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2003.09.05

年金改革には必然的に痛みが伴う

 坂口厚生労働相が年金改革の試案を出したことを受けて、朝日新聞と読売新聞が社説で触れていた。視点は違うがどちらも外してはいない。基本的に年金問題はわかりやすいようでいてわかりづらい。理由はごく簡単で、問題の矛先を国民からそらす修辞がいくらでも可能だがそれが問題の本質を誤らせるからだ。厚労省官僚の実態・年金基金の運用の批判は必要だが、構造的な改革には結びつかないし、身近な点では国民年金未納者の状況を変える手だてにもならない。
 朝日新聞社説「年金改革――坂口試案も物足りない」は曖昧なトーンだが、国民年金未納者を糾弾しない以外、議論の筋道は間違っていない。


 若い世代が信頼できる年金制度にするためには、やはり制度そのものを全面的に改革する必要がある。
 4日に出された社会保障審議会・年金部会の意見書案は、現行方式の改善案のほか、将来の方向として全国民が加入する所得比例年金に切りかえるスウェーデン方式と、基礎年金を全額税で賄う税方式の二つの案を併記したにとどまった。それだけ利害の調整が難しいということなのだろう。

 ここをもっとしっかり展開すべきだ。

  1. 「所得比例年金」つまり、金持ちに国の年金を負担してもらう。潤沢な老人の年金は減らす。
  2. 「基礎年金を全額税で賄う税方式」つまり、消費税を20%近くまで引き上げる。

 どっちかの解答しかないし、どっちも採用せざるを得ない。そういうことなのだ。
 さらに、実際はこれからの日本社会からは事実上年金受給年齢が高齢化する。すでにドイツではそういう転換が進んでいる。長寿国日本では70歳になるだろう。

 人間が実社会での仕事ができるピークはせいぜい60歳くらいだから、そこからの10年とその後の余命の10年をどうやって食っていくかが、これからの日本人の大きな課題になる。とはいえ、これも結論としては、大半の人間は貧しくなる以外ないのだ。
 今回の坂口厚生労働相が年金改革の試案にはよくわからない点もある。約147兆円の年金積立金を95年間かけて取り崩し給付に回すということはどういう影響を国民経済にもたらすのだろうか? 累積赤字3兆円といった官僚の失態を帳消しにするといったことはさておき、95年という期間が数値の上の議論だけで生活上の実感が伴わない。
 この問題、つまり、年金積立金の切り崩しにはなにか裏があると思うが、わからない。陰謀論的な推論をしてもしかたがないので、今日はここまで。

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日中軍事交流には中国国内の権力闘争的な意味があるのだろう

 朝日新聞社説「防衛交流――日中の信頼を深めよ」では日中の防衛担当者会談について、好意的な評価を加えているのだが、単純な反米意識の裏から薄気味悪いトーンを漂わせている。
 朝日新聞によれば、途絶えていた交流が再開されたのは、中国側の推進要因としては、胡錦涛主席のプラクティカルな政治意識(歴史問題をヒステリックにこだわらない)、米中関係の安定、北朝鮮の核武装化を挙げている。また、日本側では中国の承認を必要としたと朝日新聞臭いことを挙げているが、これはご愛敬の部類だ。


日本側にも、北朝鮮に対する脅威感を背景にしたミサイル防衛や情報衛星の導入、有事法制の成立などの最近の政策転換について中国の理解を求める必要があった。

 表層的には朝日新聞は日中友好が大切という小学生(大学生?)のようなことしか言えないので、次のような話に堕してしまう。

 日本国内の安全保障上の関心は、目下北朝鮮に集中している。だが、長い目で見れば、中国との間で信頼の醸成に努めることが日本の安全や東アジアの平和のためにいかに重要かは言うまでもない。日中間の信頼が強まることは、北朝鮮問題への多国間の取り組みにもいい影響を与えうる。

 だが、ことはそんな単純ではないことは、日本の軍事が米国の軍事の末端に組み込まれていることからでもわかる。田中宇的に見るとこれも米国の差し金になるだろうといった冗談はさておき、実際的に日中の軍事交流はなにを意味しているのか気になる。
 状況的に問題を解釈するなら、北朝鮮の暴発対応が裏で議論されていたという線もありえる。だが、そういう解釈はたぶん間違っているだろう。実際のところ、この件で日本が米国を出し抜いてできることなど皆無だ。
 別の補助線を引こう。報道的にはあまり触れられていないが、日中の軍人レベルの交流はこの間も悪い状態ではない。基本的に現代の軍人というものの大半はたんなるテクノクラートなので、その交流は他分野の自然科学と似たり寄ったりということになる。そこから得られた情報と状況分析も自然科学的なものになる。現代的な軍人同士の視点からすれば、日米間の摩擦は実質不可能な均衡状態にあることは理解されているはずだ。だとすると、この均衡の意味を考える必要がある。
 中国側の軍事的な課題は、従来なら、私の認識では、移動式ミサイルの開発だったはずだ。核弾頭や大陸弾道弾を持っていても、移動式のシステムが確立されていない限り、米軍の敵ではない。恐らく、その事態に備えるように日本の自衛隊もシステム化されている。単純に日本のミサイル防衛(MD)がそれに該当するのかもしれない。
 こうした旧来の軍事的な視点から見るなら、中国の移動式ミサイルの有効性を早めるために政治に中国が手を伸ばしてきたとも推測できないこともない。
 だが、私の杜撰な直感でいえば、胡錦涛は大陸弾道弾など冷戦的な軍事をナンセンスだと思っているのではないか。移動式ミサイル開発といった方向性を中国内部で方向転換させ、より局所的な軍事力を強化しようする一環として今回の動向があるのではないだろうか(局所的な軍事力は実際のところ、帝国化した中国内部の統制に行使されるのだろう)。
 歴史のお荷物となりつつある人民解放軍の軍事長老達を実質的に権力から抹殺するための布石なのかもしれない(とはいっても人民解放軍自体が解体されるわけではないだろう)。

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2003.09.04

長期金利上昇は避けられない

 朝日新聞社説と日経新聞社説が長期金利上昇の問題を扱っていた。朝日は国債急落面を強調。表題を「国債急落――市場の警鐘を聞け」として国の対応を説き、日経は金利面で「『悪い長期金利上昇』に警戒を怠るな」とし銀行側への対応を説いている。が、主張に大きな差異はない。この状況のシグナルに警戒感を表明しているといった程度だ。
 おそらく、現状ではそこまでの言及しかできないだろう。今回の朝日新聞の指摘は財務省寄りなのはなぜか、とは疑問に思うものの、大筋で間違ってはいない。


 今回の値下がりは、余りに高すぎた国債相場の修正という面もある。株価が回復し明るい経済指標が出始めたことで、資金の流れが株式市場に向かった。基本的には、その結果と見るべきだろう。いたずらに動揺することはない。

 ただ、朝日新聞表現で「いたずらに動揺することはない。」というときは、実際にはもっと危機感を認識していることを表している。
 「資金の流れが株式市場に向かった」というのは、ようは、銀行がババ抜きのババ(国債)を手放したということだ。それが可能なのは、株価が上昇の局面にあるときに限られる。株価の上昇は政治的な制御がうまくいけば、日米共にもうしらばらく続くから、この作戦は悪くはない。だがその後、ババをひくのは国債を担う国民になるのだが、日本国民なのだから余裕のある人は国を支えるのも悪くはないだろう、と皮肉めいた気持ちになる。
 現状ではまだ危機ではないとしても、長期金利上昇が2%を越えるのはシナリオではなくスケジュールとして見ていい。そうなったとき、問題の局面が変わるのだが、実際の問題は財務省の狼狽だろうか。増税をしかける政治への介入が強まるだろう。小泉続投となっても続投不能でも、実施時期の差異がある程度で、増税は避けられない。民社党政権ができても、本質的な問題可決にはならないのだから、同じことかもしれない。いずれ、増税問題が明確に国民に突きつけられる。
 あるいは、日銀を抑えて、いよいよ政府主導のインフレにアクセルを踏み出すのだろうか。奇っ怪な想像だが、アメリカがそのためにもっと具体的なシナリオを日本に提示するかもしれない、といったらまるで田中宇なみの陰謀論になってしまうか。

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2003.09.03

医師の名義貸し問題は単純ではない

 朝日新聞社説「名義貸し――医師の倫理はどこに」は読んでいて不快になった。無知な正義は小さな悪よりたちが悪い。当の問題は、勤務していない医師なのに病院から報酬を受け取る名義貸しだ。時事的には、北海道でこの実態が発覚し、文部科学省が全国的な実態調査を指示したという背景がある。
 朝日新聞社説はこう糾弾する。


 しかし、「実態を伴わない勤務で報酬をもらうのは許されないこと」(遠山文科相)だ。名義を借りた病院が診療報酬を満額受け取るのも許される話ではない。
 とくに問題なのは、教授を頂点とした医師の集まりである医局が組織的にかかわる例だ。不正を若手医師に強要するのは、教育機関としてあるまじき行いである。医師の職業倫理をどう考えているのだろう。

 稚拙な正義だが好意的に見るなら、朝日新聞社説はこの糾弾の前に実態について多少考慮はしている。

 各医療機関は医療法で、患者数に応じた医師の標準数が定められ、その6割以下の医師しかいないと診療報酬が減額される。一方、大学病院には無給や低い賃金で研究や診療を続ける若手医師が大勢いる。名義貸しで、医師不足の医療機関も大学の若手医師も経済的に助かるのである。

 つまり、社会問題はこちらだ。大学の医局員は給料だけじゃ家族も養えない。この悪弊は、医者不足の医療機関と大学医局と利害調整できた実際上の制度だ。稚拙な正義を通すことで、医者不足の地域の病院がつぶれるだろう。
 こっちの問題に対して有効な提言をしてこそ新聞社説として意味がある。制度をどう改善したらいいか、市民にわかりやすく展開すべきだろう。
 加えて、なぜ「北海道」なのについて言及しなければ、ジャーナリズムとは言えない。こうした名義貸しの問題は北海道だけではないが、都市部ではすでにそうした現象は見られない。つまり、この問題は、都市化の過程で構造的に調整されてしまう傾向がある。構造的な問題は、むしろ、非都市部の医療の社会体制にある。
 個人的な観点だが、もう一点視点を加えれば、大学の医局は医学の研究機関とし、医療はむしろ町医者のネットワークにすればいいのではないか。ここでは詳細に論じることができないので短絡的な表現になるが、いわゆる医療は20世紀の段階で収束している。社会的に必要な病気への対処は、基本的な看護の対処、通常の外科(軍医)、エッセンシャル・メディスン、加えて栄養指導でことが足りる。ただ、現代人の病気については、基本的に長寿化と非自然的な環境による免疫疾患なので、別の対処が必要になる。

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2003.09.02

大型トラック速度抑制装置規制の薄気味悪さ

 社会の話題としてはすでに織り込み済みだが、ちょうど9月1日から実施されということで、大型トラックの速度抑制装置義務付けについて産経新聞社説が触れていた。産経新聞社説は政治だの国際だのを論じなければ、なかなか繊細な社説を書くようになったと思う。
 主張は単純ではないため読みづらい。社説なので初段にまとめを述べる必要があるのだが、それ自体は曖昧だ。


スピードオーバーが原因で多発する追突事故の防止が主な狙いである。と同時にトラック中心から鉄道や船舶が一体となる新たな物流体系確立への追い風になる好機と受け止めたい。

 曖昧なのはしかたないだろう。好意的に読み込むなら、この措置が狙い通りに機能しないということを示唆している。そして重点を物流体系に置いているのだが、確かにそう考えざるをえない。
 話を原点戻して、なぜこんな規制ができたかだが、表面的には、高速道路の死亡事故の約23%が大型トラック、その約半数は法定速度80キロを越えた追突事故だったからだ。考えないで読むと、いかにも数字の裏が取れているようだが、そうか?まず、法定速度80キロを守れば追突事故の惨事が減少するということは疑わしい。仮にそれを鵜呑みにしても、全体の高速道路死亡事故の10%にしかならない。
 警察の無秩序なネズミ取りに翻弄される市民としてみると、今回の措置のウラは、警察が規制をやっても利益が上がらないことの言い訳のように思える。おそらく今回の規制では、現状を起点として大型トラックが全て80キロで走った場合の交通状態についてきちんとシミュレーションなどしていないのではないか。つまり、行き当たりばったりの規制だろう。
 私が薄気味悪く感じるのは、官僚が遵法をかざして構造的な解決を迫ることだ。市民社会を向上させるのは遵法ではなく、実態と構造的かつ段階を踏んだ解決案だ。
 産経新聞社説の主張では端から物流への影響を見ている。そのように論じるほうが実際的だ。結論も一見単純になる。

 中小の運輸会社には深刻な事態となろう。しかしこれを物流全体を見直す契機としたい。

 意図的に繊細に書いたのだろうと思うが、物流という観点に立つとき問題なのは、「中小の運輸会社」だ。現状のトラック物流はすでに奇妙なほど細分化した中小の運輸会社に頼っている。露骨にいえば、闇のマーケットに近づくことでマージンを搾取するシステムが確立している。そして、その闇は結局のところ、現状の社会の闇を吸い取る形で社会構造に寄与している。簡単にいえば、男一人トラックの運転手で人生が立て直せる。
 そう見ていけば、この規制は、結果としてこの闇のマーケットの構造をさらに悪化させることになるだろう。幸い規制は段階的に導入されるようなので、この闇のマーケット(トラック業界の末端)の構造変化に気を付けていたい。

追記

SPA10/7「大型トラック90キロスピードリミッター導入は一般ドライバーに吉か凶か!?」が面白かった。1か月後に走ってみた話だ。リミッターがほんとに効いているのか疑問ありそうだ。一般ドライバーにはひやひやものだが、90キロで追い越しが増えるのではないかと予想している。下道をがんがん走るのでは、とも。そのあたりも気にしておこう。

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2003.09.01

中国人民元の維持は世界の時限爆弾

 産経新聞社説「中国人民元 小幅上げでお茶を濁すな」はバランスが取れた主張で好感がもてた。結論は見出しのとおりだが内容はもう少し繊細に展開している。


 購買力平価を参考にする意見もあるが、これだと対ドルで14%、対円で5%しか切り上がらないし、常に為替相場を決定付けるのは競争力だ。いきなりの変動相場制移行も、資本取引を禁じてきた中国の市場対応力からみて難しい。「世界の工場」が大混乱すれば日米欧経済にも波及する。

 だが、ただ切り上げ幅を増せというのではない。

 ここは小幅切り上げでお茶を濁さず、せめて切り下げ分を戻した上で変動幅を設けるのが現実的だろう。中国にとってもそれが厳しい変動制移行圧力を避ける最善の道ではないか。
 とはいえ、こうした提言を中国が認めるわけはなく、まるで効果がない。しかも、だからといって中国を責めても改善するような国ではない。結局のところ、中国に外貨が貯まり過ぎて世界経済が音を上げるまでこの状態が続くだろう。現状の人民日報(参照)の論説はその時に笑い話として歴史の片隅に残るだろう。

 やっかいなのは、最初に音を上げるのはたぶん日本であり、しかも日本の音の上げかたは、まるで鬱病患者の自殺ようにひっそりとするだろうから、結局米国が切れるというストーリーになるだろう。印象でいうのだが、結局日本に貯めてある莫大な金を世界システム的に漏出することで最悪の事態は回避されるのではないか。偽虐史観どころじゃない話だが。
 この問題のシグナルを読む上で邱永漢(参照)が面白いことを言っている。切り上げの前に株高が起きるというのだ。経験的な視点だが、このまま世界状況が推移すれば、おそらくそうなるだろう。中国関係で小金持ちが騒ぎ出せば、災厄は近いとみるべきか。
 ただし、これも印象でいうのだが、SARS騒ぎのような事態を見ていると、中国を取り巻く世界の状況はそう淡々と推移していくとも思えない。案外、中共はそうした予感を織り込んで人民元を攻防しているのではないか。

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2003.08.31

イラク人統治を急いで進めても解決にはならない

 イラクのシーア派が爆弾テロを受け、イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の指導者ハキムを筆頭に100人近い犠牲者が出た。シーア派に敵対する勢力であることは間違いないが、親米的なハキムへの反発と見れば、先日の国連事務所テロと同じく反米テロとも考えられる。
 先日の国連事務所へのテロはイランのシーア派によるものではないかと私は推理した。だとすると今回のテロの説明は多少難しくなる。事態の推移を見ていきたい。
 一点書き加えたいことは、戦時下でシーア派ナジャフ在住のシーア派指導者サイード・アル・セスタニはイラク国民に、米英軍への抵抗を呼び掛ける宗教令を出したことがある。シーア派が親米ということはなく、フィセイン統治下で主勢力だったスンニ派と対立している。
 さて、朝日新聞社説「モスク・テロ――統治を早くイラク人へ」はまたしても悪質な誘導なのかただの間抜けなのか。


ここは米英両国が占領政策の失敗を認め、イラク人による新政府樹立へのプロセスを加速すべきである。このプロセスに並行してイラク人自身の警察や軍を再編し、治安の回復にあたるのが得策だろう。

 「んなわけねーだろ」と突っ込みを入れて済む冗談なのだろうか。ちなみに毎日社説も同じようなものだ。
 当のイラク国民のなかが割れているのだから、イラク人統治が早急に進むわけがない。むしろ、朝日新聞社説のようなら論者の誘導に図に乗って、米英軍が撤退すれば、イラクは内戦状態になるだろう。
 朝日新聞社説のブラックジョークはさておき、問題はなにか。より治安の強化を図るべきだという大筋に加え、イラクの都市民のライフライン整備を急ぐべきだろう。むしろ、復興はいったんあきらめて、代替的な市民生活の可能性を求めるべきではないか。露骨に言えば、テロがイラク国民の敵であることを認識させるようなシカケを都市部に施すことだろう。

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