2025.06.15

精密工作戦の出現とその本質

 イスラエルとイランの紛争やウクライナとロシアの戦争で、従来の軍事理論を超越する戦術が浮上していると考えるべきではないか。この戦術は、情報戦、AI、ドローン、秘密工作を融合させ、敵の中枢をピンポイントで無力化するもので、ここでは「精密工作戦(Precision Covert Warfare)」と呼ぶことにする。モサドによるイラン国内の防空システム破壊や、ウクライナの「スパイダーウェブ作戦」に代表されるこの戦術は、敵の防衛網を内部から崩壊させ、心理的・戦略的混乱を誘発する。その本質は、技術の非対称性と情報優位性を活用し、低コストで高効果を達成することにある。特に、敵の指導者や重要人物を標的とする「斬首作戦」への応用が容易であり、従来の正面衝突とは異なり、「見えない戦場」を構築する。
 この戦術は、軍事理論の第四世代戦争(4GW)やハイブリッド戦争に部分的に当てはまるが、実戦形態は予測を上回る。モサドがイランの核科学者を暗殺したり、防空レーダーを工作で無力化したりした事例、ウクライナがロシアの将校や補給拠点をドローンで攻撃したケースは、精密工作戦の具体例である。斬首作戦への応用は、モサドがイラン軍首脳を欺く会議に誘導し、ドローンでピンポイント攻撃した事例に顕著だ。こうした戦術は、敵の意思決定を即座に麻痺させ、戦争の定義を変えている。

背景:技術革新と地政学的制約

 精密工作戦の出現は、技術革新と実戦経験の相互作用に根ざす。ドローン技術の低コスト化と高性能化が進み、商用ドローンは数百万円で入手可能になり、AIによる自律飛行や精密誘導を実現した。イスラエルはシリアでの実戦でドローンを活用し、ウクライナは2022年のロシア侵攻以降、バイラクタルTB2やFPVドローンで戦果を挙げた。これらの実戦データが、精密工作戦を洗練させた。また、情報戦の進化も鍵である。モサドはイラン内部の監視やサイバー攻撃で敵の動向を把握し、ウクライナはロシア軍の通信をハッキングして攻撃精度を高めた。AIによるデータ解析は、標的の特定や作戦の最適化を可能にする。
 秘密工作の高度化もこの戦術を支えている。モサドの工作員はイランに潜入し、ミサイル基地に爆発物を仕掛け、ウクライナはロシア国内のインフラを破壊する工作を実施した。この際、地政学的制約も背景にあるが、イスラエルはイランの核開発を阻止するため、正面衝突を避けつつ効果的な打撃を追求した。ウクライナはロシアの物量戦に対抗するため、限られた資源で最大の戦果を求めた。この制約が逆に、精密工作戦の開発を加速させてきた。そのことからもわかるように、この戦術は国家間だけでなく、非国家主体にも適用されやすい。ヒズボラやフーシ派がドローンで攻撃を試みる例は、技術の民主化が非国家主体に精密工作戦の要素を拡散させていることを示す。

影響:防衛概念と国際秩序の再定義

 精密工作戦は、従来の防衛概念を揺さぶる。イランのS-300がモサドの工作で無力化された事例は、防空網の脆弱性を露呈した。層状防衛は外部攻撃には対応できるが、内部からの破壊工作には脆い。ウクライナがロシアの補給線をドローンで攻撃したケースも、従来の防衛線を無意味化する。斬首作戦への応用は特に深刻である。敵指導者をピンポイントで排除する能力は、国家の指揮系統を瞬時に崩壊させ、報復を困難にする。超大国である米国すらこの脅威に無防備である。パトリオットやTHAADは高度だが、内部工作やドローン攻撃への対応は限定的である。広大なインフラと開放的な社会は、原理的に潜入工作に脆弱である。

 すでに言及したように、この戦術は国家間だけでなく、非国家主体によるテロやゲリラ戦にも応用できる。低コストのドローンやハッキングツールは、テロ組織が都市や重要施設を攻撃する手段を提供する。
 結果的に国際法も挑戦を受けることになる。精密工作戦は秘密性が高く、攻撃主体が不明瞭なため、責任追及が難しい。モサドの暗殺やウクライナのロシア国内攻撃は、「武力攻撃」の定義すら曖昧にする。非国家主体がこの戦術を採用すれば、国際秩序はさらに不安定化するだろう。国家は、旧来通り、防空システムの冗長化や内部セキュリティの強化を迫られるが、精密工作戦への対応コストと技術的難易度は高い。つまり、軍事力の非対称性を拡大し、強国を無防備にするリスクを増大させ、旧来の防衛の概念に変更を強いる。

戦争の新パラダイムと課題

 精密工作戦は、戦争の未来を再構築するだろう。技術の拡散が加速し、ドローンやAIは非国家主体に広がる。既にヒズボラやフーシ派が低コストドローンで攻撃を試み、精密工作戦の要素がテロ組織に浸透しつつある。斬首作戦への応用は、国家だけでなく、企業や民間組織の指導者を標的とするリスクを高める。情報戦の重要性も増す。精密工作戦は情報優位性なくして成立せず、監視、データ解析、心理戦の統合が勝敗を分ける。国家は情報機関の強化や民間技術の軍事化を急ぐが、サイバー攻撃やフェイクニュースが社会分断を加速させる。
 当然、軍事理論にも変革を迫る。第四世代戦争やハイブリッド戦争を超え、AIと工作の融合は「第五世代戦争」の萌芽である。米国や中国は、従来の軍事優位を維持するため、戦略を再構築せざるを得ないが、対応は間に合わないだろう。かくして精密工作戦は、戦争の規模を縮小させつつ効果を最大化する新たな標準として急速に定着する。また、AIの浸透による機械化・合理化はそもそも精密工作戦の効果を増大させる。



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2025.06.13

イスラエルによるイラン攻撃

 2025年6月13日、イスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を敢行した。この攻撃では、約200機の戦闘機を動員し、イランの核施設(ナタンズなど)やミサイル基地を破壊するとともに、革命防衛隊司令官ホセイン・サラミ、軍参謀総長モハマド・ホセイン・バゲリ、緊急司令部司令官ゴラム・アリ・ラシドら高級軍人や核科学者を標的にした「斬首作戦」を特徴とする。イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは、攻撃を「ライジング・ライオン作戦」と名付け、イランの核兵器開発が「イスラエルの存続を脅かす」と正当化した。イランは即座に約100機のドローンで報復を試みたが、多くはイスラエル軍に迎撃され、限定的な反撃に終わった。
 この攻撃の背景には、当然とも言えるが、長年にわたるイスラエルとイランの緊張関係がある。ネタニヤフは、イランの核開発を阻止する姿勢を繰り返し強調し、特に最近では「イランが15発の核爆弾を製造可能な材料を保有している」との情報を根拠に、攻撃の緊急性を訴えた。また、ヒズボラなどイランの代理勢力が近年弱体化していることも、イスラエルが攻撃の好機と判断した要因だろう。しかし、今回の攻撃ではそのタイミング自体が注目を集める。米国とイランの核交渉が、6月15日にオマーンで6回目の協議を控えていた。この交渉は、トランプ政権がイランの核開発を外交的に抑制する試みであり、一定の進展が期待されていた。とすれば、イスラエルの攻撃は、この交渉を意図的に妨害する狙いがあったと見るべきだろう。オマーンの非難声明やイランの交渉撤退表明は、イスラエルが中東の外交地図を強引に塗り替えたことを示す。

トランプへの通知は12時間前の可能性

 トランプ大統領は、イスラエルの攻撃を事前に知っていたと述べ、「驚きはなかった」と強調した。しかし、通知のタイミングは不明である。私は、トランプが攻撃を知ったのは、せいぜい12時間前、つまり6月12日夕方から夜にかけてではないかと推測する。その理由は、米国がイランとの核交渉を控えていたことと、イスラエルの戦略的意図にある。
 トランプ政権は、6月15日のオマーンでの交渉を通じて、イランの核開発を抑制する外交成果を目指していた。イスラエルの攻撃は、この努力を直接的に既存するものであり、トランプにとって望ましくないタイミングだったはずだ。顔に泥を塗ると言っていいかもしれない。なので、仮にイスラエルが数日前に詳細な計画を共有していたら、トランプは交渉への影響を考慮し、攻撃の延期や調整を求める可能性があっただろう。しかし、攻撃が交渉の直前に実行されたことから、イスラエルは米国に実質的な介入の余地を与えず、既成事実を作る意図を持ったと推測される。12時間前の通知なら、米国は対応を準備する時間がほとんどなく、イスラエルの行動を黙認せざるを得なかった。
 この推測を裏付けるもう一つの要因は、イラクからの米国関連者の撤退だ。2025年6月12日、米国はイラクから一部の外交官や非必須職員、および軍人の家族の退去を決定した。これはイランやその代理勢力による報復リスクを警戒した動きと見られる。米国中央軍(CENTCOM)が高度な警戒態勢に入り、イスラエルのアイアンドームミサイルを補充していたことも、米国が中東でのエスカレーションをある程度想定していた証拠だ。しかし、逆にその撤退のタイミングから推察するなら、米国は1~2週間後の緊張激化を予想していた可能性が高く、イスラエルの即時攻撃は想定外のスピードだったはずだ。イスラエルがトランプに直前まで詳細を伏せたのは、核交渉の妨害とイランの弱体化を優先し、米国の外交戦略を二の次にした結果と考えられる。

過去の類似攻撃

 今回の攻撃は、イスラエルが過去に採用した戦略を反映している。特に、2024年11月のレバノンでのヒズボラに対する作戦がモデルだ。この作戦では、イスラエルはヒズボラのミサイル基地を破壊しつつ、リーダーであるハッサン・ナスララを含む幹部を標的にした「斬首作戦」を展開した。結果、ヒズボラの指揮系統は混乱し、報復能力が大幅に低下した。イスラエルは、この成功をイランに応用し、核施設の破壊と軍事指導部の排除を同時に狙った。しかし、ヒズボラ作戦との違いは、今回の攻撃が国家レベルのイランを直接標的にした点である。ヒズボラは代理勢力だが、イランは最高指導者アリ・ハメネイの下で強固な体制を持つ。指導部の排除は短期的には効果的だが、イランの報復意欲を高め、強硬派の影響力を増すリスクがある。
 過去にも、イスラエルはイランの核プログラムを妨害してきた。2020年と2021年には、ナタンズ核施設へのサイバー攻撃(スタックスネット)や爆発事件が発生し、イスラエルの関与が疑われた。また、2020年に核科学者モフセン・ファクリザデが暗殺された事件も、イスラエルの工作とされる。これらの攻撃は、イランの核開発を一時的に遅らせたが、核化プログラムの完全な停止には至らない。むしろイランは、攻撃を受けるたびに核開発の秘密化や施設の地下化を進め、報復として代理勢力やミサイル攻撃を強化してきた。今回の攻撃は、規模と標的の重要性において過去を上回るが、イランが同様のパターンで対抗する可能性は高いだろう。いずれにせよ、過去の教訓からすれば、軍事攻撃だけではイランの核野心を抑え込むのは難しく、外交や経済制裁との組み合わせが必要となる。

報復と外交の岐路

 今後数週間、中東はさらなる不安定化のリスクに直面する。イランは、革命防衛隊の高官や核科学者の殺害を受け、報復を模索するだろう。初動のドローン攻撃が限定的だったのは、準備不足やイスラエルの防空網の強さを反映するが、イランは非対称な手段(ヒズボラやフーシ派による攻撃、サイバー攻撃、シリアやイラクでの米軍への嫌がらせ)に訴える可能性が高い。特に、イラクからの米国関連者撤退は、イランが米国のプレゼンスを標的にする意図を示唆しており、1~2週間後に新たな衝突が起きる危険がある。
 外交面では、当然だが、米国とイランの核交渉の再開が最大の焦点となる。イランは交渉撤退を表明したが、経済制裁の圧力や国内の不安定さを考慮すると、完全な拒否は難しいかもしれない。はしごを外されたようなトランプだが、交渉を通じてイランを抑制する姿勢を維持しており、攻撃後の混乱を収束させるため、オマーンや他の仲介国を通じて対話を模索するだろう。しかし、イスラエルの攻撃はイラン国内の強硬派を勢いづけ、交渉のハードルを上げすぎた。国際原子力機関(IAEA)や国連の反応も重要で、核施設への攻撃が非拡散体制に与える影響が議論される可能性がある。
 最悪のシナリオは簡単である。報復の連鎖がイスラエルとイランの全面戦争に発展し、米国や周辺国が巻き込まれることだ。現時点では、双方が限定的な衝突に留めるインセンティブがあるが、誤算のリスクは無視できない。イスラエルの攻撃は、イランの核能力を一時的に弱体化させたかもしれないが、長期的には地域の不安定さを増す恐れがある。トランプの外交手腕と、国際社会の仲介努力が、事態を鎮静化できるかどうかが鍵となるとしたいところだが、この流れ自体がすでにトランプの無力を評点している。



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