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2003.10.20

私はIP電話なんて使わない

 やや旧聞とも思えるが、14日に中国共産党第16期中央委員会第3次全体会議(第16期3中全会)は閉幕した。で、なんだったのか? というのが毎度のことながらわからない。れいの有人衛星と関連があるのは間違いない。またぞろ人民解放軍が絡んでいるだろうとは思うのだが、わからない。今朝になって読売新聞が「中国共産党 この変化は『民主化』なのか」 という社説を出した。話には今回の公開は趙紫陽時代を思い出させるとして趙紫陽というキーワードを出してくるのは面白いが、とくに結論もない。こんな社説はまったく意味がない。それにしても胡錦濤ってやつは不気味だな。他、APECについても論じるほどの現代意味はなさそうだ。雑ニュースだが、宇多田ヒカルが半年ぶりに日記を再開とあるので、ちょっくら見に行った。2日続けていてこのノリだ。


ヒッキー、投稿拒否??
 10月19日(日)01時44分
メールからパクらせていただきました!やっぱり日本語のダジャレはすばらしい文化だにゃあ。ってそれじゃ拒否ってたみたいじゃん!ちゃいまんがなー。

 「歳は20だから、こんな文章なのかね」と思うほど残念ながら当方歳を食ってないようだ。駄洒落が入っているからというわけではないが、ぜんぜん若者っぽい文章ではないな。これ以降もオヤジに伝達する文体だ。彼女もまた、私の主観だが、嘘の多い人なので、オモテの明るさの裏に成熟した、なんともどよ~としたものを感じる。ま、そんなこと言われたかねーよでしょうが。そういえば、Deep Riverについて評論というのを見たことがない。詩も曲もたいした作品ではないということなのだろうか。間違いなく遠藤周作の影響だし、あそこに描かれたテレーズ・デスケルーとヒッキーには重なるものを感じるのだが…。

 さて今朝の話題は日経社説から。「健全なIP電話の導入策を」が興味深かった。日経は関連に日経BPがあるから、他紙のような惨いIT記事は少ない。知らなかったのだが、こうなるらしい。


 IP電話はインターネット技術で通話する仕組みで、電話交換システムに比べコストが格段に安い。IP電話間なら基本料金だけ、固定電話へかける場合も通常の市内料金より安い3分7―8円が相場だ。ところがNTTの料金は3分6円と安くした半面、固定からIP電話への通話は3分10円台と逆に高くした。

 日経社説はこのNTTのあり方を問題にしているのかというと、デスクが絡みすぎたのか、文章が濁っていてよくわからない面もある。それでも「しかしNTTが定めた通話料金はIP電話の利用価値を損なう恐れもありそうだ。」というのは主張でもあるだろう。
 私はというと、いいじゃん、というのが意見だ。理由は2つある。1つ目は今でも電話料金は安いと思う。昔にくらべりゃNTTはよくやっている。2つ目はNTTを保護したほうがいいからだ。電話網というのはインターネットなんか比較にならないほどの生活の基幹だと考えている。
 日経社説絡みで言えば話はそれで終わりなのだが、気になる指摘もあった。

IP電話は現在、約500万回線が利用され、2年後には2000万回線に増える見通しだ。特に一般家庭に人気だが、導入メリットは企業の方が大きい。

 別にどってことない指摘のようだが、そうか? 私はその見通しを疑っている。意外だったのが「一般家庭に人気」という話だ。嘘でもないだろう。そのうち、「すてきな奥さん」にもIP電話でお得、ってな話が掲載されるかもしれない。で、なぜ人気なのかというと、もちろん安いからということもかもしれないが、私は、けっこう悪どいマーケティングや営業の結果なのではないかと、これも疑っている。IT社会というのは、一種の呪術で人を騙し込む社会なのではないか。
 関連して、旧聞になるが日経BPの「NTT電話を解約する勇気ありますか」(参照)という記事が面白かった。記者はそっちの業界なので、結論がこうなるのはしかたがない。

IP電話を使い始めてから半年,節約できた電話代は約1万5000円だった。音質や使い勝手で苦労したことはほとんどなかったし,一応,IP電話の利用は正解だったと考えている。

 だが、標題のようにそんな勇気を持っている人は少ないのではないか。私はNTT寄りの意見を持っているからでないが、同記事にもあるように「呼制御サーバーの負荷は大丈夫?」は、全然大丈夫ではないと考えている。NTTのトラフィック制御技術を甘くみてはいけないとまで思う。むしろ、IP電話の技術は問題山積だと思われる。詳細は「遙かなりIP電話時代」(参照)がよくまとめているので参照してもらいたい)。
 現代はケータイしかもってない若者もいる時代だ。電話が家に付属すると考えのは古くさいのかもしれない。私はパーソナルなIT利用こそ、パーソナルなITセンターが必要だし、その生活の基幹部分は電話網からまだまだ離脱できないと考えている。
 私の頭は古くさい。20年前に描かれたテレマティークの理想は、現在のインターネットより優れていたのではないかとすら思っている。だが、時代はこのように進んだ。そして進んでしまった技術はその必然の上に未来を作るしかない。たとえその未来がカタストロフを必然的に含んでいてもだ。余談だが、googleってみたがテレマティークは死語のようだ。ITU-TのTシリーズのTだよ!

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