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2003.12.14

児童養護施設をどうしたらいいのだろう

 率直な話、児童養護施設をどうしたらいいのだろうか、私にはわからない。頭の痛い問題だ。朝日新聞社説「養護施設――地域とつながる好機に」は、その視点を投げかける点で評価したい。最近の社会問題としての背景はこうだ。


 社会保障審議会の「社会的養護のあり方に関する専門委員会」の報告を受けて、厚生労働省が大規模な施設から、子ども6人程度のグループホームや里親など家庭的な養育に転換する方針を打ち出した。
 欧米先進国ではすでに大規模施設ではなく、里親やグループホームが主流になっている。これらの国々から20年以上も遅れたとはいえ、子どもの人権という視点に立って、戦後半世紀ぶりに施設が生まれ変わることを歓迎したい。

 朝日の言い分を聞いていると、ほほぉ、いいじゃないかと思えてくる。もちろん、些細なことを別にすれば悪いわけでもない。
 ただ、朝日も記しているが、この問題はそういう視点から見えないのだ。というのは、問題化されているスコープがわざとらに小さいのだ。現在日本では、約3万人の子供たちが550の児童養護施設で暮らしている。1施設60人になる。
 60人はなんだかなと思うが、問題は3万人のほうだ。これが上限なら、朝日のような美談調の説教もいいだろう。だが、社会を見渡せばわかるように、本当は家庭から引きはしたほうがいい子供の潜在的な数はこの何倍もあるだろう。「引き離したほうがいい」などと軽く書いたが、単純にはそうもいかないし、現実的には現体制ではは無理だ。
 と、書いて、ここで始めて気が付いた。私はうかつだった。社会保障審議会の真意はそこにあるのか。つまり、今後家庭から放逐される子供の組織的な受け皿を作る試みなのか。
 私はひそかに高齢化社会も悪くないなと思っている。その一つは、現在のマスメディアのイメージだと、老後の暮らしが心配だわという貧困のイメージで捕らえているが、金持ちの老人がこれからわさわさ増える。それほど長く生きられもしないのに、そんな金握ってどうするかといえば、子供を金でふん縛るとか、子供をアッパーな階級に送る算段でもする。愚かだ。だが、歳を取った人間はそれなりに愚かでない者もちゃんといる。私はその存在をある社会的パワーとして信じている。彼らが、家を開放するのではないかと期待している。子供や青年や外人を受け入れる家がその内増えてくるのではないだろうか。いつも、絶望で締める極東ブログだが、金子勝のような芸風ではない。希望も書いておくのだ。

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