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2003.10.10

国慶節に思う

 今度の選挙には新民主党を支持したいと私は思うのだが、それでも現状の党首討論にはあまり関心が向かない。各紙社説を読み飛ばす。産経新聞社説「大量破壊兵器 虚心に報告を読み返そう」は共感がもてた。メディア操作が叫ばれるが、つねに左翼的な心情をベースとしていて、実際に資料をきちんと読もうという運動にはなっていない。CIAなどはなから敵視されている。だが、元国連査察団長デビッド・ケイ証言*1は期待外れかもしれないが、それなりに重要だろうと思う。もう一点、「デジタルラジオ 安価な受信機の開発急げ」という視点も悪くなかった。だが、デジタルラジオなんてブロードバンド時代にはナンセンスなしろものだし、結局はハイビジョンと同じくNHKの受信料徴収のネタになるくらいだろう。産経の結語は「視聴者はラジオになにを求めているのか-という原点に立った取り組みがすべての関係者に求められる。」ってなクリシェで締めていたが、「おまえさん、ラジオ深夜便でも聞いてごなんさい」っていう感じだね。

 今日は社説話題をさておいて、国慶節の話だ。とネットで国慶節をひくと、先日足利義政の話のおり痛感したように、インターネットはバカの集まりだ。まともな情報は出てこない。国慶節について「1941年10月1日、毛沢東主席が天安門広場で建国宣言しました。」って書くヤツの気が知れないないね、と思う。ま、だからここで書くのだ。
 台北駐日経済文化代表處のホームページを見ると「双十国慶記念日」とあった。そういう表記もなるほどねとは思う。他では中共に配慮して双十国慶節として際だたせる表記もある(雙十節というのは10月10日だから)。でも、国慶節の本義を考えれば単に国慶節でもいいだろう。
 今年は中華民国建国九十二周年になる。常識なので言うも恥ずかしいがインターネット馬鹿曠野に戸惑うこともあるので書くと、民国建国は1912年、つまり大正元年と同じだ。今年は大正92年なのである。大正年を思えば明治は遠くなりにけりともいえるが、祖父母が明治年の生まれであることを思えば、民国成立の時代はそう遠いものでもない。夏目漱石の「心」にもまだ共感できる。現代が始まった時代だともいえる。1914年に第一次大戦が終わり、1917年に脳天気なレーニンの勘違いで始まったクーデターがひょんなことでロシア革命になった。
 民国成立について台北駐日経済文化代表處のページには、86年の李登輝の祝辞も残っていた(参照)。ちと長いが国慶節というものの説明のために引用させてもらう。


およそ一世紀前、孫中山先生は中華民国創建のため民主・自由・ 均富による発展の青写真を打ち出しました。爾来八十六年間、 わが中華民国は波濤逆巻く歴史の奔流のなかにおいて、幾度も挫折に 遭遇してまいりましたが、最後において確たる不動の立場を打ち立てることは、 民主に対する強い精神の具現であり、また歴史に対する責任でもあります。 今日ここに、われわれは誇りを持って台湾・澎湖・金門・馬祖地区における 中華民国は、すでに孫中山先生の理想を実現し、政治の民主化、社会の開放、 経済の繁栄、民生の充実といった輝かしい成果をあげ、中華民族の新たな歴史の一頁を開いたと言うことができます。
精神を継承するところに歴史的意義があり、引き続き開拓して行くところに 歴史的価値があります。われわれが獲得したすべての成果は、 無数の先覚諸烈士の犠牲的努力のたまものであり、基礎が築かれたから であります。われわれは国家発展の新たな高峰を築いた今日、 さらに努力をつづけ、民主と自由の理念を堅持し、次世代のためにさらに 安全でさらに安定し、さらに尊厳ある環境を構築し、二十一世紀の激しい 競争のなかにおける新たな挑戦を克服し、新たな局面を開拓して 行かねばなりません。

 台湾独立を明言できるようになった現在の李登輝を思えば皮肉な感じもする。また、孫文についても歴史研究が進むにつれ、虚飾がはがれていく。それでも今でも「中華民族の新たな歴史の一頁」とは民主化を意味すると考えて大過はない。ただ、「中華民族」の民主化とは、偽装された皇帝世界から各民族を解放することではなくてはならない。台湾が台湾となり、チベットがチベットなること。
 だが、そういう理想は、現代という新しい流れのなかで次第に色あせているのも現実だ。台湾は台湾になれず、チベットがチベットになることはない。ダライラマがポータラカに戻るとき実はチベットは終わっている。中共が出す民族地図を見て満人という区分がないことに呆れたことがあるが、しかし、それが新しい現代でもある。
 私事だが、李登輝の治世下民国86年の国慶節の夜、私は台北駅隣接天成ホテルにステイしていた。眼下に祭りらしい美しい夜景が見えた。だが、それを取り巻く夜景は日本の都市と本質的に変わるものでもないとも思った。柔軟な文化様式が東アジアの都市を覆いつつ、国家という虚構を薄めていくのである。

追記

 今日の余丁町散人の隠居小屋さんはブログに「10/10 Today 辛亥革命勃発 (1911.10.10)」を書いていた。それでいて国慶節への言及はない。散人先生のブログは面白いのだが、なんとも歴史感覚がずれているなとちと思うこと多し。さてもiblogなのでトラックバックもできず、こっそりと言う。

[コメント]
# shibu 『大陸(大連ですけど)の双十節って、国慶節(10月1日)連休のついでにw、休んだかな。その連休ひねり出す為かどうか、直前2週間が大変でした。職場も学校も休み無しなんですもの。小学生なんかふらふら状態ですわ。毎朝国歌演奏国旗掲揚があるんですが、最後の頃(目出度い国慶節近く)には遅刻者続出w 先生方もお疲れでしょう。国歌ならんかったり、国旗が半分しか揚がらなかったりw、ご苦労様でした。こっちは一人っ子のせいか毎朝毎夕お見送りに尾で向かえなんもんで、しっかり観察させていただきましたのでした。』
# shibu 『ああ、ついでに、日本じゃ「体育の日」って言って、東京オリンピックが開催された日なんだけどねって教えときましたけど...』

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