2009.07.04

「グリーンダム」搭載義務延期を巡って

 中国では今月から実施される予定だった、新規発売のパソコンにインターネット検閲ソフト「绿坝·花季护航(Green Dam Youth Escort)」、通称「グリーンダム」搭載を義務付ける措置を無期限延期した。中国および欧米ではけっこうな話題になっていたが、日本ではまったく無視というほどでもないが、日本風な萌え絵キャラクターと各種改変が注目されたくらいで、それほどの話題にはなっていなかったようだ。私としても、この検閲ソフト自体の性能はそれほど高度なものではなく、一時的な解除・回避もそれほど困難ではないだろうと高を括っていたが、問題は技術側面より、中国政府の情報検閲の政治的な動向にあり、この機に中国とインターネット情報を取り巻く困難な状況について少しまとめておきたい。


BBC報道では萌え絵が掲載された。

 グリーンダムはその名称に"Youth Escort"(若者の護衛)とあるように、表向きは先日米国で成立したタバコ管理法「家族喫煙予防およびたばこ管理法(Family Smoking Prevention and Tobacco Control Act)」に似て、家族や若者といった看板を掲げて道義的な指導を権力の正当化としている。グリーンダムは、わいせつ情報など有害サイトへのアクセスを遮断するのが名目だが、論点は「有害サイト」が何を意味するかということであり、結論から言えば、現中国の政治体制に問題となる情報の遮断である。
 具体的には、「法輪功」(Falun Gong)や「天安門事件」(六四事件)を検索しようとすると、有害情報扱いとなるようだ。大した技術ではないとは言いながら私も驚いたのだが、ユーチューブに掲載された実演「YouTube - 綠壩 - 花季護航 Green Dam」(参照)を見ると、香港サイトの検閲などの実例の後、最後のほうで、テキストエディターでも検閲機能が働いているようにも見える。ブラウザーからコピーバッファの検閲なのかもしれないが、もしかするとキーロガーというタイプの一種のスパイウェアのような機能を持っているのかもしれない。
 規制延期が決定されたのは施行予定前日であったことから、先日の日本の薬事法省令の例外のように直前まで政府内でもたついたとも言える。だが、そもそもの規制の発表自体が5月の工業和信息化部によるもので、夜襲的な規制を狙ったのかもしれないが、おそらくは単に拙速な話でもあったのだろう。
 というのも、工業和信息化部は3月の「全国人民代表大会」(全人代)を機に、従来の情報通信分野の主管庁信息産業部を、国防科学技術工業委員会、国務院情報化工作弁公室、国家煙草専売局、国家発展改革委員会を統合して設立されたものだが(参照)、経緯からみても軍関与が強まるとは予想されたものの、組織成立には中国でありがちな内部の権力闘争があったような印象を受ける。今回のどたばたもそうした、組織のご事情を反映したものではないだろうか。
 グリーンダム導入については、中国内の世論としてはそう否定的なものでもなかったようだが、パソコンを扱う業界からはコストや販売面でも否定的な声があがっていた。また、中国のネットユーザーの反発と実動の影響も相当にあったようだ。フィナンシャルタイムズ社説「Chinese bloggers hail Green Dam ‘victory’」(参照)はこうした声を好意的に伝えている。
 中国民主化には関心の薄い日本は例外として、米国や欧州連合(EU)では反対の声は強かった。ニューヨークタイムズ社説「China’s Computer Folly」(参照)では、中国政府への圧力を呼びかけていた。


International manufacturers probably could force the government to reverse the new rules by threatening not to sell their products. But they have no history of standing up to Beijing. We hope they are making a stronger case in private for a rollback than was apparent in the anemic public statement issued by a coalition of American trade associations.

国際展開の製造業者なら、製品販売停止で中国を脅すことで、中国政府の今回の規制を回避させることができるだろう。しかし、彼らは中国政府に歯向かう経験を持っていない。米国貿易協会による気弱な声明より、非公式であれ強い提訴に持ち込むことをニューヨークタイムズは望みたい。


 さらにワシントンポストは中国の検閲阻止にヤフーやグーグルも参戦しなければならないと、中国政府による撤回の前日の社説「China's Information Dam」(参照)で主張していた。

This time, the State Department and industry groups are pushing back against China's Green Dam censorship software. They must stand firm, and search engines should join them.

今回は国務省と産業グループは、中国のグリーンダム検閲ソフトに抵抗している。かれらは堅固に主張ししなければならないし、検索サービス会社もこの抵抗に加わるべきだ。


 意地の悪い見方をすれば、グリーンダムの問題は元来、工業和信息化部を超えた中国内部の権力闘争に関係していたのではないだろうか。北京側にひいき目な私としては、欧米を騒がせることで、中国内部の問題を国際常識の範囲に収束させたようにも見える。
 今回の問題の核心だが、欧米側から事あるごとに話題とされる法輪講や天安門事件より、インターネットによって中国内部に撒かれ、大きな賛同を得るに至った「零八憲章」(参照)のほうがより深刻だろう。
 零八憲章は、昨年12月10日付けで公開された、中国共産党独裁の終結、三権分立、民主化推進、人権状況改善などを求めた宣言文であり、中国知識人の多くが実名で賛同を示した歴史的な文書だ。ワシントンポスト社説「Virtual Groundswell」(参照)は「零八憲章」の広がりの基盤をインターネットに見ている。

CHINA'S CHARTER 08 models itself on the Charter 77 group in the former Czechoslovakia, an alliance of dissidents whose powerful advocacy for human rights triumphed in the former Soviet bloc. But China's Charter 08 has a tool that Vaclav Havel and his colleagues never imagined: the Internet. While Soviet-era dissidents had to depend on smudgy mimeographs and Western radio stations to get their message out, Charter 08 has been able to use Web sites, e-mails and text messages -- despite the massive firewall operation of Chinese authorities.

中国の「零八憲章」は旧チェコスロバキアの「77憲章」グループの宣言を手本にしている。チェコスロバキアの当時のグループは、人権提唱に力を持ち旧ソビエトブロックで勝利を得た反体制派の同盟であった。中国の「零八憲章」には、バツラフ・ハベル氏とその同僚が想像だにもできなかった道具がある。インターネットだ。ソビエト時代は、反対派はかすれたガリ版と西側ラジオ曲でメッセージ発したものだが、「零八憲章」はウェブや電子メール、メッセンジャーツールを使うことができる。中国当局による巨大なファイアウオールがあるにも関わらず、それは届くのだ。

Thanks to that technology, the new democracy movement has been able to amass a virtual crowd of supporters.

技術のおかげで、民主主義の新しい運動は仮想の支持群衆を集めることができる。



What that history shows is that the best response to a peaceful movement such as Charter 08 is dialogue. Rather than prosecuting Mr. Liu, the regime should free him and invite him to a discussion about the charter's 19 proposed steps for reform. A commitment to gradually implement political liberalization in partnership with a free citizens movement would make it far easier for the Chinese leadership to manage what is likely to be a year of crisis. Step One is easy: Stop trying to block Charter 08's dissemination on the Internet.

歴史は、「零八憲章」のような平和な運動への応答は、対話であることを教えている。劉暁波を起訴するよりも、体制は彼を自由にし、「零八憲章」が提唱する19段階の改革への議論に彼を招くことだ。自由な市民運動と協調し、政治的自由を段階的に実施するという関与は、この危機の一年に起こりそうな事態を管理するための中国政府のリーダーシップをより緩和なものにするだろう。最初の一歩は簡単なのだ。インターネットによる「零八憲章」の普及をブロックするのを止めることだ。


 グリーンダムの背景にある動きは、ワシントンポストが示すように、対外有害情報の遮断というより、中国内部で沸き起こる市民による「零八憲章」の普及に対する妨げだろう。その試みの達成は今回の事例から見ても、そうたやすいことではないようだ。
 なお、読売新聞記事「民主化求める08憲章の起草者逮捕…北京市公安局」(参照)などで報道されているが、劉暁波氏は6月23日国家政権転覆扇動容疑で逮捕された。

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2009.07.03

オバマの戦争

 疑問符は付くものの「オバマの戦争」(参照)とワシントンポストが呼ぶ戦争が始まった。

 米国オバマ大統領は、アフガニスタン南部ヘルマンド州に現地時間で2日、海兵隊4千人を投入し、アフガン治安部隊と数百人の英国軍とともに、旧支配勢力タリバン大規模掃討作戦「剣の一撃(Strike Of The Sword)」の火蓋を切った。米軍増派規模は2万1000人。米国海兵隊投入の作戦としては、日本人にも記憶に残る2004年のイラク、ファルージャ掃討作戦以来の戦闘規模となる。
 今回のオバマの戦争がブッシュの戦争に似ているのは、経緯から見るとわかりやすい。ブッシュ政権下ではアフガン投入米軍を9万人から13万人余に増派する計画があったが、オバマ政権は増派の点でブッシュの戦争をオバマの戦争として引き継いだ。拡大規模としてオバマ政権は今後、ブッシュの戦争におけるイラク投入軍と同規模の26万にまで増派したい意向だ。ただし、米国防総省はアフガン統治軍の創設に十分な期間と予算を求めているため、具体的な計画見通しは立っていない(参照)。戦費については「ブッシュの戦争」(参照)を著したボブ・ウッドワードも懸念を表明している(参照)。
 先行きの見通しなく戦争に突入したと言えるなら、この点でもオバマの戦争はブッシュの戦争によく似ていることになる。特に懸念されるのは、ブッシュの戦争と同様、撤退戦が考慮されていないことだ。ドナ・F・エドワーズ下院議員がオバマ大統領と同じく民主党に所属しながらも、戦費予算案に反対票を投じたのは象徴的だった(参照)。
 しかし反面、先の「オバマの戦争」と疑問符をつけたワシントンポストの論調は現実を踏まえてのものだろう。

President Obama's clashes with the liberal base of his party are the kind of sporting event that Washington loves. But what Mr. Obama is confronting is less his party and more a stubborn reality that many in his party are unwilling to accept: There are forces in the world that continue to wage war against the United States and its allies, whether or not the United States wants to acknowledge that war.

オバマ米国大統領が彼の政党である民主党のリベラルな基調とぶつかり会うことは、政府が好むスポーツ大会のようなものだ。しかし、オバマ氏は民主党と対立しているというより、より強固な現実と対立しているのであり、その現実は民主党が受け入れたいものではないかもしれない。つまり、世界には米国とその同盟国に戦争をけしかける続ける勢力があり、それは米国が戦争と認めるか認めないかということには関わりない。


 作戦開始がこの時期が選ばれたのは、8月に想定される大統領選を前にタリバン攻勢を弱体化したいこともあるが、今朝の朝日新聞社説「イラク米軍撤退―独り立ちへの試金石だ」(参照)がアフガニスタン戦を避けて言及したように、イラク都市部の駐留米軍が全面撤退に向けて郊外に移動し、イラク戦への米兵負担の軽減が予想されたからだ。
 「剣の一撃」作戦がヘルマンド州に狙いを定めたのは、同地がタリバン支配下のケシ栽培地でもあることもだが、膠着状態にあった英国軍の支援もある。作戦開始から間もないが、すでにヘルマンド川下流地域はほぼ制圧されたらしい(参照)。
 空爆や砲弾など間接攻撃でないにもかかわらず、タリバン側の攻撃が小規模であるせいか、米海兵隊員の戦死者1名、負傷者数名というニュースがある(参照)。また、すでに米兵が1名だがタリバン側に拘束されたというニュースもある(参照)。
 イラク戦争のように順調に開始された戦闘ともいえるが、タリバンはいったん後退した後、ゲリラ戦に出てくるだろう。しかし、ワシントンポスト社説「On the Offensive」(参照)のように、現状では対ゲリラ戦には米軍戦力が不足しているのではないとの指摘もすでに出ている。
 さらにフィナンシャルタイムズ社説「The fightback in Afghanistan begins」(参照)が懸念するように、掃討戦が進めば米軍の死者は急増するだろうし、その時点でオバマの戦争の意味が再び欧米メディアで問われるようになるだろう。
 タリバンを同地から掃討しても、路肩爆弾や自爆テロから地域社会を保護することは困難が予想される。同紙はオバマが今回の掃討戦を1年と見ていることの甘さに憂慮も表明している。

Mr Obama says he wants to see visible progress in Afghanistan one year from now. But in all truth, it will take more than a year to turn Afghanistan round.

オバマ氏は、現時点から一年以内にアフガニスタンで目に見える成果を上げたいと述べた。しかし嘘偽りなく、アフガニスタンの状況が好転するには一年以上かかるだろう。


 アフガニスタンの治安回復には、従来はNATO(北大西洋条約機構)の負担が大きく、NATOをどのように今後維持するかという欧州諸国の問題もあり、西側諸国の一員としての日本の関与も問われていた。こうした問題の見通しなく、同盟国を巻き込む形で戦闘が進行し、さらに懸念される事態になればブッシュの戦争とは多少異なる帰結になるかもしれない。そうならないことを祈りたい。

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