ウクライナの農地問題の現在
ウクライナは「ヨーロッパのパンかご」として知られるほど豊かな農業資源を持つ国である。しかし現状、その広大な農地が外国資本や新興財閥の手に渡り、小規模農家が厳しい状況に追い込まれているようだ。ここで紹介する、2023年にオークランド研究所(The Oakland Institute)によって発行されたレポート『戦争と窃盗:ウクライナの農地の乗っ取り』(War and Theft: The Takeover of Ukraine's Agricultural Land)には、あまりメディア報道されることがない、この問題の詳細な背景と影響が分析されている。ブロガー視点で気になった点をまとめおこう。
まとめ
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ウクライナ農地の集中と外国資本
ウクライナには、約3,300万ヘクタールの耕作可能な土地があり、うち430万ヘクタールが大規模農業に利用されている。さらにそのうち、約300万ヘクタールは、十数社の大規模アグリビジネスによって管理されており、企業が外国資本によって運営されている。Kernel社は約58万ヘクタールの農地を所有し、その登記はルクセンブルクにある。UkrLandFarmingは約40万ヘクタールを所有し、その登記はキプロスにある。
ウクライナでは、今回の戦争が開始される前年、2021年に大規模な土地改革が実施されたが、この改革は、2014年のマイダン革命以降、西側の金融機関や欧州連合(EU)の支援を受けた構造調整プログラムの一環として実現されたものであり、これによりウクライナの土地の民営化と市場の開放が大きく進められた。外国投資家がウクライナの農地にアクセスできるようになり、結果、海外資本が扱いやすいように土地の集約が加速した。多くのウクライナ国民はこの土地改革に反対していたとも見られるが、ウクライナのマイダン革命政府は海外からの経済的支援を得るために改革を強行した。結果として、2022年末までに約11万件の土地取引が行われ、合計26万ヘクタール以上が売買された。
外国からの支援と小規模農家への影響
事実上のウクライナ農地の海外開放後、欧州復興開発銀行(EBRD)、欧州投資銀行(EIB)、国際金融公社(IFC)などの投資機関は、ウクライナの大規模農業企業に対して約17億ドルの融資を行い、これにより、これらの海外企業はさらにウクライナ土地を取得し、農業の支配力を強化することができた。例えば、欧州復興開発銀行はウクライナの大手企業に対して10億ドル以上の融資を行っており、企業の拡大を後押ししている。
他方、ウクライナの小規模農家に対する支援は極めて限定的である。世界銀行の部分信用保証基金はわずか540万ドルに過ぎず、この支援の不均衡がウクライナ農業における不平等を助長している。現状、ウクライナの農業生産の50%以上を小規模農家が担っており、特にジャガイモや野菜、乳製品など国内消費向けの作物生産において重要な役割を果たしているが、資金不足に悩む農家が多く、経済的困難に直面している。レポートでは言及していないが、戦時下、EUはウクライナ支援の一環として、2022年6月4日から同国産農産物への関税賦課を停止したところ、ウクライナから安価な農産品が陸路で欧州に大量に流入し、近隣国の農家(政治的な力を有する)の反発が収まらず、EU加盟国間で不協和音が発生した。この背景には外資導入されたウクライナ農業問題もあるだろう。
条件付き援助とその代償
ウクライナは現在、西側諸国から、軍事支援以外にも各種の援助を受けているが、厳しい条件もまた付されている。これらの援助は、結局のところ、ウクライナ国家の産業構造調整プログラムの一環であり、社会的安全網の削減や主要産業の民営化などの緊縮政策を伴う。例えば、2022年にはアメリカから1,130億ドル以上の経済援助を受けたが、その多くは軍事支援(不正の温床でもある)や経済改革に条件付けられていた。欧州連合(EU)からの援助にも、公共サービスの縮小や規制緩和といった厳しい改革が求められた。これらの改革は、ウクライナ国内の多くの市民にとって生活の質の低下をもたらすリスクがあり、特に小規模農家や低所得層には深刻な影響を与える。
国際通貨基金(IMF)もまた、ウクライナに対して、主要な国営企業の民営化を含む一連の条件を提示しており、これによりオリガルヒ(経済の民営化を通じて社会資本から富を蓄積した特権階級)や外国企業が、ウクライナの重要な資産を手に入れる機会が拡大している。これらの西側からの条件付き援助は、すでに軍事支援で危機的に見られているように、ウクライナ国内での権力の集中や汚職の増加を招くリスクをはらんでおり、社会的不安定を助長する要因となっている。例えば、IMFの条件によりエネルギー料金の値上げが実施された際は、一般市民の生活費が大幅に増加した。ウクライナは、戦禍に覆われているが、こうした西側由来の改革からも多くの家庭が経済的に厳しい状況に直面している。
ロシア侵攻の影響と農業の現状
ロシアによるウクライナ侵攻も、当然ながら、農業に甚大な影響を与えている。戦争により、肥料、種子、燃料の不足が生じ、さらにインフラの破壊や農地の地雷設置といった問題も発生している。国連の報告によると、2022年のウクライナの農業生産量は戦前の水準から30%以上減少しており、これは主にロシアの侵攻に伴うインフラの破壊と農地の汚染が原因である。特に、インフラ破壊により輸送手段が断たれたことで、農産物の国内外への流通が大幅に制限され、農家の収入が減少しているが、これも先に述べた欧州販路の問題に関連している。
ウクライナの農地に対する戦闘の影響は深刻さを増し、今後は地雷や未爆発弾の撤去が必要とる。復興時にも、農業生産は遅延し、安全に耕作できる土地が限られているという問題が発生する。現状でも、農地の汚染と戦闘による被害は、特に小規模農家に深刻な打撃を与えており、多くの農家が農業を続けるために最低限の資源でやりくりしている。
対して、西側資本の大手企業は、この戦争の混乱を利用してさらなる土地の集積を図っており、農業の集中化が効率よく進んでいる。レポートは、これらの企業は戦争中にもかかわらず土地を拡大し、ウクライナの農業資源をますます支配するようになっている様子を描写している。特にウクライナ小規模農家は、資金不足や人手不足の中で、日々の生活を維持することさえ困難な状況に追い込まれているが、国際的な援助も、結局は大手企業に偏重しているため、小規模農家への直接的な支援は乏しい。
戦後復興と民営化の懸念
ウクライナは戦時下ではあるが、すでに戦後復興計画は伸展しており、その際に国際金融機関や外国の利益がウクライナの公的セクターのさらなる民営化と農業の自由化を求めていくことになる。欧州復興開発銀行と国際通貨基金(IMF)は、戦後復興のために7,500億ドルの支援を提供する一方で、ウクライナ政府に公営企業の民営化や農業市場のさらなる自由化を求めている。このような動きに対し、ウクライナ国内の農家や市民社会からは、戦争中および戦後の土地市場の取引停止と土地法の見直しを求める声が上がっており、彼らは、戦後の復興においてオリガルヒや外国の利益ではなく、ウクライナ国民の利益が優先されるべきだと強く訴えている。
以上、レポート『戦争と窃盗:ウクライナの農地の乗っ取り』は、政治イデオロギー的着色がない分、公平にウクライナ農業の未来に対する懸念を示し、農業改革が公正かつ持続可能な形で進む必要があることを主張している。レポートでは、国際的な支援は外国資本ではなく、ウクライナの小規模農家と国民の利益を守るために使われるべきだと強調しているが、現実には難しいだろうとも思われる。それがより可視になっていくとき、ウクライナ国民は本当に西側の体制をよしとするのだろうかという疑問も生じた。
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