トランプ・プーチン会談とエネルギー施設攻撃停止の背景
2025年3月18日、トランプ米大統領とプーチン露大統領が電話会談を行い、ウクライナとロシアが互いのエネルギー関連施設への攻撃を30日間停止することで合意した。このニュースは、ウクライナ戦争が始まって以来、初の具体的な緊張緩和策として国際社会に衝撃を与えている。会談は2時間半に及び、トランプが「和平への第一歩」としてこの提案をプーチンに持ちかけたとされる。しかし、プーチンはトランプの求める30日間の全面停戦には応じず、「外国によるウクライナへの軍事支援と情報共有の完全停止」を条件に挙げた。この限定的な合意は、戦闘の根本的解決には程遠いが、両国が疲弊する中で一時的な休息を求める動きと見なされている。
実は、このエネルギー施設攻撃の停止交渉は新しい話ではない。2024年10月30日のフィナンシャル・タイムズ(FT)を引くロイター報道によれば、ウクライナとロシアは2024年8月にカタール仲介の下で同様の交渉を進めており、合意目前まで至っていた(参照)。
«10月30日(ロイター) - ウクライナとロシアが互いのエネルギー施設への空爆を停止する可能性について、初期段階の交渉を行っているとフィナンシャル・タイムズ(FT)が報じた。情報源は匿名関係者とされている。FTは、火曜日遅くに得た情報源を引用し、その中にはウクライナの高官が含まれていると述べ、ウクライナが8月に合意寸前まで進んだ交渉を再開しようとしていると報じた。この交渉はカタールが仲介していた。»
当時、ウクライナは冬を前に電力供給の安定化を急いでおり、ロシアもゼレンスキー後のウクライナとの協調から攻撃を控えるメリットを見出していた。しかし、この交渉は突如として頓挫する。その原因として注目されるのが、ウクライナによるロシア領クルスク州への軍事侵攻である。この侵攻が、和平への道を閉ざした転換点であり、むしろそれが目的だったのだと考えることができる。
クルスク侵攻とウクライナ内部の分裂
ここで、クルスク侵攻の背景について考えてみる。2024年8月、ウクライナがロシアのクルスク州に侵攻したことは大胆な行動であり、この作戦はロシア領内に戦線を拡大した。意外なことにこの作戦の意図は後付の説明が多様であることからも明確ではない。私見では、クルスク原発を「人質」に取ろうとしたものだろう。問題は、しかし、タイミングである。絶妙すぎる。ちょうどカタール仲介の和平的な交渉が佳境を迎えていた時期に、なぜウクライナは、和平的な志向に反する侵攻を決断したのか。ここに、ウクライナ政府内部の分裂という視点が浮かんでくる。合理的に考えれば、クルスク侵攻はウクライナ内部の強硬派が主導したものではないだろうか。彼らは、ロシアとの和平交渉を進める穏健派やゼレンスキー政権の一部を抑え込み、戦争継続を優先する意図を持っていた可能性がある。FTの情報源であるウクライナ高官が「交渉が近づいていた矢先に侵攻が起きた」と述べている点からも、内部での対立が交渉の破綻を招いたと推察できる。強硬派にとって、ロシアとの妥協は国家の屈服を意味し、領土奪還を諦めない姿勢を国内外に示す必要があったのだろう。他方、和平派は戦争の長期化による国民の疲弊やインフラ崩壊を懸念し、エネルギー施設攻撃の停止を足がかりに停戦を模索していたはずだ。
この分裂は、ウクライナの政治構造や軍事戦略にも表れている。例えば、ゼレンスキー大統領は2024年初頭に軍最高司令官ザルジニーと対立し、彼を解任した経緯がある。ザルジニーは強硬な姿勢で知られ、国民的支持も高かったが、そこから2023年後半の反攻作戦の失敗の責任がとわれた。他方、ゼレンスキーは存外により柔軟(軟弱)な外交路線を模索していたようすも伺える。このような指導層の軋轢が、クルスク侵攻のような大胆な作戦を後押しした土壌を作った可能性は否定できない。
2025年合意への道
クルスク侵攻で交渉が頓挫した後、ウクライナとロシアの戦闘はさらに激化した。ウクライナ側では、ロシアのミサイル攻撃により電力供給能力の半分以上が失われ、2024年冬には大規模な停電が頻発した。EUのフォン・デア・ライエン大統領が2024年9月に警告したように、ウクライナのエネルギー危機は欧州全体の安全保障にも影響を及ぼすレベルに達している。一方、ロシアもウクライナの長距離ドローンによる反撃から、石油精製所や発電所が被害を被っている。
以上が、今回の2025年3月の合意に至る伏線となった。トランプ大統領の介入は、ウクライナの疲弊を見越したタイミングでの動きである。2時間半の電話会談で、トランプはプーチンにエネルギー施設攻撃の停止を強く求め、プーチンは限定的な合意に応じる形で譲歩した。もともと昨年時点で合意するはずであった。ただし、プーチンが全面停戦を拒否し、軍事支援の停止を条件に挙げたのは、ロシアが依然として戦場での優位性を手放す気がないことを示している。ウクライナのゼレンスキーは基本的にこの合意を支持しつつも、おそらく、国内の強硬派からの反発をどう抑えるかが課題となっている。和平への抵抗勢力が根強く存在するとすれば、30日間の攻撃停止が次のステップに進む保証はない。
展望と和平への障壁
ホワイトハウスは、2025年3月23日にサウジアラビアのジェッダで黒海の海上停戦や包括的和平を議論する会談を予定していると発表した。しかし、ウクライナがこの交渉に直接参加するかは、強硬派による政府内分裂が想定され、不透明である。すでに強行的な西側専門家は、「ロシアが時間を稼ぎ、東部戦線での地上戦を有利に進める戦略ではないか」との懸念を広げているが、冷静に事態を見つめるなら、時間稼ぎを要するのはウクライナ側であることは明白である。
過去の和平交渉を振り返ると、2022年4月のイスタンブール協議や2024年8月のカタール仲介交渉が、いずれも決裂した歴史がある。いずれも途中までは合意の方向性が見えてきた段階で、外部からの妨害が入って頓挫している。ウクライナ内部の分裂も依然として解決していないだろう。
私の推測では、強硬派としては、欧州を巻き込むか、あるいは世界を巻き込む核問題などを惹起して、事態を混乱に陥れたいところだろう。しかし、ウクライナ国民の戦争疲れやインフラ崩壊を背景に、和平を求める声はもはや無視できないまでに高まっている。ゼレンスキーがこの二つの勢力をどう調整するかが、交渉の鍵を握ると考えたいが、彼の昨今の動向はすでに蚊帳の外に置かれ、どこかのYouTuberのような状態になっている。
2025年3月のエネルギー施設攻撃停止合意は、ウクライナ戦争における一時的な休息をもたらし、ウクライナ市民にロシアとの関係を見直す契機となるかもしれない。しかし、全面停戦への道は見えない。戦争継続にメリットがある勢力を除かない限りこれは難しいだろうが、存外にガスプロムに米国が関わるという噂が無視しがたい。2025年3月14日のブルームバーグ報道によれば(参照)、米国がガスプロムとの協力可能性を模索しているとの情報がロシアおよび欧州の匿名当局者から出ている。この報道では、ノルドストリーム2パイプラインの再稼働支援や、ロシアと中国の関係を分断する戦略の一環として、米国がガスプロムと接触している可能性が示唆されている。この話にトランプ政権が直接関与しているとなると、さすがびっくり展開である。が、和平につながる希望でもある。
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