2025.05.19

バイデンの健康診断の怠慢は何を意味したか

 2025年5月18日、ジョー・バイデン元米大統領(82歳)が前立腺がんに罹患し、骨に転移していると公表された。グリーソン・スコア9という高リスクの進行がんである。このニュースは、単なる個人の健康問題ではない。2024年大統領選の選挙戦中、バイデンが世論の健康診断要求を事実上無視した結果、そう結果的にではあるが、真実を狡猾に隠し、米国民と世界を欺いた「詐術」ともいえる結末である。この怠慢は、選挙の歴史を歪め、民主主義の信頼を揺るがし、バイデン自身の公衆衛生メッセージを自ら否定した。これを意図的でないとすることはできる。しかし、それが許されてよいはずはない。

グリーソン・スコア9

 まず、バイデンの診断の重さを医学的に理解する必要がある。前立腺がんの悪性度は、グリーソン・スコアで評価される。これは、針生検で採取した組織のがん細胞の形態を、顕微鏡で観察し、正常組織からの逸脱度を1~5のグレードで分類する手法だ。最も多いパターン(主要パターン)と次に多いパターン(副次パターン)のグレードを合計し、スコア2~10で表す。数字が高いほど、がんは攻撃的で進行が速い。
 バイデンのグリーソン・スコア9は、例えば「4+5」や「5+4」の組み合わせで、極めて高リスクである。グレード4は、がん細胞が腺構造を失い、正常組織から大きく逸脱した状態。グレード5は、腺構造がほぼなく、細胞がバラバラに広がる最悪の形態だ。スコア9のがんは、急速に増殖し、リンパ節や骨への転移リスクが極めて高い。バイデンの場合、骨転移が確認されており、ステージIV(進行性)に分類される。
 骨転移は、がん細胞が血液やリンパを介して骨に広がり、骨組織内で増殖する状態だ。前立腺がんは「骨形成型」の転移が多く、骨が硬く厚くなるが、構造異常により骨折や高カルシウム血症のリスクが上昇する。骨痛(特に腰や骨盤)、脊髄圧迫による神経症状も起こり得る。
 バイデンの診断だが、2025年5月に「尿路症状の悪化」と「前立腺結節」がきっかけで検査が行われて、ようやく、がんが発覚した。声明では「ホルモン感受性」とあり、ホルモン療法(アンドロゲン除去療法)で管理可能とされるが、完治は難しく、治療は延命と生活の質の維持が目標である。
 医学的知見から言えるだろうことは、このがんの進行であれば、2023~2024年の選挙戦中に、標準的なスクリーニング(PSA検査、直腸診、MRI)で90%以上の確率で検出可能だった点である。PSA(前立腺特異抗原)は、血液中の前立腺がんマーカーで、スコア9のがんでは通常20ng/mL以上、場合によっては100ng/mLを超える。2023年2月のバイデンの健康診断では、PSAの詳細は公表されなかったが、仮に検査が行われていれば、ほぼ確実に異常が発見され、生検や画像検査でがんが確認されたはずだ。骨転移も、骨シンチグラフィやPETスキャンで捉えられた可能性が高い。この「発見できたはずの真実」が、バイデンの「怠慢」により隠されたのだ。

選挙戦中の健康診断無視

 2024年大統領選は、バイデンの当時の年齢(81~82歳)と健康を巡る議論の渦中にあった。世論調査(2023年Pew Research)では、70%以上の有権者が候補者の健康透明性を重視すると回答した。メディアや共和党は、バイデンの認知能力や体力を疑問視し、詳細な健康診断の公開を求めた。2023年2月の健康診断では「大統領職に適している」と報告されたが、前立腺がんの兆候は触れられず、選挙戦中の追加検査も行われなかった。これは、世論の要求を事実上無視した行為であった。
 バイデン陣営の戦略は明らかだろう。健康問題が発覚すれば、選挙で不利になると恐れ、ここから有権者の目をそらすために政策や実績に焦点を当てたかったのだろう。しかしこの選択は、進行がんの真実を隠し、候補者としての適格性を偽って提示する結果を招いた。
 グリーソン・スコア9のがんは、2023年にはすでに述べたように、当時でも進行中だった可能性がかなり高い。PSA検査を受けていれば、異常がほぼ確実に検出され、バイデンはステージIVの診断を受けたはずだ。もしそうなっていたら、この時点で、90%以上の確率で候補を降りていただろう。大統領職の過酷さを考えれば、進行がんを抱える82歳の候補者が4年間の職務を全うできると主張するのは、非現実的だからだ。
 この「隠された真実」は、選挙の公平性を歪めていた。バイデンの支持者は、彼が「健康なリーダー」と思い込み、投票した。だが、早期発見されたなら民主党内でも、カマラ・ハリス氏や他の候補への移行が加速し、選挙の展開は変わっていただろう。トランプ氏の勝利やその後の政策(経済、外交、気候変動)に、間接的だが重大な影響を与えた可能性がある。この「やらなかったことによる欺き」は、事実上、民主主義に対する裏切りと見なせる。

キャンサー・ムーンショットの皮肉

 バイデンの怠慢は、個人的な健康問題を超え、彼自身の公衆衛生メッセージを自ら否定する皮肉な結果も招くことになった。副大統領時代、息子ボー氏の脳腫瘍死をきっかけに、バイデンは「キャンサー・ムーンショット」を主導していた。がんの早期発見と治療の進展を訴え、大統領就任後には死亡率削減を公約したものだた。このリーダーシップは、国民に検診の重要性を植え付けたはずだ。それなのに、バイデン自身が検診を怠り、進行がんを見逃したということだ。この矛盾は、単なるミスですまされないだろう。公衆衛生のリーダーとして、自身の行動でメッセージを裏切った。今回の、2025年5月の診断は、検診の遅れが骨転移の進行を招いた可能性をも示している。早期発見なら、ホルモン療法で進行を抑え、症状(骨痛や骨折リスク)を軽減できたかもしれない。「なぜリーダー自らが検診を軽視したのか」と疑問は彼の名声につきまとう。

世界を欺いた責任

 バイデンの「詐術」は、米国民だけでなく、国際社会にも影響を及ぼした。大統領の健康は、グローバルなリーダーシップに直結するからだ。進行がんの治療(ホルモン療法の倦怠感、化学療法の体力低下)は、外交や危機対応の判断力を損なうリスクがある。選挙戦中にこのリスクが隠されたことで、同盟国や敵対国は、バイデンの能力を過大評価したかもしれない。2024年選挙の結果が、国際秩序(ウクライナ支援、対中政策、気候協定)にどう影響したかは、歴史が評価するだろうというか、私たちは奇妙な悲喜劇を毎日鑑賞させられている。
 もちろん、バイデンを擁護する声はそれでもあるだろう。「意図的に隠したわけではない」「プライバシーの権利がある」と主張するかもしれない。しかし、米国大統領としての健康維持の義務は、意図やプライバシーを超える。大統領候補は、国民の知る権利と国家の安定に責任を持つ。バイデンが検査を怠った結果、真実が隠され、選挙の選択を誤らせた。これは、積極的な嘘ではないが、狡猾で深刻な「詐術」だ。たしかに、これは従来のスキャンダル(不正や不倫)とは異なる。「やらなかったこと」による「欺き」は、意図の不在を言い訳にできる。だから、問題なのだ。



|

2025.05.18

肥満治療薬の最前線、ウェゴビーとマウンジャロ

 少し前の話題になるが、2025年1月13日のBBC報道で、肥満治療薬「ウェゴビー(Wegovy)」を使った62歳の男性が、英国のNHS(国民保健サービス)で治療を受け、5か月で14kgの減量に成功した事例が紹介された。孫を抱きながら「自分は幸運だ」と語る彼の話は、肥満治療薬の可能性を示す一方、供給不足や医療格差という課題を浮き彫りにしていた。2025年5月時点で見直すと、ウェゴビーや新星「マウンジャロ(Mounjaro)」を巡る議論はさらに加速しているようだ。それに日本でも肥満治療薬の展開が進んでいるらしい。

ウェゴビーとマウンジャロ

 ウェゴビー(セマグルチド)は、GLP-1受容体作動薬として肥満治療に革命をもたらした。GLP-1受容体作動薬というは、腸ホルモンであるGLP-1の働きを模倣し、2型糖尿病や肥満治療に使う薬であり、インスリン分泌を促し、血糖を下げ、食欲を抑えるとされている。マウンジャロ(チルゼパチド)のほうは、GIPとGLP-1の両受容体を刺激する新世代の薬である。2025年5月12日、両者の初の直接比較試験(New England Journal of Medicine)が発表され、72週間でマウンジャロは平均20%の体重減少させた。ウェゴビーは14%と比較すると、マウンジャロの優位性が明確になったといえる。血圧、血糖、コレステロールもマウンジャロ群でより改善するが、副作用(吐き気や胃腸障害)は同等だった。
 さらに、5月12日のランセットのeClinicalMedicine誌によると、両薬が肥満関連がん(乳がん、大腸がんなど)のリスクを41%低減する可能性も報告された。体重減少だけでなく、がん予防や心疾患リスク低減といった付加価値が、治療薬の意義を広げているようだ。ただし、5月15日の欧州肥満学会では、薬を中止すると1年以内に体重が元に戻る「リバウンドリスク」が指摘されており、薬物療法には生活習慣の改善が不可欠だと強調された。まあ、そんなにうまい話はない。

NHSを通してアクセスの拡大

 英国では、NHS(英国健康保険サービス)を通じてウェゴビーやマウンジャロが提供されることになるが、対象者は厳格に選定されるという。南東ロンドンだけで適格者が13万人以上いるが、予算と供給不足で治療を受けられるのはごくわずか(推定3000人程度)らしい。なにしろウェゴビーの年間費用はNHS割引後で約3000ポンド(約50万円)とされる。それでも民間クリニックでは月129-300ポンド(約2.2-5万円)と高額である。NHSとしても普及させたいのかもしれないが、全員に提供すればNHSの予算は破綻するとも言われており、治療は通常2年間に制限されている。
 そんななか、2025年5月2日、NHSは新たな一手を発表した。薬局での処方スキームを試験的に導入し、処方価格(約9.90ポンド)でウェゴビーやマウンジャロを提供する計画である。これにより、民間での高額負担が多少軽減され、低所得層のアクセス向上が期待される。現在、英国のGLP-1薬利用者の過半数(50万人以上)は私費で購入しており、SNSでは当然だが、困ったことに「痩せる注射」として話題になってしまった。セレブの利用も悪しき宣伝効果となり、裕福な層が恩恵を受ける構図が続いている。

世界と日本での動向

 英国以外ではどうか。世界保健機関(WHO)は5月2日、GLP-1薬の肥満治療への使用を初めて支持。2025年8-9月に推奨ガイドラインを最終化する予定だが、低・中所得国での高コスト(年1500-2万ドル)が課題と指摘している。安価な新薬の登場が、アクセスの公平性を左右するだろうが、難しい。
 日本では、肥満率(成人約25-30%)が英国(約28%)より低いし、そもそも基準が異なっているが、糖尿病や高血圧の増加に伴い、肥満治療薬への関心は高まっている。ウェゴビーは日本でも2022年に肥満治療で承認済みだが、保険適用はBMI≥35かつ併存疾患などの基準に限られる。最近の話題では、5月13日、イーライリリーがマウンジャロを2型糖尿病治療薬として日本で販売中だが、肥満治療への適応拡大が検討されている。自費治療の費用は月数万円と高額で、英国同様、経済的格差がアクセスを制限する課題がある。
 今後の見込みとして、マウンジャロの肥満適応承認や経口薬での導入があれば、肥満治療の選択肢を広げる可能性がある。日本の「健康経営」や「特定保健指導」といった予防プログラムと組み合わせれば、薬物療法の効果を最大化できるだろう。英国の薬局スキームのような取り組みは、日本でも地域薬局やオンライン診療での処方拡大の参考になるかもしれない。保険適用の基準緩和やジェネリック薬の開発も、アクセスの公平性を高める鍵だが、かなり先のことにはなるだろう。



|

«米国の子どもたちの学力低下