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2003.10.04

労組ではなく職業別組合の社会貢献が重要だ

 読売と毎日が、社説で連合の会長選挙を受け、日本の労働組合をテーマにしていたが、これも漠とした話だった。
 毎日新聞社説の切り出しは悪くない。


 労働運動が見えない。こう言われて久しい。組合員数は年々減り続け、雇用者の2割しか組合に入っていない。労組に加盟していない8割もの未組織労働者のために、労働運動は何をしてきたのか。企業内労組の殻に閉じこもりリストラが過ぎ去るのを待っているうちに正社員が減り、雇用不安が社会を覆っている。「労組再生」の掛け声は立派だが、改革は進んでいない。もう後がない。その危機感が浸透していない。

 だがこの先の話は迷走する。「労組に加盟していない8割もの未組織労働者」というものが日本社会という視点から見れば大きな課題であるのに、毎日新聞はそれを現在の労働組合の改革で対応しようている。耳鼻科で痔を治すようなものだ。
 結末は爆笑ものだから、という意味で引用しておこう。

 労働運動を担う若いリーダーを抜てきすべきだ。若い人の労組に対するイメージは、暗い・時代遅れ・面白くない、というものだ。今必要なことは、組合は慣れした若い層にアピールする組織に変えていくことである。若い力がどうしても欠かせない。笹森会長らトップには2年の任期中に、なんとしてもフレッシュな指導者を育ててもらいたい。燃え尽き症候群の労組幹部では改革はできない。
 女性も率先して労組を引っ張るべきだ。パート労働者が急増し、問題も起きている。女性リーダーの出番は多い。
 労働運動は変わらなければならない。

 まったくお笑い草だね。「若い力」がなにを意味しているのか、執筆者はどんな顔を思い浮かべているのだろうか。せいぜいお若い安倍晋三の世代か。実際はポンコツどもがよってたかって若い労働者を労働市場から排除しているのだ。それが労組が実際にしていることなのだ。
 読売新聞はもっと直裁に、労働組合なんて政治組織じゃないか、とわりきっている分、ましかもしれない。政治はなんと日本国民にとって迂遠な話になってしまったことだろう。国民の政治無関心がいけないというのも正論だが、日本全体から見ればメジャーとはいえない公明党のような集団が現在国政に強く関与している。アメリカのようなロビーがないだけましなのかもしれないが、民主主義というのは平時は民主でもなんでもない。
 くさしはこのくらいにする。読売新聞に指摘されるまでもなく、日本の産業構造や労働環境が変化しつつあるのに、連合は相変わらず大企業の正社員の組織のままだ。端的に言えば、こんなもの実際に働くという意味での労働者とは関係ない、公明党のような組織に過ぎない。
 では、そもそも労働団体なんてくだらないものなのだろうか。私はそうは思わない。私自身、アメリカのある職能団体に所属している。職業別組合の一つだ。日本人として参加しているのだから、アメリカ内政へのロビー活動などは期待していない。もうかれこれ20年近くも名前だけ連ねた状態だが、それでもこの組合を見ながら、いろいろ思うことが多い。今の日本に照らせば、この組合の活動の一環として学生への支援と業態の倫理の確立に重きを置いていることが重要だろう。
 詳細に語ると長くなりそうなので、ちょっと話が散漫になるが、思うことだけ書く。このブログで私はセンター試験世代を罵倒してしまいがちだが、社会で現実に幅広く若い人たちと多少なりとも話をするといえば、バイトさんたちということになる。率直に言うのだが、そのバイトの内容が実につまらなく見える。30歳までになんとか能力を積み重ねられる仕事を若い人に与えるのが大人のつとめではないかという気持ちもなる。こうしたつまらぬバイトをしている若者に職業別組合が技術教育や奨学金を出すといったことはできなものなのだろうか。ま、そう言っても人ごとみたいな響きがするが。
 どういう了見なのかわからないが、民間の職業能力試験のようなものは数多い。実態は、官僚天下りの財団とやらが、天下りのコネで省庁のお墨付きを貰った権威による試験だ。こんなものでも試験にチャレンジすることで、職業能力が身に付く面もあるだろう。だが、現場の職業人たちが自分たちの後輩をきちんと育てていくという感じではなく、結局は国に権威をもたれているだけだ。
 歯切れの悪い話になってしまったし、きれい事になってしまうのだが、いわゆる市民としてではなく、一職業人として我々がその職能によってもっと若い世代に貢献しなくてはいけないのだろうと思う。

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2003.10.03

[書評]「ケータイを持ったサル」ケータイ世代はサル化しているのか?

 書評とするほどでもないのかもしれないが、昨日『ケータイを持ったサル』を斜め読みしながら、つらつら物を考えた。帯にはこんなことが書いてある。

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ケータイを持ったサル
  「ひきこもり」など周囲とのコミュニケーションがうまくとれない若者と、「ケータイ」でいつも他人とつながりたがる若者。両者は正反対に見えるが、じつは成熟した大人になることを拒否する点で共通している。これは「子ども中心主義」の家庭で育った結果といえる。現代日本人は「人間らしさ」を捨て、サルに退化してしまったのか? 気鋭のサル学者による、目からウロコの家族論・コミュニケーション論。
 確かにそういう内容でもあるのだが、書籍の狙いとしては街に溢れる女子高校生を「ありゃ、サルだね」と思う大人の心をくすぐりたいというところだろう。女子高校生と限らないが、ケータイが普及してからの若い世代は、なんだかサルみたいだなという印象を上の世代は受ける。それをサル学的にみたら面白いというのは企画としてはわるくないが、率直なところ、この本は全体としては学問の応用という点では論理が飛躍しまくったトンデモ本の部類だろう。残念ながらト学会にはたいした知性もないから、批判は期待できそうにない。ト学会など、竹内久美子の著作をトンデモ本扱いして批判したつもりでも、竹内が折り込み済みにしたカモにしかなっていない。
 同書の基調は、成熟の拒否というより、家族と公空間を失って母子関係だけの世界になった現代日本人の行動特性というものだろう。この本では皮肉な対象としてしか触れていないが父的な存在の欠落という話題にも転換しがちだ。だが、私は、この行動特性は、父性や母子関係の問題というより、現代の子供に兄弟がいないということの派生によることだと思う。兄弟が多ければ、サルのような母子関係は成立しない。加えて、サルとヒトは発生の起源がかなり違うのではないかと個人的には考えている。サル学のサルではない類人猿(Ape)なども、どうもヒトの進化樹からはかなり遠いというのが最近の科学知見ではないだろうか。
 そうはいっても、現代の若い人たちの行動がサルのように動物化しているという印象は強い。『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』などもそうした批評の風潮にあるようだが、こちらの本については、たしかにデリダに傾倒した作者ということでフランスの悪しきヘーゲル主義であるコジェーヴの枠組みのなかにずっぽり落ち込んでいるので、またこれかよ的な印象も受けた。ヘーゲルを原典から読めよとも思うが、強権集中官僚国家なら存在理由がわからないでもない現代フランス哲学っていうのが、なぜか戦後おフランス趣味というだけで日本だけで受けるのだからこうした修辞的な取り組みがあってもしかたないのだろう。それでも、大筋でオタクが動物化しているというのは、そうなんだろう。余談めくが同書後半にでてくる「HTML」のご解説は支離滅裂。「知らねーこと屁理屈で書くんじゃねーよ、おにいさん」という感じもするが、実際のところ、編集者を含めこの著者の回りにはそういう示唆をする人がいないという意味で、閉鎖された知のサークルの産物なのかもしれない。
 荒っぽい言い方だが、最初にサル化・動物化という視点ありき、というのがこうした議論を出版物として支えている風潮なのだろう。それが困ったことなのか、あるいはもったいつけて大きな物語が崩壊した現状の必然ということなのか。もっと卑近に言って、この若い世代を大人がなんとかせいということなのか。
 と言いつつ、個人的な経験を思い出す。最近はさすがに辟易としてしまったが、五年前地方大学でちょっと講師業などをしていたころ、受講生に留学生が数名いるので、日本語のライティングは難しいだろうから、グループ共同でレポートを出す課題を出したことがある。私の指示がまずかったのかもしれないが、グループで共同で答えをまとめなさいとしたのだが、出てきたレポートに唖然とした。グループ内で作業を分担して書いているだけで、グループで統合された回答が出ていないのだ。おまえらってヤツらはサイテーだなと怒りそうになったが、彼らの公平な共同作業というのはこんなものなのだろう。
 『ケータイを持ったサル』でもケータイ利用グループが信頼という資質に薄いことが実験を通して語られているが、個別にみればおそらくそういうことなのだろう。この本では触れていないが、おそらく彼らの恋愛も同じようなもので、愛に含まれるとされている信頼という感覚が、もうなにか決定的に変容しているのだろう。
 宮台真司もすでに数年前から実質主張を転換している。たまたまネットをめくったらこんな発言があった(参照)。

 日本の若者の恋愛関係、家族関係、友人関係に関する想像力は、他の先進国に比べ極めて低い水準だと思います。若者の作る映画などで「家族や愛なんて幻想じゃん」なんて役者が言っていたりする。バカですね。幻想に決まっているんですよ。こんなことは、フランスやイタリアでは当たり前。彼らは、幻想と知っていてあえてかかわっているんです。勘違いしているか、あえてかかわるかが、人間の文化水準を分けます。

 ここでも「人間の文化水準」がサル化・動物化に対応しているといっていいだろう。宮台も学校のセンセーらしく、もっともらしいことを言っているわけだ。
 ちょっと気が利く人間ならこのサル化した社会の状況にもっともらしいことは多様に言える。そして言っても無駄な状況が続く。恐らくサルの内部に悲しみや苦しみが発生し、それが、話が循環するようだが、人間の内部を構成することで孤独が生まれるのを待つしかないだろう。孤独でなければ、ヒリつくような恋愛なんてものもないのだし、そうした恋愛をしなければ、人間なんて死にきれる存在でもないのだ。ハイデガーみたいだが、死がメディアという空談・好奇心・曖昧性の三位一体によって覆われ、現実と向き合う契機がなくサルにまで頽落するのも現代らしい。だが、サル世代の祖父母に当たる、団塊世代の親がばたばたと死ぬ時節になれば、少しずつサルも進化するしかなくなるだろう。

[コメント]
# nanacy 『竹内久美子は確信犯的にウソをついている訳で、あの女は叩いても叩きすぎるって事はないと思うよ?だって竹内の言う事を真に受けてる人がけっこういるんだもん。』
# レス> 『なるほど、そういう意味でだと啓蒙的に叩く必要があるかもしれませんね。』

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2003.10.02

[書評]ドナルド・キーン著『足利義政』

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足利義政
 ニュースネタもないので、書評を一本を増やす。新刊ではないが、年頭読み心に深く残った一冊がある。ドナルド・キーン著『足利義政』だ。
 足利義政と言われて、センター試験世代はなんて答えるのだろう。改めて訊くだけ嫌みになる。が、Googleをひいて呆れた。暴言を吐く、ネット利用者というのはバカばかりだな。Googleがバカなのかとも思ってリストページを繰るが絶望を深めるばかり。検索の筆頭にはウィキペディア(Wikipedia)の足利義政の項目があるので、もちろん開いてみた。爆笑するしかないだろう、I'm feeling Luckyってことはこういうことか。バカここに極まれりだな、生没年すら記載せずに百科事典かよ、とふと見るとウィキペディアの項目にはEnglishのリンクがあるので、どうせこのバカども英語の説明でも訳したのだろうと思って見ると、そうでもない。英語の説明のほうがもう少しまともだ。なるほどラリー・エリソンが日本庭園と家屋を造るのもわからないではない。もっとも、彼の作った日本家屋を訪れた知人は、なんか変だ変だと思い、ハタと気が付いた、家全体の寸法がエリソンの背丈にあっているのだ。そんなの日本家屋じゃねーっつうの。
 日本の知性の行く末は中原中也が小林秀雄につぶやいたように茫洋だが、諸分野だいたいにおいてそんなものかもしれない。無駄口を叩いてもしかたない。
 明治天皇についての大著を終えたドナルド・キーンに、編集者は次は「日本の心」をと問うたらしい。それで足利義政について書き出したという。さすがだ、というのも僭越だが、日本の心とまでいかずとも、日本の美を論じるに足利義政を欠かすわけにはいかないと私も考えていた。私がそう思い至った背景は彼とは違う。明治時代という錯誤を払拭して現れた江戸の文化というのが室町時代のレプリカであり、そのオリジナルを追跡していけば足利義政に至ったからだ。だが、現状日本では足利義政はほとんど評価されず、せいぜい日野富子という物語の道化役に過ぎない。
 『足利義政』は雑誌連載という制約から散漫に書かれているのだが、それがむしろいい効果を出している。ドナルド・キーンの筆法は評論を越えて、小説のような味わいもある。奇妙な言い方だが足利義政という人間の魅力というものを、人生半ばを過ぎた男の心にうまく響かせている。

 義政は、私生活においても成功したとは言い難い。若い頃の数多くの女性関係は、義政になんら永続的な喜びをもたらさなかった。また、義政の結婚生活は惨憺たるものだった。(中略)応仁の乱が終わる頃までには、おそらく義政は公的・私的生活を通じて義政自身にも失敗者に見えたのではないだろうか。

 史実の義政は自身を失敗者と見ていただろうか。卑賤な言い方だが、私は義政という人間はある種アスペルガー症候群に近いような器質を持っていたかと思う。その美の入れ込みや他者への無関心さがそれを暗示している。中島義道が『愛という試練』でその父の無神経さを語っていたが、ああいう人間タイプは珍しいものではない。それでも義政には普通の人間生活での成功というものの意味は剥落しており、他者からのそうした期待にまったく応えていない自分を理解していなかったわけはないだろう。
 唐突な言い方だが、男の人生とは必然的に失敗者になるものなのではないだろうか。そう単純に言っても言い得た感じがしない。成功している男たちもいるし、失敗者の美学など言い訳めいて醜いだけだ。だから、そういうことを言いたいわけでもない。この通じないもどかしさと、それでいて内面に蓄積された一種の美意識のようなものをなんと表現していいのかわからないが、そのなにかをきちんと美の形で表出することが義政という天才には可能だったのだろう。そんなふうにドナルド・キーンに気づかされる。
 そうした男には独自の相貌というものがあるだろう。ドナルド・キーンは義政について豊かな想像力を投げかけている。

しかし、それにしても偉大なヨーロッパの肖像画家の一人(あるいは、墨斎)が、義政のような複雑な人物の容貌と性格を我々のために残しておいてくれていたら、と思わすにはいられない。

 さっと読めば、読者をその「我々」に引き寄せる。だが現実の「我々」はそういう男の相貌に関心を持っているかといえばそうではない。味わいのある男優の顔を演劇家や大衆は独自の感性で支持するが、義政のような人物の相貌とは異なるだろう。嫌みな言い方だが、それを見たいと願うのはドナルド・キーンのある心の動きであり、おそらくその相貌はドナルド・キーンの相貌にも近いものだろう。そう語れば彼もまた自身を人生の失敗者と見ているのかと短絡しそうだが、そうであるようで、そうでもない。
 話を日本文化の流れに戻す。足利義政の生没年は1435-1490。同書にも時代の子として比較に出てくる蓮如は1415-1499。20歳も上だが、彼らの活躍は没年から見たほうがいいので、同時代人と言っていいだろう。朝に紅顔ありて夕べに白骨となることが生活実感であった時代に銀閣寺ができたということだ。理屈はつく。死の光景にさらされているという点でも両者は似ているし、蓮如王国にも独自の活力があった。しかし、そうした説明はすべて上滑りするだろう。このわからなさ加減と歴史を突出する天才の意味が奇妙に私の心にのしかかる。
 義政とは違っているが、率直に内省すれば、私も人生の失敗者だ。そうした失敗者の存在は独自な文化や天才性を歴史に載せていくのに必要なのかもしれないとも思う。

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2003.10.01

毒ガス兵器は裁判以前にさっさと処理するが吉

 日経新聞を除いて各紙、旧日本軍が遺棄した毒ガス兵器で被害を受けたとする中国人の訴訟を扱っていた。これが大きな問題なのか、そもそも問題がなにか、率直のところ各紙社説を読んでも皆目わからなかった。当然、私に独自な視点があるわけでもないが、この変な感じについて記しておきたい。
 事態についてはあえて産経の冒頭を引用したい。


 旧日本軍が戦争中に持ち込んだ毒ガス弾で戦後、被害を受けた中国人が、損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁は原告十三人に約一億九千万円を支払うよう国に命じた。「国は(毒ガス弾の)調査や回収を中国政府に申し出ることが可能で、被害防止のための措置を委ねる作為義務も怠った」というのがその理由だが、果たしてそうか。不可解さが残る判決だった。

 産経の視点に賛成するというものではないが、朝日新聞の社説はすでに左に振り切っていて娯楽なのか脅迫なのか判別しがたい。

 戦後すでに半世紀余が過ぎ、日本では戦争の記憶が遠くなりつつある。いかに多くの犠牲を払って平和を手にしたのか、それすらもつい忘れがちだ。
 そんな私たちに、時間を超え、過去が迫ってくることがある。旧日本軍が中国東北部などで捨てた毒ガス兵器や砲弾が今も住民の健康を害し、命を奪っている問題はその一つだ。
 工事現場で毒ガス入りのドラム缶が見つかり、ふたをあけると中から液体が噴き出す。液体がついた人々の皮膚はただれ、呼吸困難で入退院を繰り返さなければならない。砲弾の爆発で即死した人もいた。

 なんだかなである。実はこのなんだかなというか朝日新聞社説の偽善ウキウキ感がすでにこの当の事態にまつわる問題を示唆している。正直言って、そういう朝日の口上にはうんざりなのだ。そのうんざりを実感するために朝日新聞にもう少し耳を傾ける。

 被害に苦しんでいる人には何の落ち度もない。普通の暮らしを送っていたところ、突然、旧日本軍の捨てた毒ガスで悲劇にあったのだ。
 毒ガスはかつての侵略戦争の「負の遺産」にほかならない。日本人自身が背負い、解消していくしかないものだ。

 だが、これは筋の通った話ではない。産経のほうが理が通っている。

 わが国は、昭和二十年八月、連合国のポツダム宣言に基づいて無条件降伏した。そのポツダム宣言は降伏の条件の一つとして、完全なる武装解除を挙げ、日本軍は毒ガス弾を含むすべての武器・弾薬、施設を没収された。武器・弾薬、施設などについて、日本国、日本軍は所有権、管理権が及ばなくなったのである。
 一方で、平成七年四月に批准された化学兵器禁止条約は、「一九二五年以降、いずれかの国が他の国の領域内に、その国の同意を得ないで、遺棄した化学兵器を遺棄化学兵器という」という趣旨の定義をしている。現在中国にある旧日本軍の毒ガス弾は、中国の同意を得ないで遺棄したものではなく、連合国に没収されたものであり、“遺棄化学弾”に該当するのかどうかは疑問がある。もし中国側が遺棄化学弾だというならば、それらが遺棄されたものであることを証明しなければならないだろう。

 とはいえ、事態については、産経がいくら「正論」を述べても、現実問題としては読売新聞社説が次のように言うように日本が毒ガス兵器を回収したほうがいいということになる。

 だが、どのような司法判断が下されるにせよ、毒ガス兵器の回収は急務だ。
 その数は、日本政府の推定で、約70万発にも上る。回収作業は、97年に発効した化学兵器禁止条約と、その後の日中間の覚書で、2000年から始まり、2007年までに処理することが義務づけられている。総事業費は、数千億円に達する見通しだ。

 話をごちゃごちゃさせるようだが、だったらなぜこの裁判があったのか? 常識的に考えれば、結局またぞろ左翼イデオロギー論争なのだ。あーもう勝手にしてくれだ。このあたりのウンザリ感を読売社説も反映しているし、私もそれに共感する。
 左翼や朝日新聞はこの裁判の動向でウキウキしているのだが、実際の日本人庶民にしてみると、別に毒ガス回収作業や補償に反意なんかない。費用は巨額だが銀行にもっと莫大な無駄金突っ込んでも平然しているほど大人になった国民なのだ。
 それよりもうこの手の話題にウンザリということが重要だと思う。左翼は国民のウンザリ感がよくわかっていないようだ。ことさらに恐怖をかき立てさせて見せても、正義や平和で庶民を啓蒙しくさってくださっても、ウンザリする悪循環だ。やるだけ2ちゃんねる的ウヨがちまたにあふれ出すくらいだろう。

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2003.09.30

JR中央線工事にミスに思うこと

 毎日新聞社説「中央線トラブル できない約束した罪深さ」を読みながら、もどかしいようなひっかかりを感じた。事態は出だしのとおりだ。


 東京都のJR中央線で行われた線路切り替え工事にミスがあり、運転再開が8時間近くも遅れて約18万人が影響を受けた。突発的な事故ならともかく、計画的な工事でダイヤを混乱させた責任は重い。JR東日本はもちろん国土交通省も原因を究明し、再発防止に万全を期してほしい。

 ただ、その先の次の文脈の糾弾は変な感じがした。

 影響を受けた利用者の中には記念の旅行をあきらめたり、親の死に目に会えなかった人もいたことだろう。関係者には、公共輸送を担う気概と責任感が希薄ではなかったか。

 たしかに親の死に目に会えなかった人もいるだろうと思う。記念の旅行がふいになった人もいるだろうと思う。だが、そういう心情的な修辞を新聞の社説に書くか? そういう怒りを述べていいのはその体験者だけではないのか。新聞の社説っていうのは以前からこんなものだっただろうか。以前は違っていたと言いたいわけでもないが、私には街の風景が急に変わったような奇妙な感じがする。
 暴論に聞こえるかもしれないし、ひどい目にあった人には思いやりのない言い方もしれないが、鉄道のトラブルがなくても親の死に目に会えないことがあるし、記念の旅行がふいになることもある。人の人生というのはそういうものじゃないか。今回の高架切り替え工事はけっこう大がかりなものなので、ミスが起こることはしかたがない。毎日新聞は些細なミスだといいたいようだが、システム規模が大きくなるにつれ些細なミスが起きるものだ。
 まして今回の事故はまるで予想されなかったほどでもあるまい。過度に交通システムに依存する我々の生活がどうかしているのではないかとすら思う。
 実は私事だが今回のトラブルに私も立ち会った。私の場合はほぼ無意味な一日だし、事故は織り込み済みなので、そんなものかなと駅の様子を見ていた。見ていた範囲ではそれほど大きなトラブルという感じは受けなかった。そしてなんとなく以前インドを旅行したことを思い出した。車に乗っての移動だったが、目前の踏切で列車事故。なんてこったと思った。しばらくすると、かなりの人が集まりだした。もちろん列車からも人が降りてくる。すると、こともあろうか屋台まで出てくるのだ。臨時バザールといった感じだ。わきあいあいというのだろうか。私も屋台のミルクティを飲みながら、どっかから来たノラ牛を見ていた。あいつがうんこをすると燃料用にと拾いにくる子供がいるだろうとか思っていた。列車はそれほど待たされもせず動き出したように記憶するが、それでも3時間くらい経っていたかもしれない。

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2003.09.29

夢路いとしの死に思う

 今日も目立ったニュースがないことになっているのか、新聞各紙社説はまばら。それぞれ悪くもなくどってこともなくという感じなのだが、ひとつ、つい「この愚か者!」とつぶいてしまったのが産経新聞社説「『昭和の日』法案 政局絡めず成立をはかれ」だ。なにも左翼ぶって昭和天皇の批判がしたいわけでもないし、「昭和の日」が国会の手順に則ってできるっていうならしかたないと思う。「海の日」なんてもっと愚劣なものもすでにあるのだ。愚かだと思ったのは産経新聞の歴史感覚の欠如だ。単純に昭和時代の天皇誕生日が4月29日だというだけしか念頭になく、4月28日の次の日であることに思い至らないのだ。もっとも産経新聞にとりまく、小林よしのりがいうところのポチ保守どもは、この日をサンフランシスコ対日講和条約発効による日本独立記念の日だとかぬかしているのだから、病膏肓コウコウに入るだ。4月28日とは国土と国民が分断された痛恨の日だ。昭和天皇は生涯この悲劇に思いを致していたことを考えあわせれば、彼がその翌日の4月29日を誕生日というだけの理由で「昭和の日」とすることを喜ぶわけがない。もちろん、国民が「昭和の日」を望むというのなら国民の歴史の感覚が失われていくだけだ。

 以上の文脈に摺り合わせる気はないが、漫才師「夢路いとし」の死で思ったことを書いておきたい。今朝のニュースで彼の訃報を聞いて、私はしばし呆然としていた。一番好きな漫談家でもあったからだ。彼は8月中には入院していたというし、詳細は知らないが78歳で肺炎というのは実質老衰といっていいのでのではないか。なにより、その歳まで生涯現役であったことは幸せというものだろう。そして、その幸せというのは、彼ら「夢路いとし・喜味こいし」の芸の完成でもあったはずだ。芸のなかで生涯を通せるということは、至難の業を越えて恐るべきことだとすら思う。もっとも、彼らの芸には微塵にもそういう側面は見せない。むしろ、最後の親鸞のごとく、話芸なのかボケなのかと戸惑うほど絶妙な間マというものの妙味があった。
 わざわざ再録されたメディアを購入するというほどでもないが、近年できるだけ機会があれば私は「夢路いとし・喜味こいし」の漫談を聞いた。日本語の溢れるばかりの豊かさが堪能できた。ただ、彼らの漫談は時代に合わせたせいか短いようにも思えたが、それが彼らには楽だったろうか、あるいはそういう短さも時代に合わせた芸のチャレンジだったのだろうか。いずれにせよ、その老いの姿は、言葉を弄することになるが、「聖なるもの」に近かった。彼らの誘う笑いのなかには、こういう言葉も当てはまらないのだが、正しい政治の批判力があった。昭和の時代、戦前戦後をなんとなく暗く思う風潮やとんちんかんなリバイバルもあるが、彼らの漫談の笑いが示す大衆の健全さは、昭和を通じて失われていなかったと思う。
 夢路いとし、78歳というのも感慨深い。誕生日がいつか知らないが、単純に考えれば、生年は1925年になる。おそらく大正だろう。三島由紀夫がその前年の生まれである。三島が市ヶ谷で内面老いというものに屈服しながら、最後の肉体の誇示と怒号を上げたころ、同じ歳くらいの夢路いとしも、ボケとつっこみであるがまだ若さの残る、毒のある漫談をしていた。文芸詳論家など三島文学をこねくりまわすが、時代が天才に強いるものを公平に見るには大衆から離れるわけにはいかない。
 三島の生年の前年1923年は遠藤周作の生年。翌年に吉本隆明が生まれ、その次の年に生まれたのが星一ハジメの息子星新一(参照)。1926年となり切りのいい昭和がやって来る。そして昭和の昭坊が続くというわけだ。時代は流れていく。それとともに戦争の感触が薄れ、そのことが昭和の感覚を失わせていく。私には、父の時代である大正という時代はヴェールの向こうだが、それでも向こうがまるで見えないわけではない。
 1921年生まれの山本七平は、息子良樹との往復書簡『父と息子の往復書簡』で、ニューヨークにいた良樹の友人(ジョン)が銃で撃たれた話で、さらっとこんなことを書いている。


ジョンが無事に回復に向かっているとのこと、何よりのことだ。私の戦場での体験では、急所をはずれた貫通銃創は、もし動脈を切断していなければ、回復は早い。銃弾は発射時の火薬の高熱で、完全に滅菌されているからだ。ただ戦場では化膿の心配があるが、ニューヨークならこの点では心配あるまい。

 戦争経験を語っているといえばそうだし、誇っているととれないこともないが、山本は単に銃弾で撃たれるということを日常の次元で語っているとみていいだろう。戦闘オタクならこうしたことは知識としては知っているだろうが、山本にしてみれば知識でもなんでもない日常の感覚の延長なのだ。それが戦争の感覚でもあり昭和の感覚でもある。
 1920年生まれの春風亭柳昇は三島由紀夫が自決した時代、やはりまだ若い毒のセンスに合わせて、トロンボーンを吹いていた。先日ふと、彼の『与太郎戦記』が時代から消えてしまう前に読み直した矢先、亡くなられた。私が一番好きな落語家だった。
 30年のという歳月が歴史をつれて人の全盛から死に至らしめる。あたりまえのことだ。そのあたりまえのこと、生きて死ぬということを、我々は次の世代に見せてあげなくてはならない。

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2003.09.28

マイクロソフトとトロンの「和解」なのか

 人のブログをちらちらと散見しながらマイクロソフトとトロンの和解という話(参照)がなんとなくひっかかった。と言いつつ人のブログをあまり読むほうではないこともあり、どういう意見が飛び交っているのかわからない。ふと気になって2ちゃんねるも覗いてみたが、ようと知れず。ただ、なんとなく思ったのだが、時代のせいなのかな、なにか若い人にはこの問題の歴史感覚がなく、プロジェクトX的に再構築された物語が歴史に置き換わっているようだ。
 そういえばプロジェクトXでトロンを扱った話があって、たまたま見たことがある。これってお笑いなのかという意味では楽しめたが、Cトロンへの言及がないのは仕方がないとしても、BトロンとIトロンをごっちゃにしていた。Bトロンについては、当時を思い出すに松下なんかがちょっこし市販マシンを作っみたが、端から市場の相手にされていなかった。トロンキーボードはトリビアの泉ネタかも。いずれにせよ、別に、マイクロソフトがどうという問題でもない。思い起こすに、CDOSやDR-DOSなんかもMS-DOSに劣るわけでもなく、DOSの歴史から言えばそっちのほうが正統なのだが、あまり利用されなかった。理由はMS-DOSがパソコンの事実上おまけになっていたからだ。その意味では、Bトロンも無料配布すればよかったのだろう。とはいえ、Squeak(参照)の例からもわかるように、優れたシステムが無償でも市場で人気になるわけでもない。
 反面Iトロンは日立がH8/H16/H32などシリーズなどできちんとフォローしていたせいもあり、よく利用されていた。なんせ実質無料のリアルタイムOSなのだから。といいつつ、さすがにカシオのQV-10に採用されていたときは隔世の感があった。これにJavaが乗っかればけっこうなものじゃんかと思ったが、実際DoCoMoで実現してみたけど、市場はぱっとしなかった。技術がどうというより、市場の問題だ。トロンベースの超漢字がいいっていったって、市場はすでにユニコードじゃん。ユニコード批判とか一部で偉そうに日本語問題とからめて議論されているけどみんなgoogle使っているじゃんか。実際にgoogleがユニコードベースなんでアジアの漢字情報はけっこう統合できている、ってなことを書くと批判されるか。そもそもこんなとこそんなに読まれているわけじゃないが、それでも、日本語がという文脈じゃなくて康煕字典の編纂の意図のほうを歴史的に継承したのはユニコードだろう。
 話が散漫になってきたが、かくつらつら思うに、マイクロソフトとトロンの和解と言われてもなんだかな、である。ここでトロンと言われているのはIトロンだし、マイクロソフトという文脈で語られているものJavaをパクった.NET(ドットネット)だし、.NETの展開から言えば、別にどってことないじゃん。ただ、物語が事実になっているセンター試験世代にはちょっとショウアップすると受けるかとマイクロソフトの代理店もやっていたアスキーの古川亨が…、もとい、マイクロソフトの古川亨が思った、ということか。彼がゲイツ3世にお伺いをたてたとき、3世はexcitingって言ったらしい。おい、それじゃバシャールだよ。
 話がまとまらないが、マイクロソフトとトロンの和解といっても、別になんのニュースでもないと私は思う。こういうのがニュース扱いになるプチナショナルな、物語再構成な時代ってなんだろ。小林よしのりの戦争論なんかもけっこうその口だな。島尾敏雄とか生きていたら、なんて思うだろう。小林秀雄が生きていたら、福田和也みたいなのをなんて思うだろう。通じないだろうな、米国帰りの30代の江藤淳と小林秀雄の対談とか読み返しても、あの時代ですでに話がまるで噛み合っていない。その後の江藤淳もけっきょく小林秀雄の青春と晩年を結びつけるものが見えていなかった。と、ま、歴史っつうもんですか。
 パソコンの世界に話を振って終わりにしたい。今のパソコンはとっても使いづらい。Windows XPに至ってはなんじゃいなぁである。Cygwinでも入れようかな。日本語処理はどうなっているんだろう。ActivePerlは使いづらいし。シフトJIS対応のAWKがあればいいだけか。ああ、自分がロートル化している。

追記
 トロンに外圧なんかあったのかよと思ってネットを見渡したら「トロン外圧の嘘と事実」という記事があった。対談形式なので話が錯綜して、しかもトロン贔屓が目立つが、参考になる。私は古木護というフィクションの意見に近い。ただ、この記事、時代の制約もあるのかもしれないけど、「アメリカがその気になれば、石油と食料を止めれば…」っていうアメリカ認識は間違い。余談だが、パーソナルメディアがさぁ…とわずかに古い私恨を思い出す。
 CEATEC JAPAN 2003レポート「坂村教授、講演前に異例の『FAQ』」(参照)を読んで…爆笑と言いたいところだが、とほほになった。私は坂村の肩を持つ。しょぼい噂がうずまいていたのか。


リアルタイムOSとPCなどに使われる情報処理系OSはそもそも目的が異なることを再度解説し、「何度も言っているが、TRONとWindowsが戦うとか、TRONとUNIXが戦うとかいう話はおかしい。それは極端に言えば自動車と飛行機の戦いのようなもの。マーケティング的な戦いはあるかもしれないが、技術的な戦いはない。情報処理系のOSはリアルタイム処理には限界があるので、それにリアルタイムOSのカーネルを供給するのは自然なこと」と重ねて説明。TRONとWindowsが融合することは、情報機器の技術的な進化の上では何ら不思議なことではないと強調した。

 そんな当たり前のことが通じない世界っていうのは、うんざりするよ。とはいえ、マスコミの物語にそれまで乗ってきた階上に昇ったのだから、ハシゴを外されて怒ってもしかたないかも。

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