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2003.10.02

[書評]ドナルド・キーン著『足利義政』

cover
足利義政
 ニュースネタもないので、書評を一本を増やす。新刊ではないが、年頭読み心に深く残った一冊がある。ドナルド・キーン著『足利義政』だ。
 足利義政と言われて、センター試験世代はなんて答えるのだろう。改めて訊くだけ嫌みになる。が、Googleをひいて呆れた。暴言を吐く、ネット利用者というのはバカばかりだな。Googleがバカなのかとも思ってリストページを繰るが絶望を深めるばかり。検索の筆頭にはウィキペディア(Wikipedia)の足利義政の項目があるので、もちろん開いてみた。爆笑するしかないだろう、I'm feeling Luckyってことはこういうことか。バカここに極まれりだな、生没年すら記載せずに百科事典かよ、とふと見るとウィキペディアの項目にはEnglishのリンクがあるので、どうせこのバカども英語の説明でも訳したのだろうと思って見ると、そうでもない。英語の説明のほうがもう少しまともだ。なるほどラリー・エリソンが日本庭園と家屋を造るのもわからないではない。もっとも、彼の作った日本家屋を訪れた知人は、なんか変だ変だと思い、ハタと気が付いた、家全体の寸法がエリソンの背丈にあっているのだ。そんなの日本家屋じゃねーっつうの。
 日本の知性の行く末は中原中也が小林秀雄につぶやいたように茫洋だが、諸分野だいたいにおいてそんなものかもしれない。無駄口を叩いてもしかたない。
 明治天皇についての大著を終えたドナルド・キーンに、編集者は次は「日本の心」をと問うたらしい。それで足利義政について書き出したという。さすがだ、というのも僭越だが、日本の心とまでいかずとも、日本の美を論じるに足利義政を欠かすわけにはいかないと私も考えていた。私がそう思い至った背景は彼とは違う。明治時代という錯誤を払拭して現れた江戸の文化というのが室町時代のレプリカであり、そのオリジナルを追跡していけば足利義政に至ったからだ。だが、現状日本では足利義政はほとんど評価されず、せいぜい日野富子という物語の道化役に過ぎない。
 『足利義政』は雑誌連載という制約から散漫に書かれているのだが、それがむしろいい効果を出している。ドナルド・キーンの筆法は評論を越えて、小説のような味わいもある。奇妙な言い方だが足利義政という人間の魅力というものを、人生半ばを過ぎた男の心にうまく響かせている。

 義政は、私生活においても成功したとは言い難い。若い頃の数多くの女性関係は、義政になんら永続的な喜びをもたらさなかった。また、義政の結婚生活は惨憺たるものだった。(中略)応仁の乱が終わる頃までには、おそらく義政は公的・私的生活を通じて義政自身にも失敗者に見えたのではないだろうか。

 史実の義政は自身を失敗者と見ていただろうか。卑賤な言い方だが、私は義政という人間はある種アスペルガー症候群に近いような器質を持っていたかと思う。その美の入れ込みや他者への無関心さがそれを暗示している。中島義道が『愛という試練』でその父の無神経さを語っていたが、ああいう人間タイプは珍しいものではない。それでも義政には普通の人間生活での成功というものの意味は剥落しており、他者からのそうした期待にまったく応えていない自分を理解していなかったわけはないだろう。
 唐突な言い方だが、男の人生とは必然的に失敗者になるものなのではないだろうか。そう単純に言っても言い得た感じがしない。成功している男たちもいるし、失敗者の美学など言い訳めいて醜いだけだ。だから、そういうことを言いたいわけでもない。この通じないもどかしさと、それでいて内面に蓄積された一種の美意識のようなものをなんと表現していいのかわからないが、そのなにかをきちんと美の形で表出することが義政という天才には可能だったのだろう。そんなふうにドナルド・キーンに気づかされる。
 そうした男には独自の相貌というものがあるだろう。ドナルド・キーンは義政について豊かな想像力を投げかけている。

しかし、それにしても偉大なヨーロッパの肖像画家の一人(あるいは、墨斎)が、義政のような複雑な人物の容貌と性格を我々のために残しておいてくれていたら、と思わすにはいられない。

 さっと読めば、読者をその「我々」に引き寄せる。だが現実の「我々」はそういう男の相貌に関心を持っているかといえばそうではない。味わいのある男優の顔を演劇家や大衆は独自の感性で支持するが、義政のような人物の相貌とは異なるだろう。嫌みな言い方だが、それを見たいと願うのはドナルド・キーンのある心の動きであり、おそらくその相貌はドナルド・キーンの相貌にも近いものだろう。そう語れば彼もまた自身を人生の失敗者と見ているのかと短絡しそうだが、そうであるようで、そうでもない。
 話を日本文化の流れに戻す。足利義政の生没年は1435-1490。同書にも時代の子として比較に出てくる蓮如は1415-1499。20歳も上だが、彼らの活躍は没年から見たほうがいいので、同時代人と言っていいだろう。朝に紅顔ありて夕べに白骨となることが生活実感であった時代に銀閣寺ができたということだ。理屈はつく。死の光景にさらされているという点でも両者は似ているし、蓮如王国にも独自の活力があった。しかし、そうした説明はすべて上滑りするだろう。このわからなさ加減と歴史を突出する天才の意味が奇妙に私の心にのしかかる。
 義政とは違っているが、率直に内省すれば、私も人生の失敗者だ。そうした失敗者の存在は独自な文化や天才性を歴史に載せていくのに必要なのかもしれないとも思う。

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