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2003.11.09

衆院選が終わったもののなにやら釈然としない

 衆院選挙が終わった。存外に民主党ががんばったかという思いはある。そう思いながらも、開票を見ながら、比例で民主が自民を越えていくのに、なぜこの糞自民党が崩せないのかと過剰な、無益な期待に苛立った。だから投票に行かない馬鹿たれどもにも怒りを感じた。だが、結局私も祭りに浮かれただけのことだ。社民・共産が歴史から消えていく様は小気味よかった。土井たか子が比例で復活したときは落胆したが、思えばこの復活が計算済みだったからこそ彼女は引退はできなかったのだろう。哀れみも感じる。保守新党といったナンセンスも整理された。しかし、公明党が国民の宿痾となっていく様に恐怖を覚えた。
 新聞各紙の社説を眺めたが、間違ってはいないもののなにかピントがはずれているように思えた。そういえば、結局のところ選挙前の社説もなにかピントがはずれている。一つはだれも公明党・創価学会に言及できないことだ。小選挙区では対立候補もありえない山中貞則といった現代版枢密院についても言及は無意味とされたのだろう。だが、端的な話、今日本の税制を改革したいならダメもとでも山中を狙うべきだった。
 山崎拓落選は文春によるものか。この件では文春の功績は高いが、反面、文春も政治に向けては統一的な態度を取っているわけではないようだ。人気商売だからしかたないのだろうし、新潮も含めその泥臭さは悪くはないだろう。
 山崎拓落選で、加藤紘一復党の目はなくなった(と、当初、思っいたら復党した!)。思えば若作りをしているが、小泉を含め、もうけっこうな歳になっている。安倍の後ろで院政を敷く筋書きは途絶えて、小泉はいよいよお姉さんしか仲良しはいないという奇っ怪な光景になる。奇っ怪といえば、古賀がそうそうに小泉支持を打ち出したが、大物落選の光景をみるとしばし野合が最良の策ということになるだろう。それにしても、今回の選挙は小選挙区制の良い面が目立ったが、悪い面としては自民党はさらに農村部のどぶ板に徹した強みはあった。当然その報いは農政に強い悪影響になるだろう。地方自民議員の喜びの声など聞いていると、駅前商店街の活性などというのが未だに強調されているのに驚く。なに考えてんだと思うが、しかし、農政も含め、日本とはまだそういう国であるし、実際のところ、そういう国である日本を一概に否定はできない。そう考えれば、今回の選挙の結果は難しい局面を暗示しているのだろう。つまり、改革を進めればいいというものでもないのだろう。
 もしかするとあまり注目されないのかもしれないが、沖縄の状況が興味深かった。新設四区の西銘の妾の子恒三郎の当選は人徳の勝利というところだろう。三区嘉数知賢の当選は読みどおりだが、大田時代の副知事東門美津子が僅差に迫り、しかも比例で通ったのには若干驚いた。二区出の社民疑惑の目玉だった照屋寛徳も通った。なんと、社民六人のうち、二人が日本の人口百分の一の沖縄から出ているというのは、大田時代の勢いがまだあるという意味だし、ようするに米軍駐留への反感マグマがいつ吹き出してもおかしくない状況なのだ。誇張ではない。この問題は自民党の問題というよりむしろ民主党の問題となるだろうから、民主党はもっと沖縄に目を向けていたほうがいいだろう。一区白保台一の当選は自公協調の結果なのだが、問題はそのおかげで体型からしてオレンジクジラこと下地幹郎の落選は残念な結果だった。人生の大勝負に敗したというところだろう。うちなーんちゅの心意気から野中裏切り組の先陣を切ったのだが、ツメで負けてしまった。残念なのは、彼が通れば、普天間基地問題が嘉手納統合で解決する線があったことだ。この痛手は大きい。そういえば、沖縄といえば、現代沖縄中部に再臨したイエス様こと又吉イエス光雄は今回東京一区で力戦した結果、東京人からも高い評価を得たことが香ばしい。沖縄は多様な芸人を排出するのである。

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