2025.06.19

ロアノーク植民地の謎

 何気なくニュースアプリをスクロールしていたら、「アメリカの『失われた植民地』の謎が440年ぶりに解明か」という見出しに目が止まった。ロアノーク?
 歴史にはそれなりに興味があるつもりだったのに、知らない話だなあと思った。まあ、知らないことは多いものだし、なんとなく気になって記事を読んだ。記事によると、ノースカロライナ州のハッテラス島で小さな鉄の破片が見つかり、1587年に消えた入植者の運命が明らかになったかもしれないというのだ。米国や英国では有名な歴史ミステリーらしい。邪馬台国の所在地や徳川埋蔵金みたいなものだろうか。もう少し国民感情的なもののようだ。どんな物語なのか、なぜ今注目されているのか、調べてみた。といっても、このご時世、このてのことは簡単に調べられ、UNIQLOの商品みたいに知識が並んでいる。

ロアノーク植民地とは何か

 ロアノーク植民地、通称「失われた植民地」は、アメリカ初の恒久的英国入植地として1587年に設立された。場所は現在のノースカロライナ州、ロアノーク島。ウォルター・ローリー卿が主導し、100人以上の入植者が新天地での生活を始めた。この中には、総督ジョン・ホワイトの娘エレノア・デアや、アメリカで生まれた最初の英国人といわれる孫娘バージニア・デアもいた。しかし、この植民地の物語は開始早々に暗転する。ホワイトが物資調達のため英国に戻り、1590年に島に帰還したとき、植民地は跡形もなく消えていたというのだ。家屋も人もなく、ただ柵に「CROATOAN」という文字が刻まれていたと。この文字は、近くのハッテラス島(当時はクロアトアン島)か、クロアトアン族を指すとされるが、真相は不明である。というか、こういうのは「たまらん」。入植者は先住民に殺されたのか、飢餓で死に絶えたのか、それとも別の土地へ移ったのか。きっと正解はゾンビに違いない(そんなわけはないのだが)。
 400年以上にわたり、この謎はアメリカ史の未解決事件として語り継がれてきた。この不可解な失踪劇は、単なる歴史の出来事にとどまらない。なぜロアノークはなぜ彼らを今も惹きつけるのか。

なぜロアノークの謎は問題なのか

 ロアノークの失踪がこれほど注目されるのは、歴史的・文化的な意義が大きいから、ということのようだ。ロアノークは、英国が新世界で初めて本格的な植民を試みた場所で、ピルグリム・ファーザーズの「成功」より端役、それにつながる第一歩だった。13州の起源とされるジェームズタウンよりも早い。
 なのに、それは失敗した。というか、謎めいた消失だった。なるほど、これは単なる歴史的事件を超え、ミステリーとしての魅力を放つ。日本でいえば、邪馬台国の所在地のような呑気な老人向けの話題とは違うようだな。むしろ、未解決事件の謎に似ている。
 というわけで、米国では、学校の歴史授業で取り上げられ、『American Horror Story』のようなテレビ番組や小説、ドキュメンタリーで繰り返し題材にされたらしい。ノースカロライナ州では「The Lost Colony」という野外劇が毎年上演され、観光名物にもなっているとのこと。
 英国では、植民地拡大の初期の挫折として、歴史家や文化研究者の間でよく語られる。ロアノークの謎は、単に「人が消えた」だけでなく、ヨーロッパ人と先住民の出会い、生存競争、文化や技術の交流といった大きなテーマを内包し、まあ、ロマンを駆り立てるのだ。入植者は、当地のクロアトアン族に同化したのか、虐殺されたのか、飢餓で死んだのか。さまざまな仮説が議論を呼ぶ。英米ではこの話が不朽のミステリーとなっている。

新発見が示すもの

 最近では米国の話題はフォックス・ニュースを追うしかないことが多いが、そこで紹介された新発見についての話題では、ロアノークの謎に新たな光を投じるという趣向だった。英国ロイヤル農業大学のマーク・ホートン教授とクロアトアン考古学会のチームが、ハッテラス島のクロアトアン族のゴミ捨て場(ミデン)から「ハンマースケール」という小さな鉄の破片を発見したという。これは、鍛冶作業で生じる鉄のフレークで、当時の先住民にはない技術だった。つまり、英国人入植者がハッテラス島で鉄を加工していた証拠だというのだ。この破片は16世紀末から17世紀初頭の地層から見つかり、ロアノーク入植者が消えた時期と一致する。さらに、銃、航海用具、砲弾、ワイングラス、ビーズといった英国製の遺物も発掘され、入植者がクロアトアン族と共存していた可能性を示す。そこで、ホートン教授は、入植者が悲劇的な結末ではなく、先住民社会に同化したと主張すると。18世紀の記録には、青や灰色の目を持つ人々や「ローリーが送った幽霊船」の伝説が残り、これが同化説を裏付ける。
 つまり、従来の「虐殺」や「飢餓」のイメージを覆すこの発見は、植民地史を単なる征服や衝突ではなく、共生と融合の物語として再考させるわけで、なんとも現代向けのおあつらえの解釈にあう発見である。話が逆のような気もするが。
 かくして、ヨーロッパ人とアメリカ先住民の交流史に新たな視点をもたらし、入植者の子孫が18世紀までハッテラス島で暮らしていた可能性を示唆するのだ。まあ、簡単にいえば、呑気な与太話の印象は拭えない。科学的証拠とやらは、そう語られるときは、たいていインチキ臭くて、ネット民のご馳走になってぽつぽつと発狂者が生じる。定番。かくして、ロアノークの謎は消えない。謎であるニーズが高いのだから、備蓄米を出しても無駄だ。歴史の空白を埋める発見は、まあ、繰り返すことに意味がある。
 とはいえ、ロアノークの物語はけっこう面白いなあと思ったのであった。



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2025.06.18

中国人留学生を巡る米国の事件

 このところ、米国では中国人留学生や研究者が関与する事件が注目を集めている。2025年6月、武漢の華中科技大学の博士課程学生、韓承軒(Chengxuan Han)がミシガン大学に線虫関連の生物学的材料を密輸しようとして逮捕された。同年、温盛華(Shenghua Wen)が北朝鮮への軍事品密輸で有罪を認め、2024年7月には劉尊勇(Zunyong Liu)が小麦に被害を与える真菌を密輸しようとしたとして摘発された。これらの事件は、トランプ政権の対中強硬姿勢の下で「中国による攻撃」として強調され、トランプ大統領の意向によるものとのナラティブが広がっている。しかし、実際には、これらの事件は米国政府の長年にわたる安全保障戦略に基づくものであり、FBIや司法省の継続的な取り組みの結果である。

スパイ防止と生物学的監視

 米国政府は、2000年代から中国を「戦略的競争相手」と見なし、スパイ活動や技術流出への監視を強化してきた。2018年に開始された「中国イニシアチブ」は、大学や研究機関での中国関連の不正行為を摘発する取り組みで、2020年にはハーバード大学のチャールズ・リーバー教授が中国の「千人計画」関与で逮捕された。このプログラムは、バイデン政権下でも継続し、2021年〜2024年に複数の研究者が調査対象となった。米国農務省(USDA)と国土安全保障省(DHS)は、バイオテロや食糧安全保障の脅威にも注目。たとえば、2024年7月の劉尊勇事件では、FBIと税関当局(CBP)が、小麦に赤かび病を引き起こす真菌(フザリウム・グラミネアラム)を「潜在的な農業テロ兵器」と認定し、迅速に対応した。この真菌は、収穫量を大幅に減らし、毒素による健康被害を引き起こす可能性がある。
 韓承軒事件では、2025年6月にデトロイトの空港でCBPが生物学的材料を押収。FBIと移民税関捜査局(ICE)が韓の電子データ削除や虚偽申告を確認し、逮捕に至った。線虫は基礎研究のモデル生物だが、不正な持ち込みは生物学的安全保障のリスクとみなされた。温盛華事件では、2023年に北朝鮮への銃器や軍事技術の密輸が発覚し、2025年に有罪判決が下された。これらの事件は、米国政府が政権交代に関係なく、スパイ防止、バイオテロ対策、国際制裁の執行を一貫して推進してきた結果である。国家安全保障戦略(2017年、2022年)は、中国からの技術流出や生物学的脅威を優先課題とし、FBIや司法省が標準プロトコルに従って対応している。

中国側の公式見解と武漢の研究環境

 中国側は、これらの事件に対し、公式には限定的な反応を示している。韓承軒事件について、中国外務省は2025年6月の時点で具体的なコメントを避け、「個人の行為であり、中国政府とは無関係」との立場を過去の類似事件で繰り返してきた。たとえば、2024年7月の劉尊勇事件では、中国政府は「米国が根拠なく中国を標的にしている」と反発し、武漢ウイルス研究所の石正麗研究員が2024年12月にコロナウイルス配列を公開した際も、「透明性を確保している」と主張した。武漢は、COVID-19の起源を巡るラボリーク仮説で注目される都市だが、華中科技大学はウイルス研究よりもバイオテクノロジーや基礎科学に強みを持つ。韓が密輸した線虫は、遺伝子研究で一般的に使用されるが、中国側はこれを「学術目的の通常の研究材料」とみなす可能性が高い。
 劉尊勇事件では、中国の農業研究機関がフザリウム・グラミネアラムの研究を行っており、病害対策を目的とした正当な研究との主張が考えられる。しかし、米国司法省が「農業テロ」と認定したことで、中国側は「科学の政治化」と批判。温盛華事件では、北朝鮮との連携が問題視されたが、中国政府は「個人の犯罪行為であり、国家の関与はない」と否定する見解を示している。武漢の研究環境は、厳格な管理下にあると中国側は主張するが、COVID-19以降、国際的な監視の対象となっており、韓や劉の事件はこうした不信感を増幅させる。中国の公式見解は、米国が地政学的対立を背景に中国人研究者を不当に標的にしているという立場を強調する。

トランプ政権のレトリックと事件の政治化

 トランプ政権は、2025年1月の再就任以来、対中強硬姿勢を強化している。2025年5月、DHSはハーバード大学のSEVP認証を取り消し、中国人留学生のビザ制限を再開。これは、トランプの「アメリカ第一」政策と、中国を「戦略的脅威」とみなすレトリックに合致する。韓承軒事件の報道では、司法省が「安全保障を脅かす」と強調し、武漢の関与を前面に押し出した。フォックスニュースやXでは、トランプ支持層が事件を「中国のバイオテロ」と結びつけ、バイデン政権の「弱腰」を批判。劉尊勇事件も、2024年7月の発覚後、2025年に「アグロテロ」として再注目され、トランプの対中政策の成果として語られる傾向がある。
 トランプ政権は、2025年4月にCOVID-19ラボリーク仮説を公式支持し、武漢ウイルス研究所への不信感を煽った。韓や劉の事件は、この文脈で「中国の生物学的脅威」として政治的に利用された。しかし、捜査自体はトランプの直接指示によるものではなく、FBIや司法省の既存のプロセスの結果である。トランプのレトリックは、事件を国民に訴えるツールとして機能し、対中強硬姿勢を正当化する役割を果たした。中国側は、こうした政治化を「反中プロパガンダ」と批判し、科学や学術交流の妨害とみなしている。

バイデン政権下での継続的な対応

 バイデン政権(2021年〜2025年)も、中国人留学生や研究者のリスクを監視していた。劉尊勇事件は2024年7月にバイデン政権下で発覚し、司法省が真菌を「農業テロ兵器」と認定。FBIとCBPが迅速に対応し、食糧安全保障への脅威として公表した。温盛華事件の密輸行為(2023年)に対する捜査も、バイデン政権下で開始された可能性が高い。2021年、バイデン政権はCOVID-19の起源調査を指示し、武漢ウイルス研究所のラボリーク仮説を検討したが、結論は曖昧だった。トランプ政権の関税や技術輸出規制の一部を継承しつつ、気候変動や通商での協力を模索するバランスを取った。
 トランプ政権下の話題と見られがちなハーバード大学への規制の基盤も、バイデン政権下ですでに築かれた。2020年代初頭から、議会やDHSは「千人計画」や学術スパイを調査し、大学への監視を強化。2025年5月のSEVP認証取り消しはトランプ政権下で実行されたが、準備はバイデン政権下で進んでいた。中国側は、バイデン政権の対応を「科学の抑圧」と批判し、劉や温の事件を個人の行為として扱うよう求めた。米国政府の安全保障戦略は、政権に関係なく、スパイ防止や生物学的リスクへの対応を継続しており、トランプ政権の強調が事件の注目度を高めたに過ぎない。



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