断されている。戦争になっても北朝鮮の勝ち目はない。問題はソウル市民が大量に殺戮され、中国と日本に大量の難民が流れ込むことだが、このあたりで米国は困るか。困らないんじゃないのぉという冷酷な判断なのだ。
 台湾問題は大きいし、日本をあまり痛い目に遭わせると、経済的に米国への貢ぎ君の機能がへたるのでそのあたりのバランスは難しい、というのが米国の本音。
 現実をどう日本の国益に利益誘導するかは、端的に言って日本側の軍事の問題じゃない。軍事オタクは要らん。日本の自衛隊は所詮戦時に米軍の末端でしか機能しない。米軍下に組み入れらるのだから、日本が軍事面で議論することは畢竟末端の戦略にしかならない。
 問題は日本の政治だ。このあたりの問題を直感的に把握して大局でさばけるのは小沢しかいないと思うし、小沢には最後に泥をかぶってお国への勤めをしてもらうしかないだろう。国難を円満に解決することなど不可能だということをハラから認識している政治家でなくてはダメだ。
 日本を守るのは、日本の経済力だし、それを眺望的な国家戦略で動かせるのは政治であって軍事ではない。今、政治的なメッセージを国外に向けるよう示唆することが本来の産経新聞の社説でなくてはならなかったはずだ。

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ブラジルとFTAを結べば道が開ける

 今朝の朝日新聞社説「米貿易政策 ― 保護主義が忍び寄る」はまたまた変な内容だった。なにも端からくさしたいとは思わないし、なにより、相手が何を言っているのかくみとらないことには話にもならないのだが、どうも朝日新聞の社説は表面的な言葉遣いの印象とは異なり、韜晦極まる。なにが言いたいのだ、という感じだ。
 とりあえず理解の基本は、朝日新聞っていうのは左翼と反米という筋を抑えておくと八割がたその誘導なので、読み取ってもとほほになる。が、そうでもないことも最近はある。この社説でも基本は反米のようだが、まず、保護主義はいけないとしているのは確かだ。


米政府内では、こんどは来年秋の大統領選をにらんで、WTOの決定を無視してセーフガードを継続する案や、ダンピング(不当廉売)に切り替えて高関税を維持するべきだといった主張があるようだ。
 ここは輸入制限を撤廃し、米国がいつも主張しているように競争力のない企業は市場から退場させるか、国際的なルールにそった再生の道を模索すべきである。

 しかし、そんなお説教をたれても米国は聞かないよ。朝日新聞はいつまでも何様のつもりでいてもその議論は無意味だ(ま、他人事じゃぁないけどね)。ようは、米国がWTOを無視する政策転換を始めたという現実があるだけだ。
 米国のFTA、FTAAについても同様。

米国が、自由貿易協定(FTA)を都合よく使うことで、特定の国や特定の製品についてだけ「自由貿易」を進めようとしていることも、憂慮すべき動きである。
 先頃開かれた米州自由貿易地域(FTAA)を設けるための会議でも、米国は農業保護などが続けられるような枠組みで妥協し、「一品料理だけを選ぶアラカルト政策」と批判された。

 それもただ現実なのだ。ご意見無用。事実を認識したい。だが、この社説は以上の流れとは唐突な結語になる。

メキシコとのFTA交渉が日本側の農産物保護でこじれているなど、「忍び寄る保護主義」は米国に限った話ではない。
 しかし、米国が進める対テロ戦争の鍵を握るのは、テロ組織の土壌となりがちな途上国を味方につけることである。米国がいまのような貿易政策を続けるなら、外交・安保でもますます孤立し、国際社会が求めているテロの封じ込めという目標は遠のいていくだろう。

 あれ? 朝日新聞は日本の農産物保護には否定の立場なのか。それまで米国を非難していた話の筋はどこに行ったか。ま、いいや、とにかるグローバルに保護主義はいけないという建前のお作文なのだ。でだ、なぜここにテロが出てくる? 落語の三題噺かよ。のわりには話がひどい。どうして、現状の米国貿易政策が途上国を離反させ米国の孤立を招くのか? 前回のカンクン会議の悪玉はインドとブラジルだろう。米国は悪玉というよりフカシ決めていただけだし、NTFTAからFTAAという孤立を避ける道に進んでいるではないか。とま、こんなこと言うだけ無駄だろう。
 そもそも朝日新聞のように天から振ったような正義のWTOをかかげても意味ないという状況になったことを日本は認識したほうがいい。
 というわけで、このところFTA問題について考えることが多い。日本はどうなるのかと心配だからだ。以下はちょっと別の話なのだが、ここにくっつける。
 そうしたなか、今週の日本版ニューズウィーク12.3「国際経済 9年たっても不自由貿易」を読みながら、別の視点に気が付いた。これまでなんでこんなことに気が付かなかったのだろう。ブラジルである。
 同記事はべたな翻訳なので日本のことは書かれていない。日本版の編集はへなちょこなのでこの問題と日本についての関連コラムなどはない。記事の要点は、FTAAがうまくいかないというだけだ。
 FTAA(米州自由貿易圏)については基本的な解説をすべきかもしれないが省略する。ようはFTAAはNTFTA(北米自由貿易協定)を南米にまで拡張したものだ。NTFTAの米加墨3国を南米にまで拡張し、EUや中国に対抗する一種のブロック経済構想と言ってもいいかもしれない。
 FTAAがうまくいかない理由を同記事では、ブラジルのせいにしている。そう、言うまでもなくカンクン会議をぶちこわしたブラジルである。つい、以前カンクン会議について触れたときはブラジルを夜郎自大に見てしまったが、このつっぱりはいいのではないか。つまり、日本は裏でできるだけブラジルに接近しておいて、FTAAをひっくり返してやるという国策は可能なのではないか。うまく行けば、FTAAのメキシコを動揺させることもできるので、その間にメキシコとのFTAを進め、さらに南米へと展開すれば面白い…というのは空想が過ぎるだろうか。
 南米というと遠いが、とにかく日本を孤立させないようにすることが先決だ。しかもこれからの日本は米中間で賢く立ち回らなくていけないのだから、できるだけ反米・反中国の芽を密かに育てていく必要があるだろう。
 アジア域でインドとマレーシアを取り込めば、単に日伯の2国FTAということではなく、もっと広がりの可能性もでるだろう。これをうまく育てれば太平洋をまたいだマハティール構想を復活させることもできるかもしれない。
 と、どうも空想が暴走するが、いずれにせよ、ブラジルが日本にとってキーになりうるという認識はそれほど空想ではあるまい。
 もっと日系人に日本での活躍の場を与え、ブラジルと日本の絆を深めていったらどうだろうか。そう思ってネットを見るとあながち空想とも思えない情報もあった(参照)。

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2003.11.27

2003年問題、井上和香、SHIHOなど。

2003年問題はどうなったのか?
 2003年問題というのが昨年騒がれていた。2003年にオフィスビルが多数完成しオフィス面積の供給量が増えるが、需要は増えないので、オフィスの空室率が上昇し大問題になる、というのだ、さて、2003年は終わらんとしているのでどうなったのか。どうも話題が立ち消えになっているようなので調べてみて落胆。糞ぉ、そんな問題始めっから無かったんじゃんか。「2003年問題 読売@マネー」が参考になった。

井上和香って誰?
 どうも最近、あちことで見かけるCGのような女性がある。最初はCGだと思っていたが人間らしいので、調べたら井上和香というらしい。「いのうえかずか」と読んでいたら、笑われた。しかし、一文字変えると神田外語大学名誉教授の「井上和子」になるのに。

SHIHO
 ananの表紙にオールヌードが掲載されていた、どっかで見た顔だな、誰だろ?なんだろ?という感じがしたので、文春・新潮と合わせて買う。SHIHOというらしい。調べてみた。1976年生まれっていうと27歳。え?これが27歳。身近の女性に何歳くらいに見えると聞いたら、26歳と言っていた。女の目っていうのはすごいものだ。ついでに村上春樹の連載がなくなってからのananはどうなっているのかとめくってみると、パソみつのみっちゃん、マガジンハウスお得のしりあがり、まついなつき先生とそうそうたる古色蒼然、くらたまもいる。なんだこれ?と思ったが、編集者がけっこう歳食っていて、読者層も30歳台に接しているということかも。

ブスのくせに
 週刊文春のうさぎさんのエッセイが最近になく良し。もうこれ打ち切ったらと持ったのだが、面白かった。中村うさぎの言うように「ブスのくせに」っていう非難はすごいものがあるよな。こういうあたりまえの真実をずばっと言う人がうさぎさんしかいませんね。

こいすちょう流
 文春ネタ。毎回楽しみの高島先生(高島俊男)のこいすちょう流が爆笑だった。高島先生、世の中に「声に出して読む日本語」なんて本があるのは知らないでしょうね。ひどいもんですよ。

ラフマニノフ・メモリーズ
 BSでやっていたもの。ラフマニノフの音楽から伝わってくる感じがよく表現されていた。色々思うことが多かったのだが、簡単には書けそうにない。

在韓米軍は縮小
 中央日報「『在韓米軍は縮小、韓米首脳がすでに議論』米国」が興味深かった。


これに伴い、在韓米軍3万7000人を含め、日本・グアムなどに配置された北東アジア地域駐留米軍およそ10万人と、ヨーロッパ・中東の15万人(イラク、アフガニスタン配置兵力は除く)など海外駐留米軍25万人に対し、大規模な改編が行われることが予想される。

 在沖米軍も編成が変わるはずだが、国内ではほとんど話題にならない。

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「1兆円論議」はなあなあで終わり、三位一体改革は失敗するだろう

 朝日新聞社説「国と地方 ― 1兆円は初めの一歩だ」で三位一体改革の一貫として小泉首相が地方向けの補助金を1兆円削減せよと指示したことを扱っていた。社説というのはある程度割り切って書かなくては話にならない。そこで、朝日は話の仕立て上、霞ヶ関を悪玉としてみたという趣向なのだが、話はそううまくいくわけもない。結語はうまく締めくくられているかのようだが、よく読めば支離滅裂だ。


地方交付税の特別会計は48兆円の借金を抱え、返すあてもない状況だ。国の税収が歳出の半分しかない時代に、これまでの仕組みは続けられまい。自立を果たすには、地方も痛みを避けて通れないのだ。
 いまの「1兆円論議」で、三つの課題をきちんと実行できてこそ、三位一体の改革は最初の一歩を踏み出せる。その先に、補助金や交付税で霞が関の官僚と地方自治体がもたれ合っている現状から脱する道が見えるはずだ。

 くさしてもいても仕方がないので支離滅裂さを明示しよう。

  1. 地方交付税の特別会計は事実上破綻している
  2. ので現状の地方交付税の特別会計の仕組みは継続できない
  3. ので地方交付税の特別会計を改革しなくてはいけない
  4. 改革とは自立である
  5. 自立には地方の痛みがともなう
  6. 国の補助金(税金)を狙って官僚と地方自治体がもたれ合っている現状がある
  7. もたれ合いを脱しなければいけない。
  8. もたれ合い脱すれば三位一体の改革は最初の一歩を踏み出せる
  9. だが、それ以前に今の「1兆円論議」で三つの課題をきちんと実行しろ

 冗談を書いているのではない。もともと朝日の主張が支離滅裂なのだ。
 と、言う前に「三つの課題」がなにを指しているのかが朝日の社説では明示的ではない。たぶん、三位一体の改革の同義のようだ。それではさらに話が支離滅裂になるのだが、三位一体の改革の基本説明にもなるので朝日新聞風にまとめるとこうだ。

  1. 政府が地方自治体をがんじがらめに縛ってきた補助金を減らす。(補助金削減
  2. 行政サービスの地域差を埋めるための地方交付税交付金も見直す。(地方交付税見直し
  3. その代わり地方に税源を移して、自由に使える財源を増やす。(税源移譲

 さて、朝日新聞の社説はなにが言いたいのだろう? できるだけ好意的にまとめるとこうなる。

  • 地方には痛みが伴うということを朝日新聞はずばり言いたくない
  • 官僚と地方自治のもたれ合いはいけない
  • 「1兆円論議」を三位一体の改革のひな型にせよ

 くどようだが「官僚と地方自治のもたれ合いはいけない」というのは地方が自立せよというのと同義だ。
 「1兆円論議」とは、「小泉首相が各省庁に削減の数値目標を割り当て、地方向けの補助金を1兆円削減せよ」ということだ。
 もちろんのこと、「1兆円論議」は三位一体の改革の緒戦でしかない。全体はこうだ。改革の総額は20兆円。2006年度までに補助金4兆円を削減。義務教育費などの義務的経費にちては全額、その他経費については8割を地方に税源移譲する。
 朝日新聞の言いたいことをさらにまとめると、こうなるだろう。1兆円論議で官僚は地方に出す金を減らす。そしてその結果地方は苦しくなるががまんして自立しろ。そうずばり言えないのは、官僚に厳しく言えても地方に厳しく言えないからだ。
 なぜ地方に厳しく言えないのかというと、おそらく、そんなこと地方が実現できないからだ。地方の自立というと聞こえはいいが私は無理だと思うし、朝日新聞も無理だろうと踏んでいるからこんな奇っ怪な社説が出てくる。
 朝日は地方交付税交付金の削減にさらっとこう書き入れている。

高い地方公務員の給料や地方単独の公共事業などが十分チェックされにくい仕組みだからだ。

 だが、地方はこの問題でチェックなんかされたくないのだ。地方公務員は地方のエリート層だ。地方単独の公共事業がなくなれば、地方の産業が崩壊する。
 この激震に耐えられるのは財政規模とインテリジェンスをもった大型の地方都市だけだ。その意味で、これを実践すれば、石原都知事はちょっとした国の大統領より強化される。だが、それよりも、現状の多くの弱小の地方は実践できない((http://www.sanin-chuo.co.jp/column/meisou/2003/06/18.html))。だから、合併せよとなっている。
 つまり、三位一体の改革の前提は地方の合併にあるのだ。だが、そうした地方は合併なんかしたくないし、都市民は地方の合併なんか問題にもしていない。
 結局、緒戦の「1兆円論議」でこけるか、これだけクリアしてなあなあで終わるか。私はなあなあで終わると思う。この問題は解決しないだろう。つまり、三位一体の改革は名目は成功して実質は成功しない。そのことは前回の衆院選挙が暗示しているし、結局、回り回って国民の暗黙の合意だからだ。

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2003.11.26

小熊英二に寄せる脱力

 たまたま「小熊英二さんに聞く 戦後日本のナショナリズムと公共性 『七人の侍』をみて、『これが戦後思想だな』と思った」(参照)をざっと読んで、脱力した。最初に断っておくが、小熊英二を批判したりくさしたいわけでは毛頭ない。と、うんこ投げの防御を張っておく。
 まず、このインタビューなんだろ?と思ったらブントなわけね。もうそれだけで、脱力する。が、ま、読んでみるかぁ。と読んで、さらに脱力。よくわかんないですぅ。
 私は「〈日本人〉の境界」はざっと読んだが、「〈民主〉と〈愛国〉」は読んでいない。大池文雄とかに触れているのだろうか?だったら、ちと読んでみたい気もするけど、「〈日本人〉の境界」の感じだったら、なんか読むだけ無駄だなという印象がある。
 インタビューを読んでさらに、小林よしのりに対抗している部分があるらしいと知ってさらに関心を失う。
 意外に吉本隆明への言及が多いのに不自然というか変な感じもした。ちと引用も長くなるが、こんな感じ。


 吉本隆明についていうと、彼の著作を集中的に読んだのは、今回が初めてです。理解しようとできる限り努力したつもりですが、正直なところ好きにはなれなかったですね。もしかしたら、20歳前後で読めば、もうちょっと違ったかもしれない。でも30代後半になって初めて読んだのでは、50年代から60年代の吉本さんが使う「反逆の息子」とか「壊滅的な徹底闘争」とかいうフレーズには、共鳴できないと感じた。
 ピエール・ブルデューは、フーコーを批評して「青少年向きの哲学者」と言っています。フーコーはそれだけの存在だったとは思いませんが、60年代の吉本さんの影響のあり方については、ちょっとそういう印象を感じますね。ああいう戦闘的ロマンティシズムというか、「壊滅的な徹底闘争」で「擬制」を倒せみたいな思想として吉本さんの著作が若者にうけてしまったというのは、全共闘や新左翼を政治的な観点から評価すれば――文化的な観点から評価すれば別の基準があるでしょうし、「政治」と「文化」がそうはっきり分けられるのかという疑問もあるでしょうが――幸せなことではなかったと思う。
 私が『〈民主〉と〈愛国〉』で述べた見方では、吉本隆明の思想が残したおもな政治的効果は、党派や社会運動、あるいは「公」の解体を促進したということだった。彼の力で解体したわけではないけれども、解体を促進する触媒としての機能を果たしたと思います。

 ふーんというか、橋爪が「ひんやり」というのはわからないではないなと思う。くさしみたいに聞こえてはいけないが、「理解しようとできる限り努力したつもりですが、正直なところ好きにはなれなかったですね。」という論理破綻した独白の本音が面白いといえば面白い。理解することと好きっていうことは違うでしょと、ちとツッコミを入れたくなるが、小熊英二という人は理解する=好きになるというのがけっこう前提なのだろう。それと、ようするにここで彼が独白していることは、「理解できなかった」ということだ。不思議なのだが、理解できなければ、理解できないとしておく、ということはできなかったのだろうか。皮肉を言いたいのではなく、そういうところに小林秀雄流の批判精神はないだろうし、彼がひんやりと扱っている吉本隆明だが、むしろ彼は表層的にパセティックに見えながら、理解できない点を強引にまとめることには禁欲的だ(ま、これには異論は多いか)。
 ちとうかつだったのだが、橋爪大三郎が小熊英二をさらっと引き合いにしている背景は、小熊英二が吉本の「共同幻想論」など主要著作について「まるで読めてないよ、おまえさん」、という諭しの意味合いがあったのだろう。考えてみると、「共同幻想論」を抜きにして語れてしまう吉本隆明ってなんなのだろうという気はする。だが、当時の吉本に思いをいたすと、いずれ70年代安保には関心なかったし、あのトンマな状況に対峙するには、もっと原理的なものへの追及が必要だと感じていたのだ。吉本すらこの状況がトンマなものだ(昼寝していろと言っていた)と理解していたのだから、そういう状況性だけを小熊英二に取り上がられると、往年の吉本ならなんというだろうか。にっこり笑うだけだったりして。
 こうしてみると、小熊英二が捕らえたのは吉本隆明ではなく、「60年代の吉本さんの影響のあり方」という現象なのだろう。だから、それは「吉本隆明の思想が残したおもな政治的効果」と同義なのだが、そういう認識ができるのは、ある種社会学的な装置の結果でしかなく、装置によってアウトプットは変わるのだから、その装置、つまり方法論をきちんと突っつくと小熊英二の言説というのは意外なほど簡単に壊れるのではないかという印象を持つ。
 と言いつつ、そうした批判にはそれほど関心はない。また、小熊英二のこのまとめ方が妥当でないとも思わない。小林秀雄風に「青年は深く隠れる」と言ってもお笑いにしかならないだろう。
 だから、次の小熊英二の言い方は、明白なパラドックスなのだ。ちと長いが引用する。

 ただ吉本さんの文章は、おそらく当時から相当に誤読もされていただろうとも思います。だから吉本さんの思想が社会運動を解体したというと、反論する人もいるでしょう。あるいは『〈民主〉と〈愛国〉』で、吉本さんがじつは戦中に兵役を免れたことに罪責感をもっていて、その罪責感から「死ぬまで闘う皇国青年」みたいなイメージを作っていたことを書いたことで、自分の吉本イメージとちがって驚いたという人もいると思います。
 そういう人に幾人かお会いしましたが、そのときはこういう言い方をしています。吉本という人は、要するに思想家というより詩人なんだと。吉本さんの文章は、私が書いたようにその内容をダイジェストして、要するにこういうことを言っていますみたいな形にしてしまうと、特有の魅力が発揮されなくなってしまう。詩のあらすじを書いてしまうようなものですから。だから、「確かにあらすじはそうかもしれないけれど、私のあの感動した心はどうしてくれる」みたいなことをいう人の気持は、否定しません。
 だけどそれは、あくまで文学的な次元の話です。もし吉本さんや、あるいは江藤淳さんもそうですが、ずっと詩や文芸評論だけを書いていたら、私はこういう研究で彼らをとりあげる必要はなかったでしょうし、批判をすることもなかったでしょう。しかし彼らが政治評論を書いて、そういう方面で影響を与えてしまった以上は、当人も批判の俎上に乗せられることを覚悟するべきだと思います。

 「吉本さんの文章」とは吉本隆明という存在を意味する、あたりまえだが。それでその存在が誤読されたというのは、装置として矛盾していて、なにも小熊英二の解読が正しいわけではない。もって回ったことを言ったが、ようするに小熊英二が理解できない余剰の部分へのある種の配慮にバイアスがかかっているだけだ。ただ、ちょっとやり口が汚いなと思うのは、「あくまで文学的な次元の話です」とするあたりだ。小熊英二はもしかすると知らないのかもしれないが、昭和天皇が訪米したころのことだ。昭和天皇が戦争責任についてマスコミで問われたことがあった。あのときの天皇の回答を想起すればいいだろう。それに「文学的な次元」こそが政治であったことなど、同じくブントの柄谷行人などが口酸っぱくなるほど言っていたではないか。と、皮肉っぽくなったか、こういう切り口はダメなんだよというのこそ、戦後思想の一つの帰結なのだ。
 とはいえ、話が循環するが、小熊英二の総括がそれほど、社会思想史として間違っているわけでもない。ただ、そのありかたは、彼には意外だろうが、小林よしのりの「戦争論」がそれほど間違っているわけでもないというのと同じことだ。どちらも、超時代的な装置のアウトプットに過ぎないからであり、そこに生きられた歴史存在としての自己が組み込まれていないのだ。
 話は私事になる。私が吉本隆明から人生を変えるほどの影響を受けたことがたった一つある。シモーヌ・ヴェイユを論じる際、彼女の工場日記に触れたところで、吉本はこんなふうなコメントを付けた。知識人はその知識ゆえに自己滅却の衝動に駆られるがそれは間違っている。私が27歳の時だ。インテル80186の直接メモリー転送のコードを書いている時のことだ。私は私の知識の滅却にかかっていた。私は人生に失敗したし、無となった。完全に無となるのがいいのだ。生きていても死んでいても大差がなく、あとはただ宮台真司が後にいうような強度だけがあった。とはいえ、私が特別でもなんでもない。多かれ少なかれ人間なんてそんなものだ。
 私はとりあえず自分の知を滅ぼすことを止めることにした。だからといって社会になんの影響があるわけでもない。だが、そうしたときから、社会は私の知の抹殺に刃をむき出したように感じた。そういえば、吉本はこうも言った。人がその存在をかけて生きるなら、たった一本の道しか残されていない。それはほとんど神学だろう。吉本隆明は私の司祭でもあったのだろう。だが、それを信仰と呼ぶにせよ、他に道がなかった。
 政治思想というものがなんであるかはよくわからない。ただ、吉本に支えられて生きてきた人間たちの総括をするには、歴史はまだ成熟していないようにも思う。

[コメント]
# masayama8 『僕は吉本さんを部分的にしか知りません。しかし、かつて親鸞を解読しようとしたり最近では引きこもれと言ってみたり、僕があの人に魅力を感じるとしたら・・・以下のような点です。つまり、人間がきれいなもんであって欲しいが実際はそうじゃない、とすると、あきらめるべきかと自問自答して、あきらめをすぐ近くに発見してしまうのだけど、他の人のようにはあきらめないところ。そういう逆境を踏まえて、あきらめないで議論を進めるべきだと言う立場・眼差しを、かつてのように有力視されるかは別としても、独自に持っているところです。間接的にではありますが今日も勉強になりました。』
# レス>masayama8さん 『masayama8さんの吉本理解に共感する点があります。私の勘違いなのかもしれませんが、「あきらめないで議論を進めるべきだ」という点です。それだけ言ってしまえばひどく単純なのですが、それを吉本や良く語ったと思います。一つは、彼はどのような状況でも語ると言ったことです。彼自身戦中、彼が心酔する人がどのように語るのかと戦後まで傾聴していたと言い、そして、どんな状況でもそういう人に語ってほしいと思ったといいます。その原則を語る側に回った吉本は忠実に実践しています。おそらくそれが知識人の最後の砦なのかもしれないと思います。吉本は昔の話ですが、知識人というのはやめることができるない、止めるなら知識人ではない、知識人はそのまま生きていくしかないというふうに言っていました。私がさまざまな状況で沈黙を強いられるとき、私ももし語れるなら語るべきだろうと思うようになりました。他者が私を知識人として見るかということは、意外に些細な問題です。吉本が最晩年に至り、言い方は悪いのですが、本当にボケてしまいました。そして、恐るべきことにボケながらでも語り続けています。私を含めて我々はそれをつい嘲笑してしまいます。しかし、それを嘲笑するなら、江藤淳のような死しかありません。ボケながら語るなかでしかし吉本は彼がアフリカ的とでもいうようにシンプルに語り出してもいます。神話の領域とボケが混沌としています。冗談のようですが、知識人はあのように神話性のなかに自己解体と遂げるのが自然性なのかとも思います。それは恐ろしいとまで思います。』
# morutan 『極東の人へ/いつも楽しく拝見させてもらってます。/いろいろと学べることが多くて・・ここを見つけられたことのは幸いは、最近の中での「感謝」のひとつとなっています/ところで、少し質問があるのですが・・/いまさら感はあるかもしれませんが・・「知識人はその知識ゆえに自己滅却の衝動に駆られる」という箇所についてもうちょっと詳しく教えていただけませんか?/これは、「たとえば単純な肉体労働のようなものをしたくなるときがある」ということでしょうか?それとも、「自分の知識で人が傷つくの嫌になって知を封印したくなる」、というようなことでしょうか?/というのも、最近ぼくもちょっと悩んでることがあって・・/たぶん、知識人とかのレベルでもないのでしょうけど・・』
# レス>moutan 『「知識ゆえの自己滅却」の話を少し補足します。うまく言えないかもしれませんし、この話は悪しき傲慢さが入りがちなので怖いのですが、自分には深刻な問題でした。60年代から70年代までにあった「知識人」という言葉は80年代のニューアカ以降なくなりましたが、あの時代までは端的に言えば「左翼」を意味していました、が、戦後の左翼史が錯綜するなかで複雑な過程を辿りました。ただし、単純に「左翼」とのみいうものではなく、自分などもそうなのですが、高度な教育を受け知識を蓄えたのに、回りの人間(大衆)と齟齬を来たし、それでいてその知識をもって社会に活かすこともできず、また社会に自分の知識を活かすことが悪しき権力への従順に思える苛立ち。大衆の心性のほうに自分よりも優れたものを感じる(特に非知的に純粋な恋愛はきついものです)のに、なぜ自分はそうした良き大衆の一人ではありえないのか?それが自責になって、自己滅却的な行動を取ることがあります。今にして見ればそれは感受性の高い青年にありがちな典型的なパターンで、日本でも非政治的には太宰治や宮澤賢治などがそうですし、70年台以前の左翼的な青年にも多くありました(柴田翔「されど われらが日々」)。自分が強い影響を受けたのはシモーヌ・ヴェイユです。自分を徹底的に隷属的な労働者に改造し、知識の片鱗すらなくなるまでの状況に追い込み、彼女のいう「真空」になれば、この自責から救済される(恩寵)、そうでなければ、世間的な悪や魂の鈍化(彼女のいう「重力」)に落ちるだろう。今思うと、自分では知識と思っていても、単に世をすね、知において成功した人たちへの嫉妬もあっただろうと思います。自分が知識人でしかありえないことは、しかし、そうした自己滅却ではどうしようもないし、気が付くと大衆への敵意の心理もあるのです。私など、恥ずかしい話ですが、世俗的な大衆的な享楽にはほとんど関心がありません。それはある意味でただ、そういう人間なのだというだけなので、ようはただ孤独に生きるという意味で自己を肯定するしかないと思います。歳を取るとすべての面で劣化が進み、世の中とも適当に折り合いをつけるようになりますが。』
# morutan 『極東の人へ/少し、私的な話をして恐縮なのですが、すこし思い出したことがあるので記しておきます/以前、ぼくも徹底的に肉体労働した経験があり(それは金銭的理由だったのですが・・)結果として「言葉を失った」というか・・脳みそが働かなくなって・・実存・・というか自分の生きてる価値を見失いそうになったことがあります。そして・・そのことへの苛立ちが結果的に大切な友人を切り捨てる選択に結びついて・・/だからぼくはせめて言葉を取り戻そうと・・その友人に申し訳が立つぐらいには世界を理解できるようになろうと努めてきたつもりなのですが・・/それも空回りして、最近まで鬱屈した状態が続いていたのです/しかし、いまはなんとか「世界」に還れた気がしています。それは比喩的表現で言えば「一度死ぬ」ってことをやれたからではないかと思ってて・・/前に養老孟司がウチのガッコに来て話していた内容で印象に残ったものとして「人間は学問において、何度か殺される」ってのがあって・・/それは、「それまでの方法を否定した上で乗り越え幅を広げる」とか、そういうやり方で限界を超える、ってことなんだといまでは解釈してるんですが・・とりあえずそういう形でもう一度「世界」に還ってこれたので、世の中を楽しむ・・というか、もう一度「世界」の中で考えていくことに決めました。/自分の知識が少しでも多くの人の役に立てたらと・・いまでは思っています/真摯な対応、ありがとうございました』

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[書評]「文明共存の道を求めて」(高山博)

 先日の甲野善紀の講座と同様、これもNHK人間講座だ。昨日で放映は終わった。テキストはよく書けているのでいずれ新書化されるだろうが、この分野に関心のない人にはあまり面白くはないだろう。NHK放映の講座のほうも、講義メモを読み下すという、ありがちな大学の講義風なので、テレビゆえの面白さもない。
 書籍としてみると、標題のように現代社会の文明共存の可能性を歴史に見るといった趣旨ではあるあのだが、視点はよりグローバリゼーションに置かれいる。それゆえ。ハンチントンの「文明の衝突」も意識はされているものの、文脈が違う。個人的な評価から言えば、ハンチントンの見解は浅薄すぎる。
 あまり肯定的な印象を与えないような話から書き出したが、この分野、特にノルマン・シチリア王国に関心を持つものにとってみると、今回の講座の前半はたまらない面白さだった。シチリア王国は歴史が生み出した奇跡のようでもある。表層的に見ても、ラテン、ギリシア、イスラムの文化の美しい調和が見られる。しいていえば、これは広義のイスラムと見てよさそうにも思うのだ。
 シチリア王国の魅力を象徴する人物はフレデリクス2世だ。現代イタリア語読みならフェデリーコ2世、そして近代西洋史にやられている高校生の世界史的に言えば、フリードリヒ2世となるのだが、これじゃプロイセン王フリードリヒ2世とごちゃごちゃになる。NHK「文明の道」第7集「エルサレム 和平・若き皇帝の決断」では高山の協力を仰ぎながらも、フリードリヒ2世、いや、フリードリッヒ2世で通していた。
 話が横にそれるが、こちらの番組、文明の道7集は、なんつうか、よくできてはいるので矛盾してこう言うに憚られるのだが、まぁ、ひどいシロモノでもあった。話は、「十字軍を批判しイスラム文化を受け入れようとした神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世の半生」ということで、武力ではなく交渉によってエルサレムを奪還したのは偉い!というのである。ディレクター岡和子の話がNHKのサイトにあるので引用しよう(参照)。


十字軍の時代、キリスト教の指導者、ローマ教皇は負けても負けても執拗にイスラムに戦いを挑み続けました。片やイスラムの指導者たちは、戦いに明け暮れ、国作りもままならないことに辟易としていました。その時、和平を提案したのがフリードリッヒ2世だったのです。彼の優れていた点は、相手のことをきちんと認めている点にあります。当時の十字軍の兵士はイスラム教のことを何も知らないまま戦っていました。情報がなかったこともありますが、文化も習慣もわかろうともしていませんでした。

 よく言うよと思う。エルサレムが舞台になっているからっつうことで、現代のイスラエルとパレスチナの状況を賢者めかして皮肉っているつもりなのだ。また、ブッシュが9.11のおり「十字軍」ってな阿呆なことを言ったことも皮肉っているのだろう。だが、あのなぁ、歴史ってものはそんな浅薄なものじゃあないよと思う。フレデリクス2世はイスラムを尊重はしたが、シチリア島内で反抗するイスラム教徒など強制移住とかさせているし、ローマとの関係も修復はできなかった。単純に他文化や敵対者を理解すれば、世の中はよくなるのです、ってなわけにはいかない。その点、高山の講義は、抑制が効きながらもところどころ、はっとするような指摘があった。例えば、シチリア王国を考察しそこから文明の共存の条件として(1)人為的になされたこと、(2)強力な権力が存在したこと、(3)人々がそれを欲したこと、としていた。これは何故かテキストにはない。また、最終回でも、国家を越える枠組みについて、さらっとした指摘ではあるが、軍隊の存在を暗示させていた。
 文明の道7集をくさしたとはいえ、確かにフレデリクス2世ほどの叡智が米国にあれば、現代の紛争はと思わずにはいられない。ブッシュではなくゴアが大統領だったら、ちっとはましな世界になったことだろう。だが、そうならないことをフレデリクス2世の叡智に合わせて受け止めることが歴史というものの理解なのだ。中小企業や官僚の人情話をプロジェクトXにするのはいいし、松平定知引退の花道「その時歴史は動いた」も漫談だからいいが、スペシャルでこんな押し付けは話はやめてほしい。
 話を「文明共存の道を求めて」に戻せば、この講座で有名なフレデリクス2世の背景がより重層的にわかるように思えた。特にロゲリウス2世の話は興味深かった。とロゲリウス2世の話は…テキストを読んで貰えばいいか。
 毎度ながら、話がおちゃらけになってしまったが、こう書きながら、ふと悪夢のようなことを思う。フレデリクス2世は教皇権を背景にもっと悪辣に立ち回ることはできなかったのだろうか? やればできたようにも思うが、ある種自分の美学から、そんなことはやりたくもなかったのではないか。空想していくと、足利義政とは違うが、別の意味でフレデリクス2世は美を求めていた不思議な人物にも思えてくる。もともとアイユーブ朝とことを構える気などなかったのではないか。というあたりで、アル・カーミルについてもちと触れておきたいが、このあたりの歴史をもう少し勉強してからにしよう。
 私事だが、10年前だったが、海路でシチリアに渡ろうとしたときちょうど海が荒れていて断念した。いつかシチリア巡りはしてみたいものだ。

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2003.11.25

1970年11月25日三島由紀夫自殺

 11月25日といえば、三島由紀夫が自殺した日だ。そう言ってみて、自分でもふと戸惑うのだが、「自決」とも「割腹」とも言いづらい。確かに思想的に見れば、「自決」だろう。世の中、三島の死に「自決」を冠するのは思想的な意味合いを見ているからに違いない。あの日、佐藤栄作はたしか「気違い」と言っていた(ATOKは「気違い」を変換しないので登録した)。それからしばらくして、そのことを誰だったか、小林秀雄にご注進したやつがいたらしい。その気持ちはわからないでもない。小林ならなんというか聞きたかったのだろう。小林は簡素だが、三島に非礼なき返答したと記憶している。このことは、江藤淳もひかかっていたらしく、のちに対談で小林に問うている(「歴史について」S46.7「諸君」)。


小林 (前略)宣長と徂徠とは見かけはまるで違った仕事をしたのですが、その思想家としての徹底性と純粋性では実によくにた気象をもった人なのだね。そして二人とも外国の人には大変わかりにくい思想家なのだ。日本人には実にわかりやすいものがある。三島君の悲劇も日本にしか起きえないものでしょうが、外国人にはなかなかわかりにくい事件でしょう。
江藤 そうでしょうか。三島事件は三島さんに早い老年がきた、というようなものじゃないんですか。
小林 いや、それは違うでしょう。
江藤 じゃなんですか。老年といってあたらなければ、一種の病気でしょう。
小林 あなたは病気というけどな、日本の歴史を病気というか。
江藤 日本の歴史を病気とは、もちろん言いませんけれども、三島さんのあれは病気じゃないですか。病気じゃなくて、もっとほかに意味があるんですか。

 福田和也が師匠と仰ぐ江藤淳の馬鹿さ加減はここに極まれりといったところだ。江藤の若気の至りで済むものでもない。小林は怒りより呆れているのだ。なんだこの馬鹿と思うと同時にある種の滑稽な絶望も感じていたに違いない。江藤のいう「病気」とは気違いということだ。
 もちろん、江藤にしてみれば、なぜ三島の自殺が日本の歴史になってしまうのか理解も及ばなかったに違いない。
 もう少しこの先を引用しよう。

小林 いやァ、そんなことを言うけどな、それなら吉田松陰は病気か。
江藤 吉田松陰と三島由紀夫は違うじゃありませんか。
小林 日本的事件という意味では同じだ。僕はそう思うんだ。堺事件したってそうです。

 小林秀雄はその死の意義をよく理解しながら、若い日の中原中也の死に向けるのと同様、それ以上三島由紀夫については語っていない(と思う)。かわりに、きちんと本居宣長について残しておいた。それが読み解ければ、三島由紀夫もわかる。気違いでもなんでもない。外国人にはわかるまい。あれが日本の歴史というものであり、思想家の徹底性と純粋性の帰結なのだ、と。
 日本という国の歴史のなかで生まれた思想家の徹底性と純粋性があのように帰結することがある。もちろん、必ずそう帰結するわけではない。三島が大塩平八郎を読解しながら、どこかで「豊饒の海」のような神秘思想を得ていたのは間違いない。11月25日に死んだのも、小室直樹が解読したように、彼の生年である1月14日を49日とする再生への期待だった。こうしたことはもちろん、狂気に見える。気違いと言うにふさわしく見える。だが、小林は「日本的事件という意味では同じだ。僕はそう思うんだ」と言った。私もそう思う。日本というものが深く私に問いかけてきている。
 私はこの夏46歳になった。うかつにも歳のことはよく忘れる。三島の自殺した日のことはよく覚えているというのに、自分の身体の老いを思えば、三島は50歳を越えられなかったと思い、どこか自分より遠く年上に思えている。太宰治についてもそうだ。彼は39歳で死んだのだ。私は彼らより生きている。
 自分の思考の未熟さも思うが、私の老いは着実に三島の文学や思想を若いものとして反映させている。そう、三島に未熟さすら見るようになった。生きて、老いていくということはどういうことなのだろうか。
 あの日、私は中学1年生だった。友人のOがわざわざ遊びに来た。玄関に出た私は「大変なことになっているんだ」と言った。Oにはわからなかっただろう。次の日の朝刊だったか、読売の一面に司馬遼太郎の解説のようなものが載っていた。思想というのは虚構において純粋になるといった戯けた内容だった。不思議なものだ、日本の歴史の本質も理解しえない大衆作家である司馬遼太郎がいつから憂国の賢人扱いされてしまったのだろう。
 司馬の見解のくだらなさに確実に目を留めた一人の人がいた。イザヤ・ベン・ダサンだ。その「日本教について」で彼は、三島が狂気ではありえないことをきちんと書いてみせた。イザヤ・ベン・ダサンは山本七平だというのが通説になったが、そうだろうか。山本はそれをきちんと共同執筆の名称として自身に著作権がないと言明している。ブルバギ将軍は存在しないと言ったらお笑いなのに、イザヤ・ベン・ダサン=山本七平はまかり通っている。とはいえ、山本にもイザヤ・ベン・ダサンとして書かれたその思いは共通だったはずだ。三島は狂気なのではない。山本もまたそれ以上、三島由紀夫について書いていない。書くにつらかったのではないか。山本が後年、執念をかけて追いつめた崎門は彼が戦地で見た日本教聖人をも生み出した。そう、三島もまた聖人であった。三島が自身を陽明学に位置づけたものを、山本は静かに崎門に押し返し、鎮魂したのだ。余談だが、山本は洪思翊をも鎮魂した。山本良樹は父七平に戦地に神はいたかと訊いた。七平はいたとだけ答えたという。間違いない、彼の魂のなかに神がいなければどうしてこのような奇跡の鎮魂が可能だっただろうか。
 1970年11月25日。あれから何年たっただろう。32年。自殺の衝動すらかかえていた中学生が三島の死の歳を越えるまで生きているとは思いもよらないことだ。
 村上春樹「羊を巡る冒険」はこの日のICUのD館の風景で始まる。同じ日、大森荘蔵の講義に遅刻し、教室に入るや三島事件のこと語った中島義道に大森は、わかりましたとのみ言って哲学の講義を続けた。あの日に生きていた人は、三島の思想とかかりなくではありながら、まさにあの日を生きていた。
 あの日にはあの日にしかない陰影と日本があった。いや、なにかが決定的に壊れていく大きなにぶい音のようなものが日本を覆っていた。

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# junsaito 『教えてください。三島の「死の意義」ってなんでしょうか。「日本という国の歴史のなかで生まれた思想家の徹底性と純粋性があのように帰結することがある」とのことですが、私(1976年生まれ)にはわかったようなわからないような、です。』
# レス>junsaitoさん 『三島の「死の意義」についてですが、彼自身は、たしかこう言っていました「君たちに命以上の価値を見せてあげよう」と。死を越える価値を示すことにあったようです。また小林秀雄が言う、日本という国の歴史のなかで生まれた思想家の徹底性と純粋性についてですが、とりあえず、「この国を愛するということに私信無きが故に死を厭わない」としていいかと思います。このことは若いかたにはわからないと言ってしまいそうですが、そうではなく、わかるだろうと思います。簡略した言い方で誤解を招きかねないのですが、「お国のためです、死んでいただけますか」と誠意をもって問われとき、多くの青年が死地に赴きました。悩みもありましたし、理不尽に思えた人も多いでしょうが、そこに日本ならではの徹底性と純粋性の発露があったことも事実です。こういう話をすると、小熊英二に馬鹿にされそうんですが(冗談)、誠意をもって国のために死んでくださいと問われるとき、私たちの魂のなかに潜む「日本」は諾と答えてくるでしょう。怖いことでもあるのですが、美しいことでもあります。「女」については、例えば私は男なので私の「女」を放置してはいけないわけですよ。これは冗談っぽいですが、人はかならずむき出しの男女の関係で生きるのですから、真摯な問題です。』
# junsaito 『解説ありがとうございます。死を超える価値ですか・・・ううむ。  「誠意をもって国のために死んでくださいと問われるとき、私たちの魂のなかに潜む「日本」は諾と答えてくるでしょう」とありますが、そういう「日本」が自分には/私には全くないとは証明できないので、その言い方は少しずるいと思いました。「国のため」を、「自分の子供のため」、「難病で苦しんでいる少女のため」と置き換えると少しピクッとしますが。 それと、江藤淳の晩年の『南洲残影』などは、finalventさんの言う『日本』を感じさせますが、どうでしょうか。晩年の江藤淳は三島の評価を変えたと考えていいのでしょうか。』
# レス>junsaitoさん 『「少しずるい」というお答えはその感性の鋭さにびくっとしました。たしかにずるい回答でした。弁解させてください。junsaitoさんのその問いかけに逃げるレトリックをできるだけ弄さないとすれば、こう言うしかないかと考えた結果でした。もう一点、「国」ではなく「子孫」「愛する人」というようにまるでさだまさしの歌のように畳みかけるように「国」を言い換えていくことは可能です。ここで気を付けなくていけないのは、「国」があってそれから子孫なり愛する人、日本の山河、文化あるという発想は逆で、そうした我々が日常愛することを禁じ得ない究極に「国」があるのか?あるいは、そうした愛の究極に「国」を措定することは誤りではないか?junsaitoさんにはピントこないかもしれませんが、この問題は私が悩んだ問題なのでその文脈で考えると、「国」というものが先行的にあるのではないかと。そして、その「国」というのは、「死んでください」と語る人の「誠意」のなか、つまり連帯=愛に現れるだろうと思うのです。立場は逆に私が誰かに「お国のためです。死んでください」と言えるかどうか。小林秀雄が三島はわかりやすいとつい言ってしまったのは、そのあたりをシンプルに理解しているからだろうと思います。晩年の江藤については、私は実は悩んでいます。確かに彼の愛国と歴史への傾倒は素直にいうと傾聴すべき点はあります。ブログではくさしてしまいましたが、司馬についてもそういう点はあります。江藤については、あの死が自分に納得できないというところで、どうしても感性的に受け入れられない。そのことは表向き、彼の仕事とは別なのですが、私は評論家ではなく彼の読者なのでまだ考えつめたいと思っています。そこが自分で腑に落ちなければ、彼の言葉をうまく聞き取れないように思うのです。つまり、わからないという感じです。』
# noharra 『「理不尽に思えた人も多いでしょうが、そこに日本ならではの徹底性と純粋性の発露があったことも事実です。」そうでしょうか?日本人には徹底性と純粋性があって、911事件の犯人たちにはそれがそれほどないのでしょうか。それに「お国のためです、死んでいただけますか」と言われて中国大陸で無意味に家を焼いていただけじゃないか、どこがお国のためだか。』
# レス>noharraさん 『端的に9.11事件の犯人たちの「誠」については知らないので、この点のコメントは控えます。日本軍の行動について「中国大陸で無意味に家を焼いていただけじゃないか、どこがお国のためだか。」というときの「無意味に」という評価を私は共有しません。私は日本軍の行動を肯定しているわけではありません。ただ、兵卒というものは命令に従う存在です。人家を焼くこともあります。しかし、そのことは個々の虐殺を肯定するものではありません。基本的に軍規は虐殺を肯定しません。また、虐殺が可能な状況ですら、そこには個人の倫理や良心が問われうる余地が残ることがあります。むしろ、そいう余地を問わずして、兵卒の存在を頭から全否定するなら、結局は人間の倫理と良心の可能性を否定するということになるがゆえに、私はその考えは間違っていると思います。我々もまた国から一兵卒になれと命令される日が来るかもしれません(来るべきではありませんが)。そうなったとき(多くの国ではそれが現実なのですが)、我々はどのように自分の死の可能性を受容できるでしょうか。「お国のためという大義に誠意を見る」以外に、兵卒としての自分の死を了解できるでしょうか。私はそれしかないなと思うのです。また、もとはといえば、こうした議論を三島事件の文脈で語りたかったわけではありません。おそらくnoharraさんは私の発言のなかに危険な軍国主義の臭いを嗅ぎ取られ、それをその危険性ゆえに否定したいのだろうと思われます。』

追記(2004.11.27
年代に間違いがあったので修正しました。ケアレスだったので明示的には修正を加えていません。

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幼児虐待には男が問われる

 このところ、ブームのように幼児虐待報道が続いているようだ。「ようだ」というのは、賢い生命体の比喩ではなく、私自身が詳細にニュースを読みたくないからだ。むごくてたまらない。大きな問題なので社会の問題とすべきだとは思う。それゆえ、朝日新聞社説「児童虐待 ― 危険信号を見落とすな」で、この問題を社会制度の側に押し返そうとすることは理解できないことでもない。このところの悲惨な四事件について朝日新聞社説はこう切り込む。


四つの事件のうち三つは虐待の事実を知った児童相談所の職員が家庭訪問をしたり、子どもを一時保護したりしていた。専門機関がかかわっていながら死なせてしまったことが返す返すも残念でならない。

 つまり、虐待事実は専門機関側でもわかっていたのにというわけである。ただ、これが機能しないことを単純には責められないとして次のように展開する。

とはいえ、虐待への対応の中心になる児童相談所の働きは限界に達している。00年に児童虐待防止法が施行されたあと通報がふえ、02年度の虐待相談の処理件数は2万4千件と、5年前の3倍になっている。
 警察庁のまとめでは、今年6月までの半年間で24人の命が児童虐待によって奪われた。県と政令指定都市が設ける児童相談所は全国に182カ所ある。その仕事の内容や態勢の抜本的な見直しが欠かせない。

 つまり、現状では件数が大きすぎるし、制度も十分に機能できないのが問題だとするのである。そして、解決は次のようになる。

 自信をもって親子の間に割って入り、援助できるような専門職員を増やし、職員一人ひとりが能力を発揮できるような人員の配置を考えなくてはならない。児童相談所の権限強化や司法のいっそうの関与も検討しなければならないだろう。

 私はそれでは解決しないと思う。こう言いながら自分のいつもの主張と矛盾しているとも思う。私は、社会問題は倫理・道徳に還元するのではなく構造的に対応せよ、というのが私の基調だ。その線なら朝日新聞と同じだ。なにも毎回朝日新聞をくさしたいと思うわけではない。
 解決しないだろうなと思うのは、この件について、一生活者の実感があるからだ。まず、ひどいことをあえて言う、公務員は無責任なのだ。そういう職員ではこれほどの難問は解決できない。もっとひどい事を言う。公務員は優遇されていて、いわば日本のエリート層だ。社会の底辺の実態とかけはなれすぎていて対処の感性がない。もちろん、専門職員は公務員に限るものではない。この問題は、情熱のある人材を中心としたNPOに期待をかけることを先決に考えたほうがいい。
 もう一つの問題は、構造的な対処ではだめだろうという直感だ。つまらない言い方だが人間の生き方がもろに問われているのである。
 率直に言うと、幼児虐待とは女が子供を虐待しているということだ。なぜ女が自分の子供を虐待するのか?この問題になぜだろう?と考え込むような人は人生経験が足りなすぎる。女というのは子供をもてば虐待するものなのだ。まさかぁといったきれい事はやめて欲しい。もちろん、例外はある。だが、現実が重視されなくてはいけない。
 以下、トンデモ説に聞こえるだろうと思う。が、書く。女は自傷を外化したかたちで自分の子供を虐待するものなのだ。それが基礎にあるのだ。
 冗談のように聞こえるかもしれないが、女はつねにある種の直接的な性的な権力構造のなかに置かれている。そうした権力を必要としているからでもある。端的な話、つねに社会的な美醜概念を性的な権力への接合としてリフレクトしている。その戦略に失敗すれば自滅してしまう(それがこの権力のオートマティズムである)。あるいは、その直接的な権力構造を緩和することができなくても、自滅する。新しい権力の構図を求めて過去である自分の子供をまさにそれが過去であるかのように消去することもある。
 冗談に聞こえるだろうが、この性的な権力の安定構造は、「父に愛される娘であること」→「男に愛される女であること」→「子供に愛される母であること」という展開になる。どの遷移でも「愛されること」という性的な権力の充足が必要になる。それぞれにおいて、その失敗の像があるが、これらの権力のいわば暴走に対しては、性的な外部からのインターヴェンションが必要になる。難しくいうよだが、幼児虐待のケースでは、端的に男が「やめろ!」ということだ。そして、それの「やめろ!」に必要なのは、男の配慮でも単純な暴力でもなく、女の性的な権力を停止させるだけの男性の性的なメッセージが含まれなくてはいけない。「父性」や「子供への責任」ということではない。男が、まさに男の性として露出することが女の自傷や幼児虐待を止める。
 単なるエロ話のようなことを難しく書いているように聞こえるかもしれない。とんでも説のようにも聞こえるだろうし、あまりこうしたことを書きたいわけでもない。だが、成人の男女なら、難しい性的な権力の構造に巻き込まれるという生活実感はもつべきであり、その生活実感からしても、以上のことはそう理解しづらいとは思えない。
 岩月謙司のことを知識人は馬鹿にするか、香山リカのように困惑するかもしれないが、私は岩月に同意するものではないが、あのような視点はあながち知的に解体はされない。以上の議論にラカンのファルス(phallus)を読み込む人もいるかもしれない。だが、ラカンのファルスの問題は現代の日本の知的な風土ではただ知的な言説のゲームにしかなっていない。現在の一種のラカンブームは、ラカンの提出した問題を若い日の佐々木孝次のように自分の現実に引き寄せては考察されていない。ラカンがフランスの知識人に問題となるのは、知的だからではなく、現実の問題だからだ。
 もちろん、私の論はラカンに依存しているわけでもない。だが、論などどうでもいい。男が問われている、というだけでもいい。
 女は問われないのか。いや、問われているだろう。しいていえば、女の前段である少女が喪失の内在を抱え込み過ぎていることだ。以前、I塾というフランチャイズの塾の社長(女性)が、たしかこういうことを言った…女の人は大切なものを失い過ぎている、それでは子供が愛せない…。そうだと私は思う。宮台真司などは、現在の若い人の恋愛の過剰流動性ということをいうが、その前段には価値の可換性がある。すべての価値が可換になることで、自己を失っているといえば、アナクロニズムかもしれないが、女性の内在側の問題はそこだと思う。自分が本当に大切だったもの(おそらくファルス)が、可換性によって再び手に入るということに駆られているのだ。だが、本当に大切だったものの消失は可換性によっては取り戻せない。それは悲劇であるが、その悲劇を生きるしかないだろう。

[コメント]
# junsaito 『はじめまして。女は夫に放置されることによって、男は社会に放置されることによって虐待に走りやすくなるように思います。』

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2003.11.24

気になるがまとまらないことなど

シュワルナゼ大統領が辞任表明 グルジア
 シュワルナゼは懐かしい名前だと、つい思ってしまう。今回の問題では流血は避けられたようだが、事態の今後の推移はわからない。つい「石油」と考えがちだが、もっと複眼的な思考が必要になるだろう。と、いって、なにかまとまって文を起こせるほどの考えもない。

官房副長官補をメキシコへFTA派遣
 なんか「そもさん、せっぱ」だな。日本は追いつめられているなと思う。メキシコに足下を見られているかぁ。日本国民はこの問題にほとんど危機感持っていない。なぜだぁ。

ノモンハン事件の遺骨収集許可が出る
 そうだったのかとうかつ。3500人の日本兵の遺骨が残っているらしい。ひどいものだ。とも思うが、沖縄戦ですら、実はまだまだ遺骨は収集されていない。ただ、忘れられているのだ。『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋社)を残した若泉敬も晩年は狂ったように遺骨収集に当たっていた。狂ったのかもしれない。狂っているのは他の日本人なのに。

デジタル放送
 この話をブログに書こうかちと悩む。馬鹿馬鹿しい話題だよな。

韓国扶安(プアン)のデモ
 これも気にはなるがどう書いていいのかちと迷っている。難しい。

KBS(韓国放送公社)とSBS(ソウル放送)がフジテレビの真似
 中央日報(参照)より。


特定番組に対するひょう窃の是非を抜きにしても、両国の放送の慣行上、初めてこのような事件が起こった事実は注目に値する。 70~80年代の放送業界では、日本の番組をまねるため「釜山(プサン)に出張する」という言葉が公然と知られていた。 こうした風土のもとで育ってきた放送業界の従事者に、日本の番組を模倣することに対する無神経さが、知らず知らずのうちに広まっていることを否認するのは困難だ。

 そういうことなのだ。ちなみに、パクリの代表は「トリビアの泉」らしい。へぇ~62点。
 しかし、こうした現象はなにも韓国だけではない。米国も似たようなものだ。つい、私なども日本の民放娯楽はくだらね~とかぬかすが、実際はほぼ無敵だ。日本は「お馬鹿」において、英米に劣らない「お馬鹿」文化国なのだ。
 朝日新聞など今朝の社説でデジタル放送にからんでこういう。

 番組がつまらない。テレビ局は不祥事続きで信用できない。そんな声も高まるなかでのデジタル化はテレビ離れにつながる恐れもある。視聴者の理解を得ながら課題を一つ一つ解決していってほしい。

 よく言うよな、朝日新聞。

アマゾンを支えるのはロリコン
 他ブログからパクリネタ。ブログ名を書くとかえってご迷惑かもなので、ぼかしておきます。アマゾンの売れ筋情報*2。現在。


1.萌える英単語もえたん
2.週刊わたしのおにいちゃん 第3号
3.週刊わたしのおにいちゃん 第1号
4.週刊わたしのおにいちゃん 第4号
5.週刊わたしのおにいちゃん 第2号
6.週刊わたしのおにいちゃん 第5号
7.加護亜依写真集
8.はじめよう! プチ起業 DO BOOKS
9.バカの壁
10.今日の5の2
11.アミターバ―無量光明
12.得する生活―お金持ちになる人の考え方
13.ブラックジャックによろしく 7 がん医療編 3 (7)

 世も末ってやつだね。もっとも末法は平安時代からだが。
 それにしてもロリだな。パソコン雑誌ネットランナーとかもそっちに走り出したし、パソコン本みたいなものも来年はロリ路線だろうな。
 この手の話題で「旦那はロリコン?」(参照)が面白い。だんなロリコンだったという話、とまとめてはつまらないのだが。源氏物語の世界から日本は一貫してロリコンかも。
 この現象、いろいろ理屈はつくのだろうが、事態は変わらないだろう。

[コメント]
# rucha 『はじめまして。イラク派兵について色々と考えて考えて、やっと出た私の結論を、ものすごくあっさり出されていて、素直に尊敬してしまいました。それと、我が家は左寄りではあるので、朝日新聞を取ってますが、やはり新聞は全国誌と地方誌の両方を読みたいですね。』
# k.n. 『メキシコとのFTAについて私も気になってます。なんで日本はこんなに弱腰外交なんでしょうか。メキシコごときとの交渉にてこずるようでは先が思いやられる。』
# rucha 『弱腰なのが日本の利点です。まあ、ぶっちゃけ、今後、世界は日本的価値観とアメリカ的価値観の融合により、よりあやふやな世界になっていくだろうと楽観しています。』
# レス>ruchaさん 『自分もそうだけど日本人は世界平和を議論するのが好き。だけど、イラク派兵はどうころんでも日本はおミソ(余計)なんだと実感しました。そして世界の国も実際はおミソなんですね。ただ、今後の世界は戦争もハイテクになるので、技術者数がものを言うかもしれません。話変わって、ruchaさんの日記拝見しました。沖縄には大学は、琉大、沖縄大、名桜大、沖国、キリ短(四大化予定)、沖縄女子短、県立芸大、看護大と8つもあります。琉大が国立でないちゃー(本土人)率は50%くらい。へぇ~?』
# レス>k.nさん 『反論というわけではないのですが、恐らく「メキシコごとき」ではない事態なのだと思います。日本はほとんど封鎖状態なので、メキシコは余裕であたりまえのようです。メキシコの後ろに韓国やマレーシアなど多数控えています。軍事では日本はアメリカ寄りとか議論になりますが、もっと重要なのはWHO頼みだともうすぐ日本は干上がってしまいます(というかアメリカの属国化がさらに進む)。むしろ、うまくメキシコをさばいて他の国とうまくFTAをつなげないと、と思います。』
# rucha 『FTAというふうに記号化してしまうと、日本人が得意な「あいまいさ」が加速してしまい、議論するのではなく怒鳴りあいになってしまいます。まず、なにを持ってFTAと言うのか、私に教えてもらえませんか?』
# レス>ruchaさん 『了解しました。ただ、「教える」というほどの知識はありません。次のように私は了解しています。勘違い、間違いなどありましたら、ご指摘ください。FTA:自由貿易協定。特定の国同士や国境を越えた地域の中で関税や輸入制限を原則として撤廃する取り決め。世界貿易機関に報告されているFTAは155個。EUが多い。北米自由貿易協定NAFTAは3か国。私は日本の場合のFTAは暗黙に2国間としています。なお、11.15のブログもご参照ください。』
# k.n. 『日本のおかれている状況が厳しいというのは分かりました。しかし「駄々をこねれば日本は妥協してくる」という前例を作ってしまうと、他国との交渉がもっと厳しい状況になってしまうので、日本にはもっと毅然とした態度をとってほしいです。メキシコとの交渉を打ち切って韓国などとのFTA締結を優先するという選択肢はないんでしょうか。』
# レス>k.n.さん 『いったんメキシコとの交渉を打ち切るという策はありうるだろうと思います。また、親日国家とFTAの既存事実を積み重ねるという方策もあるでしょう。ただ、その場合でもよほどうまくやらないとその結果でさらに足下を見られて悪循環ということになるでしょう。メキシコとのFTAの最大の障害は豚肉でした。それほど豚肉の輸入が国内的に難しいとは私はとうてい思えないのは国内世論の弱さがあるだろとは思います。随分昔の話ですが、石油ショックのような事態にならないとFTA問題は国民的には理解されないかもしれません。』
# wakamurasaki 『源氏物語をロリコンと主張されるのは、それなりの根拠を持って言っておられるのですかね。』
# レス>wakamurasakiさん 『wakamurasakiさんは紫の上や女三宮の話をご存じのうえでレトリカルに問われているのではないかと思いました。「ロリコン」という言葉に定義がない以上、その発言は本質的に厳密なものにはなりえません。その意味で、「それなりの根拠」の必要もなく書いていた面はあります。もう一点、源氏物語を我々近代人は近代小説的に近代的な人物の描写としてみてしまいがちですし、また源氏物語の文学性にはそういう解釈を誘うほど優れた側面があります。しかし、これは基本的に古代の物語であり、伊勢物語における業平に近代的な人物が描けないように、源氏もまた、これは「色好み」を語るというエクリチュールで捕らえるべきかと思います。その点では、他文化には見られない幼女愛が嗜好として語られていると見てよいかと思います。』
# wakamurasaki 『いえ、当該記述の簡潔さに、一般人の安易なイメージに阿っているような雰囲気を感じてしまったので、ちょっとつついてみたくなっただけです。失礼しました。』
# wakamurasaki 『私としては、日本的な「色好み」において(これで一括りにしてしまうのも嫌なのですが)、いわゆる「幼児性」が独自の要素と言えるか疑問を感じます。むしろ、単に「それが幼女であっても敢えて厭わない」という方向性のような気がします。まあ、コメント欄(しかも、一週間近く前の)で論ずるような話題ではありませんでしたね。お邪魔しました。』

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イラク派兵はしなくてもいいのかもしれない

 このブログでは日本のイラク派兵問題について扱ってこなかった。理由は、あまり関心が向かったこともあるし、率直のところ、この問題がわからないという理由もある。極東ブログ開始以前の話ではあるが、私はイラク戦争賛成の立場を取った。その認識は、今にしてみると多くの間違いを含んでいた。そんな私に、それ以上の考えを表明する資格があるだろうか。
 くだくだと言えないこともない。だが、現時点で考えなおして、イラク戦争に反対すべきだったと言えるか。これも率直に言うとノーだ。大量破壊兵器の認識において私は間違っていたが、フセインがイスラエルを突く可能性と独仏露の悪事(兵器輸出や裏の石油取引)を放置しておくわけにはいかない。結局、今でもあの戦争を肯定している。糞、馬鹿野郎、ラムズフェルドとも言いたいところだが、そこまでの資格はないだろう。
 イラク派兵についてどう考えればいいのだろう。賛成または反対? 率直に言うと、反対ということはありえないんじゃないかと思っていた。イラク戦争の賛否に関わらず、過去には戻れない。事実は日本は米国の属国のように参戦したということだ。そして国としてその責務というものがある。むしろ、どのように派兵するかというプラクティカルな問題になるのはしかたがない。政府はどう派兵するかと考えていることだろう。特に、岡本行夫とか。
 現状の日本の政府を見ていると、小泉は日和まくっている。ここで派兵して死者が一人でもでようものなら、政権が一気に沈没という目を読んでいるからだ。しかも、その読みは間違いない。こんなやつが総理なのか。一端政権を民主党に移して、小沢に仕切り治しさせればよかったなぁ、にっぽん、と思うが、空しい。
 別の可能性も考えよう。派兵反対の理由はどうか。率直な話、私でも思考が止まる。呪縛だ。日本は戦争をしてはいけないとまず考える。ま、それ自体は間違いはない。
 というわけで、話がサマにならないこと限りない。
 そんななか、先日NHKの「あすを読む」を見ていて、各国の派兵の状況を解説した地図を見ていろいな思いが去来した。たしか、全世界で35か国がイラクへ派兵していた。おやっ、そんなにも派兵しているのか?と思った。
 そういえば、イタリア兵士の殺害の際、イタリアが三千人規模で派兵していると聞いて、思わず、へぇとか言いそうになってしまった。ポーランドの派兵についてはEUとロシアとの関係でワッチしていたので知っていたが、イタリアについては関心を払ってこなかった。己の頭をポカポカ叩きたくなるほどの無知丸出しである。「あすを読む」でウクライナが千五百人ちかくも派兵しているを見て、これもへぇとか言ってしまった。無知ここに極まれりである。
 他に、トルコ、韓国、オーストラリア、スペインあたりは、だいたい目配せしていたので、びっくりもへぇもなかったが、イタリアとウクライナはなぜなのかわからなかった。そして、残りの30か国近い国っていうのも、どこなんだと考え込んでしまった。
 いろいろと想像はつく。イタリアは派兵が多いが、あの国はもとからそーゆー国なのだ。枢軸をさっさと抜けてしまって国連の敵国にもなっていない。やるよな、アミーゴ。ウクライナのほうは、あれはカトリックの国で、もともとソ連にいるべき国じゃない。ロシアともうまく行くわけない。となるとポーランドのように他方のパワーである米国につかないといけない。
 30か国近くの派遣国ってどこだ? というわけで、ぐぐってみたのだが、意外に情報がない。が、かなり古い赤旗に載っていた。なんだかとほほである。標題もとほほだ。「イラク派兵は世界の少数派」(参照)。そりゃ、言い分は表向き間違っているわけでもない。


イラクに派兵している国はイラク戦争に参戦した米英、オーストラリア、ポーランド以外では三十二カ国にすぎません(別表)。米国が要請した約七十カ国の半分以下です。百九十一カ国を数える国連加盟国で少数です。しかも、派遣軍の役割は圧倒的な兵員を擁する米占領軍の補助です。
 千人以上の兵員を派遣している国は、米国と、一万三千人の英国を除いて六カ国。七日やっと議会の承認を得たトルコを入れても七カ国にすぎません。残りの多くは、米国の要求を拒否しきれず派兵したものの、その実態は象徴的派兵。

 しかし、そう言うかぁフツー? ま、たしかにその実態は「象徴的派兵」というのはそうだろうとは思う。と、同ページに派兵国の一覧があった。あえて、20位から引用する。

 20 ノルウェー    179
 21 モンゴル     160
 22 アゼルバイジャン 150
 23 ポルトガル    120
 24 ニカラグア    113
 25 リトアニア    100
 26 フィリピン     80
 27 スロバキア     80
 28 アルバニア     70
 29 グルジア      70
 30 ニュージーランド  61
 31 クロアチア     60
 32 リトアニア     50
 33 モルドバ      50
 34 エストニア     43
 35 マケドニア     37
 36 カザフスタン    25

 ふーんという感じだ。見ていて、こーゆーのは悪くないじゃんと思った。ちなみに韓国はこの時点では675人。もちろん、増員は求められている。オーストラリアが1000人。とすると、日本は金も出すのだから、1000人派兵というのはけっこう妥当な線だ。イタリアのように人は出すけど金は出さないという国もあり、日本のように金は出すけど人は出さないという国も…恥ずかしいがあっても不思議ではない。
 いずれにせよ、こうして見ると日本が派兵しても、実際のところ、米英に比べれば、言っちゃ悪いけど、おみそである。実践的な意味あいなどない。こりゃ、ここは派兵をどたきゃんして後で金を積んだらゴメンネーで済む話のようだ。
 ……なんだかそれでもいいように思えてきたぞ。
 それと、小沢のいうような国連常接軍の設置というのは、このおみそクラブをかき集めることになるので、そう考えると非現実的かも……いやいや、かき集めればせいぜい5万人くらいにはなりそうだ。それだけ束ねれば、米国からも10万は引き出せるから、国連常接軍というのは夢ではないかもしれない。

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2003.11.23

田中康夫・浅田彰呆談の小感想

 先ほど浅田・山形の話を書いて、それ以上に田中康夫・浅田彰呆談には関心がないのだが、ついで読んでみた。「呆談」とはよく言ったもので、大上段に批判するような内容ではないだが、田中康夫の次の発言に多少ひっかかった。


朝鮮半島に関しては、そこにこそ日本の皇室の起源もあるというのに、日本人は蔑視するんだね。

 うっ、それって「と」でしょ? 公人がいきなり「と」かよ。確かにそういう説はあるし、私などもそうした説に近いのだけど、(1)公人が言うこっちゃない、(2)「呆談」でも抑制して語るべき、だと思う。桓武天皇の母高野新笠が百済系だという話が「美味しんぼ」でへぇ~ネタでずっこけたことがあったが、そんなの誰でも知っているって。そして、それをもって皇室の起源とはいえない。そういえば、昔、浅田も似たようなことを言っていた、が、今回はそのフォローはしてない。
 ついでに浅田の次の発言も、ずっこけた。

チベットに対して中国がやってることなんて、パレスチナに対してイスラエルがやってることとあんまり変わらないよ。それについては石原も言ってるけど。

 間違いではないけどねぇ。違うよ、すごーく。ディテールを指摘するのはメンドイけど、知識人だったらもう少し正確に言わないと…。
 さらについでに。浅田の発言。

あるいは、ミャンマー(ビルマをミャンマーと呼ぶべきだっていう軍事政権の主張を安易に認めたのは問題なんだけど)の軍事政権がアウン・サン・スー・チーに対してやってることはいいのか、と。日本は、あの国に対する最大のODA供与国なんだから、もっと圧力をかけるべきだよ。

 これも間違いではないけど、浅薄だなぁ。英国統治下で印僑・華僑を入れてめちゃくちゃにされたビルマ族の苦しみっていうのも考えないと…。
 細かく指摘するといろいろ言えるんだけど、「呆談」だものなぁ。でも、こんな「呆談」ありがたがっちゃう人っているのでしょうか。
 それにしても、ヤッシーは「と」かぁ。

追記11.29
 天皇家の起源について2点コメントを戴いた。概ね論点は、「朝鮮半島に関しては、そこにこそ日本の皇室の起源もある」という田中康夫の発言を私が「と」つまり、トンデモ説とした点にある。再考して思うのだが、この田中康夫の発言は史学的に確立していないし、外交や政治がからみがちな問題を公人は放談で言うべきではないという点に変更はない。だが、「トンデモ」とまでは言えないかもしれないと譲歩してもいいかもしれない。というのは、これがトンデモなら、江上波夫著『騎馬民族国家』中公新書147もトンデモということになるからだ。江上学説は事実上、日本史学では無視されているので、その意味では、すでにトンデモという評価があるとも言えるのだが、テーマを除けばいわゆるトンデモ説の度合いは少なく、日本史学自体が非常に問題が多いので、史学の定説が常識的に見てあまりはっきりしたものではない。特に推古朝の扱いでタリシヒコの存在を無視しているあたり、日本古代史はまともではない。

[コメント]
# 通りすがり 『新聞とろうね。http://www.asyura.com/sora/bd16/msg/108.html』
# レス>通りすがりさん 『どうもです。さて、新聞とろうねとのご意見ですが、ペーパーのもちゃんとちなみに取ってますよ。意外に思われるかもしれませんが朝日新聞です。ただ、ご意図とされたことはそういうことではないのだろうと思って、ご指摘の阿修羅さんのサイトを見ました。私の誤解かもしれませんが、このページで赤くなっている部分を通りすがりさんも強調されているのでしょうか。しかし、この産経新聞の無断引用を読む限り、皇室の起源が朝鮮半島にあるとは書かれていませんし、ヤッシーやはり「と」です。私のブログをよろしければご再読ください。高野新笠についてもしご存じなく、そこで誤解されているでしたら、また書き込みしてくだされば追記しましょう。』
# noharra 『田中康夫の皇室発言の趣旨は日本人の蔑視を揶揄することにあるようだ。とすると、それに対し、「(1)公人が言うこっちゃない、(2)「呆談」でも抑制して語るべき、だと思う。」と言われていることの趣旨がよく分かりません。古事記などでいう天孫族はおおむね朝鮮半島から来たというのは正しいのでしょう?』
# レス>noharraさん 『「田中康夫の皇室発言の趣旨は日本人の蔑視を揶揄することにあるようだ。」とする点は理解できます。しかし、その発言の戦略が正しいかというと私は違うのではないかと思います。これは、hoharraさんのご理解いただけなかった点とも関連するですが、前回「通りすがり 」さんが阿修羅さんのページに無断転載された産経新聞の記事の参照を挙げていますが、この時の天皇の発言はけっこう物議をもたらしました。なぜ物議かというと、天皇家が朝鮮出目話がタブーであり、天皇ご自身でこのタブーを破られたからです。関連して朝鮮では日本の天皇を見下すさんがためにその出目を朝鮮とする考えもあります。こうしたタブーに纏わることを根拠もなしに知事という公人は語るできではないと思われます。ただ、私が今「根拠もなしに」と言ったもののnoharraさんはご理解いただけないのではないかとも思います。「古事記などでいう天孫族はおおむね朝鮮半島から来たというのは正しいのでしょう?」という点です。これについてなのですが、率直なところ、正しくはないというのが定説だと私は判断しています。つまり、田中康夫が「朝鮮半島に関しては、そこにこそ日本の皇室の起源もある」という主張は古事記は典拠にならないだろうと思われます。くどいようですが、「天孫族はおおむね朝鮮半島から来た」とは言えないと考えます。いかがでしょうか。決めつけているわけではありません。また、史学の原則でもあるのですが、古事記は基本的に神話であって日本史や皇室の起源を考える上で歴史資料とはなりません。』
# noharra 『 丁寧な応答ありがとうございます。ただいまいち論点がはっきりしませんね。えーと、明仁さんの発言に対し、「天皇家が朝鮮出目話がタブーであり、天皇ご自身でこのタブーを破られたからです。」というのはタブーを感じているひと(新聞関係者?)においてだけタブーであるだけで、一般市民は何も感じていないからです。戦前は同祖論は大日本帝国イデオロギーの一部に組み込まれていました。戦後は国民の自覚無しに、USAの力によって朝鮮と日本は切り離され、4つの島を中心に古代から日本という国がずっと続いているというフィクションが深く浸透しました。桓武天皇から3~4百年ほど前、天皇家の先祖が1)天皇と言ってもおかしくないほどかなりの勢力をもった王であり2)コリア海峡のこちら側にいた、という歴史的事実があるのでしょうか?そう言い切れないのなら、そうであることを前提にしたイデオロギーを揶揄することに何の遠慮も要らないと思います。(失礼しました)』
# shibu 『高野新笠のことは続日本紀ですよね。7・8世紀の話であって国家とか国境なんてない時代の話ですし、ただそのような昔から行き来があってその代表例として平成天皇は挙げたのでしょう。渡来して住みついた(=帰化)氏族出身の高野新笠という女性と白壁王との子供の山部親王のことが古来の書物に書いてありますね、ということだけでしょう。移民二世でも生れ育った環境が同じで日常使う言葉も同じであれば、ご近所意識(同胞意識)持ってしまいますしね。これはニューカマーであって、もともとが半島から稲を持って大挙してやって来たオールドカマーの大将が娶ったんだってなことを天を横にして半島を指すとか騎馬民族が支配したのだとか言いたいのかもしれないが、以下省略の「と」だね。だって半島自体が通過点=通り道であって、そこから湧き出たwもんじゃないでしょ。寒冷適応の北方系(新)モンゴロイドは、もっと北のほうから南下して来たのでしょうから。ところで江上説は丸っきりの「と」説でもないのでしょうか?』
# shibu 『それからお礼です。ニューアカとかは全然興味なかったのですが、こちらで初めて「山形浩生」知りましたw。お蔭様で、外地暮らしゆえ本に飢えてたのですが、彼のHPにはいっぱい本文が載っておりましてジックリ読ませていただいております。』

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浅田彰・山形浩生論争?

 ブログを回っていて浅田彰の「山形浩生の批判に答えて」(参照)を見つけた。この項目にはアンカーでname属性の指定がないのでURIの指定が正確にいかないが、「週刊ダイヤモンド/続・憂国呆談」の第十六回のぺージの下のほうにある。ネタの元になる山形浩生の直接的な話のリンクはないが、この話はネットで話題でもあり私もなんとなく読んでいた。ので、浅田の言い部分も読んでみた。
 率直な感想を言えば、浅田の答えは、つまらん。どうして、こんなにつまらないのだろうと、いぶかしい思いすらした。ゲスの勘ぐりの部類だが、浅田彰は山形浩生を相手にしたくない(無視したい)のだろうけど、時代潮流やネットの変化で無視ともいかないか、というところだろうか。
 ネットで有名になっている「クラインの壺」話でも危うく浅田彰ってバカじゃんとなりそうな勢いなので、なんか珍妙な加勢が出てきた。結果、理論的には浅田彰は間違ってないというオチになったようだが、ま、それはそうかなとも思うし、もともと山形浩生も面白いところ突くものだとも思った。この一連は、総じて見れば、山形浩生が面白いと言うなぁということには変わりない。蓮実重彦が「『知』的放蕩論序説」で渡部直己などを前にして、吉本隆明について、なんだかんだといっても吉本は面白いのに、君たちのは面白くないよ、ってなこと言っていたが、その「面白い」というのが重要なのだ。なにもエンタテイメントの意味ではない。蓮実を真似ると、知的な放蕩性を言いたいのだ。その意味で、浅田彰と山形浩生を比べれば、断然山形のほうが面白いし、知的な放蕩性がある。
 なので、山形の知的な放蕩性に浅田が「インテリやくざを気取って」と言ってみても空しいだけだし、その空しく響いている、というあたりの反響を感じ取る感性をもやは浅田は欠いているのだろう。田中康夫も浅田彰も結局のところ、新しい世代の知性からすれば、もはや「オヤジ」としてプカーンと浮いているのだ。些細な存在だが私などもその世代としてオヤジとして浮いているのだろうなとは思う。誤解されるといけないが、単純に浅田をくさしたいわけでもない。
 浅田の回答を読みながら、少し考えさせられた。例えば、冒頭などについてだ。


まず些細な点から。山形浩生はこの発言を「かれ[浅田]が長野県知事とやっている放談シリーズの中でのせりふ」としているが、正しくは「放談」ではなく「呆談」である。

 これは端的に浅田が全然回答になっていない。日本語の字引を引いてみるといいが、「呆談」という言葉は載っていない。田中との対談を「呆談」と称するのは構わないが、それが一般世界に反響するときは、「呆談」なんていう日本語はないのだから、「放談」としてよい。もちろん、「続・憂国呆談」を「続・憂国放談」と書いたら間違いだが、そういう話ではない。
 こんな些細なことで浅田をくさしたいわけではなく、そうではなく、浅田彰というのは、こういうことにこだわる人なのだなとあらためて思った。他、回答を読んでも、浅田自身の過去の発言は正確にはこうなのだからこう正確に読め、という感じだ。実社会の経験のない人なのかもしれないが、他者というのは正確には読まないものなのだ。
 ただ、こうしたところに浅田彰は、世界や他者をできるだけ正確に読もうとしている人なだろうなという印象は受ける。福田和也が浅田彰を評して、とても公平な人だと言ってたと記憶しているが、そういう議論のフェアネスの感性を持っていることはわかる。ある意味、そのあたりが日本人的ではない。
 「地球温暖化をめぐる議論」については、そういう意味で浅田の回答は間違っていない。典型的なパターンの例はこれだ。

 田中康夫と私もこの問題を何度も議論してきたが、そこでもこの論点を「見落として」はいない。今ごろ山形浩生に「地球温暖化をめぐる後悔」について解説してもらわずとも、『憂国呆談』(幻冬舎)に収録された1997年10月の対談の「ノー・リグレットのふたつの意味」というセクション(p.304~305:セクション・タイトルは編集部による)で、私はまさにそのことを問題にしている──

 話は重複するのだが、1997年時点で浅田がそう言ったという意義と、山形がロンボルグの本を翻訳して世に問うたという意義は、まるでバランスしない。しかも浅田は戦略的な「呆談」なのだというのでは最初から反論の意義は薄い。もちろん、浅田が誤解されていると思う気持ちはわかるし、実際に誤解だというのも正しい。だが、社会的な影響の文脈では山形の言っていることで概ね間違いはない。むしろ、概ね間違いない端的な議論が社会に必要なのであり、浅田のようなポストモダン的な話はあまり意味がない、のに、正しい意見者であるようにメディアで存在することに対しては、うんこ投げでもしてみてもいい、だろうと思う。
 やや変な言い方だが、浅田の次の意見は実は戦略的に間違いなのだと言ってもいいだろう。なぜなら、この言明は結局のところ修辞(レトリック)に過ぎず、修辞はまさに社会的な効果において評価されなくてはならないからだ。それゆえ、以下の修辞は空しい。

相手を(自分並みに?)極端に矮小化してとらえ、それを得々として批判してみたところで、相手を撃ったことにはならないのだ。
 (中略)
 この道場主は他流試合を挑むのなら試合(論争)というものの最低限のルールから習得し直す必要があるようだ。

 こうした言明は浅田らしく禁欲すべきだったと思われる。
 あと、地球温暖化について焦点を当てるなら、大筋で浅田の考え、つまりヨーロッパに立つは間違っていると私は思う。私は彼のいうアメリカに立つわけなので。だが、それはまた別の話だ。
 浅田の山形への回答というか反論のなかで一番熱がこもり、外野としても興味惹かれるのは、1989年3月21日にNHKで放送された「事故の博物館」を巡るやりとりだろう。だが結論めいたところから言えば、1989年という年代を提示されたあたりでずっこけてしまってもいい。率直な話、もうそういう時代は終わったのだ。百歩譲って浅田の反論が正当であるとして、だからなんだということになる。つまり、その反論が正当であること自体がこの15年近い世界に継続的に有効であるということを暗に含んでいるのだ。だが、そんなことはない。世界は決定的に変わってしまった。
 そう考えれば、次の言明は浅田の本心であるがゆえにこそ、滑稽味を帯びてしまう。

必要なのは、すべてを工学的思考に還元することではなく、人文学的なものを工学的に思考すると同時に工学的なものを人文学的に思考することなのだ。私は「事故の博物館」の頃から(いや、もっと以前から)現在にいたるまで、そのような立場を一貫して維持してきたつもりである。

 皮肉な言い方をすれば、そのような立場を一貫して維持するべきではなかった。表層的に一貫性のなさそうなボケ老人吉本隆明のこの15年の言説のほうが蓮実のいうように、面白かった。もう少し真面目にいうなら、人文学的な思考の基本は本質において変わらないとしても、1989年における工学的な思考は変わってしまった。浅田がオウム真理教について馬鹿だという以外関心をもたないのは、1989年の工学的な思考からの当然の帰結にすぎない。そこで、彼は止まっていた。先日、このブログで浅田のWindows批判にちょっとうんこを投げつけてしまったが、実は、東浩紀がHTMLのことをまるで理解していないのと同じで、浅田は単にWindowsのこと知らないだけ…というのではなく、工学的な思考の現代的な意味合いにおいて、ずっこけてしまっていた。その落差が山形浩生の言説という「現象」で露出してしまったのだ。
 少し長い引用だが、浅田の結語は、皮肉な陰影に富むことになる。

そして、それが最初に示唆するのは、地球環境問題が、もとより主観的な良心の問題(「やるだけやったし、まいっか」)ではないと同時に、客観的な工学の問題に尽きるものでもなく(現在をはるかに凌ぐ計算力をもったシミュレータが出現しても、最終的にすべてを明確な因果関係によって把握することはできないだろうが、問題は、むしろ、そうした不完全情報の下でいかに判断するかということなのだ)、文明のあり方そのものにかかわる思想的・政治的・社会的な問題だということなのである。

 括弧が多く、しかもねじれた文章なので読みづらいが、ようは、「地球環境問題は文明のあり方そのものにかかわる思想的・政治的・社会的な問題だ」ということらしい。しかし、もう一度、この言明を読み直してほしい。それは単なるトートロジーではないか。
 地球環境問題とはいうのは、ヒューマニズムのふりをしたゴーレムでしかない。「風の谷のナウシカ」ではないが地球環境が腐海になれば王蟲が出る。地球環境問題として二酸化炭素排出取り上げられるが、もともと地球に酸素が存在していること自体、生命活動の余剰にすぎない。現状の地球環境問題とはヒューマニズム(人間至上主義)なのだ。だから、思想的・政治的・社会的な問題としてリフレクトされるし、そのリフレクションの機能はまさにヒューマニズムが倫理を迂回して人間を拘束するように、政治的な機能を持つ。もちろん、そんなこと、浅田自身がよく知っていることだ。
 人類が二酸化炭素を排出することでその環境を変化させるとしても、それもまたただの変化でしかない。人間が滅び、なにかが生きるだろう。それだけのことだ。ホモサピエンスに至る過程でネアンデルタール人などが滅んだと同じで、この種が滅びるだけだ。それだけのことなのだ。この問題は、「それだけのこと」として割り切って、だから、よりプラクティカルに問わなくてはならない。
 地球環境問題とは、一種のゲームなのだ。その目的は人類の存続だ。そのゲームの戦略としてのみ思考は存在するのであって、思想的・政治的・社会的な問題より、より効果が評価できる戦略をとらなくてはならない。その意味で、浅田彰は根幹で間違っていると私は思うが、そう言いつつ山形をダシにして浅田彰を批判したいわけではない。
 心情としては、こう書きながら、浅田彰という現象が回顧の領域に移行していることに気が付き、自分もまた年老いてしまったことに唖然としていると言っていいだろう。浅田彰の専門は数理経済学だったと記憶しているが、この先の老いの世界にあっては、森嶋通夫のようにその分野で世界的な業績を積み上げていくことを期待したい。

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KEDO業務停止とパラドックス

 朝日新聞社説と日経新聞社説がKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)事業停止を話題にしていた。北朝鮮のお友達朝日新聞がどんな面白いこと言い出すかエンタテイメントである。この手の朝日の口調は最近は古典芸能のようになってきていて、前半で北朝鮮に厳しいフリをして後半に中国をダシにして日本国民に北朝鮮歩み寄りを迫る…というパターンだ。と思って読むと、まさにその通り。芸がないというか芸が完成の域に達したのか。というわけで、くさすのも阿呆くさい。
 爆笑のポイントはここだ。


しかし、事ここに至っては仕切り直すしかない。核問題を解決するための、より実効ある枠組みづくりを急ぐことだ。
 幸いなことに、中国を仲介役に米朝と日韓ロが集う6者協議の場ができている。

 朝日新聞ってなに考えてんだか、以下の奥歯にものが挟まったような結語を読みながら、ちと別のことに思い至った。

 ブッシュ政権は、北朝鮮に見返りを与えようとしたKEDOにはもともと否定的だった。だが、いずれにせよ北朝鮮の脅威を外交で封じ込めていく考えだ。北朝鮮は次回の6者協議を軽んずべきではない。

 朝日新聞はここに至って米国の封鎖政策を単に批判できなくなってしまたのだろう。もう策は尽きているのだよと北朝鮮にメッセージを送っているのか…いや、そういうそぶりをして日本国民にどんなメッセージを送っているのだろうか。よくわからない。
 朝日の真意を考えながら、ふと思ったのだが、実は、すでに北朝鮮は崩壊のスケジュールに入ったのではないだろうか。この思いはちと錯綜する。
 先週の日本語版ニューズウィーク11.19に北朝鮮の経済が持ちかえしているいる記事「北の経済が上向いた?」があったが、昨年7月の経済改革の目が出始めているようなのだ。どうも屋台なども復活しているようだ。ドイモイみたいなことになるのだろうか。この事態は韓国や日本の支援も大きいし、裏で中国が指導していると見てもいいだろう。
 つまらない推測ではあるだが、圧政にあるほど北朝鮮は安定していたのだから、それが緩和される兆しとは体制の崩壊を胚胎しつつあるのではないか? もちろん、アジアの民衆には西欧型の革命はできない。それでも、ある種、政権内の体制変化はないのだろうか。クーデターの可能性はないとも言えないが低いだろう。
 可能性としては、経済体制を背景にした権力の複数グループが成立するかもしれないと見るべきだろう。いずれにせよ、権力がバランスするようになれば、旧体制型の金正日は生き延びることはできない。実質の北朝鮮の問題は金正日ただ一人だし、イラク攻撃の際、金正日は逃げ回っていたことも考えれば、彼もその事態を認識していないわけでもない。
 朝日新聞の社説は所詮お笑いだが、日経のほうはきちんと数字を挙げている。

 だがブッシュ政権は仮に北朝鮮核廃棄の合意が成立した場合でも、軽水炉の建設再開には応じない考えを表明している。これまでに韓国は10億ドル、日本は4億ドルを事業につぎ込んでいる。北朝鮮の違約によって両国国民の血税が空費されかねない。北朝鮮はKEDOが搬入した資機材を押さえて補償を要求しているが、相手にすべきではない。

 「血税」と短絡すべきではないように思うが、事態を直線的に見れば無駄な金だし、今後はこの継続はできない。だが、その金は微量ながらも賄賂などで北朝鮮経済に循環し、循環することで今日の事態になったのなら、ブラックジョークのようなパラドックスだが、北朝鮮に食糧支援するよりも無駄金をつぎ込むほうがいいのかもしれない。北朝鮮内で私服を肥やせるやつを増やせば増やすほど、北朝鮮の圧政は構造的に安定的に崩壊していくだろう。核やミサイル開発なんて中央集中する物騒なものではなく、もっと地方勢力が私服を肥やせるように実弾(銭)をぶち込んでやるといいのではないか。

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