銅が不足していく
最近、お財布を持ち歩かなくなった。電子決済で足りてしまうからだ。特に、1円玉と十円玉がかさ張ってやっかいに思える。とはいえ、私は十円硬貨がけっこう好きだ。銅という金属それ自体が興味ふかい。YouTubeなどでもこれを使って、靴の匂いを取るとかいうしょうもないライフハックがあるが、銅の殺菌効果を使ったものだ。そう、銅貨である。銅は面白い。この銅が国際的に不足しはじめ、世界情勢をゆるがしかねない。
十円硬貨を手に取ってみてほしい。この小さな青銅貨には、実は貴重な銅が含まれている。1枚の重さは4.5g、その95%が銅、残りは亜鉛(3~4%)と錫(1~2%)だ。つまり、1枚あたり約4.275gが純粋な銅である。日本銀行の「通貨流通高」(2023年度末)によると、10円硬貨の流通枚数は153億2,300万枚。これを基に計算すると、総重量は約68,949トン(153億2,300万枚 × 4.5g)、そのうち銅は約65,502トン(68,949トン × 0.95)となる。
もしこの65,502トンを回収し、リサイクルに回せば、銅不足に悩む日本の産業を一時的に支えられるのではないか。そんな発想が浮かぶ。実際、銅価格は高騰しており、2025年3月時点でロンドン金属取引所(LME)の銅先物価格は1トン約11,000ドル(NPR記事に基づく推定値、2024年末の1ポンド4ドルから上昇)。この価格なら、65,502トンは約7億2,000万ドル(約1,000億円、1ドル140円換算)の価値を持つ。日本の製造業にとって魅力的な数字だ。
しかし、この回収は現実的ではない。硬貨の収集、選別、溶解には膨大なコストがかかる。それに、日本の年間銅需要である約110万トン(日本鉱業協会、2022年推定)に比べると、約5.95%に相当するだけで、一年だけの対応になる。年間需要の6%弱では焼け石に水なのである。それでも、10円硬貨が国際的な銅不足問題と結びついている事実は、私たちに資源の危機を身近に感じさせるものだ。
銅不足が日本のグリーン未来を脅かす
日本は2050年までのカーボンニュートラルを目指し、グリーン技術の推進に力を入れる。経済産業省は2035年までにガソリン車の新車販売を終了する目標を掲げ、自動車産業は電気自動車(EV)へのシフトを急ぐ。だが、ここで銅不足が大きな壁となる。現状では、EV1台にはガソリン車の4倍の銅が必要と言われている。具体的には、EVには約80kgの銅が使われ(IEA、2021年報告)、ガソリン車は約20kgだ。モーター、バッテリー、配線、充電ステーションに至るまで、銅は不可欠である。
再生可能エネルギーでも同様だ。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、風力発電1メガワットあたり約3.5トン、太陽光発電では約4トンの銅が必要とされる。日本が2030年までに再生可能エネルギーの割合を36~38%に引き上げる計画(経済産業省、2021年)を達成するには、現在の銅消費量を大幅に超える供給が求められる。
なのに、世界の銅鉱山生産量は2023年で約2,200万トン(USGS, 2024年推定)である。IEAは2050年までの脱炭素シナリオで、年間4,000万トン以上が必要と予測する。このギャップは埋めがたい。関連するNPRの記事を読むと(参照)、BHP(豪鉱業大手)は、「既存鉱山の生産は2035年までに2024年比15%減少する」と警告しているそうだ。「鉱石の平均品位が1991年以来40%低下している」との指摘もある。採掘コストは増大する。
現状、日本は銅のほぼ全量を輸入に依存し、2022年の輸入量は約112万トン(財務省貿易統計)。この供給が途絶えれば、EVや再生可能エネルギー設備の生産が止まり、グリーン目標が遠のく。銅価格の高騰も深刻だ。2015年の1トン5,500ドルから2025年の11,000ドルへと倍増し(LMEデータに基づく推移)、製造コストは跳ね上がる。日本のグリーン未来は、銅の確保にかかっている。
南米の動乱の影響
銅不足の鍵を握るのは、南米である。USGS(2023年)によると、世界の銅生産の約35%をチリ(約500万トン、22.7%)とペルー(約260万トン、11.8%)が占める。日本はこれらの国から大量の銅を輸入し、2022年のチリからの輸入は約30万トン、ペルーからは約15万トン(財務省貿易統計)。チリのGDPの10~15%(世界銀行、2022年推定)、ペルーの輸出の約25%(ペルー中央銀行、2023年)が銅に依存し、その経済的重要性は大きい。だが、この地域の政治的安定は揺らいでいる。
先のNPR記事では、チリのチュキカマタ鉱山での労働争議やペルーの混乱を例に挙げていたが、チリでは水不足が深刻で、2023年の降水量が平年比30%減(チリ気象局)となり、鉱山と農民の水争奪戦が抗議を引き起こし、2024年には一部鉱山で操業が一時停止した(ロイター)。ペルーでは、2022年のペドロ・カスティージョ大統領弾劾後の暴動が鉱山を直撃し、ラス・バンバス鉱山が数カ月停止し、世界供給の約1%(22万トン相当)が失われた(S&P Global, 2023年)。これが日本にまで波及すれば、家電や電力網の生産が滞るかもしれない。銅建値(国内基準価格)は2025年3月時点で1トン約150万円(住友金属鉱山推定)だが、さらに上昇するだろう。スマホやエアコンの供給が南米の混乱に左右される現実が、ここにある。
国際情勢が不安定さを増すなか、その台風の目ともいえる中国は南米での投資を拡大し、ペルーのセロ・ベルデ鉱山に資本を注入(Bloomberg, 2024年)した。米国はといえば、自国優先主義を掲げトランプ政権のもと、「カナダからの銅輸入に25%関税」(2025年2月)なり、その分、南米への圧力を間接的に高めることになる。南米の動乱が続けば、さらに深刻な事態が現前化する。
大国間の銅戦争と日本の立ち位置
銅不足はすでに地政学的な火種と言っていい。中国は世界の銅消費の約50%を占め(CRU Group, 2023年)、年間約1,100万トンを消費する。NPR記事は、中国がコンゴ民主共和国(DRC)のCOMMUS鉱山を運営し、2023年で250万トンを生産する姿を伝えている。さらに、アフガニスタンで16年越しに銅鉱山を着工(2024年)するという。対して米国は消費の半分(約90万トン、2023年)を国外から輸入し、カナダ(48万トン)やメキシコ(73万トン)に依存(USGS)しているのに、2025年2月25日、カナダからの銅に25%関税を課す。これは中国依存を減らす戦略だが、カナダとの関係悪化がさほど考慮されているふうでもない。
日本はこの米中の「銅戦争」の狭間に立つことになる。2022年の銅輸入総量112万トンのうち、南米が約45万トン(40%)、残りをカナダやオーストラリアが補っているが、米国の関税がカナダからの供給を圧迫すれば、日本は代替を南米や中国に求めるしかない。また中国の輸出制限リスクもある。日本には製錬所も限られ(JX金属など年間約160万トン能力)、輸入途絶となれば致命的だ。
リサイクル銅は、解決策にはならない。米国では供給の33%(約60万トン、NPR)を占めるが、日本では約30万トン(日本鉱業協会、2022年)と需要の27%程度程度。アルミニウムは代替候補だが、電気抵抗が銅の1.6倍(電気電子学会データ)で効率が落ちる。日本の輸入依存は打開策がなく、大国間の綱引きに翻弄されるだろう。もちろん、技術革新は進む。トヨタは銅使用量を減らす配線設計を研究し、パナソニックは代替素材を模索する。だが、NPRのバーゲス氏が言う「1つ入れて2つ出す魔法の箱」は存在しない。根本的解決は遠い。
日本としては国際協力しか道がない。チリとの二国間協定(2023年更新)やペルーへの技術支援で、安定供給を確保しなければならない。日本のJX金属はコンゴで鉱山開発を検討(2024年計画)し、産出国との関係強化を図る。あわせて、現実的に考えるなら、もはや銅不足を標準とせざるをえない。
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