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2003.12.13

世界のデジタル・バイドなど

 新聞各紙社説をざっと見渡して、さして取り上げるべき話題もないと思う。が、考え直すと、少しずつ言及したほうがいいようにも思う。そんなわけで、特にまとまったテーマはないが、ザッピング的にいくつかまとめよう。

道路改革
 朝日新聞社説「道路改革―おねだりが民主主義か」は自民党のいわゆる道路族議員らが高速道路建設続行を主張する案を批判したもの。確かにこれは朝日の言うのが正論なのだが、そういう正論を言っても実質の改善にはならない。猪瀬直樹があれだけジャーナリズム的に追いつめておきながら、事態は完全にふいという目が出そうだ。そのことを猪瀬も懸念しているのだ。私はこの問題では猪瀬を支持するのだが、前回の衆院で彼は民主党批判に回ったのは政治センスの欠落だったと思う。彼の気持ちもわからないではないが、些細なこだわりで大局を失った。もっとも彼の影響とまでいうわけではないが、衆院選は未だに自民党にぶれてしまった。道路改革の頓挫はこの選択をした国民にあると私は思う。
 だが、実際に日本国民というとき、すでに極東ブログでも何度も書いてきたが、都市市民と田舎民に分化されている。だから、次のように朝日が主張しても空しい。


 地方の首長も考え直してもらいたい。国がただで造ってくれる高速道路をあてにするよりは、限られた財源で地域の道路整備をどう進めるか。その知恵を絞るのが、自立した地方の姿だろう。

 そこが進まないところに、根幹の問題があるのだ。

イラク情勢
 私は現在のイラク情勢についてはっきりとした視点を持っているわけではない。メディアと若干違う視点を固持するとすれば、シーアとスンニの対立を中心に見ている点くらいだろう。と、言ったものの、まだそれがはっきりとはしてこない。
 それとは別に今朝の朝日新聞社説「イラク復興―利権争いの場にするな」はまたまた愚劣な反米ラッパだった。むかつくなというより、これってお笑いでやっているのか。


 フセイン政権が倒れたのはいいが、戦争の災禍に苦しみ、占領で誇りを傷つけられたままのイラクの人々から見れば、この事態は米国が仕掛けた復興の利権争いにしか映らないだろう。民衆の生活の安定と自立への支援という原点を忘れては、占領への反発はさらに深まりかねない。

 端的に言って事実認識はそれでいいのか? トリックは「イラクの人々」にある。フセインが倒れたということは、そのイラクの人々がバラバラになることを意味しているのではないか。というのも、私はイラクは分割統治するしかないのではないかという考えに傾いてきている。
 余談だが、朝日のこの文章だが、フセインを大日本帝国とし、イラクを日本、復興を冷戦に置き換えて読むのが正しいようにも思える。

少年事件とは日本社会の崩壊の跫音なのだ
 読売新聞社説「少年事件 公開捜査が必要な場合もある」はつまらなかった。この問題が、つまらないでいいのだろうかとも思う。読売のネタは、凶悪事件でも少年についても公開捜査するという通達を警察が出したという話だ。国民の普通の感覚からすれば、なにを今さらだ。
 少年事件と呼ばれる少年の問題は、この10年間さまざまに議論された。私は全然その議論は的を得ていないと思う。そう思うのは、酒鬼薔薇事件が十分に問われていないと思うからだ。私は彼の書いた神曲を引用する脅迫宣言は天才の筆になると読んだ。その文学的な闇がなぜ問われないのかと思う。大人は左右陣営とも、はなから彼を子供として見ているが、君たちより優れた文学者がそこにいたのだ。文学とはそこまで狂気と暴力を内包していることを社会は忘れていると、というか、現代に悪霊が書けるほど強い文学者がいないのだ。

東南アジア友好協力条約(TAC)
 東南アジア友好協力条約の問題はかなり大きいのかもしれない。昨日、Googleニューズをザップしていたら、これにけっこう各国がぴりぴりしている様子がうかがえた。問題の根幹にあるのは、中国だ。中国は今や夜郎自大にふんぞり返っているいるのかと思ったが、そうでもないような印象すら受けた。もっとも、今回締結したのは中国のお目こぼしかもしれない。

FTAに前進はあるのか
 日経新聞「FTA成功へ国内調整急げ」は、あっけらかんとして良かった。ある意味、私はこの問題を考えるのが嫌になっていた。しかし、事は分解してテクニカルに見ていくなら、さして問題があるわけではない。もっとも、そうできないのが致命的な問題なのだが。


 看護師の受け入れでは、日本語の資格試験をパスしても4年間しか働けないという制約があり、まずはこの大幅な延長が必要だ。また英語の資格試験合格者でも、在日外国人患者の看護などニーズは多いはず。介護士やマッサージ師の受け入れも柔軟に考えてよいのではないか。

 ふーんという感じだ。実際、日本社会がそれを受け入れるのかよくわかんないなと思う。そこら辺の30近いフリターのお兄さんがフリピーナの看護婦のドライバーでもする光景を見るのも悪くない。

世界情報社会サミットはジョーク
 産経新聞社説が世界情報社会サミットを扱っていたが、この分野までポチ保守かよという腰砕けで笑えた。このサミットで問題になったのは、インターネットの米国支配の問題だ。もっとも産経は米国という禁忌を避けているものの、世界情報社会サミットは阿呆臭いという主張は出ていている。他紙はこの問題にまともに取り組んでいるとも思えないのはなぜだろう。
 この問題について読み応えがあるのはAP通信だ「『米国によるネット支配』を論じる世界情報社会サミット」(参照)。


 大きな論点になっているのは、誰がインターネットを統治するかということだ。中国、南アフリカ、インド、ブラジルなど一部の発展途上国は、米国が選んだ私的機関の手からインターネットを取り戻し、国連の管轄下に設置した国際機関にゆだねたいと考えている。

 インターネット技術の実態と歴史を知っている人間なら、そりゃ、ジョークだと思う。爆笑してしまうのだが、さて説明となると面倒臭い。AP通信も結局、礼儀として途上国側に配慮した記事になっている。この問題ではそのうち誰も本音が言えないPCの領域になるのだろう。
 それにしても、これはないだろうというのが以下だ。

 また発展途上国は、早くからインターネットに接続した西側諸国が、コンピューターの接続に必要な有効なアドレスのほとんどを使ってしまい、発展途上国が利用できるアドレスが限られてしまうことも心配している。

 おい、その途上国から留学生を日本に送れよと思う。SFCももっと途上国から留学生を受け入れたほうがいい。
 記事中にはブラックジョークもある。

 アルファベット以外の文字のドメインネームをもっと迅速に承認してほしいという要望も出ている。現に中国は数年前、国内のインターネットを2つに分割し、中国語による独自のドメインネーム・システムを構築することをほのめかした。

 Googleにフィルタとかかける国だぜ、中国。勝手にしろよと思うが、中国っていうのは文革みたいなことを世界規模でやるかもしれない。余談だが、みなさん、JWORDこと中国語キーワード、もとい、日本語キーワード、インストールしちゃいましたか。あの、アドレス欄で日本語検索ができて便利というヤツです。もし、そうなら、あなたはデジタル・バイドの下層階級です。はい。

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