2015.05.28

WHO(世界保健機関)改革の裏側

 WHO(世界保健機関)改革が実施されようとしている。この件について、国内報道を見ていると、特に意図もなく単に報道陣に背景知識がないからではないかと思うが、国際社会ではよく知られている問題意識が抜け落ちているような印象があった。この問題については日本でも識者がいるので、そうした方面から詳しい説明がいずれ出るのかもしれないが、現時点で備忘をかねて言及しておく。
 WHO(世界保健機関)改革の報道は国内でもあった。例えば、朝日新聞「WHO、エボラ熱の教訓受けて組織改革 年次総会で表明」(参照)より。


 世界保健機関(WHO)は、西アフリカでのエボラ出血熱に対する初動遅れを受けて、即応態勢を備える組織改革をする。チャン事務局長がスイス・ジュネーブで18日に始まった年次総会で表明した。
 エボラ出血熱については、昨年3月に大流行の兆候が判明。国際NGO「国境なき医師団」などが直ちに現地で活動を始めたのに対し、WHOは同年8月になるまで「公衆衛生上の国際的緊急事態」を宣言しなかった。この初動の遅さや背景にある組織内の指揮系統の複雑さ、国連内外の組織との連携の悪さなどが批判されてきた。

 また日経「WHO、緊急対応へ120億円基金 エボラ教訓に改革」(参照

【ジュネーブ=原克彦】西アフリカで多くの死者が出たエボラ出血熱を教訓に、世界保健機関(WHO)が改革に乗り出す。26日に最終日を迎えるジュネーブでのWHO総会では財源確保のために1億ドル(約120億円)規模の基金の創設を決めたほか、他の国際機関や人道支援団体などとの連携のあり方を議論した。ただ、途上国の貧弱な医療体制の改善が先決との意見も多く、再発防止に向けた課題は多い。

 朝日も日経も会員以外は報道の全文が読めない。後半の展開はわからないので、この報道について言及は控えたいが、後で示す海外報道の出だしと比較するとその差は興味深い。
 AFPの報道もあった。「WHO、組織改革を発表 エボラ危機の教訓受け」(参照)より。

【5月19日 AFP】世界保健機関(WHO)は、西アフリカで昨年起きたエボラ出血熱の流行への対応の遅さに対する批判を受け、緊急事態対応の抜本的改革を年内に実行する。WHOのマーガレット・チャン(Margaret Chan)事務局長が、スイス・ジュネーブ(Geneva)の本部で18日に開幕した年次総会(World Health Assembly)で発表した。
 チャン事務総長は、危機が発生した際にWHOがより敏速に効果的に対応できるよう「抜本的な改革」を行うことを決意したと言明。今後、危機的事態が発生した際に備えて「任意の柔軟な拠出によって」即時に調達可能な資金を用意する1億ドル(約120億円)規模の緊急用積立金の創設を呼び掛けたと述べた。またWHOは、事務総長に直接報告を行う公衆衛生緊急事態のための共同プログラムも発足させるという。
 またチャン事務総長は、WHOの緊急対応スタッフの技量を、物資調達の専門家や医療人類学者、リスクコミュニケーションの専門家などを加えることで強化する方針を示した。エボラ危機では、コミュニケーションの不足と流行発生地域の住民の伝統や習慣に対する理解不足によって、患者の隔離や伝染力の高い遺体の安全な埋葬方法に対し、地域の広範な抵抗を招いたと非難されている。
 さらにチャン事務総長は、16~17年度の予算を前年比10%増の44億ドル(約5300億円)とし、うち2億3600万ドル(約280億円)を監視・対応能力の拡充にまわすことを提案した。(c)AFP

 全文を引用したのは、全文に渡ってマーガレット・チャンWHO事務局長の名前があることを示すためである。この話題の焦点は、彼女にある。また、文脈からわかるように、改革の必要性は、彼女の運営下のWHOがエボラ危機に事実上失敗したことであり、覆われた修辞を除けば、ようするにチャン事務局長への批判であり、国際社会としてもただ彼女を批判しても今後の対応ができないことから、改革案とカネを出すという形にした、ということである。
 改革という点から見ると、実際にはエボラ危機はとりあえず最悪の予想を脱し克服したかに見えるその対応手法の実績があり、実際には、その対応手法をWHOに含ませるという意味合いもある。
 その前に、今回の年次総会でチャン事務局長のメンツを潰さずに前向きの改革の方向性を付けた立役者は、総会議長を務めるドイツのアンジェラ・メルケル首相であったことを特記しておきたい。議長なのだから当然とはいえ、この問題を国際社会の場に組み込んだ力業はみごとなもので、その他の点でもフォーブスによる「世界で最も影響力のある女性」の第一位に五年間通じて選出されたのもうなづける(参照)。
 メルケル首相の立ち位置は、英国のリベラル紙ガーディアンが報道している。「Plan to reform WHO after Ebola to be unveiled by Angela Merkel(アンゲラ・メルケルが公開するるエボラ出血熱の後のWHO改革計画)」(参照)。また、インターナショナル・ビジネス・タイムス「At World Health Assembly, World Health Organization Makes Plans For Change After 'Catastrophic' Response To Ebola Virus Outbreak(世界保健機構は世界保健総会で、エボラ出血熱ウイルス発生の「壊滅的な」反応後の変革計画を作る)」(参照)でも冒頭からメルケルの話題で始まっている。
 ただしどちらの記事も、チャン事務局長の事実上の失態には触れていない。この点は実際には、彼女の出身である香港を通して中国に対する国際社会の配慮もあると見てよいだろう。国際社会としてはできるだけ、中国の人材を国際社会の行政的機関に関連させたいと願っているが、現実の国際社会は中国国内のように政治的闘争に明け暮れていればいいわけではなく、本当の実力者が求められる。
 WHOの改革だが、従来からも「改革」が叫ばれていたが、それらが有効性を持たないでいたのは、どの行政でもそうだが、現実プランを持たない改革は絵空事になるからである。ところが今回のWHO改革では、エボラ出血熱対応において現実の改革を率先した国連エボラ緊急対応ミッション(UNMEER)が存在していた。
 UNMEERについては国連の広報センターに解説がある(参照)。簡素だが実はかなり興味深い説明である。

 国連エボラ緊急対応ミッション(UN Mission for Ebola Emergency Response UNMEER)が西アフリカで感染が広がるエボラ出血熱への対応のために設置され、展開しています。
 UNMEERは、公衆衛生に関して、国連が設置する初のミッションです。
 同ミッションの活動期間は限定的です。エボラ出血熱との闘いに関する緊急ニーズに対応します。
 設立の経緯としては、まず潘基文事務総長が2014年9月17日、国連総会と安保理宛てに書簡(A/69/389-S/2014/679[別窓])を送付し、同ミッションを設置する意向を示しました。同月19日、総会69/1[別窓]が決議を全会一致で採択し、これを歓迎したことを受けて、事務総長がミッションを設置しました。
 同ミッションは、エボラ出血熱の広がりを止めたり、感染者を治療したりすべく、迅速、効率的かつ一貫した行動のための業務的な枠組み、および統一した目的を提供します
 国連システム調整官のデビッド・ナバロ氏が戦略的なガイダンスを提供します。
 そして、事務総長特別代表が同ミッションを業務的に率います。アンソニー・バンベリー氏(Anthony Banbury)が事務総長によってその職に任命されています。
 同ミッションは、国連システム全体、とくに世界保健機関(WHO)の支援のもと、国連加盟諸国、地域諸機関、市民社会、民間セクターと密接に協力し、活動を展開します。

 ざっと読むとわかりにくいが、国際的な危機にWHOの対応が不能になったので、国連が直に関与するための「公衆衛生に関して、国連が設置する初のミッション」が形成された。WHOを上書きしたような事態になり、これがWHOと齟齬を起こさないように「事務総長特別代表」が設置された。つまり、国連事務総長名で動く特殊な組織が形成されたわけである。
 このミッションの意味合いなのだが、こういう表現はあまりよくないのだが、「国連総会と安保理宛てに書簡」という出だしからわかるように、事実上、国連軍的な相似性があり、いわば「連合国」出動という一種の軍事ミッションに近いものになっていた。
 誇張した文脈はよくないが、そう理解するとアンソニー・バンベリー氏の起用が理解できる。氏は米国出身1964年生まれで、2009年から国連平和維持活動(PKO)の現場支援担当の事務次長補を務めていた。以前は、1988年から1995年に、タイ国連国境救済事業やカンボジア国連暫定当局、ボスニア·ヘルツェゴビナ・クロアチア国際連合保護軍などで働いている。簡単に言えば、PKOの専門家であり、ロジスティックスの専門家でもあるが、基本的に軍事の専門家に近い。
 実際のところUNMEERは、軍事ミッションに近い国連=連合国の側面が現れた事例でもあり、そうしないとWHOでは直面できない国際危機には対応できなかった。
 日本では、軍隊=戦争、という先入観で語られることが多いが、戦闘地域の平和維持や今回のような感染症のアウトブレイクには、軍を当てることが有効になる。軍は、日本では武力集団としてまず理解されがちだが、兵站や医療の実態から見ても、動く食糧倉庫と動く病院でもある。
 日本が平和貢献をするのであれば、こうした動く食糧倉庫と動く病院を備えた軍事機能がより有効になる。
 WHOの改革後はそうした機能がより国際社会に求められるようにはなるだろう。ただし、もう一つの側面でいえば、人道危機にあっても、シリアやイラクが例になるが、政治・軍事的な地域への国連介入は難しいだろう。
 
 

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2015.05.27

日本の自衛隊が米豪軍事演習に初参加

 日本の自衛隊が米豪軍事演習に初参加するという話題を海外報道で見かけたが、国内ではあまり見当たらないのはなぜなんだろうと思って、ブログの記事を書いたら、その場で、ありゃ、私の勘違いとわかった。米豪共同訓練「タリスマン・セーバー」については、すでに大手紙などに18日に各種記事があった。というわけで、ちょっとおっちょこちょいすぎるブログ記事なので、改稿して以下。
 ただ、国際報道は25日以降に見えたこともあり、中国報道もそこから見える。中国網日本語版「日本が米豪合同演習に初参加、軍事協力を強化」(参照)より。


海外メディアは25日、米国とオーストラリアが今年7月上旬に実施する合同軍事演習に、日本が自衛隊を初めて派遣することになったと報じた。米海軍の「ロナルド・レーガン」空母は、8月に日本に駐留する予定だ。

この軍事演習には米国とオーストラリアの3万人規模の部隊が参加する。課目には、海上行動、上陸、特殊部隊の戦術、市街地戦などが含まれる。日本からは40人が参加。

シドニーのシンクタンク、ロイ研究所の国際安全研究室長は、「米国はこれを機に、同盟国の幅広い参与を促そうとしている」と分析した。

中谷元防衛相は、米豪合同軍事演習の参加目的は、両国との軍事協力の強化だと述べた。

これまでの報道によると、米海軍の「ロナルト・レーガン」空母が8月、駐留中の「ジョージ・ワシントン」空母と交代し、第7艦隊に加わりアジア太平洋に駐留することになった。

ロナルド・レーガンは2003年7月に就役した、米海軍の作戦能力が最も高い空母の一つとされている。米国に10隻あるニミッツ級原子力空母の中では、「ジョージ・H・W・ブッシュ」より先に配備された9番艦で、比較的新しい空母だ。

これは米海軍の「リバランス戦略」に向けた行動、昨年1月に発表された空母配備調整の一環と分析されている。この調整により米国は東アジアで空母の実力を維持し、太平洋で空母6隻態勢を維持することになる。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年5月26日


 中国がこの演習に関心をもって報道していること自体、すでに中国の文脈で話題になっている。Focus-asia「日本が初めて派兵へ、米豪合同軍事演習に参加―中国メディア」(参照)より。

26日付の中国メディア・人民網は、複数の海外メディアの報道を引用し、日本が初めて派兵して、7月初めに米国とオーストラリアの合同軍事演習に参加すると報じた。

日本側からは計40人が参加する程度だが、中国が南シナ海で岩礁を埋め立てて人工島を造成していることを受け、日米豪3カ国が団結を示すために決定したものとみられている。米国とオーストラリアは合わせて3万人あまりの部隊が参加し、海上作戦や上陸、特殊部隊戦や都市戦などの訓練を実施する。

ロイター通信によると、ローウィー国際政策研究所の国際安全室主任はこれについて、「米国の太平洋西部の同盟国のうち、日本は北部の拠点、オーストラリアは南部の拠点としての役割を担う」と分析している。中谷元・防衛相は「今回の演習参加は中国を念頭に置いたものではない。米豪両国との軍事協力を強化するためだ」と話している。

(編集翻訳 小豆沢紀子)


 該当の海外メディアの正体の一つはロイター、「Japan to join U.S., Australia war games amid growing China tensions」(参照)である。表題を見てもわるように、直訳的には「中国との緊張が高まるさなかの、日米豪の戦争ゲーム」である。
 ここでいう「中国の緊張」というのは、言うまでもない中国の海洋進出、つまり軍拡である。NHK「中国 アメリカの南沙諸島偵察強化に抗議」(参照)より。

また、中国のメディアは連日のように南シナ海の問題を取り上げていて、このうち中国共産党系の新聞「環球時報」は25日付けの紙面の社説で、アメリカがあくまでも浅瀬の埋め立ての停止を求めるのであれば「一戦は避けられない」と、米中の軍事衝突がありうると主張しています。一方で、社説は「南シナ海で平和を保てるか、戦闘が起きるのか、その責任はアメリカにある。アメリカが戦略上最低限の節度を保てば、情勢の危険度は限定的になる」として、事態をエスカレートさせる行動を取らないようアメリカ側に求めています。

 環球時報はけっこうお笑いメディアでもあるが、さすがに書かれていることはちょっとこれはないなという印象がある。ただこれは、環球時報だけの話題ではない。表現は抑えられているが、中国政府が国防白書でも踏み込まれている。NHK「米 中国の国防白書発表でけん制」(参照)より。

中国政府は26日、2年に1度の国防白書を発表し、各国が領有権を争う南シナ海に関して、「一部の域外の国が、南シナ海問題に全力で介入している」などとして、名指しは避けつつアメリカを非難するとともに、この問題で妥協しない姿勢を明確にしました。

 ようするに、中国が南シナ海を巡って戦争も辞さないと構えつつあり、また国内では日本が安全保障関連の法案の審議をしているさなかでの、「日米豪の戦争ゲーム」である。
 中国報道が孫引きしたロイター報道は重要だが、そこでにあって他の日本語報道で見えづらいのは、以下の部分だろう。

Some security experts say China might impose air and sea restrictions in the Spratlys once it completes construction work that includes at least one military airstrip. China has said it had every right to set up an Air Defence Identification Zone but that current conditions did not warrant one.


(南シナ海の島の埋め立てで)少なくとも一つ軍事滑走路を備えて工事が完了すれば、中国は南沙(Spratlys)で空路と海路に制限を課す可能性があると述べる安全保障専門家がいる。中国は、防空識別ゾーンを設定するためのあらゆる権利を有しているが現状は保証されないとは述べてきた。


 ごく簡単に言えば、中国が南沙諸島に滑走路を持てば、軍事進出は次の段階を迎えてしまう。そこで中国の海洋侵出を阻止するために米国が豪州と組んで軍事活動の示威をするというのが、今回の軍事演習の意味であり、日本がこれに初めて明瞭に組み込まれる。
 日本では18日ごろに報道されたため、この数日ではあまり見当たらない。その後の経緯を見てもそれほど国内で話題になっているふうでもない。気にはなるのでブログで触れておく。
 
 

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