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2003.08.23

薬剤師の社会的な重要性は市販薬についてではない

 今朝の朝日新聞社説「薬の売り方――薬剤師を生かすには」は、問題のポイントがずれまくっていて困惑した。そこで薬剤師について問題とされているのは、ドン・キホーテがテレビ電話を使った医薬品販売しようとしたところ、厚生労働省や東京都の規制によっての中止に追い込れた点だ。
 朝日新聞の主張はこの規制が間違っているといいたいのか文章が下手くそなのでいま一つわからないが、方向としてはそういうことらしい。


政府は、どういう薬を売れるようにするか、今年中にまとめることにしている。新たに浮上した『テレビ電話問題』についても、前向きに検討してもらいたい。

 この社説を読んだときの率直な印象は「バカだな」である。いきなりバカの壁を作ってしまう私にも問題があるので、説明しなくてはならない気持ちになる。
 朝日新聞社説が壁の向こうに見えたのは、「OTC(市販薬)と薬剤全体」をごっちゃにしていたためだ。多少なり薬学の知識のある人間なら、OTCなど薬ではないくらいのことは知っている。もちろん、そう言ってしまえば不正確きわまりないし、OTCでも重篤な副作用が発生することがある。とはいえ、おおざっぱにいえば、OTCは効かない。では、OTCの市場はどうなっているか、そしてその市場ではどういう利権が働いているのかを、ジャーナリズムは検証しなくてはいけない。
 薬剤師の問題については、もっと問題の根が深い。朝日新聞のようにのんきなことを言って笑いを取っていてもしかたない。

薬との付き合い方は難しい。地域密着型の薬局・薬店には、普段から気軽に相談でき、時間外でも無理を聞いてもらえるという良さがあることも忘れてはならない。目指すべきは、薬剤師がもっと身近で頼りにされる存在になることだろう。

 冗談だろうか。朝日新聞は薬剤師の仕事をまったく理解していないのではないか。
 日本の薬剤の状況において早急の課題は、代替調剤制度(参照)の導入だ。細かい問題点はあるが医者は薬を一般名で処方できなくてはいけない。なぜそれができなのかという問題の根ははっきりしているが、この社会問題を根治することはむずかしい。であれば、市民はなにをすべきかといと、薬剤について自分をまもるための最低限の知識をもつべきなのだ。残念なことにそのガイドラインは見あたらない。

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2003.08.22

温暖化への取り組みは技術を進める以外ない

 地球温暖化騒ぎはあまり気乗りしない。今朝の朝日新聞社説「異常気象――天の声に耳をすまそう」はくだらな過ぎて話にならないから他の話題をとも思ったが、株価の動向や国内政局などもっとくだらないので、先の社説を読み直すと、これは意外に念の入った作文であることに感心した。
 まず感心したのは、どこにも地球温暖化の原因について言及せず、またしても反米の政治誘導をやっていることだ。こういう作文の能力っていうのはすごいものだなと思うが、ジャーナリズムじゃ全然ないね。それにしても、原因について触れないというのは狡猾なものだ。ちょっと科学がわかる人間なら、単純に原因について触れたとたんナンセンスになってしまう*1。
 朝日新聞社説のこのくだりは目が点になった。


東西対立が緩和しつつあった88年の国連総会で、当時のシェワルナゼ・ソ連外相は「地球環境への脅威は、核や宇宙の脅威と変わらぬ緊急性をもってきている。軍事に基づいた国家の安全保障は今や時代遅れになった」と演説した。地球規模の生態学的な安全保障を訴えたのだ。

 おいおい、時代が違うよ、それに旧ソ連の思惑の背景から外したらこの言及にはまったく意味がない。まさかと思うが、朝日新聞は旧ソ連の状況なのか。
 さらにこう続く。

その後、国際的な温暖化への取り組みは進んだ。だが、米国の京都議定書からの離脱や9・11テロ、イラク戦争といった最近の激動の中で、せっかく高まった環境の安全保障という考え方は後退している。

 まったく何が言いたいのやら。激動なんかどうでもいいから環境問題に取り組めというのならそれはそれであっぱれというか白装束でも着てもらいものだが、そうでもないだろう。ようは、米国非難なのだ。
 米国の地球環境の取り組みがいいとは私も思わないが、京都議定書からの離脱はしかたないのではないか(参照)。他の国の対米的な政治戦略としては面白いが、当の地球環境にはまるで関係ない。およそ地球環境なんか人間がどうこうできるわけじゃない。氷河期だって来たのだ。
 できることは、技術を進め、適切な技術を評価して、環境を整備していくだけのことだ。単純な話、さっさと昔のエアコンを使っている工場や事務所に環境課税をかければいい。国際的な問題でいうなら、中国政府が中央権力を維持できるうちに、最新の環境対応の工業技術を日本から導入させることだ。

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2003.08.21

イラク混乱中の国連事務所爆破テロ

 バグダッドの国連事務所が爆弾テロを受け、国連職員が20人以上死亡、負傷者も多く出た。日本は、社会的な思惑とは裏腹に、公務員の出向以外、大国に比せず国連職員が少ない。この恥ずかしい現状を思うと、今回の死者を悼む思いが強くなる。
 事件についての朝日新聞の社説は笑いのめすには暗すぎた。悪魔的なトーンも感じられる。


恐れていた通りになった。政権の転覆をイラクの民衆の多くが歓迎したところまでは、ブッシュ政権の読み通りだったろう。だが、戦争の大義だった大量破壊兵器は見つからず、続いて起きたことを見れば、きわめて残念ではあるが、私たちの指摘は間違っていなかった。

 そうだろうか。全然違うと思う。さらに朝日新聞はこう述べる。

たとえ圧倒的な軍事力でフセイン政権を屈服させたとしても、その後、複雑な民族と宗教事情をかかえたイラクを安定させることがいかに難しいか。異教徒の一方的な占領がイスラム世界全体に屈辱感を与え、『聖戦』という名のテロを拡散させる可能性がいかに大きいか。

 イラクのような歴史性のない多民族国家をその国家の枠組みで安定させることは原理的に難しい。朝日新聞の主張が正しければ、独裁こそが解決となってしまう。また、今回の爆弾テロは「イスラム世界に屈辱を与えたゆえの聖戦なのか」というと、それは思い過ごしだろう。単に反米なのだ。
 朝日新聞は「犯人像はわからない」と言う。あたりまえすぎてくだらない。だが、その先はくだらないではすまされない。

フセイン政権の残党なのか。戦後の混乱に乗じて入り込んだアルカイダともつながる過激派集団なのか。

 ちゃんとものを考えたほうがいい。反米意識を高めることで利益を得る集団を想定したほうがいい。おそらく、イランを背景としたシーア派だろう。
 また、朝日新聞が冒頭の「とんでもない悲劇が起きた」は嘘だ。国連事務所は米軍と距離を置くために、米軍の保護が薄かった。国連の脇が甘かったのだ(参照)。今後は、日本の派兵を含め、あまりきれい事ばかり言っているわけにはいかなくなる。
 朝日新聞としては、こうした事件を梃子にして、世論を誘導したいのだ。

まずは米英両政府が、戦勝国として占領と復興を牛耳るのだという態度を改め、謙虚な姿勢で国連や欧州諸国に協力を求めることが出発点であるべきだ。

 しかし、この誘導が問題なのだ。
 ここでは詳細に論じることはできないが、イラク問題とは、フランスやロシアという偽装された国際世界のアナキズムを封じることが目的だった。これらの国は兵器商人であり、石油の国際マーケットを混乱させていた。世界はそうしたアナキズムによって根幹の不安定を抱え込めるほどの余裕はないのだ。だが、国家社会主義の亡霊はそのアナキズムこそ好機になるのだろう。

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2003.08.20

暴力団を単純に社会から排除できるのだろうか

 北九州市「倶楽部ぼおるど」店内に暴力団員が手榴弾状の爆発物を投げ、従業員9人が重軽傷を負った。店長はこの地域の暴力団追放運動の推進者なので、今回の事件は報復と見られている。こうした問題では、産経新聞と朝日新聞の社説が仲良く、暴力団に屈してはいけないという正義を声高に掲げていた。
 確かにそれはそうだし、朝日新聞社説は独自の左翼的なトーンもあるのだが、そうした些細なこと以前に、この事件はいったいどういうことなのか、漠然としている。
 というのは、フツー暴力団がそんなことするか? いや、最近の暴力団がらみの事件はフツーじゃない。
 今回の事件の容疑者33歳男性は逮捕時に舌を噛んで死んだ。奇妙な気がする。鉄砲玉ならちゃんと鉄砲玉らしい訓練と任務を受けていなかったのか。その後のムショ暮らしの指針はなかったのだろうか。暴力団を援護する気はないが、資本主義社会にあっての暴力団は一面で営利団体であり、また一面で私設警察でもある(警察は国営の暴力団)。そうした、組織としての合理性と伝統主義的な人事管理が崩壊している一端として、今回の事件があるように思える。
 日本社会の経済界の経営者や官僚のトップたちの管理能力が劣化したのと同じ現象が暴力団という組織でも起きているのだろう。また、もともと暴力団というのは中小企業レベルかあるいは、大手家電メーカーの全国展開みたいなものだったのが、そういう組織ができなくなっているのだろう。

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2003.08.19

チェチェン紛争に対処しようがない

 朝日新聞の社説に「チェチェン――この流血を見過ごすな」として、チェチェン紛争が言及されていた。今、なぜ?という思いとともに、この問題の複雑さに目をつぶりたくなる自分が想起されてなさけない。毎度ながら、朝日新聞はのんきなものだ。


プーチン大統領はこうした現実に目を向け、ロシア軍による人権侵害や過剰な武力行使を止め、違反者を厳正に処分すべきである。一方、独立派は無差別テロを完全に放棄し、過激派と絶縁することから始めなければならない。

 まったく、あんたって何様? さらに何様はこうおっしゃる。

そうした過程を経て、独立派を含むチェチェン側とロシア政府が、永続的な和平と復興について話し合う場を作り上げていくべきだろう。

 幼稚な理想論だと笑いのめして終わりにするわけにはいかないだろう。「永続的な和平」にはロシアがチェチェンの独立を認めるという含みがある。それこそがロシアが絶対に認めないものだ。朝日新聞はなぜそこまでチェチェン独立を夢みるのか、親ソ連意識がロシアへの敵意になっているのか、単に安穏とした日本に血なまぐさいコラムを投げかけたいだけなのか。
 朝日新聞のように「私は平和を求める」という偽善に陥るよりは、民族紛争は当事者が最後まで争えばいいと諦めるほうがましなのではないか。平和は望ましいが、そのために国際関係を巻き込ませるだけの利益の動機付けはもっと恐ろしい結果になるだけだ。

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2003.08.18

法教育の基本は民事の理解を中心とせよ

 朝日新聞の社説「法教育――可能性を秘めている」はよい意味で朝日新聞らしい視点だった。司法制度改革の一環として法務省内に7月末、法教育についての研究会が発足したことを受け、子供達に法教育の必要性を説いている。ただ、社説の展開はだらけてしまった。だらけたというのは、毎度ながら道徳論になってしまったためだ。


自分の頭で考え、決断し、そのことに責任を負う。そうした自立した個人が自由で公正な社会をつくっていく。法教育はそのための土台になる。

 こうしたまじめ腐った物言いによる擬似的な道徳観は法教育と対極にあるものだ。
 法教育でなにがもっとも重要か。私は2点あると思う。一つは民事の理解だ。民事とはなにか?傲慢な言い方に聞こえるかもしれないが、大半の市民が民事を理解していないように思われる。話をはしょってしまうが、日本人が民事を理解できないのは、社会正義を理解していないためでもある。日本人は水戸黄門のような超越的な正義を社会に幻想してしまう。この傾向を新聞が推進してもいるだが。
 社会正義という概念は相対化されないが、現実の生身の生活の場面では抽象化されすぎて、実際的な用途はない。むしろ、それは個人の内面の倫理に近い。実際の生活の場面で重要なことは、法という道具を使って市民社会に不利益を問う姿勢だ。この前提には、市民社会が法の依存する国家と対立しているという重要な問題があるが、簡単にいえば、市民を現実場で苦しめているのは市民社会の現実の闘争であり、市民はこれに法で申し立てをしくてなくならない。
 話が難しくなってしまったが、「誰もあなたを守ってくれない」だから「あなたは法で自分を守らなくてならない」そして、「守るというのは不利益を金銭に算出し直すこと」だ。話が短絡してわかりづらいと思うが、民事とは一見正義に見えるものを経済に変換することだ。ずばりいえば、「私の社会不利益に対して社会は金銭で補え」ということだ。
 二つ目の問題は刑事の理解だ。だが、これは残念ながらほとんど絶望的だ。理由は簡単に言えば日本の警察が機能していないためだ。この問題は笑い飛ばすには根が深すぎる。

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2003.08.17

なぜ香港で普通選挙が認可されるのか?

 7月1日の50万人と言われる参加者の国家安全条例反対のデモに、まず董建華が腰を抜かした。董との連携なのか、閣僚の田北俊が北京に飛び、採決延期のお墨付きを得た。このままいけば、4年後の行政長官選挙とその翌年の立法会選挙が普通選挙として実現するかもしれない。もともと、香港では普通選挙があたりまえだったのだから、香港の人々には違和感がない。
 問題はなぜ北京がそれを認めたか、という点だ。毎日新聞の社説はのんきなものだ。
一党独裁体制の中国政府が、香港の民主化を望むはずはない。だが、民意の裏付けのない操り人形の行政長官では、中国政府の思うような強硬措置をとれないこともわかった。
 中国政府の建前は「一党独裁」だが、実際にはその内部の権力闘争だ。SARS騒ぎも中国内部の政争だったと評価していいだろう。簡単に言えば、香港に普通選挙という飴玉を持たせることで胡にどんなメリットがあるのだろう。あるいは、胡の追い落としができるのだろうか。
 単純に想定できる敵対勢力としての、老人クラブと一人っ子エリートの固まった人民解放軍が、なにかまたわかりやすいデモンストレーションをやってくれるかな、と期待も高まるが、SARS騒動から見るとそのあたりの情勢も変わったようだ。
 まさか、本当に中国が民主化?という笑い話で、今日は終わりしておこう。

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