多くの男児が電車を好きになるのはなぜ?
子どもを見ていると、不思議なことがたくさんある。特に男の子が、誰も教えていないのに電車や車に夢中になる姿は、素朴な疑問を呼び起こす。今日、𝕏(Twitter)でこういうポストを見かけた。「多くの男児が教えてもいないのに電車や車を好きになるのはなぜだろうか? 電車も車も男児のために発明されたわけではないのに」。確かに、保育園や公園で、男の子がミニカーを手に持って「ブーン」とか言って走らせたり、自動車や電車のおもちゃをじっと見つめたりする姿はよく見かける。そもそも私自身そういう子どもだった(私の子どもはそれほどでもなかったが)。他方、女の子が人形遊びをする姿も多いといいだろう。これって生まれつきのものなのだろうか。それとも、ある種文化的な学習の結果なのだろうか。
この疑問は、子育て中の親と限らず誰もが一度は感じたことがあるだろう。電車や車は実用的な乗り物であって、男児向けのおもちゃとして作られたわけではない。それなのに、なぜか男の子のほうがより惹かれるようだ。そこには何か理由があるのだろう。そんな素朴な問いを頭に浮かべ調べてみると、それに部分的に答えてくれる研究を見つけた。今回はその研究を紹介しつつ、この不思議な現象について考えてみたい。
乳児の好みを科学的に探った研究
その研究は、少し古くなるが、2010年に『Archives of Sexual Behavior』という学術誌に掲載された「Infants' Preferences for Toys, Colors, and Shapes: Sex Differences and Similarities(乳児のおもちゃ、色、形に対する好み:性差と類似性)」である。イギリスのケンブリッジ大学の研究者、Vasanti Jadva、Melissa Hines、Susan Golombokが中心となって行ったもので、12か月、18か月、24か月の乳児120人を対象にしている。具体的には、各年齢層で男の子20人、女の子20人、合計60人の男児と60人の女児が参加した。
この研究の目的は、乳児が性別によっておもちゃ、色、形に異なる好みを示すのかを調べることだ。特に、「男の子は車を、女の子は人形を好むのか」「男の子は青を、女の子はピンクを好むのか」「男の子は角張った形を、女の子は丸い形を好むのか」といった仮説を検証した。さらに、これらの好みがいつから現れるのか、色や形がどれくらい影響するのかも探っている。
方法は「優先注視課題」というもので、乳児に2つの画像を同時に見せ、どちらを長く見るかをビデオで記録する。乳児はまだ言葉で好みを伝えられないため、視線の動きで「何が好きか」を判断するのだ。実験はロンドンのシティ大学で行われ、親が乳児を抱っこして暗い部屋でスクリーンを見る形で行われた。見せたものは以下の通りだ。
- おもちゃ:人形(女の子向けとされる)と車(男の子向けとされる)を用意。色はピンク、青、赤、薄い青の4種類で、たとえば「ピンクの人形と青い車」「青い人形とピンクの車」など、さまざまな組み合わせで提示した。色の明るさも調整し、影響を詳しく調べた。
- 色:ピンクと青、赤と薄い青など、単独で色の好みもテスト。たとえば、「ピンク vs 青」や「赤 vs 薄い青」といった対比だ。
- 形:丸い形(円や丸い三角)と角張った形(四角や三角)を白黒で表示し、どちらに注目するかを確認した。
データはビデオをフレーム単位で分析し、乳児が各画像を何秒見たかを計算。たとえば、5秒間見せた場合、片方を3秒見れば60%となり、その方が好まれると解釈する。この方法で、性別や年齢ごとの好みの違いを統計的に分析した。
もちろん、研究の背景には、性差の起源を理解したいという意図がある。好みが「生まれつき(生物学的要因)」なのか「社会化(育てられ方)」によるものなのかを見極める手がかりを得るためだ。たとえば、胎児期の男性ホルモン(テストステロン)が影響するのか、それとも親が与えるおもちゃや環境が影響するのか。この研究は、そんな大きな問いにもつながっている。
では、この研究で何がわかったのか。具体的な結果と限界を整理しておきたい。
おもちゃの好み:性差と年齢の変化
まず、おもちゃの好みには明確な性差が見られた。女の子は人形を、男の子は車を長く見る傾向があった。特に色の明るさを調整した組み合わせ(例:赤い人形 vs 青い車)でこの違いが顕著だった。注目すべきは、この性差が12~24か月の乳児で既に現れている点だ。つまり、言葉で性別役割を教えられる前の段階で、男の子が車に惹かれる傾向がある。ただし、年齢による変化も興味深い。12か月の男の子と女の子の両方が、人形を車より好んだ。しかし、18か月、24か月と成長するにつれて、女の子は人形への好みを維持し、男の子は車にシフトしていった。たとえば、12か月の男の子は人形を57.2%の割合で見ていたが、24か月では47.9%に減り、車が52.1%に増えた(表3参照)。この変化は、男の子の「人形を避ける」傾向が後から出てくることを示している。
色と形:性差なし、共通の好み
色と形の好みには性差がなかった。男の子が青を、女の子がピンクを好むという予想に反し、両者とも赤っぽい色(ピンクや赤)を青っぽい色(青や薄い青)より長く見た。たとえば、赤 vs 薄い青では、全体で60.15%が赤に注目し、統計的にも有意な差があった(表5)。形も同様で、丸い形(円や丸い三角)が角張った形(四角や三角)より好まれた。丸い形への注目度は57.44%で、角張った形の42.57%を上回った。これは、乳児期には「ピンク=女の子」「青=男の子」というイメージがないことを意味する。色の好みが性別に関係なく赤に偏るのは、赤が目立つ色だからかもしれない。また、丸い形が好まれるのは、安心感や温かさを感じるからという仮説も立てられている。
なぜ男の子は車を好きになるのか?
さて、本題ともいえる問題に迫ろう。この結果から、男の子が車を好む理由に迫れるだろうか。研究者は、胎児期のテストステロンが脳に影響を与え、動きのあるもの(車や電車)に興味を持つ傾向を生み出す可能性を指摘してはいる。実際、先天性副腎過形成症(CAH)という病気でテストステロンに多くさらされた女児が、男の子らしいおもちゃを好むという研究とも一致する。また、サルの実験でも、オスが車のようなおもちゃに興味を示した。つまり、男の子の「車好き」は、生物学的な性差が関与している可能性は高そうだ。
しかし、研究で示された、12か月の男の子が人形を好むという点は注意したい。成長とともに自動車への好みが変わるのは、親が「男の子には車を」と与えたり、社会が「男らしいおもちゃ」を押し付けたりする影響かもしれない。たとえば、研究では、1歳の父親が男児に人形を渡すことが少ないと報告されている。このように、生物学的な傾向がベースにあっても、社会化がそれを強化するのだろう。
どこまで答えられたか?
この研究はそれなりに多くのことを明らかにしたが、限界もある。第一に、視線で好みを測る方法は、実際におもちゃで遊ぶ場面とは異なる。見る時間が長い=好きとは限らないかもしれない。第二に、サンプルはロンドンの乳児120人で、文化や環境が異なる地域では結果が変わる可能性がある。たとえば、車や電車が身近でない文化では、別の好みが出るかもしれない。第三に、個人差が考慮されていない。すべての男の子が車を好きなわけではなく、女の子でも車に夢中な子はいる。この研究は「平均的な傾向」を示すにすぎない。最後に、12~24か月の範囲を超えた変化は追っていない。色や形の性差がいつから現れるのか、さらなる追跡が必要だ。
さて、この研究をどう受け止めたらいいのだろうか。男児が電車や車を好きになる理由について考えてみたい。まず、生物学的な要因がありそうだ。誰も教えていないのに、男の子がミニカーを手に持って走らせる姿は、本能的な何かを感じさせる。研究が示すように、テストステロンが動きや機械に反応する脳を作っているなら、「車好き」は人間の進化に関係するのかもしれない。たとえば、狩猟時代に動く獲物を追う役割が男性に多かったことを考えると、動きに惹かれる傾向が残っている可能性もある。
社会化の影響も無視できない。12か月の男の子が人形を好んでいたのに、24か月で車に変わるのは、周囲の期待が働いている可能性を伺わせる。親が無意識に「男の子には車を」と与えたり、テレビや絵本で「男の子=乗り物」というイメージを見せたりするうちに、好みが形作られていくことはありうる。
さて、こうした好みに生まれつきの傾向があるとしても、当然ながら、それがすべてではない。女の子が車を好きでも、男の子が人形を好きでも、何の問題もない。研究が示すように、乳児期には色や形に性差がないのだから、子どもが自由に好きなものを選べる環境を作るのが理想かもしれない。性別に縛られないおもちゃの選択肢が増えれば、子どもたちの個性がもっと伸びるかもしれない。
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