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2003.10.18

ヴァイコディン(Vicodin)は日本で話題になるだろうか

 今朝の新聞各紙の社説は日経を除いて藤井治芳聴聞を扱っていた。変な感じがした。なぜそれが今日の話題なのか。聴聞が行われたからだというのもわからないではないが、別段今朝書くべき内容でもない。こんな話は14日の時点で書くべきなのが、なぜこの間、各紙日和見と決めていたのだろう。その裏のほうがきな臭く感じられる。他、イラク問題についてもさして見るべき話もない。なにより、2004年分無償資金協力として15億ドルの根拠が疑問視されていない。日経ですら追及していないに等しい。馬鹿か、おまえら、という感じだ。

 今朝の話題は、多少ためらうのだが、ヴァイコディン(Vicodin)という処方薬についてだ。時事としたのは、ニューズウィーク英語版10.13のカバーストリー「Rush's World of Pain」が関係している。と、ちょっとまどろっこしい書き方をしたのは、いわゆるライター物風にこの問題を書くと、かえってわかりにくくなるからだ。問題にはヴァイコディンという側面とラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)という側面の2つがある。どちらも日本の風土にはなじまない話題なので、次号の日本版ニューズウィークがどう扱うか見ものだ。そのままベタで行くとすれば、日本版の編集能力が疑われる。独自記事の追加は必須だ。カバーストーリーなのに全部差し替えにするなら、それはそれで日本の知識人を舐めくさった、みごとな見識だと言っていい。
 私のブログの内容はどちらかというとヴァイコディンについてなのだが、まず、ラッシュについて簡単に触れておこう。ラッシュ・リンボーは日本でも多少知られているが、米国の右派の論客だ。日本の場合、左翼が知識人の代表だった影響が長く続き、久米宏などもその気取りで阿呆なことを言い散らしたのだが、ラッシュはあれをぐっと右寄りにしたものだ。見るからに保守という感じのでぶっりとした禿げなのだが、米国での人気は高い。フェミニズムを中絶を推進する点からファシズムだとして切り捨てるあたりが米国人には痛快だ。日本でもFEN(現在はAFN:American Forces Network)で彼のトーク番組が聞けたものだが、聞いてわかるようにあのダミ声は意外に米国人好みでもある。
 今回のラッシュの問題はざっと見渡したところ日本のメディアではほとんど扱われていない。CNNの形ばかりの日本語サイトに4日「人種差別発言で辞任のスポーツ解説者に、薬物取引疑惑」というニュースが掲載されたが、これではなにがニュースなのかわからないだろう。
 フロリダ州マイアミ(CNN) 米スポーツ専門有線テレビESPNの番組中、人種差別と見なされる発言をし、1日に同局解説者を辞任したラッシュ・リンボー氏に、闇取引を通じた薬物購入の疑惑が2日浮上した。
 この後にこの概要がフォローされるわけでもないので、日本人のイメージではスポーツ解説者が大麻などの麻薬に手を出したくらいに解釈されるのではないだろうか。と、日本でのウケを想像しながら、日本っていうのはのんきな国だなと思う。これじゃ警察がダメになっていくわけだ。
 締めはこうだ。


 リンボー氏は9月28日、米プロ・アメリカンフットボール(NFL)のフィラデルフィア・イーグルス対バッファロー・ヒルズの試合を報じた「Sunday NFL Countdown」の中で、イーグルスのQBドノバン・マクナブ選手は、黒人選手の成功を報じたいとするメディアが取り上げているなどとコメント。人種差別的な発言として物議を醸した。

 なるほど人種差別が問題なのかとしか読めない。が、そうではないのだ。右寄りのラッシュをメディアから引きずり降ろす言い訳に過ぎない。私の推測に過ぎないが、おそらく早々に薬物疑惑は押さえれられていたはずだ。こちらの疑惑をラッシュに認めさせてから、表向きの説明として人種差別的な発言などが出てきたということだろう。
 話を絞ろう。この「闇取引を通じた薬物購入の疑惑が2日浮上した。」という薬物だが、これがヴァイコディンだ(10.9追記注:正確にはリンボーが服用していたのはhydrocodone、Lorcet、OxyContinとのこと)。CNNの印象からは恐ろしい薬物のように思われるかもしれないが、米国では普通に処方される鎮痛咳止め剤の一つに過ぎない。ヴァイコディンという名称は発売元Knollの商品名で内容は、hydrocodone bitartrate 5mgとAcetaminophen 500mg。分量だけ見れば、なんのことはないアセトアミノフェンが主成分のように見えるが問題は、重酒石酸塩化合物となったhydrocodone bitartrateのhydrocodoneほうで、これはモルヒネと同等機能を持つ薬物だ(効果はその2/3)。という書き方は杜撰なのできちんと書くべきかもしれないが(参照)、いずれにせよ日本国内では昔から法的に麻薬扱いになっている。ずばり麻薬と言って法的に正しい(対象は、ジヒドロコデイノン[別名ヒドロコドン]、そのエステル及びこれらの塩類)。
 ラッシュはこの麻薬含有の鎮痛剤を常用していたわけだ。それだけ身体に痛みを抱えていたかというと、おそらく精神的な苦痛だろう。あの歯切れ良い右派発言の裏にそれだけ苦痛を抱えていたのかというのが、一般米国人の印象だろう。(追記11.21。ラッシュの利用開始時は脊髄を痛めた際の鎮痛剤を処方されてから。その後、自分でも薬物中毒はわかっていて、アリゾナ州の施設で中毒治療を受けていたとのこと。でも、その後の乱用は精神的な苦痛とみていいのではないか。)
 ヴァイコディンはすでにジェネリック(Hydrocodone: 4,5a-epoxy-3-methoxy-17-methylmorphinan-6-one tartrate(1:1)hydrate(2:5),dihydrocodeinone)の扱いになっているので、処方薬とはいえ、米国ではあちこちに普及している一般薬だ。ということで別に「闇取引」などしなくてもインターネットで簡単に購入できる。最近私のところにやってくるスパムでも「ヴァイコディン買いませんか」が、どっとやってくるようなった。
 ヴァイコディンについて国内のホームページの状況をざっとgoogleってみたが、たいした情報はない。一見しただけでは国内持ち込みと推定される形跡はない。だが、率直に言って、あるだろうな。ブロンとか一時期流行っていたようだ(これには咳止めのためにリン酸ジヒドロコデインが含まれていた)。もっとも、ヴァイコディンは日本国内では麻薬扱いなので、AMTや5Meo-DIPTのように処罰しづらいわけでもない。はてなにも「下記に挙げた薬物の中から、ニュージーランド国内ではどれが違法で、どれが問題ない薬物なのか教えてください。5MeO-DIPT、AMT、2C-T-2、2C-T-7、2C-I、2C-C」といったのんきさんが出てくるほどだ。なお、この手の「脱法ドラッグ」について知りたいかたは、「脱法ドラッグ試買検査結果について」(参照)を参照。ちなみに、日本のドラッグ系の人というのは意外なほど英語に弱く仲間内の日本語情報に頼っている。女性高校生の情報伝達とほぼ同じだ。
 ヴァイコディンについては、警察が後手に回ってニュース沙汰にならないことを願いたい。警察もいつまでも民間警察(やくざ)と55年体制やっていいわけじゃない。また、これ見よがしにインターネットは危険だぁとかいって少年を血祭りにするようはことも避けていただきたい。
 と、なぜ私はそう主張するか。理由は国内でモルヒネをきちんと医療の場で使って欲しいからだ(参照)。麻薬=危険というだけの社会であってはいけない。医療が高度化することで、返って苦しみながら非人間的に死んでいく人が増えている。この問題にきちんと対処しなくてはいけない。

追記1
 「在米」さんから厳しいコメントをいただいた。私の推測が大はずれというのは、そういう意見があるという一般論として了解する。推測というのは一般的にはずれるものだ。が、正直なところ、この件についてはずれているとまでは思っていない。ということで、あえて現状のままにしておく。ご批判されている点について私が理解できれば、書き直したい。
 一般論として「もっと勉強すべし」は肝に銘じたい。ただ、無知の諸点を教えていたきたいと思うのが率直なところだ。
 考え直してみると、Lorcetについてであるわけはないので、OxyContinについてのご指摘かもしれない。確かに、この点は不正確だったので、とりあえず本文注を追加した。
 ヴァイコディンについては、歯科の処方やbogus call-inなど補足情報(参照)を参照にしておいたが、お読みになっていたけただろうか。
 鎮痛剤の問題については、過去にも記したので、こちらにも問題があれば、ご指摘いただきたい。「幼い子供のいる家庭に必須のアセトアミノフェン 」「アスピリン喘息の患者はどう扱われているのか」
 いずれにせよ、無知の壁のこちら側には「無知だよ」では伝わらないし、他にここを読まれているかたに、具体性において有益な情報を提供できたことにはならない。私としてはこの件について、「無知を了解できない」という意味では、現状の記述でよいのではないかと考えている無知な状態だ。
 この日のブログは、日本でもしかするとヴァイコディンが問題化される際、自慢ではないのだが、googleで上位にヒットする可能性があるので、できるだけ正確な情報を提起しておきたいと考えていた。ので、より正確な知識があれば、訂正したいし、追記したい。

追記2
 日本語版ニューズウィークの最新号が届いた。表紙が全然違う。ま、それはいいがと思ってめくったが、この問題への言及はゼロ。皆無だ。この日のブログに記したように、日本語版ニューズウィークってのは「日本の知識人を舐めくさった、みごとな見識」という印象だ。今後の掲載を僅かに期待しよう。
 ところで、その後、在米の印象を与えるハンドル名「在米」さんからの再度のコメントはない。私のなにが無知だったのだろうか。

追記3
 ブログのあり方としてフェアではないのでが、「ヴィコディン」の表記を「ヴァイコディン」に修正した。うかつだったのだが、日本ではViagraは「ヴァイアグラ」または「バイアグラ」になるのだった。むしろ、「バイコディン」とすべきなのかもしれないが、とりえず、修正しておく。理由は、今後、この用語で検索される時の便宜を考えてのことだ。
 併せて、「hotsumaのURLメモ」id:hotsuma:20031031にヴァイコディン関連のリンクがよくまとまっていた。ので、この話題をサーチされているかたは、そちらも参照のこと。

[コメント]
# 在米 『リンボー報道に関する推測の部分、大はずれ。ちゃんと現地ニュースを時系列に沿って複数のソース読めばこんな風にならない。たしかにヴィコディンへの調査は以前から入っていたが、Countdownの発言とは別。リンボーのことを前から知ってる、と言いたいのはわかったが。まだバカにしているCNNのほうがマシ。あと、アメリカの鎮痛剤問題と鎮痛剤への一般認識(麻薬ではなく)についても無知がすぎる。もうちょっと勉強すべし。』
# レス> 『厳しいコメントありがとうございます。この件、追記します。』

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2003.10.17

イラク戦争は正しかったのかという問いの意味

 今朝になって社説で中国有人衛星の話を読むのもなんか間抜けな気持ちがするが、日経新聞がずばり軍事目的でしょとしていたのは痛快だった。産経がそう言うとボケと突っ込みのような感じがするのだが…。他、話題として、朝日新聞と読売新聞が、久米宏「ニュースステーション」(テレビ朝日)による所沢ダイオキシン嘘報道の最高裁の判断を扱っていた。朝日新聞がそれほどテレビ朝日を擁護しているわけでもなく、読売新聞がバッシングをしているわけでもなかった。今回の最高裁の判断はなかなか含蓄があるのに、テレビとコングロマリット化した新聞というシステムでは、つまらないを絵にしかならないのだ。

 今朝の話題は、イラク戦争は正しかったのかという問いの意味だ。なんだか重たい話題だが、個人的には避けるわけにはいかないと思っている。今頃、書く気になったのは日本語版ニューズウィーク10.22号で編集長のザカリアが書いた「視点 イラクへの攻撃が正しかった理由」を読んだからだ。
 このブログは八月の半ばから始めているが、イラク開戦時、知人のグループに私は今回の戦争を支持すると明言したことがある。あの時点でブログを書いていたなら、同じように、戦争支持を明記しただろう。支持の理由は、大量破壊兵器の存在を信じていたというのもあるが、世界秩序を変えなくてはならない、というものだった。イラクの裏で動いているフランスやロシアといった汚ねーやつらを潰しておかないと世界はろくでもないことになる、と私は考えた。ろくでもないというのは、フセインがイスラエルを刺激してどんちゃん騒ぎを起こす危険性が念頭にあった。その意味で、私はネオコン的ではないが、米国のユダヤロビーに近い考えを持っていたと思う。そして、戦後しばらくの間は私が正しかったと感じていたが、ここに至って、私の考えには大きな間違いがあると認めざるを得なくなった。
 なにが間違っていたか、大量破壊兵器の存在をすんなり信じてしまったことは当然だ。だが、それをもっと入念に疑えば良かったかというとそういう反省はしていない。私に与えられた情報から導いた結論としては、そうなるしかなかったと思う。「大量破壊兵器などない、米国は嘘っぱち」だという意見も当時あったが、それはイデオロギーから導出されたものでしかないと私は思った。こうした意見はインリン姉さんが言うような石油利権の馬鹿話であり、低脳しか意味しない。イラク戦争は単純なレベルでの石油利権ではない。
 私が間違っていたのは、フランスを潰せるはずだと思ったことだ。冗談で言えばEUを土台にボナパルト再生なんてろくでもないものが出現するまえに、徹底的に潰しておくべきだ、と。で、結果はというとダメだったね。シラクもプーチンもただものじゃない。ついでに言えば、嘘つきブレアにも私はジョンブルっていうのは怖いものだと敬意を持っている。イギリス人にしてみれば、国策を誤ったという評価もあるだろうが、土壇場になればいつだってチャーチルを輩出する底力があの国にはあるのだ。
 結局のところ、私の念頭にあった、この戦争で世界システムを変えるべきだ、という思いは実現しなかったし、今にしてみれば、できるわけでもなかった。
 ザカリアも手短かながら、うだうだ言っている。突き詰めればこういうことだ。


 イラクの脅威は、現時点ではそれほどでもない。だがフセインはとくに核兵器を手にした場合に重大な脅威になりうる。制裁措置が骨抜きなっていることを考えると、世界はいつか核武装したフセインと対峙せざるをえなくなる。それならフセインが弱い、今のうちにやってしまおう - 。
 イラク攻撃を批判する人々は、「このまま現状を維持する」という選択肢はイラクにはなかったことを認識すべきだ。(後略)

 これは端的に間違いだ。「選択肢はなかったのだ」ということは言論人にとってもっとも恥ずかしい言葉だ。それを言ったとたん、言葉はなくなる。言葉がなければ、我々には自由がない。我々が言葉を発せられることが自由なのだ。
 ザカリアのその先の説明に説得力がないわけではない。曰く、

イラクの近隣諸国やフランス、ロシアは、経済制裁の抜け道をせっせと提供していた。それでも、制裁には深刻な副作用があった。

 として、制裁によるイラクの幼児の死亡を挙げている。米国人であるおめえさんが言うことかねとも思うが、ましてそれを言う資格が私のような日本人にはない。それに問題は制裁の副作用ではなく、フランスやロシアが世界マーケットを破壊していたことだ。世界マーケットが維持されれば、石油は戦略物資にはならない。ABCD包囲網はできない。日本の最大の防衛は世界マーケットなのだ。
 ザカリアが間違っているもう一つの大きな点は、この論理では北朝鮮も潰すしかないということになることだ。次の段落でイラクを北朝鮮に、フセインを金正日に読み替えてみれば、その怖さがわかる。

 対イラク政策は破綻していた。こうなったら制裁を解除して、フセインを国際社会の一員に再び迎え入れるか、それとも邪悪な独裁政権を排除するか。われわれには、二者択一しかなかったのだ。

 これを読み替えたとき、恐怖の重点は実は韓国にあることがわかる。韓国は偽装された民族主義から国の置かれた位置がまるでわかっていないのだ。絶望的にわかっていない。そして、その連鎖が日本に及ぶことを日本人もわかっていない。しかし、それはまた別の問題としよう。
 ザカリアはいつかイラクが民主化すると希望で締めくくる。私は、率直なところ、現在のアラブイスラム社会が民主化する日はこないだろうと思う。そう書きながら、自分の人生の終わりまでの世界状況のタイムスケジュールが大まかに見えるようだ。そして、私はこの絶望的な世界を残して死んでいくのだなと思う。書きながら滑稽で笑う。
 ザカリアを批判することなど簡単だ。そして、自分が間違っていたことを認めることもそれほど難しくはない。あの時点で何ができたことがなにかは今もわからない。何ができただろうかと悔やむことは、しかし無意味ではないようにも思う。
 小林秀雄は歴史とは死んだ子供の歳を数えるようなものだと言っていた。そうだろう。悲劇は悲劇でしかない。悲劇を喜劇に塗り替えることはできない。できることは少し賢くなることだけだし、そのことは、飛躍した言い方だが、恐らく、自分のありかたをもっと孤独にしてしまうだろう。壊れていく世界を見つめながら、どうしようもなく一人で立ち竦んでいなくてはいけない。若い頃には思いもよらなかった孤独というものが人生の後半にそびえていることに、冗談のようだが、戦慄を覚える。

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2003.10.16

日清上湯麺は「エルダー世代」に美味しいのか

 昨日は中国有人宇宙船のニュースをよく見た。この件についてはすでに書いたし、書き足すほどのことはあまりないが、今朝の朝日新聞社社説「まぶしさと気がかり」は多少意外だった。諸手を挙げて中国賛美するのかと思ったらそうでもなかった。とはいえ、中国の宇宙開発は軍事と一体だ。昨年春、有人飛行計画について当時の江沢民主席は「科学技術の進歩と国防の現代化に重要な意義がある」と述べている。今回の打ち上げに関する情報も直前まで機密扱いだった。宇宙開発が米国との軍拡競争や周辺への脅威につながるなら、日本国民も国際社会も歓迎はできない。 意外にまともだね。結語もまともな印象だった。


 中国の成功は日本にはまぶしい。日本の経済援助を受ける途上国の躍進に複雑な感情を抱く人もあろう。だが、ここは中国が宇宙の国際協調の流れに加わるよう力を注ぐことが、日本の役割である。

 別にあんなカプセル型「まぶしい」ってことはないが、朝日新聞の社説っていうのは科学に無知とはいえ、感覚はまともなときはまともだと思う。

 今日の話題は日清上湯麺についてだ。以下、実にくだらない話だ。
 ことの発端は「もしもしQさんQさんよ・邱永漢」の「第1314回インスタント食品も高級化の時代に」だ。美食について語らせたら、美食家が黙り込むだろう邱永漢がこう言っていた。以下、引用の都合で改行は削除する。


 それでも盆暮れになると、日清食品の新製品を届けていただいて今日に至っています。私は口が奢っていて、あまりインスタント食品に馴染まない方なので、たまにしかいただきませんが、ちょうだい物のおかげでどんな新製品が発売されているか大体わかります。
 つい最近も日清上湯麺というオトナの食べる一番ダシの上湯スープで味をつけた新製品を2種類送っていただきました。ちょうど毎日ご馳走攻めで、血糖値も高くなっていた時だったので、食卓一杯の料理を一切拒否して、この麺だけを出してもらいました。一口、口をつけただけで「これは行ける」と俄かに食べる気を起し、とうとうスープの最後の一滴まで飲みほしてしまいました。私がインスタント・ラーメンのスープをきれいに平らげたのはこれがはじめてです。

 へぇ~72点くらいだったのが、おりしも電車の吊り広告に宇崎竜童の広告を見かけた。さては巷間にもと思い、セブンイレブンに立ち寄ると、ある。買って、まず、食ってみた。
 そんなにうまくはない。予想はしていたが、薄味の私にはしょっぱくて食えたシロモノではない。湯を足して、塩気が我慢できる程度にする。麺はノンフライ麺を改良したものか、悪くはないがインスタントの枠を越えるほどでもない。なーんだたいしたことないな、さて捨てるか、と思ったが、それでも麺とスープの絡みはよく計算されているなと思ううちに、つい、これはこれでいけるかと考えが変わり、結局、食った。負けだ。スープはさすがに飲めないが、食い終われば、なるほどなと思った。私はMSGに極力弱いタイプなのだが、舌は麻痺していない。単体のグルソは入ってないのかもしれない(いいえ、入ってます)。
 「上湯麺」とはふざけた名前だ。上湯の味がするわけでもないと思い、ふと記憶が蘇る。昔、それなりの腕のある中国人コックにふざけてラーメンはないのかと訊いたら、けげんな顔をして上湯に麺を入れてくれたことを思い出す。あれはそれなりにうまかったが、そんなもの注文するもんじゃないなとも思った。
 邱先生の顰みに習うわけではないが、私もかれこれ10年近くインスタントラーメンを食っていなかった。店のラーメンも食ってない。カップラーメンはいわんやおやである。が、ふと昨年あたりからたまにインスタントラーメンを食う。老人や子供がインスタントラーメンを食うのに居合わせたことがきっかけだ。驚いた。あれほどコンビニで各種インスタントラーメンが開発販売されているのに、サッポロ一番だのチャルメラだの、10年前から変わっていない(若干味は違うが)。へたすりゃ30年くらい変わっていない。どういうことなのか考え込んだが、ようは基本的にあれは老人食なのではないかと思う。くず野菜を入れてふにゃふにゃ食うのだろう。あるいは、チョコレートなどもへたすりゃ30年近く変わっていないので老人食とばかりも言えないかもしれない。どうでもいいが、日本と米国のチョコレートは最低だな。もっとも米国のハーシーは慈善NPOだと考えるべきか(参照)。
 他方、ころころ変わる珍奇な新種カップラーメンもいくつか食ってみた。私が得心したのは、日清など、やる気なればどんな味でもできる体制ができているに違いないということだ。変な言い方だが味がコンストラクティブなのだ。またもくさすがセンター試験世代的なチャート式の発想で味が出来ている。とはいえ、この味のセンサーはセンター試験世代にはないので、味の研究員にはけっこう年配というか達人もいるのだろう。いずにせよ、カップラーメン開発者たちは、ある種の万能感で市場調査と流行を調査しているのだろう、と思った。そう思って、くだらねーなとも思う。この「上湯麺」にしても、まずは、マーケットの計算から出来たのだろう。メディアと市場の戦略の産物なのだ。安藤百福の直感ではあるまい。
 さて「上湯麺」の味だが、予想通り構成的だった。ネギ味のほうは露骨といってほどベースの味がカップヌードルになっている。辟易としてのは白こしょうの味が際だって貧乏くさいことだ。おそ松くんに出てくる小池さんを思い出す。醤油味のほうは、醤油の扱いは悪くないが、紙くさいような臭いに呆れた。
 とうだうだと書いたものの、いずれ私はこのマーケットの住人ではない。私の感想など屁の役にも立たない。そんなわけで、ネットで日清上湯麺の情報を見ると、当然ある。味よりも情報の時代だ。舌で食っているのでなく、妖怪油舐めのように頭で食っている時代だ。
 「エルダー世代に向けた上質な大人のカップめん」という広報はやや意外だった。

■ 開発の意図
平成14年度のインスタントラーメンの総需要は53億食で、ここ数年は微増状態にあります。またカップめんの主なヘビーユーザーは、男子中学生、高校生、大学、独身社会人で、結婚を機に喫食の頻度が低下するという傾向にあります。そこで今回、即席麺の総需要の拡大を図るため一度カップめん離れしたユーザーを再取り込むことを狙い、エルダー世代と呼ばれる45~50才代に向けた大人のカップめんを開発しました。カップめん市場は、現在、こってり系スープが主流にありますが、エルダー世代はこってり系からあっさり系に嗜好が変化しており、これがカップめん離れの原因のひとつとなっています。弊社では、この嗜好の変化に対応したカップめんを開発し市場に投入することにより、インスタントラーメンの総需要の活性化を図ります。

 「エルダー世代」かよ上等だぜと思うが、エルダー世代は「あっさり系に嗜好が変化」だとよ。この文章自体、日本語じゃなねーよな。くさしはさておき、日清上湯麺があっさり系って、なんのことだよ思い、身近な者の意見を聞くと、あれであっさりしているのだとのご託宣。そういえば、この1年間、インスタントラーメンやカップ麺を食ったといえ、付け足し油は入れないし、粉も半分にしていたから、本来の味ではなかったのか。
 いずれにせよ、これが「エルダー世代」向けの味か。海原雄山を巨大化させて、説教でもたれてもらいたものだが、考えてみると、今の45~50才代も味覚がないのだ。工業化された食品か流通によって篩を通した物にしか食っていない。その上の世代は貧しくて味覚がない。そう言えば怒る人もいるだろうが、では訊いてみるがいい、ではなにがうまかったのか、と。滔々と応えがあるだろう、貧しい物か、はたまた、その貧しさを補う情報といううんちく。

追記

 顧みてテメーはなぜラーメンを食わなくなったか。サッポロ一番で育てられた口じゃないか、ヤングオーオーを見てカップラーメンを食った口じゃないか。でも、遠い日の味の思いが、長ずるに及んで、こんなの違うなと思わせた。この駄文を書きながら、斎藤由香ではないが昭和30年代の軽井沢を思い出す。赤坂飯店には確か麺ものはなかったような気がする。栄林で食った中華麺は、こんなものがあるのかと子供心に思った。たいした麺でもなかったのかもしれないのだが、と、栄林が今でもあるのかネットで調べると、ある。でも、過去に戻ってあの麺を食うことはできない。ちなみに、軽井沢にはもう馬糞も落ちてないのだ。

 エルダー世代ってなんだと思ったら、これは博報堂のエルダービジネス(参照)というラッパらしい。まいったね。百福さん、センター試験以降の世代のマーケティングなんか信じちゃだめだよ。

[コメント]
# tokyocat 『このような当たり障りのないネタだけに反応するのもなんですが、シンガポール土産のカップ麺を食べたとき、同じ日清製なのにスープの袋がやけに破りにくく粉末やオイルが飛び散りそうになりました。そこへいくと、日本のカップ麺はそうした心配りのハイテクがあきれるほど行き届いているように思います。中国旅行で食べるカップ麺は予想どおりことごとく無造作なものでした。宇宙船の出来もちょっと心配。』
# レス> 『まったく同感です。この行き届き状態が問題だとも言えないあたりが、けっこう変な感じです。いずれ日本のインスタント中華が中国でも売れるのだろうと思うと、笑っていいのやら…。』

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2003.10.15

「そんなことをしたら、死人が出る」日本

 社説は吉例新聞週間ネタと拉致被害者帰国1年の話が多い。拉致問題については朝日新聞の社説が期待どおりだった。オメーらも共犯のようなものだぜと思う。そんななか日経新聞社説「聞き捨てならない公団疑惑」が面白かった。
 ことは、石原伸晃国土交通相が5日の藤井治芳日本道路公団総裁と更迭会談で、道路族議員の癒着や国有地払い下げに関わる政治家の不正を藤井がほのめかしたらしい。それを日経は聞き捨てならぬというのである。
 族議員の癒着や国有地払い下げの不正なんか当たり前じゃないかとふと思ったが、そう思う自分がなにかに麻痺している気がした。これは日経が言うようにきちんと膿を出さなくてはいけない問題だ。
 話の出所は石原伸晃のテレビ出演のようだ。


 石原国交相によると、藤井総裁は「道路関係議員は自分が面倒を見ている」と述べ、誰か分かる政治家のイニシャルを挙げ建設省勤務時代に「国有地払い下げを巡る疑惑があったことを知っている」と指摘した。不正を公にするよう求めた同相に対し、藤井総裁は「そんなことをしたら、死人が出る」とまで言い切った、という。

 「そんなことをしたら、死人が出る」はいい表現だ。実際この手の問題でこれまでどれだけ死人を出したことだろう。たくさん死んだなと思う。近いところではりそなに税金をつぎ込むときにも裏で人が死んだ。でも、率直のところ、あの事件、この事件ときちんと列挙できるわけではない。こういうことがあると人が死ぬだくらいな感じだ。なにかが麻痺しているとも思う。
 詰め腹日本といえばそうだし、そういう日本社会を大上段に批判することもできるだろう。とにかく自民党の政権をリセットしないかぎり、これが続く。だが、話がおちゃらけるが、そうしたシステムの死のなかで、実際に死んでいくのは一人一人の人間だ。名前を持ち、青春を持ち、人生の経験を積みあげた人間だったのだが、それがシステムに圧殺される。もっと率直に言えば、圧殺される以前にシステムにきれいに組み込まれていて、可能的には圧死が最初から設定されている。
 システムは成功者でもあると思う。そこから落ちた人間は失敗者だ。死はその中間にあって失敗者の側にはない。もっとも、失敗者はじわじわと殺されていくのもシステムの機能かもしれない。
 話を人生論的なオチにしたいわけではない。伝聞ではあるが、藤井治芳がさらっと「そんなことをしたら、死人が出る」と言い得るのは、結局はこいつらが殺傷権を持っているからだ。
 社会理論的に考えるなら、そうした状況で人を守るのが国家だ。国家は社会から人を守るために存在している。社会の上に国家がそびえているのではない。国家とはルソーのいう一般意志の発現でなくてはならない。我々は自分自身を守るための権力装置としての国家を獲得しなくてはいけないし、そうする地道な一歩として、藤井治芳の発言を聞き捨ててはいけない。

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2003.10.14

スパイウェアは脅威か

 新聞休刊日である。社説ネタ以外で気になることもいくつかあるが、なにげなく読んだ「IT Pro 米国最新IT事情:あなたも見張られているかもしれない ― スパイウエアの脅威」が気になった。もっとも気になったのは標題にあるようなスパイウエアの脅威ではない。記事はざっとスパイウェアの概略と最近の話題などをちりばめて書いたお作文といった趣向に過ぎないのだが、後半、次のくだりで異次元に突入するのだ。スパイウェアについてこう話が進む。
 これらが一体どんな悪戯(わるさ)をしているのかは,大抵のユーザーにはよく分からない。それが分かる位の人なら,そもそも最初から,こんな物に取り付かれたりはしない。下手をすると銀行口座のパスワードを盗まれてもおかしくはない。またスパイウエアはOS(基本ソフト)の奥深く付着し,その設定を変更してしまう恐れもある。パソコンの動作が妙に遅くなったな,と思い当たる節があれば,それは悪質なスパイウエアのせいかもしれない。
 なんとも嫌ったらしいクリシェで固めた文章だが、この後半技術的なコメントが奇っ怪。「OSの奥深く付着し」ってなんだ? デスクはこの文章でOK出したのか? その先話はこう続く。
 かく言う私もその一人だ。これまで私は,かなり無頓着にフリー・ソフトをダウンロードしてきた。最近,やたらとパソコンの動きが鈍いのは,そのせいではないかと思う。そこで一つ,対策を打った。アンチ・スパイウエア・ソフトをインストールしてみたのだ。ハード・ディスクに潜んでいるスパイウエアを探し出して,消去してくれるソフトである(やはり何種類もあるが,私が使ったのはinterMute社のSpySubtractである)。
 パソコンの動きが鈍いからといってスパイウェアってフツー考えるかぁ? ま、そういうわけで、体験談に話が切り替わるのだが、これがスゴイ。
 これを私のパソコンで走らせてみると,出るわ出るわ,何と100個以上のスパイウエアが検出された。今までよく無事でいたものだと,我ながらあきれるやら,ほっとするやら。何はともあれ,さっそく全部消去した。
 重要な情報を扱う機会の多い読者の皆さんも,気づかないうちに誰かに見張られているかもしれない。思わぬ被害に遭わぬように,スパイウエアには十分ご注意いただきたい。
 私は絶句したね。この記者大丈夫か? 別にスパイウェアのことを心配したのではない。技術の基礎がまるでわかってない記者についてだ。と、記者の略歴を見ると…、あれれ、小林雅一さんって日経BPの記者さんではないね。「隠すマスコミ、騙されるマスコミ」の著者さんか。じゃ、しゃーないか。経歴は技術系だけど、それはインターネット以前の時代。IT関連の書物もあるけど、それほど技術で裏打ちするタイプのライターさんではない。「隠すマスコミ、騙されるマスコミ」は私も読んだけど、当たり前な話が多く、新書にありがちなちと退屈もの。9.11以降のジャーナリズムに言及しているわりにブログの話はねーし、日本にいる外人記者さんたちの差別意識やご乱行や低脳を暴くわけでもない。とま、くさすわけではないけど、どっちかというと一般向けのライターさんというかジャーナリストさんなら、スパイウェアがわかってなくてもしかたないか。でも、デスクはしっかりせーよとは思うけどね。
 話をちと戻すと、だいたい一つのマシンから100個もスパイウェアが出てくるわけねーよ。出てきたのはトレーサブルなクッキーだよ。これも嫌ったらしいシロモノだが、「あなたも見張られているかもしれない」っていうほど大仰なものじゃない。固定IPだとほっておけばダブルクリックとかにかなりデータが溜まるが、こいつら日本法人があってもそれほどマーケットに活かしているっていうものでもない。午前10時にエッチな閲覧者が多いってな情報が集まるくらいなものだ。
 もう一つ気になったことがある。なんでSpySubtractを使っているのか、だ。フツーはAdawareかSpybotあたりを使うんじゃないか。なぜかなと思って、SpySubtractのトライアルを落として自分のXPマシンをチェックしてみると、ぎょっ、オンメモリになんかいるという警告が出る。腰が抜けましたね。まったく人のこたー言えねーよです。で、見るとなんのことはないWildTangentでした。厳密にはなんのことはないとも言えないが、アンインストール忘れですね。3Dポリゴンの虎パンツ金髪おねえさんがダンスするのを見た罰ってやつです。
 他はSpySubtractのメリットはよくわからん。こいつご親切に常駐しやがるので、即アンイスント。ついでに最新版のAdawareとSpybotでざっと舐めてみたが、どってことはない。
 なんだか小林雅一さんをおちょくったような話になってしまったが、ネットランナー以外のパソコン系のライターもFlashGetのお薦めとか書くし、DivXのレジストをちゃんとお薦めするのなんて見たことねーし、なんだかなである。
 スパイウェアはなんとなくだが、日本ではあまり問題にならないだろうと思う。インターネット分野のマーケッティングの力が日本はげろげろに弱過ぎる。だいてい、サーチエンジンがgoogle一色になっちまったのに、これを悲しみ恥じるエンジニアがいねーのだ。日本国の行く末やいかんと思えども、googleの意義を小林よしのりに説明するわけにもいかないしな。

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2003.10.13

朝日新聞が提唱するアラブ大同団結の薄気味悪さ

 今朝の朝日新聞社説「アラブ世界 ― 危機になぜ動かない」は薄気味悪いシロモノだった。馬鹿だなで済まされるならまだいい、また左翼思想かよでもお笑いの部類だ。だが、この社説はもっとぞっとするものだった。
 社説の韜晦な文章から要点を抜き出せば、結局はこうだ。中東の二つの危機であるイラクとパレスチナ問題を解決するには、アラブ世界の協力が必要だ。それを実現したくても、アラブ世界を構成する諸国は米国に対して利害が調整されていない。ここは一番、米国よりもアラブ世界を重視し、イラク自立のため、「一日も早く新政権を立ち上げさせ、米英軍を撤退させるために」という大義のもとに大同団結せよ。
 またまた反米左翼かよでは済まされないものを感じる。アラブ世界が団結して米国と戦えとけしかけているのだ。アラブ世界の良識ある人なら鼻でせせら笑って終わりかもしれないが、なんでこんな非常識な意見が日本の新聞社説で出てくるのか。ことの発端は、エジプト新聞アルアハラムのエディトリアルをぱくってみたかったというたわいのないことかもしれないが、ナセルのいたエジプトという歴史を抜きに主張だけ日本でも言ってみるという幼稚な態度でいいのだろうか。
 例えば、以下のような朝日新聞社説はどうういう了見なのだろうか。


 注目したいのは、湾岸のアラブ首長国連邦が周辺国に対して、イラクの復興支援にともに取り組もうと呼びかけたことだ。「一日も早く新政権を立ち上げさせ、米英軍を撤退させるために」というのである。
 イラクの混迷が長びけば難民やテロの流出で周辺にも悪影響が及びかねない。そうした懸念もあってのことだろう。
 呼びかけに同調できない国もあるだろう。しかし、米国との距離の違いを超え、イラクの将来についてアラブ独自の構想を練ってみるべき時ではなかろうか。パレスチナ問題も同様である。
 アラブ諸国が域内の紛争解決に力を発揮したこともある。泥沼化したレバノン内戦を89年に終わらせたのは、サウジアラビアをはじめとする国々の調停だった。

 率直のところ、こうした文脈が私にはよく理解できない。アラブ首長国連邦が反米的な主張するというのはわからないではない。その尻馬にのって朝日が反米の旗を振るってみたい気持ちも理解はできる。だが、サウジアラビアつまりサウジ王家を抜きにアラブ世界が構成できるわけでもなことは、「サウジアラビアをはじめとする国々」でわかるとはいうものの、いつのまにか、反米アラブにサウジを含めているのは、文章の詐術ではないのか。
 もう少し突っ込んで言えば、朝日がサウジ王家をどう見ているのかが文章の表面にないことが韜晦の原因になっている。朝日新聞はアラブ大同団結とか言う裏で実際は親米サウジ王家打倒を呼びかけたいのだろうか。そう推測してなんだか脱力する。そんなことをすれば混乱がひどくなるだけだ。
 確かにアラブ世界の不安要因を作り出したのはサウジ王家だ。イスラム原理主義と一括にするのは今後重要になるトルコの情勢を根本的に誤解する危険性があるので、アラブ世界におけるイスラム原理主義と限定したほうがいいが、これを育て上げたのは、サウジ王家だ。救いようがないほど富を蓄積し内政を破綻させた王家は、その口すすぎにワハブ派神学校を多数建設してきた。ここからビンラディンなどが出てくる。日本人は変だとは思わないだろうか、アフガニスタンのアルカイダの構成員が実際にはサウジやエジプト出身者であることを。
 サウジ王家を潰せというのは幻想にすぎない。実際に潰せるのは米国だけだからだ。だが、王家がなくなれば、ワハブ派もパトロンを失って衰退する。反米の急進性に実際的な力もなくなるだろう。
 朝日新聞社説のようにアラブ世界を反米に大同団結させることよりも、アラブ世界が持っている根元的な問題、つまり、民主化と近代化をバランスよく推進することが、結果としてこの地域を安定させるはずだ。
 それに米国の施策が向いているかといわれれば、米国もまた矛盾しているのだが、それでも反米で団結しても、アラブ世界の問題は覆われていくだけだ。

追記
 14日の共同通信によると、国営サウジ通信ソースとして、サウジアラビアの内閣である閣僚評議会は今後1年以内に地方の自治評議会の選挙を実施するとのこと。定数の半数が選出されることになる。

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2003.10.12

珠海買春者を中国で処罰させればいい

 日経新聞社説「りそなの巨額赤字をどう考えるか」が多少気になった。この社説自体はどうという話でもない。私はりそな問題について2点気になっている。1つは公的資金注入の決定が国家的な詐欺だったのではないかということ。つまり、その時点で破綻が明らかになっていたのではないか。もう1点はりそな問題はすべてスケジュールどおりだったのではないかということ。最初から潰す予定の銀行をりそなに固めて潰したのではないか。ただ、全体として見れば、この政策は巧妙かつ効果的だったとも思う。この問題は気になるが、今日はもっと卑近な話題を扱う。

 中国広東省で日本人団体客(社員旅行)が集団で買春行為をしたとされる問題についてだ。やや旧聞に属する。というのも私はこの問題にまったくといってほど関心がなかった。珠海の売春は事実上公認されているのに問題化したのはまたぞろ日本狙いの中国の思惑以外ありえないからだ。現在でも、基本的にはその線で考えているのだが、気になったのは、事実関係だ。その日本人客による売春はてっきり事実だろうと思っていたのだが、ふと気になって詳細のニュースを後読みするに、どういう事実だったのかはっきりしない。なぜなのだろう。
 国際的な問題となるのは先月28日外交部の孔泉スポークスマンによるアナウンスメントのようだ。朝日系のソースによれば、「これは極めて悪質な違法案件だ。中国側の関連部門が現在調査中であり、法に基づいて厳しく処分されることになる」と説明したとのこと。この時点での事実関係は、16日に広東省珠海市の日本人団体客が集団買春したというだけのようだ。
 その後、今月7日になって福田官房長官は、5日の時点で、広東省政府から「そういう行為が事実としてあった」との報告を受けた旨、言明している。福田によれば、買春の規模ついての話はなかったらしく、曰く「仮にこういうことがあったとすれば、極めて遺憾だ。関係する日本企業に、外務省が事実関係を聞く」とした。
 中国側でも処分が検討され、日本側でも外務省が動くことになっているのだが、さて、その後の動きがよくわからない。9日毎日新聞「集団買春疑惑:企業への聞き取り調査公表 外務省」によれば、8日に外務省がこの社員旅行の会社に問いだたし、日本側は組織的な買春ではないとした。


社長は、9月16日に広東省珠海市のホテルでパーティーを開いた際、中国人女性コンパニオン約200人が同席したことを認めた。しかしパーティー後、男性社員が宿舎である別のホテルにバスで移動した際には、女性は同乗しなかったと説明。その後の社員の行動については「個々の社員の自由であり会社として把握していないが、調査している」と説明したという。

 そして、外務省としては、社長に「組織的に行われたことではなくても、海外で女性の尊厳を傷つける行為があったとすれば遺憾であり、会社として個人の行動についても配慮すべきだった」と返答したらしい。
 なんじゃそれ? というのが今回この話を書こうと思った動機なのだが、常識的に考えれば、コンパニオンがやってきた時点で買春のアポは取れている。組織的でないわけはない。だが、それだけのコンパニオンの動きを広東側が把握できないわけでもない、どころか最初からこれは一種罠というか政治カードに使えるかどうかストックされていたのではないか。陰謀論的に考えれば、これは中国人による福岡市民の虐殺とのバーターが思い浮かぶ。
 ネットでもう少し調べると「人民網日本語版」(2003年10月10日)に次のようにある。

――中国政府は、日本に当事者の引渡しを求めるのか。

この問題は中国民衆の強い憤りを引き起こした。中国メディアの報道やインターネット上での民衆の反応を見れば、中国民衆の強い反感や憤りが理解できるはずだ。日本政府が国民に対し、海外で現地の法令を守るよう教育を強化することは、日本のイメージアップにも役立つだろう。中国当局が関連部門の処分を実施した。(編集TS)


 率直な印象をいえば、むかつくなぁ、である。当初から中国民衆とやらの怒り誘導が見え見えではないか。そして、中国内の関連部門を処分とは笑わせる。ずばり日本に当事者の引渡しを求めるべきではないか。日本側も、個人的であれ買春したやつら全員お縄にして中国に渡せばいいではないか。犯罪なんだから。でも、結局、そうしないのだ。それが、むかつくなぁである。無実でオーストラリアに10年以上拘束されている日本人を見捨てることができる外務省なんだから無慈悲なことはお得意じゃないのか。なお、これは通称「メルボルン事件」(参照)。
 こういう中国流の言っていることと意図していることの違いに、中国側の思うつぼで対応する外務省ってなんなのだ。日本は法治国家なんだから、法治国家という筋を通せばいい。
cover
ワイルドスワン
 こうした問題が第三者からどう見えるのか、日本語版ニューズウィーク(10.15)「知られざる『買春大国』の闇」が興味深かった。インチキ写真まで掲載して日本の戦争犯罪をがなりたてるニューズウィークにしては問題の背景側を手短にうまくまとめていた。中国史を知る人間にとって中国の買春が「知られざる」と言われると鼻白むだけだが、今回の問題だって、200人をさらっと動員できる中国社会の病巣も問題だ。この問題の背景には、日本のフェミニストたちが触れているのを読んだことはないが、中国における女の意味をきちんと社会科学的に考察すべきだと思う。そんな研究を待っていられないというなら、「ワイルドスワン」を読むだけでもいい。同書は真の意味で傑作なのだから、高校生くらいの必読書にすべきだ。

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