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2003.12.03

武富士事件がピンと来ない

 今朝の新聞各紙社説はこぞって武富士事件を扱っていた。事件はすでに周知ではあるが、読売社説の記事を引用する。


同社の疑惑を追及していたフリージャーナリストの自宅の電話を盗聴したとして、すでに、元課長や元専務らが逮捕されていたが、警視庁はトップ自らが関与した組織ぐるみの事件と断定した。

 東証一部上場企業がフリージャーナリストの盗聴をしていたとはなにごとか、というのが各紙の切り出しだが、問題はこれが端緒であって、「消費者金融最大手武富士はいかん」というのが本丸だ。日経社説を引用するとこうだ。

今年7月大阪労働局は、サービス残業を指示していた同社と役員2人を労働基準法違反で書類送検した。8月には関東財務局が、違法な取り立て行為をした支店を業務停止処分にした。犯歴照会に応じてくれた謝礼などとして多くの警視庁幹部に大量のビール券を贈っていた事実も判明している。暴力団との関係も指摘されている。社会的な責任を自覚した企業とは思えない行為である。

 たしかにそりゃいかんな、ということで話が終わるのだが、どうもピンと来ない。その自分のもやもやとした感じから書いてみたい。
 まず、この事件はそんなにたいした問題のなのか?という違和感がある。違和感の大半は盗聴はよくないが、これが緒戦に過ぎないのだから、本丸をきちんと解明する、というか、そのフリージャーナリストの仕事に着目すべきなのではないか。と書いてみて、この事件の解明が既存のジャーナリズムや社会運動ではなくフリージャーナリストに任されていたのだということに気が付く。オウム真理教事件の時でもそうだが、江川紹子個人に拠っていた面が強かった。当時を思い出すに、江川の話はジャーナリズムでは「FOCUS(フォーカス)」だけが取り上げていたが、他誌は十分に扱ってこなかった。フリージャーナリストに近いFOCUSの意義は大きかったのだが、現在は事実上休刊であり、類似の写真誌はただの芸能スキャンダルみたいな話しかない。と、ようは、日本のジャーナリズムの欠陥の露呈が潜んでいるように思われる。関連して、フリージャーナリストの安否が問われる事件が最近多いのも気になる。
 盗聴事件で連想したのは、武井保雄会長の行動がどことなく麻原彰晃を連想させる。なぜなのだろうか。もっとも大手企業ではなく、たたき上げの中小企業の場合、どれも武井保雄会長のような存在がいて成り立っている。とすると、その構造自体を大手企業化したジャーナリズムが正義面で叩いても、おまえさんたちの生活感は違うよないう感じになる。
 もう一点の違和感は、日経が「かつて消費者金融は『サラ金』と呼ばれ、深刻な社会問題を引き起こした」と書くように、サラ金へのバッシングの意識が今回の問題の背景にあるだろう。だが、実際の日本社会はサラ金によって成り立っているようなものだし、深夜番組のCMはサラ金しかないような様相だ。こうした現実の日本の状況の変化に口をぬぐっているのはおかしいと思う。サラ金の反面には巨愚とも言える銀行があった。山本夏彦風に言えば、銀行もたかが金貸しである。サラ金のほうがより日本人大衆の身近にあった。好意的にいうなら、サラ金が社会化したから、この間の日本の庶民の経済が支えられていたことは間違いなと思う。
 以上、書いてみて思うのは、サラ金と武富士を叩いて正義面をする大手ジャーナリズムへの嫌悪感なのだなと思う。

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