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2003.09.27

[書評]免疫と腸内細菌

 昨日買って読んだ『免疫と腸内細菌 平凡社新書 195』が存外に面白かった。日本の健康食品は冗談としては面白いが身近なものが実践したりすることがあるので、気が気でない。イチョウ葉の焼酎漬けなど危険なのだが、実践者はみのもんたが健康に良いと言っていたとか答える。反面、インテリぶった医者は健康食品を馬鹿にするのはいいのだが、栄養学の基礎も知らないし、ドイツのコミッションEなどの動向も知らないことがある。同じく無知なのだ。『買ってはいけない』をきれいに批判したお勉強屋さんの日垣隆ですら、お勉強のノリで『「食べもの情報」ウソ・ホント―氾濫する情報を正しく読み取る』なんぞをまっとうな見解だと賞賛する。中途半端なお勉強ではわかりづらいことなのかもしれない。それでも、著者高橋久仁子の論文の読み方は偏向していることくらいはわかりそうなものだしし(参照)、最近まで妊娠なども専門分野でありながら葉酸についての言及もなかった。栄養補助食品教育法案(DSHEA)も理解していないのではないか。
 悪口のようだが、高橋久仁子は近著「『食べもの神話』の落とし穴」でようやく若干葉酸に触れるようになった。が、こちらの本の内容はさらにたちが悪い。米国での栄養強化食品における葉酸の義務づけの意義にはほっかむりしくさるし、脂質栄養学会の提言と業界保護命厚労省との軋轢などもすらっとぼけていやがる。米国であれだけ問題になったトランス脂肪酸についても言及は無し。なんとことはない高橋久仁子のような学者が結局現代日本の食を混乱させているのだ。
 余談が多くなったが、『免疫と腸内細菌』を手にしたときもあまり期待していなかったが、良い意味で期待は破られた。日垣隆のようにお勉強屋も悪くないかと思わせるほどだ。いくつか知見を得た。以下、文学書の批評でもないし、フランス現代哲学のデリダに関心があるわけでもないで、私がお得だと思った知見を列挙しておこう。

全身のリンパ球の60%は腸管に集中

 それほど意外でもないじゃんと思えないこともないが、明確に数値として過半数を超えているのをこれまで熟知していかというとそうでもない。リンパ球がここに集中しているため、全抗体の60%も腸管で作られる。そういえば、『免疫革命』にはこうした言及はなかった。この事実が意味するものは、と考えると安易な結論を導いてはいけないが、腸官の状態は免疫に重要な意味を持つことがわかる。

食品アレルギーが起こるのは経口免疫寛容の異常

 これも当たり前といえば当たり前だし、また、事実(現象)の反面しか捕らえていないのだが、それでも腸の経口免疫寛容が重要なキーになることは確かだ。それに、そのくらいにしか期待が持てない。そして、経口免疫寛容は腸内フローラの状況が関係しているらしい。詳細には経口免疫寛容でT細胞が抑制されるからなのだが、印象だが、その状況は悪機能することもあるだろう。
 なお、経口免疫寛容に補足する。体に必要な異物に過剰な免疫応答を起こさないように抑制する仕組みが免疫寛容。腸管内の食物や腸内細菌に免疫寛容が起こることが経口免疫寛容。一般的に寛容のメカニズムは、3点ある。[1]抗原を認識するリンパ球が細胞死(アポトーシス)を起こす。[2]リンパ球が抗原を認識しても活性化しない状態をオンにする不活性化(アネルジー)。[3]抑制性T細胞の働き。

腸内有害菌は有益

 ちまたの健康常識では善玉菌と悪玉菌といったゾロアスター教説が多いが、単純にそういう区分はできないようで、悪玉菌と呼ばれている有害菌は免疫の発現に関与しているらしい。

腸内フローラの状況は免疫が基本的に決定している

 これの知見は少し虚を突かれたように思った。我々は通常、腸管を食物が通る管というくらいにしか思っていないしそれで間違いでもないのだが、そう考えるがゆえに腸内フローラを食品と関連付けて考えすぎていた。逆だ。このフローラのバランスは基本的に免疫側で制御されているらしい。もちろん、先に経口免疫寛容にフローラの影響があると書いたように、相互作用はある。詳細ではMHCが具体的に利用されているのには驚いた。

腸内菌はどこから来るのかわからない

 トリビアの泉のような話だが、どうやらそうらしい。この問題は私も以前から疑問だったのだが、そう簡単には解けそうにもない。いずれにせよ、単純に腸内菌を食品として入れればいいわけでもないようだ。

結核菌がアレルギーを抑制する

 これもどってことない知見のようだが、改めて考えなおした。20世紀の医療というのは基本的に結核との戦いであり、このこの歴史の真相は通常は抗生物質の勝利とされているが、実態は栄養状況にある。いずれにせよ、医学は結核撲滅で終わったのだが、その時点で成立した医療行政は変わらない。日本の厚労省がとくにひどい。

専門家でも日本の乳酸菌健康食品好きが理解できない

 皮肉な命題にしてしまったが、なぜ日本で乳酸菌健康食品がこんなに発達しているのか理解できない、という率直な見解を読んで面白かった。恐らく、メチニコフ学説が日本に導入された時代を専門家にしても十分に知らないとしか思えない。批判しているのではない。日本人とメチニコフ学説はきちんと歴史的に整理しなくてはならない。だが、実際問題としてはヤクルトへの批判のように受け取られることもあり、実名ではやりづらい。唐沢俊一や荒俣宏にも期待できないし…。

 以上で終わるが、この本は書籍としての編集がだいぶ入っているのがわかるという意味で力作だった。もっと期待したいこともあるので、この著者の本を読むことになるだろうが、個別には以下のことが知りたい。


  • 北欧のプロバイオティックス研究の実態
  • 腸内フローラと脂肪酸の関係(ありそうだ)
  • ポリー・マッチンガーのお宝写真

 もちろん、最後の要望は冗談である(ここにあった。参照)。

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2003.09.26

WTOカンクン会議を考え直す

 昨日、今週の日本語版ニューズウィークを読みながらWTOカンクン会議について思ったこと少し書いておきたい。
 WTOカンクン会議について日本の新聞の社説レベルでは日本孤児論か、先進国は譲歩せよといった思考停止の意見ばかりなのは、問題が日本社会にうまく捕らえられていないからだろう。あるいは左翼主張の変奏曲なのか、単純にWTO氷結といった代替のない政治運動も目立つ。
 WTO投資協定を問題視するのはいいとしても、その問題が具体的に途上国の政府の施策と噛み合う方法論をもっていないので、単なるアナーキズムか、反グローバルを装う超国家志向になってしまう。それでは現実的ではないし、眼前の貧困問題に対処できなくなる。どこでいつ妥協するのか。その交渉のポイント探しは、従来のように米国に甘えられるグローバリズムが実質的に崩壊した現在、むしろ途上国側の政府に求められている。
 今回のカンクン会議は、ニュース的には、韓国人の反対運動などが目立ったものの、従来ありがちな「米国的グローバリズムによって地球と途上国の生活環境を破壊するWTOに反対しよう」という無知性な反対は少なかったようだ。なのに、完璧に会議が失敗に終わった、ということの評価は、ジェフリー・ガーデンの記事「火だるまの新ラウンド(Going Up in Flames)」が、それなりによくまとめている。すべての国が敗者となった、という指摘の強調と今後の期待を込めるあたりは重要だろう。もっとも、中国への期待はブラックジョークに近い。
 同記事で扱われているように、WTOへの反対姿勢は発展途上国に不利だから、というのが従来までの理由付けだった。だがカンクン会議では、米国やEUの強国志向かつ内政志向の問題もあるとはいえ、会議の実際局面ではむしろインドとブラジルの攻勢が強すぎたことが失敗の原因だ。ただし今回の事例をもって、インドとブラジルを夜郎自大だというふうに責めるわけにもいかないだろう。実質WTOの破綻からFTAに向かうことで、世界が新しくブロック経済化となりつつある現在、いずれそうした寂れた商店街組合的な勢力が出てくるのは避けられない。
 と、曖昧なことを書きながら、ちょっと危険な思いがよぎる。暴論かもしれないのでこっそり言うと、NPOが国家間の問題に入れ知恵や口出しするのが間違いなのではないか。結局NPOといってもその実態は先進国ベースの組織なのでその存在とインテリジェンスは途上国政府を圧倒してしまう。NPOは小国家より強力な政治力になりつつある。むしろ、NPOと途上国とのプラクティカルな協定が必要なのではないか。
 一般論でお茶を濁すようだが、なにごとでも事態に反対するという勢力の結集はたやすいが、それではなにも生まれないし、そうすることで温存されていく権力はより危険性を増すのだ。
 綿をつむぐ貧困国の農民にはフェアなトレードが求められるが、それにはちんけな義捐金を伴うヒューマニズムではなく、本当は適正なマーケットが必要なのであり、厳格にグローバルなルールが必要になる。ローカルルールは結局、より不平等な人をダシにしてマーケットを否定することで、構造的な不平等と一部の人の利益を生むだけだ。

追記

 あとで気が付いたのだが、カンクン会議について田中宇が記事を書いていた(参照)。なんだコレ?というのが率直な印象。特に以下の議論はめちゃくちゃ。単純な悪口になるんだが、頭悪いなぁ。そこまでして笑いを取るか。


 WTOで先進国の農業保護政策がやり玉に挙げられるのは、先進国が国内農産物市場を開放すれば、その分だけ途上国が農産物の輸出を増やすことができ、不当な南北経済格差を減らせるという理屈に基づいているが、これは必ずしも正しくない。たとえば、韓国や日本がコメ市場を開放すると、まず入ってくるのは日韓の消費者の口に合う銘柄を開発してきたアメリカとオーストラリアのコメである。これでは途上国を助けるどころか、日韓が安全保障だけでなく食糧面でもアメリカの属国になる傾向を強めるだけだ。

 馬鹿を言っちゃいけないよ、WTO問題は日本のコメ問題じゃないよと言いたいところだが、それ以上説明するのがかったるい。商品の流動性の基本だとか大豆GMOなんかも触れなくていけないしな。と説明を省くのが私の悪い点だな。逆に、田中宇はフツーの文章でも『細野真宏 経済のニュースがよくわかる本』みたいに基礎からちゃーんとお猿にもわかるように書くという点でプロなんだと思う。
 でも、結局、田中宇は何が言いたいのだ? ブラジルやインドのG21に希望を持つ? よくわかんないです。
 10月2日、アフリカ開発会議(TICAD)についてふれていた日経新聞社説「アフリカの農業に市場を」がよかった。結語は以下。

 今回の会議でもウガンダのムセベニ大統領らはアフリカがモノを作っても国際的な市場が開放されていなければ意味がないと強調した。ODA供与が途上国支援のすべてではないことを改めて認識しておきたい。

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2003.09.25

地震予告とその後のこと

 話題は先日の地震予知のその後の話だ。9月12日に書いた追記が多くなったので、今日の分にまとめておこうと思う。
 話のつなぎで言えば、今回、騒動の元になった串田嘉男の地震予知は当たるのではないかと思っていた。私はそれを判断するだけの器量はない。ただ、阪神大震災のおり、米国ニュースが奇妙に関東大震災に関心を持っていることから、日本の株式を実質握っている外人株式投資家にはこのインテリジェンスが存在しそうだなと考えていた。そこで、私としては地震予知の精度は株価に織り込まれるだろうと想像していた。
 現在の心境からすると、関東大震災はけっこう予知できそうなので、今後はもっと信頼するだろう。
 以下は、過去のおりおりの時点のメモ(追記)の再録だ。

9月16日9:30am

 株価の異常はない。ちと早い追記だが、ネットでの地震情報サーチが盛んで、このブログも地震の情報源になりかねない。というわけで、間違ってこんなとこ見た人は以下へ直行。

http://www.geocities.co.jp/NatureLand/8896/hannou.html
http://epio.jpinfo.ne.jp/

 それと訂正。「発表によると発生の確率は60%。」と書いたが、そんな公式発表はないらしい。週刊朝日の取材能力を徹底的に疑うべきだった(週刊朝日だものね)。

9月20日12時

 ま、地震は来ませんでした。我ながら苦笑っていうかテレるが、この数日、東京が崩壊する幻想で甘美な思いをしたので、それはそれでヨシかな。一連のオウム事件のおかげでノストラダムス予言がおちゃらけになったように、今後は地震予想はおちゃらけになるだろう。串田氏の研究については、社会的にはだからボツっていうことになるだろうが、FM電波の計測についてより精密な研究が進むとよいのではないかと思う。率直な印象を言えば、私はこの手法は地震直前の予測が可能なのではないかと思っている。地下に巨大なエネルギーが充溢してカタストロフを迎える時期にはなんらかの影響は出だろう、と。

9月20日13時20分

 ありゃ、来ちゃいました。震度4。震源は千葉県東方沖M5.5なので、串田予測が当たったのかビミョーだが、これで9月20日12時の追記で書いたように串田予測がお笑いとは言えなくなるんじゃないか。つまり、地震が怖いのはこれからってことか。

9月23日

 その後、串田氏は予測の誤りを公表しているというので雑見。その考察を先にやっておけよ、と言いたくもあるが、あながち地震予測を外したというものでもないようだ。この間、「くるぞーくん地震予兆電磁波観測」(参照)という同種のサイトの情報を読んだが、20日の地震をかなり正確に当てていた。率直な感想だが、FM波観測は現状一番関心を寄せていい地震予想なのだと思う。

さらに追記

9月26日

 まさかさらに追記するとは想定していなかったが、今朝の釧路沖の地震は、概ね「くるぞ~君」の信頼度を増す結果になって驚いた。予想では盛岡・仙台方向に不穏な状況ということだったが、北海道だった。くるぞ~君のHPでは観測地点が北海道にないことが精度を上げられなかったこととしていた。そうだろうなと思う。

10月5日

 その後、NHK「あすを読む」で関東南部の直下型地震についての解説を聞き、基本的なことを自分が理解していないことに気が付いた。M8レベルの、関東南部の周期は200年。ということは、プレート移動の隣接で起きるタイプの関東大震災はまず私の目の黒い内には来ない。ただ、M7レベルの直下型は断層で発生する可能性はある。阪神大震災がこれだ。この直下型地震の周期は活動期に入ったと見ることもできる。串田嘉男がM7にこだわったのは阪神大震災が念頭にあったのだろうが、我々は関東大震災のイメージで捕らえていた。もちろん、阪神大震災も被害は甚大だったが、地震の理解を混同していた。また、その意味で、串田予測で使うFM波観測はある程度有効だろうが、直下型地震という意味では発生地域を大きく外していた。くるぞー君のほうがやや精度が高いようだが、それでもその地点を当てたわけではない。活断層の地理データを総合する必要があるのだろが、ぶっそうな話になるのだろうか。

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2003.09.24

貧困の問題は贈与では解決しないだろう

 朝日新聞社説「貧困撲滅――小泉さんも、菅さんも」の内容はくだらない、というか左翼の知性も劣化しているなというだけなのだが、世界の貧困について最近気になっていることがあるので少し書いてみたい。話の分類は「環境」ということだが、私はエコ派ではないが、偽悪的にならなければ、環境に関心を持っているのは確かだ。
 朝日新聞社説の冒頭を読んで「あれ?」と思った。こういう言い方がまだ通用するというか、まだ一般的な社会言説なのだろうか。


 地球上の5人に1人、約12億人が1日1ドル(約112円)未満で暮らすという極貧にあえいでいる。その割合を2015年までに半分にしよう。5歳未満の子どもの死亡率を3分の1にし、すべての子どもに初等教育を保障しよう。

 今さらバカなこと言うなと言われそうだが、貧困とは何か? ちょっと率直に朝日新聞に訊いてみたい気もする。この文章を読む限り、その12億人の生活費を5ドルくらいまでアップすればいいのか? この先の文脈をみると、そうとしか思えない。
 覚えている方もおられるだろう。3年前の9月、21世紀の幕開けを記念する国連首脳会議で宣言されたミレニアム開発目標(MDG)の一節である。戦乱と破壊の前世紀を反省し、先進国と途上国が力を合わせて、地球を揺るがす根源の問題である貧困に取り組むことを確認し合ったのだ。
 曖昧に書いてあるが、このおり日本は貧困撲滅などに数値目標が必要だとしているし、この話は今回の朝日新聞社説にも盛り込まれている。で、よーするに「金」ということなのか? つまり資本主義的なマーケットを否定してただ贈与せよ、と。政治的にはアホーな坂本龍一なんかも政治的には悪辣な浅田彰の尻馬にのって、第三世界の債務を消せなんて言っている(だったかな、浅田彰はそんなしっぽは出さないか)。おい、それでいいのかという感じだが、ボケまくってしまうちと手前の吉本隆明など明確に贈与しろと言っていた。そんなのが世界システムなのか? ウォーラスティンはなんて言っている…って、ウォーラスティンみたいに国際間の労働力の移動を無視している左翼っていうのは実際には労働者を国家経済に収監するアホーなんだが。
 くさしが長くなったが、単純な話に戻して、貧困という問題はそういう先進国からの贈与ということなのか。違うだろう?
 朝日新聞社説の冒頭の話に戻れば、死亡率や初等教育の充実も含まれている。それらを贈与に還元することが「貧困」の問題に取り組む知性にとって想像力という最大のツールを無化させてしまう。もっと言う、あえて言う、「貧困」が先にあるのではないし、「貧困」に問題を収斂することは間違いなのではないか。貧困は世界の貨幣経済のシステムの、おそらく必然的な従属だろう。そうではなく、福祉と教育を従属させ、かつ伝統文化と伝統社会のとの整合を必要とするなにかが求められている。極論すれば、貨幣はゼロでも人が幸せに生きられるシステムはなにか?
 補助線を引きたい。通常、貧困というとき、思想的なたくらみとしては上のように貨幣経済の問題に還元されるが、イメージとしては「飢餓」がある。今、世界はどれほど飢餓に瀕しているのか? 数字的には10億人定度ではないか。ところが、世界の肥満の人口は20億人近い(IOTFによればBMI25以上は17%)。WHOは肥満を発展途上国も含めた世界規模の疫病だとしている(参照)。
 これはいったいどういうことか。単純に考えれば、現状の世界の食糧をシェア(共有)すれば問題は一気に解決するのではないか。また、現状の肉食を菜食にシフトすることで、人類の食料はもっと増えていくはずだ(参照)。だが、反面飢えを短期間で満たすには工業化された食品のほうが簡単だ。実際、発展途上国では伝統的な食ではなく工業化された食の優位ということが起きている。
cover
患者の孤独
 暴論に聞こえるかもしれないが、食のシェアが進まないことや食の内実が変化しない理由は、世界の一部があたかも資本主義のように富を独占しているからではないだろう。人類全体の食のシステムが人間に合っていないのだし、その間違いは先進国だけにあるのではなく、未開発国にも潜在的にある。
 さらに暴論を重ねるようだが、同じことが初等教育にも内包されている。先進国の教育モデルは人を幸せにするだろうか。日本のように初等教育が完璧になった国ですら社会正義の意識は大衆に根付かない。おそらく医療にも同じ問題含まれているだろう。結核を根絶した20世紀の医療で、実は医療は終わっている。医学の先端は医療から乖離するのがその本質なのではないか。「患者の孤独」(柳澤桂子)を多くの人に勧めたい。現代の最先端の医療が町医者に及ばないのだ。
 朝日新聞社説はミレニアム開発目標に触れてこう言う。

 だが、あの時の思いとは裏腹に、その後も世界は戦禍にまみれ、世界貿易機関の新ラウンド交渉の決裂が象徴するように、南北の亀裂はむしろ深まっている。

 貧困の問題は南北問題なのか。アホーだな。いやアホーならまだいい、結語の朝日新聞社説の「ユーモア」に私は精神の邪悪を感じる。

 残念なのは、欧州や米国で援助をめぐる国際会議となれば熱心な国会議員たちの姿があるのに、日本ではまだまだ少ないことだ。小泉さんも、菅さんも、世界のことをもっと考えて行動してみませんか。

 だったら国連の負担金を減らしてそっちに回せば名案だな(参照)。
 この問題は朝日新聞社説が言うほど簡単じゃない。嘲笑されるのを恐れずに言えば、世界の各位置に置かれている人々が今どうやったら幸せに生きられるかをそれぞれ問い、そのための基礎条件を静かに広げていくことだけが、「貧困」に覆われているものの解決になるだろう。議論が荒くなるが、肥満を例にしても、そこには心の貧しさがあるのだ。また、肉食(屠殺)を工業生産に組み込む残虐さがあるのだ(菜食になれという単純な意見ではないが)。自然保護や環境保護を言う前に、私たちの内面に幸せと優しさがなければ、事はイデオロギー主導では解決しない。なのにその善性を吸い取る偽善のイデオロギーが罠のようにあちこちに存在する。

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2003.09.23

ようするに円高は避けられない

 内閣人事があったのだから社説で扱うというのはわからないでもないが、各紙しみじみつまらなかった。なぜ実績のない安倍晋三幹事長の起用を批判できないのか。大衆の人気をあてこんだおべんちゃらの各紙社説は不快極まる。他、気になるところでは、朝日新聞社説が「ネパール ― 流血を止めるため動け」としたネパールの問題。朝日の論調は単なる左翼だから王政批判というだけで深い意味はないのかもしれない。私自身が気になったのはネパール国民の健康状態だ。記憶ではあそこは日本脳炎が多いのだがそういう点にこそ日本は寄与できないものだろうか。
 避けるわけにもいかない話題はやはり円高なのだが、扱っているのは日経社説「急激な円高進行を懸念する」のみ。しかも、内閣人事のおまけのような扱い。まぁ、円高なんてまだたいしたもんだいじゃないというオチがなのか。内容は迷走している。まず冒頭まとめが入るのだが、これがそもそも歯切れが悪い。


 円が急騰している。22日の東京市場では一時、1ドル=111円台と前週末より4円近く高い水準となった。20日に開いた7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で、為替相場を巡る日米の溝が浮かび上がったことがきっかけだ。急激な円高はようやく上向き始めた景気を冷やす要因になりかねず、通貨当局には警戒を怠らないよう求めたい。

 日銀の活動が抑制される動向にあるのに、日経ともあろうものがなに言っているのだろうと疑問に思うが、この当局っていうのは米国のことなんだな。ようは、円高を容認すると米国の長期金利が上昇して経済成長が鈍りまっせ、というお節介ごかしっていうやつだ。この期に及んでまだ米国経済の向上に打開策を求めるというのか、おい、正気かっていう感じだが、それじゃ困るから日銀介入させてくれよぉ、っていうことなのだ。アホか。
 結論はスゴイ。

 もちろん、根本的な問題は為替にあるわけではない。米国が世界経済の唯一のエンジン役になり、日本や欧州がこれに頼るという状況が長年続いてきた結果、大きな収支不均衡が生まれてしまった。不均衡の解消へ向けたマクロ政策や構造改革が各国に求められている。

 支離滅裂。「各国」ってどこの国なんだ。中国ははずせないなら、結局人民元切り上げってことか。なんだか、二日酔いみたにくらくらしてくる。酔い覚ましはないものかと朝日のマネー情報を見るとケン・ミレニアム株式会社森田謙一による「G7が円高間接的な誘導をした意味」が面白かった。引用は避けるが、ようは、昨日の円高は小泉再選にむけて「安穏として改革を進めないと容赦しねーぜ」という米国側からの脅しなのだそうだ。なるほどね、ってうなずくな。これって田中宇風エンタテイメントかもしれない。
 以上、くさし多く、駄文になってしまったが、日経社説の迷走は円安が阻止できないという悲鳴なのだ。ただ、この20年間の経験を思い起こすに、奇妙な要因が重なってことは思い通りにはいかない。ITバブルの再現ということはないだろうが、案外米国経済の持ち直して(そして日本が沈没して)、モデレートな円高って目もあるかもしれない。外貨預金を売り払うチャンスはかくしてまた逸する。

追記
 なぜ安倍晋三幹事長の起用を批判すべきか。一つ目の理由はこの人、なんも政治の実績というものがない、つまり、仕事をしていない、ということ。一般的には拉致問題で強行っぽい言動をしたが目立っただけ。メールマガジンの発行なんか業績には入らない。近年の活動(参照)をみても、なんにもしてない。こんな人を重職につけてはいけない。ついでに岸信介(参照)の再評価ブームに乗るマスコミの風潮もくだらない。
 二つ目の理由は、小泉が一時期の安倍晋三の人気を自分の人気に利用している点。もちろん、実際の政治の場でそれが悪いわけではないが、安倍晋三の起用は単純にそれだけなのであまりに浅薄。もっとも、自民党的には寝返り青木が出した選挙対策の山崎更迭というだけの話。いつまで続く森内閣…あ?小泉内閣なのか、というお笑いは以下。


平成12年4月13日 森喜朗新首相が故安倍晋太郎氏の仏前に就任報告

森首相が、安倍晋三代議士の東京宅に訪れ、父の故安倍晋太郎の仏前に、総理就任のご報告をしてくださりました。森首相は、旧福田派安倍派に所属され、「晋太郎氏を人生の先輩と仰いできた」とのことでした。報告後、「首相の責任の重さを感じているが、安倍先生の遺志を引き継ぎ、職務を全うしていきたい」と述べておられました。

 再考するに、安倍晋三に党内を仕切る力がないというのはマイナスではなく、小泉にとってプラスのメリットなのだ。結局、実際的に動くのは山崎だ。摂政関白時代のようなもので、おもてに出す顔には実権がないほどよいというわけだ。

[コメント]
# tea_cup 『安倍晋三幹事長の起用を批判してください。』
# レス> 『追記します。』

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2003.09.22

アスピリン喘息の患者はどう扱われているのか

 数日前から気になっていたアスピリン喘息について書く。なぜ今アスピリン喘息が問題なのかって? とくに理由はない。しいていうと「はてな」の質問に関係している(参照)。この話題は一般の読者には関係ないかもしれないが、たまにこんなことも書くことにしたい。
 以下の話はアスピリン喘息患者が利用できる鎮痛剤についてだ。
 その前に、アスピリン喘息とは何かだが、アスピリンなどの消炎鎮痛剤の服用によって起きる喘息だ。成人の喘息の約1割がアスピリン喘息であるとも言われている。日本の喘息患者は人口の3%程度らしい。とすると、アスピリン喘息の推定患者数は30万人程度だろうか。そんなには多くないし、重篤な症状を起こすことが少ないのか、社会問題になっていないと見ていいのかもしれない。
 次になにがアスピリン喘息で問題なのかというと、この患者は市販の鎮痛剤が使えないということだ。現場、結論は医者に行くしかない。それ以外は鎮痛剤を使わないようにということになる。雑駁にいうと、医者の処方薬もあまり鎮痛作用がない。つまり、痛みの対処が事実上ない。それが問題といえば問題なのだ。私の考えを率直に言えば、苦痛を放置するというのは人道的ではない。
 そもそもアスピリン喘息にかからないようにするほうがいい、と言えるかどうか疑問だが、あまりアスピリンを多用しないほうがいいにこしたことはない。テレビでバファリンのCMをよく見かけるが、一般のタイプのはアスピリンに加え、胃の保護にアルミニウム化合物(ダイアルミネート )が加えられている。アルミニウムの害が科学的に確定していないが個人的にはお薦めしない(ふくらし粉にもアルミニウムが含まれている)。一般的な鎮痛剤なら、以前にも書いたがアセトアミノフェンのほうがよいだろう。ただし、アセトアミノフェンでもアスピリン喘息を誘発する危険性がないわけではない。
 アスピリン喘息にかかったらどうしたらいいか。例えば、健康@niftyの「アスピリン喘息について教えてください。」*4には、次のように書かれている。

アスピリン喘息といわれたら


  • その原因となる薬物の名前を必ず聞き、手帳などにひかえ、今後、薬を飲む場合には必ず医師・薬剤師にそのことを伝えるようにしてください。
  • 薬局で購入した風邪薬や鎮痛剤にも入っている可能性がありますので注意が必要です。
  • 痛みや発熱は冷やすなどして症状を抑えるようにして、薬は最小限にするように工夫ましょう。どうしても必要な場合にはアスピリン喘息の方にも比較的に安全であるとされている薬がありますので、かかりつけの医師にご相談ください。
  • もしも、再びアスピリン喘息の発作が起きてしまった場合には、すぐに医師の診察を受けてください。ひどくなりそうなら救急車を呼びましょう。

 誰の執筆かわからないが間違いではない。読むとわかるように、アスピリン喘息の患者が風邪や頭痛になったとき、具体的にどうしたら苦しみから解放されるのかについては、医者に行けという以外の情報はない。確かに、アスピリン喘息に対する市販薬(OTC)の利用は危険なのでしかたがないかもしれない。
 日本では、アスピリン喘息の患者の鎮痛剤としては、炎症を引き起こす酵素(COX)を阻害しない塩基性抗炎症剤のエモルファゾン(ペントイル)(参照)が処方される。塩基性抗炎症剤には他にエピリゾール(メブロン)(参照)、塩酸チアラミド(ソランタール)(参照)などがあるが、アスピリン喘息患者には禁忌とされている。塩基性抗炎症剤の鎮痛効果は高くない。エモルファゾンが市販薬(OTC)でないのはなぜなのかよくわからない。アスピリンに比べて危険性が高いのだろうか。単に、市販しても売れないというだけなのだろうか。
 以下は、治療の代替になる情報ではない。が、アスピリン喘息の対処について、できるだけ最新の情報を簡単にまとめておく。
 アセトアミノフェン:アスピリンより安全性高いとされているが、注意書きにあるように、すでにアスピリン喘息の患者は利用しないほうが良い。
 セレコキシブ(セレブレックス):日本ではまだ発売されていないが、近く解禁になるらしい。セレコキシブを含めCOX-2選択阻害剤は、アスピリン喘息患者にとって安全性が高いとする研究がある(いずれも鎮痛はリウマチを想定しているようだ)。日本でもセレブレックスが市販薬(OTC)になった場合、こうした知見がすぐに臨床に活かせるかどうか。たぶん、表向きはダメということになるだろう。現場でもエモルファゾン以外は塩基性抗炎症剤ですら禁忌なのだから。

 ナブメトン(レリフェン)参照):リューマチの鎮痛を対象にしているようだが、アスピリン喘息について次の研究がある。市販薬ではないが医師の参考にはなるだろう。

"Safe full-dose one-step nabumetone challenge in patients with nonsteroidal anti-inflammatory drug hypersensitivity."(Allergy Asthma Proc. 2003 Jul-Aug;24(4):281-4. )

 ザフィルルカスト(アコレート)参照):アスピリン喘息の予防に効果があるとする研究がある。市販薬ではないがこれも医師の参考になるだろう。

"Aspirin induced asthma, urinary leukotriene E4 and zafirlukast"(Rev Alerg Mex. 2002 Mar-Apr;49(2):52-6)

 アスコルビン酸:民間医療に近いが、風邪などの症状の緩和は期待できる(参照)。アスピリン喘息との関連の研究はないようだが、悪化することとはないだろう。
 漢方薬、中医薬、ハーブ(ナツシロギク)などの適用についてはまったく研究されていない。が、現状の経験の累積からみて、風邪によく処方される葛根湯はアスピリン喘息を引き起こさないようだ。葛根湯にはエフェドリンが含まれているのでその面からも、喘息の症状が緩和されているのだろう。同様に、小児の場合、麻杏甘石湯が伝統的に処方される(摂取量に注意)。
 ちと専門的になるが、アスピリン喘息患者にCOX-2阻害薬が有効であるということは、喘息を起こすロイコトリエンの生成に関与しないためだろう。とすると、このアラキドン酸カスケードの原点となるアラキドン酸の摂取を減らすことは日常の食事にとって注意すべきだ。具体的にはリノール酸の摂取をできるだけ減らそうほうがいいだろう。

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2003.09.21

野中広務は心情的に否定しがたい

 新聞各紙の社説が小泉再選を扱うのはしかたがないだろう。はなっから読む意味もあるまいとも思いつつ、ざっと目を通す。つんまないなと思うが、意外にどの社説も奇妙な陰影をもっているようだ。小泉政権をどう評価して良いのか、またその評価をどう社会に向けていいのか、困惑しているのだろう。一番つまらないんじゃないかと思っていた読売新聞の社説「小泉総裁再選 『圧勝』イコール挙党一致ではない」は、意外だが少しは考えさせるところがある。


 予想通り、小泉首相の圧勝だった。だが、国会議員の「反小泉」票は46%にも上った。首相も、浮かれてばかりもいられないだろう。
 自民党総裁選では、小泉首相の構造改革路線と経済政策の是非が最大の争点となった。「改革なくして成長なし」と構造改革を優先する首相に対し、挑戦した三氏はそろって景気対策重視の経済政策への転換を主張した。

 とはいえ、この文脈に「だから景気対策を重視せよ」が続くわけでもない。なにが景気対策なのかはっきりしないからだ。そう考えれば、小泉再選ということは、その「はっきりしない」ということかもしれない。
 具体的には、専門用語でいうところの「毒饅頭」をくらった青木が橋本派40人で寝返ったことが大きな要因だが、苦笑だね、そもそも国政に参院なんかいらないのだから。もっともそこまで小沢の威力に自民党がびびっているのかわかって面白い光景ではあった。
 これで橋本派つまり竹下派経世会が終わったといえるだろう。竹下の霊が怒って官邸付近に落雷したと野中は言ったが、これで野中の時代も終わった。と、言いつつ、些細な感覚だが奇妙に心にひっかる。その心情だけを率直に言えば、野中広務に武士の生き様のような共感を覚える、ということだ。おそらく文藝春秋から、本人による政界の暴露本のようなものが近く出版されるのだろうから、沈黙の美というものでもあるまい。それでも、今回の引退は負け惜しみというより、武士というものはこうして諫言に腹を切るものだという印象を受けた。ストリーは違うが山本周五郎の描く原田甲斐や阿部主水正といった人物を連想する。山本は大衆文学なのでやや甘っちょろいヒューマニズムをまぜてしまうが、政治のなかに生きる人間のある過酷さはうまく表している。
 野中が小沢憎しでぶちあげた村山政権は極悪なシロモノだったが、小渕と野中のタックのほうは、それがもう少し続けば、こんなに米国の尻に鼻を突っ込んだような現在の日本とは別の日本もありえたのかもしれない。
 拉致問題について野中が顧みなかったこと、外交面で中国寄りだったことなど、わかりきった批判はしやすい。だが、野中には国政を担う政治家としてそれなりの思いがあっただろう。週刊文春の手記を読めば、自身の政治家としてのありようが善だけではなく悪を含む自覚ももっていたこともわかる。私心を捨てて国政に関わる人間だけが果たさなければならない悪というものがありうる。
 私がもし、人間として野中と小泉のどちらが好きかと問われたなら、「そんな比較はやめてくれ、小泉は人間じゃねーよ」と答えたい心情がある。

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