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2003.12.03

パソコン技術の実際上の停滞

 ラオックスに確か中古パソコン館が出来たんじゃないかと思って情報をぐぐってみて、出てこない。名前が違ったようだ。PC EXPOT(ピーシーエキスポ)というらしい。「スポット」を洒落たのだろうがセンス悪いなと思う。明日が開館。ラオックスのサイトを見ると、BOOK館を潰して買い取りセンターを格上げしたような形になる。確かにパソコン雑誌や書籍には往時の勢いがない。悪ぶっていた「ネットランナー」なども、人にもよるのだろうが、もう見る影もない。タブブラウザー特集でSleipnirを今年もベストとかやっているのは、ほとんど紅白歌合戦の世界。中華キャノンあたりが旬だった。来年は「萌え」だけか。パソコン書籍もみんなその流れだだろう。鬱。
 ラオックスの経営戦略が変更になるように、中古パソコンの売買がさらに盛んになる。デフレってやつですか。それはいいことか悪いことか、と考えて、思考が中断する。いい悪いもない。ただ現実なのだ。いまだに新型パソコンは季節ごとに出るのだが、これはもうただのタメでやっているようなものだ。DVDだのAV機能に付加価値を高めるのは、新製品という見栄と単価を高くするためだけ。なにより、もう高性能のパソコンなんて市場には要らないのだ。高性能なのが欲しい人は別のチャネルで買うか、自分でファブリケートしている。
 パッケージもののアプリケーションソフトも悲惨だ。どのくらい悲惨かというと、年末に年賀状ソフトだの、年賀状ソフト特集をする雑誌の存在でわかる。アプリケーション関連で話のネタがないということなのだ。年賀状ソフトで汚いフォントをしこたまインストールしてマシンを重くするのはやめとけとか思うのだが、そういう声も聞かない(聞きますかぁ?)。
 WindowsはInternet Explorerを使うだけでリソースががくっと食うし、すでにこれがモジュールでOSに組み込まれているわけだから、そもそもWindowsっていうのはOSなのかとも思うし、最近のパッチはぜんぜん信用できないので、私もさっさと昔の古巣であるMacintoshに戻りたいよとも思うのだが、あれやこれやでなかなかそうもいかない。
 ブロードバンドがけっこう普及したから、アプリケーションをパッケージ販売する必要もないだろう。先日Paint Shop Pro8にリニューしたら、すぐそのあとにパッチバージョンが出た。ん十メガというしろものをダウンロードしろってっさ。最初からパッケージ売りの意味ないじゃん。まっくろメディアのSTUDIO MX 2004のアップグレード版も来たので開けたら煙しか出てこないので、わたしゃ、おじいさんになってしまいましたよ……マニュアルもなし。アドビみたいに読めないマニュアル(日本語文字で書かれた日本語でない言語)なら、なしでいっしょぉ!って軽快すぎますね。鬱。
 アプリケーションの市場が行き詰まっていると、その業界の人も思っているだろうけど、なんつうか、もっとまともな日本語環境が欲しいです。簡単にできる音声読み上げとか、読み上げのMP3化ツールとか、作文添削ソフトとか。ま、現状の技術でも組み合わせればできるのだから、なんとかしてほしい。
 話が散漫になってしまったが、ラオックス中古館の話に加えて、CNET「遅々として進まないOffice 2003の導入」を読んで、そーだよな、もうOffice要らないよなと思ったのだ。記事によれば、「Microsoftの最新版Officeへの移行を来年計画しているのは全体のわずか35%程度だという。」とのこと。そうだろう。現状の機能の上になにが必要なのだろう。個人的にはもっともましな単独のVBA環境があればいいだけなのだが、他にはなにも思いつかない。Officeは私が見る限り、Windowsの上にもう一個別のOSを載っけたようになっているので、本当ならこんなソフトインストールしたくない。CNETの話は米国ベースなのだが、日本ではどうだろうか。
 マイクロソフトがこれからもドットネットとXMLを推進していくのはわかる。名前はまたころころ変えるのだろうが、技術的な動向と必然性は理解できる。だが、いちユーザーとしてみるとそんな技術になんのメリットがあるのかまるでわからない。個人ユーザーなんてXMLをパージングする必要なんてないものな。
 Windows XPのライセンス認証もうざったいので、いっそ、Lindowsにするかとも思うが、現実的にはこんなの使えるのだろうか。また話が散漫になってきたが、マシンをリニューしたところで何をやりたいかまるでわからない。夢がないよなと思う。鬱。
 あと、これを言うと、とーっても恥ずかしいのだが、日本語コードの話。いちおう実生活的にはUTF-8でしょ、やっぱり、にっこり、とかしているのだが、使いづらいったらない。あれこれ言われたけど、実際にちょこっとした文書処理するならShift_JISがいいやと思う。昔のツールはありがたいことに、SEDやAWKでSJIS処理ができる。Perlじゃダメなんだものな。
 ふと思ったが、このココログのTypePadって、ちゃーんとUTF-8なんだ。ほほぉっていう感じだ。最初にごりごりと日本文化にUTF-8という黒船を送ったのはGoogleだよ~と思うのだが、そんな話も聞かない。日本語コードについてはうざったい議論が好きな人が多いのだが、なんか現実とはまるで関係ない事態になっている。
 いや、そう言っちゃいけないのだろう。正論っていうのはそれなりに正論なのだ。スリランカにしちゃいけないってオヤジギャグ言ってどうする。ただ、技術における正論というのは本質的に空しいものだ。応用あっての技術だからだ。
 もしこの歳こいてサンタさんにクリスマスに欲しいものと言われたら何が欲しいだろう。iPodは要らない。ラジオマニアの私はトークマスターがちと欲しいが、電池の問題がめんどくさい。欲しかったヘッドフォンも買ってしまったし、注文しといた伊羅保茶碗ももうすぐ届くはず…、なので、お薄で一服…ちがう!

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