2019.09.19

東京電力福島第一原発の事故刑事裁判、地裁判決についての雑感

 東日本大震災の津波による東京電力福島第一原発の事故について、検察審査会の議決で強制起訴された東京電力旧経営陣の三被告、東京電力の勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)に対して、東京地裁による判決があり、全員、禁錮五年が求刑されたが、無罪となった。以下、事実関係や裁判の認識については、NHK『詳細 東電刑事裁判』を参考にした。というか、それによる不出来な感想文のようなものである。
 今回の地裁で刑法上問われたのは、結果回避義務である。そして争点となったのは、原発事故を引き起こすような巨大津波を経営陣が予測できたかという、予見性である。具体的には、二点に分けられた。①どのような津波を予見すべきであったのか、②津波が襲来する可能性についてどの程度の信頼性、具体性のある根拠を伴っていれば予見可能性を肯認してよいのか。
 無罪となった理由は、「津波が来る可能性を指摘する意見があることは認識していて、予測できる可能性がまったくなかったとは言いがたい。しかし、原発の運転を停止する義務を課すほど巨大な津波が来ると予測できる可能性があったとは認められない」ということ。加え、「原発事故の結果は重大で取り返しがつかないことは言うまでもなく、何よりも安全性を最優先し、事故発生の可能性がゼロか限りなくゼロに近くなるように必要な措置を直ちに取ることも社会の選択肢として考えられないわけではない。しかし、当時の法令上の規制や国の審査は、絶対的な安全性の確保までを前提としておらず、三人が東京電力の取締役という責任を伴う立場にあったからといって刑事責任を負うことにはならない」ということ。
 私なりに受け止めたのは、東京電力の取締役は絶対的な安全性の確保の責任がそもそもないのだから、罪は問えないということだった。地裁では、こうした当時の状況について「社会通念の反映だ」とも指摘した。
 これは別の言い方をすれば、原発事故を引き起こす経営上の不備があっても、誰も最終的に問えないというものである。強いて問うなら、原発を巡る法令上の規制や国の審査をもっと厳格にしておけばよかった、という後悔である。
 ここから言えることは二つある。一つは、地裁判決は間違っているかもしれない。この面については、検察官役の指定弁護士が控訴すれば、控訴審でさらに争われることになる。今回の地裁判決が不当に考える人は、まず、控訴審に期待をかけるべきだろう。
 今回の地裁判決については、私も間違っていると思う。というのは、地裁では、「自然現象について想定し得るあらゆる可能性を考慮して必要な措置を講じることが義務付けられるとすれば法令上その設置、運転が認められているにもかかわらず原子力発電所の設置、運転に携わる者に不可能を強いる結果となる」としているが、これは一種の極論であって、災害の想定は実際には現実的になされていた。その想定に対する責務は経営陣に問われて当然だろう。実際、日本原電は対応していた。ただし、地裁としては、この想定に含まれる長期評価は、当時は具体的ではなく、専門家、実務家、内閣府によっても疑問視され、結果、事故時点で客観的に信頼性、具体性があったと認めるには疑われるとしていた。
 もう一つは、今後、法令上の規制や国の審査をもっと厳格しなければならないということだ。この厳格化について市民は議会を通じて達成できる。
 なお、この点について地裁では、原発事故までに原発の運転を停止する義務があったかとしても問われたが、判決では、原発運転停止による社会影響を踏まえ、「法令に基づく運転停止の命令を受けておらず事故も発生していない状況で、手続き的にも技術的にも相当な負担と困難を伴う」とした。
 さて、今回の裁判で罪を問うことは社会的に注目されたが、議会を通して、経営者の罪が問えるように規制や審査が厳格化されてきたかと、考え直して、私は無知であることにも気がついた。
 私見をまとめておく。

 ① 地裁判決は間違っているだろう。(限定されていても責任は問えるはず)
 ② 原発事故の原因となった災害の想定は今後、科学的により厳密化しなけれならない。
 ③ 原発について、国会を通じて、法令上の規制や国の審査をもっと厳格しなければならない。

 

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2019.09.18

三人称単数の they が Webster 辞書に登録される

 今朝、CNNニュースを見ていたら、『Merriam-Webster 辞書にノンバイナリー代名詞の「they」を追加する』という記事があった。この動向については、すでに数年前からあるので、ようやく辞書に定着するのだなというのが、まずまずの感想だった。ただ、いろいろ考えさせられるものはあった。いくつかわけて書いておこう。

「ノンバイナリー」って何?
 英語の nonbinary ということは、コンピュータ用語ふうに捉えるなら、バイナリー(二進法)ではない、ということだが、ここでは、男と女の2つだけではないという意味だ。すでにWikipediaには、"Non-binary gender"(二進法的ではない性)という項目があり、日本語のリンク先もあり、見ると、「Xジェンダー」となっていた。
 ようするに、男でも女でもない人もいるのだから、そこを区別するような代名詞ではない、新しい代名詞が必要になったということだ。
 ちなみに、"Gender binary"という項目もあり、その日本語は「性別二元制」となっていた。こうした内容に関心あるひとは、Wikipediaの説明はやや心もとないが、それらを頼りに調べるといいだろう。

Merriam-Webster辞書の意味合いは?
 まず、Merriam-Webster(メリアム・ウェブスター)辞書とは何かだが、これは歴史的にウェブスター辞書と呼ばれている辞書のことである。歴史的なウェブスター辞書は米国においてあまりに権威があり、一般名詞のようにもなり、また、著作権のごたごたがあって、現在の名前になった。このあたりは、非公開の自著にも書いたが。
 で、ウェブスター辞書というのが米国社会にどういう意味があるかなのだが、規範性のない英語を米語足らしめているのが、この辞書なのである。なにしろ、米国スペリングを定着させたものもこの辞書である。加えて、ウェブスターは百科事典的な要素も強い。
 日本人の英語学関連では、オックスフォード辞書系が重視されがちであり、また学習辞書でもロングマンなどが人気だが、これらも英国拠点のPearson Educationで、いずれにせよ、日本の英語界というか、その分野というか、英語を英国英語と米国英語を統合して扱うという前提がなんとなくある。
 これに対して、ウェブスター辞書は米国民にとって辞書としての拠り所的な意味合いがあり、そこに、このノンバイナリー they が登録されたというのは、実質、米語が変わったという意味に等しい。実際、州によっては運転免許証申請などでこの they が公式に使えるようだ。
 余談だが、私は、日頃まず、Merriam-Websterを使うようになった。米国発音がわかりやすいし、その他の記述も簡明であり、英国英語を無理に包括しようとしないところが使いやすいからだ。

実際どう記載されたか
 こういう記載になった。theyの4番目の項目として追加されている。

4 —used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary (see NONBINARY sense c)
I knew certain things about … the person I was interviewing.… They had adopted their gender-neutral name a few years ago, when they began to consciously identify as nonbinary — that is, neither male nor female. They were in their late 20s, working as an event planner, applying to graduate school.
— Amy Harmon

3人称単数の they なら動詞も3単現で受けるのか?
 新しい、they が代名詞として単数を受けるなら、動詞も3単現のように受けるかというと、そうではなさそうだ。They is a teacher.のようにはならない。
 単数なのに、be動詞が are で受けるのは変か?というと、you にも単数と複数があるが、どっちも動詞は複数として受けている。ので、それに似た用例として文法的には扱うのだろう。

この they には歴史もある
 CNNやその他の関連ニュースを読むと、このこの they にはそれなりの歴史もあるといった説明がついている。かなり昔の用例もあるにはあるが、とりあえず近い起源としては、1950年代らしい。
 ちなみに、私が大学で学んでいた1980年代前半では、She/he という言い方をよく使っていた。が、これは、性的なアイデンティティというより、代名詞として人がどっちかわからないという意味合いもあった。

他の言語ではどうなんだろう?
 あとは私の感想である。
 こうしたノンバイナリーの代名詞といった考え方は、他の言語、特にロマンス系の言語ではどうなんだろう? 自分がそれなりにわかる言語でいうなら、フランス語とイタリア語ではどうか。まず、ありえないんじゃないだろうか? 
 フランス語では、「私は生徒です」というときですら、女性は、"Je suis étudiante."というように女性形を使う。ただ、こうしたロマンス語の場合は、机や椅子ですら、言語上の性別をもっていて、代名詞はそれに対応する。
 つまり、英語の場合、代名詞は、人間と非人間を区別するから、性別が人間の側に入ってしまうが、ロマンス語では、性別は名詞全体に及び、人間と非人間の区別はない。ちなみに、日本語も人間と非人間を区別する。正確にいうと、日本語は生物と非生物を区別する。「本がある」「猫がいる」といったように。
 余談だが、イタリア語の場合、敬称二人称には、Lei を使う。いちおう表記上は大文字のLを使うが、文法的には、女性の三人称と同じである。慣れるまでにけっこう困惑した。フランス語にはこうした用法はないので、どこからこんな用法が出てきたのだろうかと疑問に思っている。

 

 

 

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