2008.05.11

学習すると早死にするらしい

 また3日穴が開いてしまった。しまったな。ちょっと気を抜いていたというか、日々ブログを書いていた時間をTwitterにシフトすると、なるほどそれなりにブログを書く気力みたいのも抜けるものなのかな。ブログが書けないわけでもない。いろいろ思うことはあるし、いくつか書評めいたことも書きたい本もある。だけどネットに向き合う時間がなんとなく減りつつある。ジョン・マエダではないけど、背をもたれて本を読むほうが心地よいし、ジャーナルもマシンの前を離れてコーヒーを飲みながら読むほうを好みつつある。年齢ってやつか。でも考えてみたら、こんなにネットにプラグする以前の行動パターンだったか。

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パラサイト・レックス
生命進化のカギは
寄生生物が握っていた
カール・ジンマー
 そういえば「極東ブログ」という鉄人28号ばりのふざけた名前をブログ名にしたのは、できるだけ世界の端っこから世界を見つめていたいという思いもあった。以前なら目下のグルジア情勢やレバノン情勢についてもエントリを書いたものだった。そうした気力が抜けつつある。継続的に関心を持つことにしたダルフール危機も内戦の様相を深めており、スーダン政府が空爆で学童を殺害してもニュースにしないNHKなどが、反抗勢力の活動となるといそいそと報道するのもなんだなとは思うが、それでも報道しないよりはましだろう。ブログで何か言及すべきか。目下の状況はチャドとの関連があるようだし、大きな構図ではまだ変化もないといえばないのかもしれない。
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水辺で起きた大進化
カール ジンマー
 というあたりで、一息ついて、ちょっくら身近な温泉でも行ってくるなとかつい思ってしまう。いやいやなんかエントリを書こう。素直に思うのだけど、私は、できるだけブロガーでいたいなという気持ちもある。ブロガーなんてもちろんバカみたいな存在、糞みたいな存在だろうけど。
 で、おネタなのだが、日本で報道されただろうか。へぇと思ったし、どうせどっかのブログがネタに書いているんじゃないかと思うのだが、ジャーナル発ロイター経由みたいなものではないからそうでもなかったか。ネタは、サイエンスライターのカール・ジンマー(CARL ZIMMER:参照参照)が6日のニューヨークタイズムのサイエンス欄に書いた記事”Lots of Animals Learn, but Smarter Isn’t Better
”(参照)だ。面白かった。その後、エディトリアルなんかでも取り上げられていた。

Lots of Animals Learn, but Smarter Isn't Better

“Why are humans so smart?” is a question that fascinates scientists. Tadeusz Kawecki, an evolutionary biologist at the University of Fribourg, likes to turn around the question.

“If it's so great to be smart,” Dr. Kawecki asks, “why have most animals remained dumb?”

学習行動をする動物は多いのに賢いことがより良いわけでもない
「なぜヒトは賢いのか?」という疑問は科学者を魅了する。フライバーグ大学の進化生物学者タデューツ・カウツキーは問題の転換を好む。彼はこう問い掛ける、「もし賢くなることがすばらしいなら、大半の動物が愚鈍のままなのはなぜだろう?」)


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「進化」大全
カール・ジンマー
 もちろん、コラムだし、ネットでいう「釣り」ではあるのだが、ようするに学習しないことの生物進化的な意義というのがありそうだということだ。
 その前に、動物や昆虫というのはそんなに学習するものなのか?
 するらしい。というか、するというのが最近の生物学の常識と見てよいらしい。つまり、行動は本能行動というだけではなく状況における学習の意義が大きいようだ。という話がちと続く。
 であれば、なぜ学習がそれほど普遍性があるのに、そうは見えないのか。

Although learning may be widespread among animals, Dr. Dukas wonders why they bothered to evolve it in the first place. “You cannot just say that learning is an adaptation to a changing environment,” he said.
(学習が各種動物に広まっているかもしれないとして、ではなぜそれを優先に進化しないのか、そうデュカス博士は問う。「学習は環境変化による適合であるというだけではすまない」)

 そういう疑問から、学習、つまり環境変化による適合、というものが、神経システムに対してなんらのデメリットを持っているのではないか、という疑問になり、ほいじゃ、ショウジョウバエを学習させて、どーんなデメリットがあるのか調べてみようということになった。いいんじゃないかな。水とかに語りかけるよりショウジョウバエというのは。

It takes just 15 generations under these conditions for the flies to become genetically programmed to learn better.
(遺伝的に学習効率良くプログラムさせるためには、こうした環境下で15世代を経過させる。)

 で、どうなったか? 

The ability to learn does not just harm the flies in their youth, though. In a paper to be published in the journal Evolution, Dr. Kawecki and his colleagues report that their fast-learning flies live on average 15 percent shorter lives than flies that had not experienced selection on the quinine-spiked jelly. Flies that have undergone selection for long life were up to 40 percent worse at learning than ordinary flies.
(ショウジョウバエが若いときは学習は有害ではない。が、「進化」誌掲載論文で、カウツキー博士と同僚の報告では、初代の学習ショウジョウバエは、キーネ入りゼリー選択を経験しない普通のショウジョウバエより、平均寿命が15%短かった。長期生存で選択下にあったショウジョウバエは学習によて通常のショウジョウバエより40%も悪化した。)

 つまり、学習すると、早死にするようになった。
 なぜ? 理由はわからない。

“We don’t know what the mechanism of this is,” Dr. Kawecki said.
(カウツキー博士は、我々にはこの機序がわからないと言った。)

 わかんないじゃすまないので、理由を考える。
 現状のところ、ようするに学習っていうのは神経系に負荷が大きすぎるのではないかということになりそうだ。
 そのあたりは、別コラムニストが”The Cost of Smarts”(参照)も書いていた。
 いずれにせよ、学習というのは一種のダークサイドというか副作用とか、生存によからぬ影響を持っていると仮定してもよさそうだ。

Dr. Kawecki says it is worth investigating whether humans also pay hidden costs for extreme learning. “We could speculate that some diseases are a byproduct of intelligence,” he said.
(人間の過度の学習にはどんな損失が隠されているのか調べる価値があるとカウツキー博士は言う。「ある種の病気というのは知性の副作用であると考えられるではないかな。」)

 そしてオチ。ネタにはオチだよ。

“If you’re using your intelligence to outsmart your group, then there’s an arms race,” Dr. Kawecki said.
(きみが所属する集団により優れるために知性を使うなら、それは軍備拡張となる。)

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セレクション
たま
 なんかあれだな、平和のためには逆進化というか、むかし「たま」の歌にあったように退化していくのがいいのかもしれないし、その率先にある世界の範たる国民といえば……、ちょっとヨタがすぎました。

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2008.05.07

[書評]シンプリシティの法則(ジョン・マエダ)

 「シンプリシティの法則(ジョン・マエダ)」(参照)は、表題からその意図がわかるだろうが、煩雑な物事にシンプリシティ(簡素さ)を求めるにはどうしたらよいのかという課題に対して、基本となる10の指針を法則として与えている。翻訳の文体に多少硬い印象があるが、これはかなりの美文で書かれているのでしかたがないだろう。

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シンプリシティの法則
ジョン・マエダ
 書籍本体は意図的にきっちり100ページに抑えてあり(訳本もまた)、二時間もあれば読み通せる。要点もまたすっきりと書かれているので、わかりやすいという印象を持つ人もいるだろう。つまり、この本自体がそのシンプリシティの法則が適用されているがゆえにシンプルである、と。間違ってはいない。薄く軽いタッチの書籍のわりに1500円は高いなと思う人もいるかもしれない。
 私にしてみると、この本はきつい読書の部類に入った。再読を終えて、実はまだ書評を書くべきではないのではないかと逡巡している面がある。シンプルに書かれているのだが、読書にかなりの思考力が要求され、理解しづらい。単純に要点をまとめて暗記してすむといったたぐいの書籍ではない。ある種の古典といった風格がある。著者ジョン・マエダ(参照)も、背をもたれて読んでほしいとしているが、ところどころで読者に思考を強いているようだ。
 凡庸な編集者なら(本書はかなり編集者の手が入っているようだが)、本書をもっとばっさりと安易なハウツー本に仕上げることができるだろう。だが、マエダはそこを明確に、ヒューモラスに拒絶している。理由はわかる。シンプリシティ(簡素さ)とはけしてシンプルなことではないからだ。そしてなぜそれがシンプルではないかというと、シンプリシティを求める人間の知性や美意識のなかに、生命の本質が関わる複雑性の要素をそぎ落とすことができないからだ。マエダの思考は、どことなくハイデガーの哲学に似たような部分があるが、そういう比喩は誤解を招くかもしれない。
 本書の目的は非常に明確であり、その点ではシンプリシティそのものだといえる。

私たちのミッションは、コミュニケーション、ヘルスケア、娯楽の分野においてシンプリシティが持っているビジネス価値を明らかにすることだ。


人びとは、生活をシンプルにしてくれるデザインを買うだけではない。さらに重要なことに愛しているのだ。ここ当分のあいだは、複雑なテクノロジーが私たちの家庭や職場に押し寄せ続けるだろう。したがって、シンプリシティはきっと成長産業になるはずなのだ。

 ものを作る、サービスを提供するということにおいて、その価値に対してシンプリシティがどのように貢献できるのか。こうした分野に関わる人びとにとって、本書はおそらく必読といってもよいかもしれない。
 私は本書を読みながら、些細なことだがこのブログ「極東ブログ」のデザインのことも考えた。私は私なりにこのブログのデザインに自分の美学を表現している、もっともそう思ってくれる人はいないだろうが……。色合いは私が好きなマルタカラーから選んでいる。2カラム以上は増やすまい。アフィリエイトの猥雑さを減らしそれでいて可能な最適なアフィリエイトはどのように可能になるか。本文は読みやすいか……。この点についてはかなり批判があるだろう。メイリオといった書体を強制的に指定することもできるし文字を大きくすることもできる(だがしていない)。いろいろとシンプリシティを考える。
 本書を読みながら、たびたび、別途私がウェブサービスで使っている「はてな」のことも考えた。率直に言って本書は「はてな」の人びとに読んでもらいたいと思った(おそらくすでに読んでいらっしゃるだろうが)。というのは興味深いサービスを多数提供しながら、そしてそれなりにシンプリシティを追求されているのだろうが、それでもシンプリシティとはほど遠いサービスが続出する状況はなんとかならないのだろうか。
 他にもいろいろある。携帯電話もおよそシンプリシティから遠い。携帯電話のメールにいたっては自然に適用されたシンプリシティへの要求で表題がすでに欠落して使われている。いや、それはもはや電子メールではないのだろう。
 デジタルカメラも複雑過ぎる。プリンターもそうだ。パソコンがそもそもシンプリシティから遠くなりつつある。
 ITだのデジタル分野以外に、公共サービスもまた複雑化している。高齢者医療の負担の問題については、その対象の人びとが理解できるシンプリシティはなかった。人生全体についてもシンプリシティは求められる。
 本書の法則は破っても罪になるものではないとして。

だが、デザイン、テクノロジー、ビジネス、人生においてみずからシンプリシティ(そして健全さ)を探求するときには、これらの法則が有用であることがわかるだろう。

 本書は丹念に読めばデカルトの方法序説の脇に並べるほどの価値をもっている。
 ではそのシンプリシティの法則とはどのようなものか。それはすでにウェブでも公開されている(参照)。ここにも再掲してみよう。ただし、訳は私なりに変えてみた。アイコンは本書についていたもので、マエダがそのコンセプトをデザインしたものだ。

  1. REDUCE(縮小せよ): The simplest way to achieve simplicity is through thoughtful reduction.(シンプリシティを達成するもっともシンプルな手法は思慮深い縮小を通して実現される。)
  2. ORGANIZE(組織化せよ): Organization makes a system of many appear fewer. (組織化によって多数のシステム構成要素が少なく見える。)
  3. TIME(時間): Savings in time feel like simplicity.(時間を節約させれば人はシンプリシティの感覚を得る。)
  4. LEARN(学習せよ): Knowledge makes everything simpler. (知識によってすべてがよりシンプルになる。)
  5. DIFFERENCES(互いの差分): Simplicity and complexity need each other. (シンプリシティとコンプレクシティは互いに必要としあう。)
  6. CONTEXT(全体状況): What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral. (シンプリシティの周辺にはとても周辺とは思えないものが存在する。)
  7. EMOTION(情感): More emotions are better than less. (情感は少ないより多いほうがよい。)
  8. TRUST(委託): In simplicity we trust. (私たちはシンプリシティに委託するものだ。)
  9.  FAILURE(失格): Some things can never be made simple. (けしてシンプルにならないものが存在する。)
  10. THE ONE(選ばれし者ザ・ワン): Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful.(シンプリシティは自明なものを取り除き、意義を加えることに関わる。)

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The Laws of Simplicity
John Maeda
 ところで、DIFFERENCESのアイコンはなぜ、アヒルなのだろうか?(アヒルではないのか?) 私はなんとなく自分なりの理解を持っているのだが、シンプルなお答えはどこかに書かれているのだろうか。ご存じのかたがいらしたら教えていただきたい。

追記
 コメント欄にて早々に回答をいただいた。ありがとう。
 Duck duck goose、なるほどね。
 ⇒maeda January 23, 2007

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