2009.07.10

[書評]実践 行動経済学 --- 健康、富、幸福への聡明な選択(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン)

 台湾では昔から似たような仕組みがあったように思うが、日本で横断歩道の信号表示に残量タイマー表示が追加されたのは二年くらい前からだろうか。例えば、横断可能な青の状態の時間はあとどのくらいでなくなるか。青の縦バーが刻々と短くなっていくことで表示する。赤の状態でも同じなので青に変わるまでの時間がわかる。
 横断歩道の信号に残量表示が付加されることで何かメリットがあるのか。普通に想像してもあると言える。横断中に青の残量が減ってきたら少し小走りで横断したり、横断歩道に着く手前で残量が僅かなら次の青を待つ。以前人々がよくしたように直交する側の道路の信号が黄色になると横断歩道に飛び出すという行為が抑制される。こうした人々の行動を変化させ、交通事故が減らすメリットがある。信号の仕組みに手を加えることで、社会全体、また各人に利益がある方向で人々の行動を変えることになる。

cover
実践 行動経済学
健康、富、幸福への
聡明な選択
 このような、人々を強制させることなく望ましい行動に誘導するようなシグナル、または仕組みのことを、本書「実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン)」(参照)ではナッジ(nudge)と呼んでいる。
 本書のオリジナルタイトルが「Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth and Happiness」(参照)とナッジを強調しているのはそのためだ。なお、ナッジ(nudge)の原義は、二人の人が並び立つとき、言葉なく肘でちょんちょんと合図を送る動作を意味している。ちょんちょんと肘でついて「ほら、そこで笑っちゃだめでしょ」「背筋を伸ばしなさい」といったその場に適合した空気を伝える。欧米ではたぶんモンティ・パイソンの「Nudge Nudge」のギャグ(参照)もユーモラスに想起されているだろう。
 ナッジを人々に与えることで、人々は強制されることもなく、うるさい啓蒙を受け入れることなく、本人が結果的に利益となる選択が楽に可能になる。そうしたナッジの仕組みをどのように考えたよいか、というのが本書のテーマであり、「第2部 個人における貯蓄、投資、借金」および「第3部 社会における医療、環境、婚姻制度」では、年金、投資、健康、環境問題、結婚といった社会問題にどうナッジを設計するかを具体的に議論している。具体例は米国の制度に依拠しているので、日本の制度・慣例にはそぐわない点もあるが、原則的な部分では参考になる示唆に富んでおり、よりよい日本社会を構想したい人々や、政治家のように社会政策をプランニングを志向する人に、本書は必読書と言っていいだろう。
 米国での本書の受け止め方を見ていると、民主党の新しい政策原理という印象もある。この政策原理を本書では、通常相反する政治思想と見られる、リバタリアニズム(個々人の自由を最大限尊重する自由至上主義)とパターナリズム(強者が弱者の利益を図るため弱者の意志を抑制して行動に介入・干渉する父権主義)を結合した「リバタリアン・パターナリズム」として提唱している。個々人の選択の自由を棄損することなく、可能な最大限の利益を誘導するような制度設計を政治思想課題とするという含みがある。
 にもかかわらず、邦訳書のタイトルがあえて「実践 行動経済学」となっているのは、「第1部 ヒューマンの世界とエコノの世界」を読めば理解できるだろう。人間的な錯誤を冒しやすい「ヒューマン」と、経済学的な合理性に基づいて行動する「エコノ」といった「行動経済学」の用語が利用されていることもだが、そもそもナッジを必要とし、「リバタリアン・パターナリズム」の社会が構想されるのは、社会がエコノによるのではなく、感情を元に経済活動をしてしまうヒューマンの行動経済学的な問題が基底にあるからだ。
 邦訳書が「実践」編とされているのは、日本でも話題になったマッテオ・モッテルリーニ著「経済は感情で動く --- はじめての行動経済学」(参照)及び「世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)」(参照)、さらに、本書の著者の一人セイラー氏による「セイラー教授の行動経済学入門」(参照)といった、行動経済学の一般的入門書の次の段階の社会的「実践」編とした位置づもあるからだろう。これらの著作の読者であれば、「実践 行動経済学」の「第1部 ヒューマンの世界とエコノの世界」は復習編といった印象を持つだろう。
 本書は一般向けの書籍でありながら、IT化が進む現代の新しい社会思想として米国ではすでに刺激的な議論を巻き起こしているようだ。人々を強制しない「リバタリアン・パターナリズム」といっても、結局は特定の価値判断を誘導するパターナリズムではないかといった批判もすぐに思いつく。想定される異論への反論は「第1部 ヒューマンの世界とエコノの世界」にも織り込まれているが、「第4部 ナッジの拡張と想定される異論」でまとめられていて興味深い。
 議論が活発化する背後には、「[書評]サブリミナル・インパクト 情動と潜在認知の現代(下條信輔)」(参照)で扱った、社会における人々の潜在意識の操作はどうあるべきかという深刻な課題がある。同エントリ対象書の著者下條氏は対応の可能性として「賢いマクドの客」を提示していた。ナッジ的なものが悪しきパターナリズムに転換する懸念に、再び人間の選択をどう回復するかを問い掛けたわけである。だが本書「実践 行動経済学」では逆に、人間の自由意志による選択という本質的な問題より、専門知識を要する社会に対して、より実践的に有益な選択を多数の人々に容易にすることを優先している。
 邦訳書ではオリジナルのサブタイトル「Improving Decisions About Health, Wealth and Happiness(健康、富、幸福への決断が向上)」を活かして「健康、富、幸福への聡明な選択」としたが、実際本書を読む読者は、その聡明な選択を可能にするナッジの知識を多く得ることになる。老婆心的な言い方をすれば、「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」とばかりの日本社会という門をくぐろうとしている若い人、また、くぐったものの門の前に戸惑う30代の人にとって知恵の導き手となるだろう。
 本書を読みながら、私はもやは集合愚(衆愚)となってしまったかに見えるブログの世界やその提供システムの設計についても嘆息しつつ思いを巡らした。著者が提起する電子メールのナッジ構想が、冗談というには悲しいほど示唆的だ。

現代世界は礼節に欠ける。毎日、毎時間、人々は怒りの電子メールを送りつけ、ほとんど知らない人(さらに悪いことには、友人や愛する人)をののしっては、すぐに後悔する。「かっとなって怒りの電子メールを送らない」。こんな単純なルールを学んでいる人もいないわけではない。


 われわれは「シビリティ・チェック」を提案する。シビリティ・チェックは、いままさに送ろうとしている電子メールが怒りに満ちたものであるかどうか的確に判断して、こう警告する。「警告 --- これは礼節に欠ける電子メールのようです。このメールをどうしても送りたいですか?」

 悲しい示唆ではなくやはり冗談だと受け止めたいが、そこで思い迷う。
 著者は、ナッジを基本的に現存制度の選択を抑制しない付加的なものだと見なしているが、同時にいかなる制度で結果的なナッジが含まれているとも考えている。ナッジを免れないシステムも制度もない。システムや制度の運用が社会的な害をもたらしているなら、まずいナッジがすでに組み込まれていると言ってもよいかもしれない。
 私が思いつく、卑近な、まずいナッジを持つITシステムの例としてはオンラインショッピングの「楽天」がある。購入を決めた最後のページで、ショップからの電子メールが不要なら4つほどチェックを外さなくてはならない。チェックを忘れたり、マウスクリックのコントロールがぶれてチェック外しに失敗したりしたら最後、翌日から迷惑メールのような広告メールが山のように届く。このITシステムのあるべき正しいナッジは、広告メールが欲しい人はチェックするが、デフォルトはチェックなし、である。逆に言えば、楽天は、利益誘導のために間違ったナッジを組み込んでしまった。
 著者たちは、感情に駆られ怒りをぶちまける電子メールを例にしているが、同じ状況はブログやそのコメントなどについても言えるだろう。ナッジの設計を考慮しなければ、自然にそれは悪しきナッジとなり、衆愚のITコミュニティを形成してしまう。Web2.0と呼ばれるITシステムに期待されていた集合知は、以前なら、人々の愚かな行動による失敗経験が累積されることにも援助され、自然によりよい知識形成に至ると曖昧に思われていた。しかし、そうはならなかったように見える現在、すでに組み込まれている、まずいナッジの設計をやり直さなくてはならないかもしれない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009.07.09

その後のグアンタナモ収容所

 その後のグアンタナモ収容所について、自分のわかる範囲だが、気になるところだけまとめておきたい。
 まずウイグル暴動に多少関連しているのだが、1月のエントリ「極東ブログ: グアンタナモ収容所のウイグル人」(参照)の後日譚。6月11日、グアンタナモ収容所に収容されていたウイグル人17人は、太平洋戦争で日本とも関わりの深い西太平洋の島国、パラオに身柄移送されることになった。
 先のエントリでも触れたが、彼らは新疆ウイグル自治区を逃れアフガニスタンに潜行中、米軍の対テロ作戦で拘束され、米国防総省は敵対的戦闘人員ではないと認定したものの、2002年にグアンタナモ収容所に送られた。アフガニスタンのテロリストと呼ばれる人々には、地理上の理由もあってかウイグル人も含まれているという意味合いもある。同種のウイグル人はパキスタンにもおり、パキスタン政府に捕獲された彼らは、友好国でもある中国に送還された。
 米国連邦地裁は2008年10月に、この17人は米国内に釈放するように当時のブッシュ政権に命じ、また中国側も自国民だとして送還を求めていたが、ブッシュ政権としては米国内に釈放もできずまた、拷問が予想される中国送還もできないでいた。
 オバマ政権下で、彼らは、台湾とは国交があるものの中国とは断交しているパラオに送られ、この際、事実上の押し付け代償金として米国は2億ドルの援助供与を行った(参照)。こうした措置にはカネがかかるというのが、この問題を理解する上で重要になるので留意されたい。
 さてグアンタナモ収容所の話題だが、オバマ大統領はブッシュ政権の汚点として閉鎖を決定し、アムネスティも「オバマ大統領の就任100日間をチェックしよう!」(参照)で「アムネスティをはじめとする人権団体、被収容者の弁護士、ジャーナリスト、そして世界中の市民による圧力の勝利です」と高らかに勝利宣言をしていた。
 が、実際の閉鎖、さらに軍事委員会での裁判の停止、CIA拘禁施設の全面閉鎖、尋問中の拷問の禁止は、署名をした2009年1月22日から1年以内ということで、まだその「勝利」の日が来ているわけではない。ブッシュ政権を「チェンジ」すると公約したオバマ大統領は、どう具体的にチェンジしたかというと、現状ではよくわからない。展望も見えない状態のようだ。同収容所には現在250人ほどが収容され、米国防総省はパラオ移送されたウイグル人17人のように、うち60人ほどは同種の対応が可能と見ているが、いずれ200人近い収容者はどうなるのだろうか?
 米国内か同盟国に移送するというのが論理的な帰結のようであるし、オバマ大統領もそう想定したのではないかと思われるが、受け入れ側にもご都合というものがあり、他国からの無償の申し出はなく、米国の各州も受け入れに反対をしはじめ、まずは実施に伴う予算が上院で封じられた。5日のワシントンポスト「Hypocrisy on the Hill」(参照)では、ビートルズの歌を連想させる暢気な標題のなかで厳しい現実を示している。


As a result of the vote, the president is prohibited from using taxpayer funds to order the release of any detainee into the United States, including those cleared by the Bush administration and the federal courts; he is likewise forbidden to bring any Guantanamo prisoners to the United States for preventive detention.

上院投票の結果、オバマ大統領は、納税者からのカネを使って、グアンタナモ収容所拘留者を自国に釈放することが禁じられた。これには、前ブッシュ政権と連邦裁判所が釈放してよいとした人も含まれる。また、予防拘禁のためにグアンタナモ収容所拘留者を自国に連れてくることも禁じられた。

The president must give lawmakers a 45-day heads up before ordering any detainee prosecuted in a U.S. court proceeding and he must give Congress 15 days' notice of his decision to send a detainee to another country.

また大統領は、国会議員に対して、グアンタナモ収容所拘留者が米国法廷で起訴される45日前の事前通知と、他国移送の場合は15煮前の事前通知が必要になる。


 上院の投票ですべて決したことになるというものでないだろうが、ここまでの達成を見ると、事実上、グアンタナモ収容所の実態にはなんら「チェンジ」はできそうにもない。実際、ワシントンポストもそう見なしている。

Now lawmakers are making it nearly impossible for President Obama to close the notorious prison by year's end, as he promised to do.

かくして国会議員は、オバマ大統領が悪名高いグアンタナモ収容所を公約どおり年内中に閉鎖させることをほぼ不可能にした。


 オバマ大統領はグアンタナモ収容所閉鎖を公約にしたが、議会がダメにしたんだ、オバマ大統領は悪くないんだと、言えるかどうか、私にはよくわからない。ちなみに、議会はオバマ大統領の民主党が多数を占めており、ゆえにワシントンポストは「偽善者」と呼んだようだ。
 クセのあることで定評のある同紙のコラムニスト、チャールズ・クロートハマーは「Obama Adopts the Bush Approach to the War on Terrorism」(参照)で今回の顛末をメソッド化した。

Of course, Obama will never admit in word what he's doing in deed. As in his rhetorically brilliant national-security speech yesterday claiming to have undone Bush's moral travesties, the military commissions flip-flop is accompanied by the usual Obama three-step: (a) excoriate the Bush policy, (b) ostentatiously unveil cosmetic changes, (c) adopt the Bush policy.

もちろんオバマ氏は自分がやっていることを決してクチでは認めない。昨日の弁舌冴え渡る国家安全論でも、ブッシュの道義的な茶番を解消したと主張しつつ、軍事委員会の方針転換は毎度のオバマ式3段階でなされた、(1)ブッシュ政権の政策を罵倒し、(2)仰々しくお化粧をチェンジし、(3)ブッシュ政権の政策を採用する。


 たしかに結果からはそう見えてもしかたがない事態になったと言えるかもしれないし、この3段階メソッドはグアンタナモ収容所問題だけではないという指摘も聞かれるようになった。米国大統領のお仕事が始まるのである。
 具体的にグアンタナモ収容所問題にオバマ大統領はどう対応するのだろうか。ニューズウィーク「Friendly Fire at the White House」(参照)では対策に追われた会議の内幕をこう伝えている。

It was at that point, toward the end of the meeting, that one attendee raised the idea of criminal prosecution of at least one Bush-era official, if only as a symbolic gesture. Obama dismissed the idea, several of those in attendance said, making it clear that he had no interest in such an investigation. Holder - whose department is supposed to make the call on criminal prosecutions - reportedly said nothing.

会議の終わりに出席者が、見せしめのポーズとして、ブッシュ時代の高官の一人を追訴したらどうかと提案した。オバマ大統領は、そんな追求には関心ないことを明示するために、提案を却下したと出席者は伝えている。追訴を行うなら担当することになるホルダー司法長官も沈黙していたそうだ。


 日本なら見せしめでも尻尾切りでもなんでやってしまいそうな行政のトップがいるが、さすがは高潔なオバマ大統領だいうところなのだろう。ただ、先のワシントンポスト社説では、この事態を出し抜くために、大統領令で収容所の看板を差し替えるといった奇手を繰り出してくる懸念も表明していた。
 グアンタナモ収容所問題は日本に関係ないと見なされているのか、あるいはオバマ大統領の公約について日本で報道された後は、その通り閉鎖されてしまったと思われているのか、その後の経緯はなかなか日本では報道されないが、アムネスティの勝利が確実になるように、今後の動向を見続けていたい。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

«ウイグル暴動、雑感