2017.12.12

[書評] コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生 (岡本和明・辻堂真理)

 具体名を出すと批判かと不用意に誤解されかねないのでぼかすが、以前、若い学者さんの、昭和後期の歴史についてのある大著を読んだとき、論旨も通っていて参考文献もしっかり読み込まれているにも関わらず、あの時代の空気というものが感じられないものだなと奇妙に思ったことがあった。もう少し延長してみると、語弊があるが、東京オリンピック前の東京の風景の生活感を知らない人には、なにかある感覚の欠落があるようにも思う。もっとも、その時代を生きてきた人がトンチンカンな過去の映画を作ったりもするので、同時代感覚があれば歴史がきちんと捉えられるものでもないことはわかる。と、ここで言葉につまって息継ぎをして思うのだが、少なくとも学術的な文献に向き合っていては見落とされがちな、それでいて決定的な庶民史の感覚というのを掘り出すことは難しい。

 つまり、そういうことなのだ。『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生 (岡本和明・辻堂真理)』(参照)を手にしたとき、「ああ、これだ」と思ったのである。中岡俊哉、その名前を見ただけで、ある種、胸いっぱいになるものがある。あの時代の空気そのものがこの人の顔を添えて動いていた。スモーキーグラスのあのしぶい顔である。
 中岡俊哉を説明することは難しくない。本書帯にもあるが、本書を一文で言えば、「驚愕のオカルト評伝、ここに降臨!」である。そのとおり。もちろん、それが洒落であることはわかる。「降臨」というのは、書名にもなっている「コックリさん」の暗示である。コックリさんがなんであるかは、漫画文化史を通して現代の若い人にもそれなりに伝わっている。他方、伝わりにくいのは、「驚愕のオカルト評伝」の含みだろう。オカルトが驚愕なのではない。中岡俊哉という人の実人生が驚愕であり、そのほぼ正確な評伝が読めるということから、昭和後期の歴史がくっきりと見えだすことが驚愕なのである。
 中岡俊哉は、これも帯にあるように「スプーン曲げ、心霊写真、透視予知、そしてコックリさん――すべてはこの男の仕掛けだった!」とあるように、昭和50年代、民放テレビを熱狂させたスプーン曲げやオカルトブームを仕掛けたのは中岡俊哉であったと言えるだろう。小林秀雄も興味深く見守ったユリゲラーの「奇跡」は1974年。17歳の私もテレビを食いいるように見ていた。さすがにテレビの前に壊れた時計は置かなかったが(壊れた時計はなかったかもしれない)、それと別の類似の番組だったかもしれないが、ジェリー藤尾が興奮しまくっていた姿を鮮明に覚えている(そこまでいけちゃうものかあと思っていた)。
 自分の年齢から逆算してみると、当時小学生くらいの年齢であの番組を見ていたのは今の50歳以上ということになるだろう。中岡の仕掛けたオカルトブームはその後も長く続くのでその部分で現在の40代でも多少あの時代空気に重なる人はいるかもしれない。いずれにせよ、中岡俊哉の名前だけでその評伝を手に取りたく思う世代は、私よりも年長になるだろう。そのことが少しもったいなくも思う。本書は歴史の空気というのものを伝える好著であるから、広い世代に読まれるとよいだろう。
 手に取った評伝にして私は読書前に何を期待していたのか。私としては、中岡がテレビの裏でベロを出している姿である。オカルトなど何にも信じていないのに、ブームだけを引き起こしたニヒルで知的で屈曲した実像といったものであった。が、そこは見事に裏切られた。裏切られて当然だろうとも思っていたが、実際に描かれていたのは、オカルトや心霊現象に真摯に向き合っていた中岡俊哉という奇妙な人だった。そしてその「真摯さ」というのは、昭和のあの年代の人々の特徴的な資質でもあった。追い詰められた心理というのでもないが、与えられた仕事を何が何でもこなすという気迫である。そう思って今更ながらに気がついたのだが、中岡は私と父と同じ生年、大正15年であった。同年に植木等がいる。彼はそうした真摯さと正反対のような芸風であり、その部分だけが文化史的に継承されてしまったが、あのスチャラカさは真摯さの暗喩でもあり、彼もまた真摯極まる人だった。
 中岡のこの評伝には、私の理解では3つの側面があると思う。彼に心霊現象を追求させた時代背景。そこには満州に希望をもって渡った青年と戦後も中国に残ってその地に半ば同化した男である。それでいて逡巡の果、1958年に現地で生まれた子供を連れて帰国した。本書の著者の一人、岡本和明は中岡の実子である。本書にも書かれているが、岡本は実子でありながら父の仕事の人生についてはそれほどは知らなかったらしいことも興味深い。ちなみに、中岡敏夫の本名は岡本俊雄である。
 二つ目の側面は、まさに中岡が民法メディアを掻き回したと言っていいかもしれない、あのブームの歴史である。学術的には語られにくい実際の庶民史であり、私のようにあの時代に記憶を持つ人にとっては、所々で懐かしい思いがこみ上げてくる。
 三つ目は、そのブームの衰退である。本書を読みながら意外に思えた部分である。私は、彼の仕掛けたブームは早々に過ぎ去ったのだと思っていた。が振り返ってみると、私は大学に入って以降、次第に民放番組そのものを見なくなっていたし、米国初のニューエイジ運動には関心を持っていたが、日本のオカルトブームには関心を失っていただけだった。本書を読むと、中岡の特に著作者としての活躍は1984年にピークを迎えるとあって、少し不思議な感じすらした。いずれにせよ、中岡が引き起こしたブームは一過性ではなかった。
 ここで後のオム真理教事件に強い影響のあったノストラダムス予言ブームはどうだったか見直すと、本書にも指摘があるが、五島勉『ノストラダムスの大予言』は1973年の刊行のベストセラーで、そこだけ見るなら、中岡俊哉のオカルトブームと並行していた。ただ、こちらの書籍もシリーズのブームで見るなら、1980年台半ば以降も続いている。日本のノストラダムスブームと同様に、オウム真理教に影響を与えたと見られる桐山靖雄だが、その阿含宗の成立が1978年、そこに至る彼の『変身の原理-密教・その持つ秘密神通の力ー』は1971年である。これらも同時代的なブームであったと見てよいだろう。雑駁に言えば、創価学会の戦後の勢いの停滞の随伴現象のようにも思える。なおどうでもよいことだが、桐山が2016年に老衰で死んでいたのを今知った。
 中岡俊哉自身の衰退は、こうして評伝を読むと彼自身の体調不良の影響があるが、彼自身が1990年代に向かう世相のオカルト化への違和感もあったようだ。脳梗塞後も活躍され、74歳で亡くなるが、あの時代の男性としては早世というものでもないだろう。残る思いがあることが評伝から察せられるが、人生を生ききったといってよいだろう。その意味で人の一生というものの姿を描いているし、この評伝は上手にそこを伝えている。
 あと、個人的にまいどながら自分のゲス根性だと恥ずかしく思うのだが、中岡の離婚・再婚の話は気になる。1982年に中岡は糟糠の妻と離婚し、「旧知の女性」と再婚している。彼は55歳だろう。81年に有名な『ハンド・パワーの秘密』を出しているので、離婚再婚はこの時期に掛かっている。再婚相手の女性の年齢はわからないが、それなりに若い女性ではないか。仕事に忙殺されていた中岡を彼女がどう見ていたかは気になる。
 中岡が仕事一途な人であったからこそ、その恋情の情感が人生のなかでどういう彩りをなしていたのだろうか。彼の場合、隠された恋愛というものでもないが、そういう恋愛の意識の部分に人のある本質的なものが現れるものだ。オカルト・超能力といった分野に取り憑かれた人の、人の情念の根源でもある恋情と関わりは、本書で描けないのではあろうが、やはり気にかかる。

 
 

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2017.12.11

はしだのりひこさんの死に

 先日、といっていつだったか調べてみると、12月2日のことだったが、フォーク歌手のはしだのりひこさんが亡くなった。私は彼の熱烈なファンということでもないせいか、痛切な思いというほどのものは心に去来しなかったが、こうは思った。「ああ、あのぼっちゃんぼっちゃんした、はしだのりひこさんも亡くなったか、歳は72歳かあ、まあ、人が死ぬ年齢でもあるな、加藤和彦さんが亡くなったのは、2009年、62歳だったから、それよりは長生きしたが、北山修さんはもっと長生きされるだろうな……」。そして何か心に小さく暗く重く沈むものがあった。
 人は生年の順に死ぬというものでもないが、概ね、年を取るとぽつぽつと死んでいく。かく言う自分も、45歳で始めたこのブログを今60歳で書いている。わかってはいたし、幸福な60歳の誕生日ではあったが、その前後に無意識には、なんというか静かに潮が満ちてくるように恐怖のようなものはあった。今も続いている。死と老いへの恐怖には違いないが、単純に感情を惹起するものでもなく、その緩やかにたゆたうような何かに浸り、まるでタイムカプセルに閉じ込められたような情感がある。そのなにかに閉じ込められて今年の後半はブログも書けずに日々を過ごした。(が、それを突然にかち割るような強烈な生の情熱もあったりはしたが。)
 心が引きこもるをの多少なりとも妨げたのは、ネットではあっただろう。私は恥ずかしいことによくツイッターをしている。ツイ廃(ツイッター廃人)と言っていい。悪癖のようにも思うが、おかげでブログが死に絶えそうなかでもネットにつながっていられた。これもある種の老いと死への形かもしれないと苦笑するが、数少ない世界とのつながりではある。いろいろなことをツイッターを通して知る。あとは率直に言って子どもたちの交流から知る。書籍なども読むが、そのつながりにはあまり生の彩りは少ない。
 そうしたツイッターで、はしだのりひこさんの情報が流れなかったわけでもないが、あまり見かけなかった。そこに奇妙な痛みの感覚があった。ツイッター的な話題ではないのだなというのはわかる。当然、関心の幅も世代で決まるということでもあるだろう。はしださんのフォークルを知る世代は、老いた。その実時代との関係でいうなら、フォークルの解散は事実上、1968年なので、私も10歳というところだ。小学三年生だったか、ゲルマニウムラジオが完成して最初に受信したのが「帰って来たヨッパライ」だったのが強烈な思い出として残っている。つまり、少なくとも60歳以上ということになる。余談だが、先日ジョニー・アリディが74歳で亡くなったが、同年代のフランス人には大きなニュースだったようだ。
 と、ここで調べなおして記憶違いを知る。あの早回しの元声ははしだが印象的だったように思っていたのだが、この時期のこの曲にはしだは入っていなかった。後のコンサートなどでははしだをよく見かけたのでそう思い込んでいたのだろう。
 フォークルの曲を自分でも歌うようになったのは、ギターを持つようになった中学生になってからで、思い返すとはしだ作曲『何のために』もよく歌った。「何のために何を求めて傷つきつかれ年老いて死ぬのか」 というフレーズは中学生の心には響いたものの、その意味合いは今思うとまるでわかっていなかった。自分より一巡上の世代であるフォークルですら、若い心情としてしか歌ってはいなかっただろう。
 こうして記憶をたぐりながら、実際の年号との照合をしていくと、他にも錯誤というほどではないが、記憶時間とのずれのようなものは感じる。フォークル後の「はしだのりひことシューベルツ」の時代は随分長いようにも感じられたが、1968年から1970年と短く、自分の中学生時代とは重ならない。よく歌った『風』もその後のはしだの持ち歌としての記憶だったのだろう。「人は誰も人生につまずいて、人は誰も夢やぶれ振り返る」と口ずさんでみる。今でも歌えるものだなあ。そうえいば、『カラオケJOYSOUND for Nintendo Switch』も入れたので、歌ってみるかな。たぶん、曲リストにははいっているだろう。そして、今でも普通に歌えるだろう。
 同じ錯誤の部類だが、『花嫁』が出たのは、随分後のこと、私が高校生くらいのことかと思っていたが、調べてみると、1971年でまさに自分の中学生時代に重なる。思い返すとすでに『ガット』や『ヤングセンス』とかに譜が載っていた。私はこの歌が嫌いだった。この歌が嫌いで、はしだのりひこを避けるようにもなった。もちろん、その割にこの歌も全部歌える。愛唱した記憶はないが、自分が30代のころシュールな短編小説を書いていたが、この曲を使ったことがある。夜汽車に載っていく奇怪な花嫁の物語である。自分で書いておきながら、どういうストリーだったか覚えていない。
 吉田拓郎の『結婚しようよ』も嫌いだった。1972年、これはきちんと覚えている。もう吉田拓郎なんか絶対に歌うかよと当時中学生だった自分は思った。以前このブログにも書いたが『「いちご白書」をもう一度』の情感のように、結婚や就職などで社会に統合されいく青年というものが吐き気がするほど嫌いだった。その甘ったるい情感も嫌だった。もちろん、とか言う割に、カーペンターズだのオリビア・ニュートン・ジョンなどを聞いていたので、ようするに洋楽に趣味が移りだした時代でもあった。ただフォークギターを抱えていた中学生時代も、PPMのような洋物も好きではあった。そして高校生以降はユーミンのファンになっていた。
 その後のはしだのりひこには関心がなくなった。吉田拓郎もそうだ。もうしわけないが、泉谷しげるとか『春夏秋冬』以外関心ない。岡林信彦は遠くなった。中学生時代の思い出である。どうでもいい連想だが小鹿みきさんはどうされているのだろう。
 はしだのりひこさんの死因については、現代で72歳で死ぬとなると病気であろうなあとなんとなく思っていたが、今頃ニュースにあたってみると、十年前からのパーキンソン病であったとのこと。そして、今年には急性骨髄性白血病を併発したらしい。62歳からのつらい闘病だったかというのは胸に迫る。このところ寛解していい気になっているが自分も難病を抱えているし、なんとなくその手の病気を併発して死ぬような気がしている。と、いうのもネガティブなファンタジーに近いものではあるが。
 ところでこのブログ記事だが、当初、『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』の書評の枕話のつもりだったのだが、奇妙に思い出に囚われてしまった。しかし、こうしてアイロニカルではあるが、何か書いてみると、はしだのりひこさんは好きだったことに気がつく。哀悼の思いが書けてよかった。『花嫁』は依然歌う気もしないが、『何のために生まれて』と『風』は私のカラオケレパートリーに刻んでおこう。さようなら、はしださん。


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