2024.10.09

ウクライナの農地問題の現在

 ウクライナは「ヨーロッパのパンかご」として知られるほど豊かな農業資源を持つ国である。しかし現状、その広大な農地が外国資本や新興財閥の手に渡り、小規模農家が厳しい状況に追い込まれているようだ。ここで紹介する、2023年にオークランド研究所(The Oakland Institute)によって発行されたレポート『戦争と窃盗:ウクライナの農地の乗っ取り』(War and Theft: The Takeover of Ukraine's Agricultural Land)には、あまりメディア報道されることがない、この問題の詳細な背景と影響が分析されている。ブロガー視点で気になった点をまとめおこう。

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まとめ

  • マイダン革命後、ウクライナの農地の多くが外国資本や大規模企業に管理され、土地改革により外資が農地にアクセスできるようになった。
  • ウクライナの農業生産の50%以上を担う小規模農家は支援不足で困難に直面している。
  • 西側諸国からの条件付き支援がウクライナの農業と産業の民営化を促進し、農地の支配が一部企業に集中するリスクが指摘される。

 

ウクライナ農地の集中と外国資本
 ウクライナには、約3,300万ヘクタールの耕作可能な土地があり、うち430万ヘクタールが大規模農業に利用されている。さらにそのうち、約300万ヘクタールは、十数社の大規模アグリビジネスによって管理されており、企業が外国資本によって運営されている。Kernel社は約58万ヘクタールの農地を所有し、その登記はルクセンブルクにある。UkrLandFarmingは約40万ヘクタールを所有し、その登記はキプロスにある。
 ウクライナでは、今回の戦争が開始される前年、2021年に大規模な土地改革が実施されたが、この改革は、2014年のマイダン革命以降、西側の金融機関や欧州連合(EU)の支援を受けた構造調整プログラムの一環として実現されたものであり、これによりウクライナの土地の民営化と市場の開放が大きく進められた。外国投資家がウクライナの農地にアクセスできるようになり、結果、海外資本が扱いやすいように土地の集約が加速した。多くのウクライナ国民はこの土地改革に反対していたとも見られるが、ウクライナのマイダン革命政府は海外からの経済的支援を得るために改革を強行した。結果として、2022年末までに約11万件の土地取引が行われ、合計26万ヘクタール以上が売買された。

外国からの支援と小規模農家への影響
 事実上のウクライナ農地の海外開放後、欧州復興開発銀行(EBRD)、欧州投資銀行(EIB)、国際金融公社(IFC)などの投資機関は、ウクライナの大規模農業企業に対して約17億ドルの融資を行い、これにより、これらの海外企業はさらにウクライナ土地を取得し、農業の支配力を強化することができた。例えば、欧州復興開発銀行はウクライナの大手企業に対して10億ドル以上の融資を行っており、企業の拡大を後押ししている。
 他方、ウクライナの小規模農家に対する支援は極めて限定的である。世界銀行の部分信用保証基金はわずか540万ドルに過ぎず、この支援の不均衡がウクライナ農業における不平等を助長している。現状、ウクライナの農業生産の50%以上を小規模農家が担っており、特にジャガイモや野菜、乳製品など国内消費向けの作物生産において重要な役割を果たしているが、資金不足に悩む農家が多く、経済的困難に直面している。レポートでは言及していないが、戦時下、EUはウクライナ支援の一環として、2022年6月4日から同国産農産物への関税賦課を停止したところ、ウクライナから安価な農産品が陸路で欧州に大量に流入し、近隣国の農家(政治的な力を有する)の反発が収まらず、EU加盟国間で不協和音が発生した。この背景には外資導入されたウクライナ農業問題もあるだろう。

条件付き援助とその代償
 ウクライナは現在、西側諸国から、軍事支援以外にも各種の援助を受けているが、厳しい条件もまた付されている。これらの援助は、結局のところ、ウクライナ国家の産業構造調整プログラムの一環であり、社会的安全網の削減や主要産業の民営化などの緊縮政策を伴う。例えば、2022年にはアメリカから1,130億ドル以上の経済援助を受けたが、その多くは軍事支援(不正の温床でもある)や経済改革に条件付けられていた。欧州連合(EU)からの援助にも、公共サービスの縮小や規制緩和といった厳しい改革が求められた。これらの改革は、ウクライナ国内の多くの市民にとって生活の質の低下をもたらすリスクがあり、特に小規模農家や低所得層には深刻な影響を与える。
 国際通貨基金(IMF)もまた、ウクライナに対して、主要な国営企業の民営化を含む一連の条件を提示しており、これによりオリガルヒ(経済の民営化を通じて社会資本から富を蓄積した特権階級)や外国企業が、ウクライナの重要な資産を手に入れる機会が拡大している。これらの西側からの条件付き援助は、すでに軍事支援で危機的に見られているように、ウクライナ国内での権力の集中や汚職の増加を招くリスクをはらんでおり、社会的不安定を助長する要因となっている。例えば、IMFの条件によりエネルギー料金の値上げが実施された際は、一般市民の生活費が大幅に増加した。ウクライナは、戦禍に覆われているが、こうした西側由来の改革からも多くの家庭が経済的に厳しい状況に直面している。

ロシア侵攻の影響と農業の現状
 ロシアによるウクライナ侵攻も、当然ながら、農業に甚大な影響を与えている。戦争により、肥料、種子、燃料の不足が生じ、さらにインフラの破壊や農地の地雷設置といった問題も発生している。国連の報告によると、2022年のウクライナの農業生産量は戦前の水準から30%以上減少しており、これは主にロシアの侵攻に伴うインフラの破壊と農地の汚染が原因である。特に、インフラ破壊により輸送手段が断たれたことで、農産物の国内外への流通が大幅に制限され、農家の収入が減少しているが、これも先に述べた欧州販路の問題に関連している。
 ウクライナの農地に対する戦闘の影響は深刻さを増し、今後は地雷や未爆発弾の撤去が必要とる。復興時にも、農業生産は遅延し、安全に耕作できる土地が限られているという問題が発生する。現状でも、農地の汚染と戦闘による被害は、特に小規模農家に深刻な打撃を与えており、多くの農家が農業を続けるために最低限の資源でやりくりしている。
 対して、西側資本の大手企業は、この戦争の混乱を利用してさらなる土地の集積を図っており、農業の集中化が効率よく進んでいる。レポートは、これらの企業は戦争中にもかかわらず土地を拡大し、ウクライナの農業資源をますます支配するようになっている様子を描写している。特にウクライナ小規模農家は、資金不足や人手不足の中で、日々の生活を維持することさえ困難な状況に追い込まれているが、国際的な援助も、結局は大手企業に偏重しているため、小規模農家への直接的な支援は乏しい。

戦後復興と民営化の懸念
 ウクライナは戦時下ではあるが、すでに戦後復興計画は伸展しており、その際に国際金融機関や外国の利益がウクライナの公的セクターのさらなる民営化と農業の自由化を求めていくことになる。欧州復興開発銀行と国際通貨基金(IMF)は、戦後復興のために7,500億ドルの支援を提供する一方で、ウクライナ政府に公営企業の民営化や農業市場のさらなる自由化を求めている。このような動きに対し、ウクライナ国内の農家や市民社会からは、戦争中および戦後の土地市場の取引停止と土地法の見直しを求める声が上がっており、彼らは、戦後の復興においてオリガルヒや外国の利益ではなく、ウクライナ国民の利益が優先されるべきだと強く訴えている。

 以上、レポート『戦争と窃盗:ウクライナの農地の乗っ取り』は、政治イデオロギー的着色がない分、公平にウクライナ農業の未来に対する懸念を示し、農業改革が公正かつ持続可能な形で進む必要があることを主張している。レポートでは、国際的な支援は外国資本ではなく、ウクライナの小規模農家と国民の利益を守るために使われるべきだと強調しているが、現実には難しいだろうとも思われる。それがより可視になっていくとき、ウクライナ国民は本当に西側の体制をよしとするのだろうかという疑問も生じた。

 

 

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2024.10.08

『ゲーム・オブ・スローンズ』を通して学ぶ英国史

『ゲーム・オブ・スローンズ』はその複雑なストーリーラインとキャラクターの深みで多くのファンを魅了してきたが、その背景には英国史から多くのインスピレーションを受けた要素が多く存在する。作者のジョージ・R・R・マーティンは英国史のさまざまな出来事や人物に基づいて、壮大なファンタジーを作り上げたようだ。この記事では、英国史における重要な出来事を『ゲーム・オブ・スローンズ』のエピソードと比較しながら、ファンがどのように英国史を学べるかまとめてみよう。

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アングロサクソン時代の王国と七王国時代

『ゲーム・オブ・スローンズ』における七王国は、歴史的な英国のアングロサクソン時代の王国を彷彿とさせる。5世紀から10世紀にかけてイングランドには、ウェセックス、マーシア、ノーサンブリアなどの独立した王国が存在し、それぞれが地域的な支配権を持っていた。同様に、『ゲーム・オブ・スローンズ』の七王国もそれぞれが独自の文化と特徴を持ち、互いに争いながら徐々に統一へ向かう流れが描かれている。

また、この物語の初期には、スターク家が支配する北部やラニスター家の影響力が強い西部など、各地域が異なる勢力に支配されている状況がアングロサクソンの時代の英国を想起させる。イングランドが徐々に統一され、最終的に一つの王国になる過程は、ウェスタロスにおける戦いと王国の統一のテーマと共鳴している。

ハドリアヌスの長城とウェスタロスの壁

『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場する「壁」は、英国史におけるハドリアヌスの長城(122年頃築造)に強くインスピレーションを受けている。ハドリアヌスの長城は、ローマ帝国がスコットランドからの侵攻を防ぐために築いたもので、北の境界を守る役割を果たしていた。同様に、「壁」はウェスタロス北部を野人やホワイト・ウォーカーから守るために存在し、その象徴的な役割はハドリアヌスの長城と共通している。

クヌート大王とウェスタロスの統一

英国史におけるクヌート大王(1016年即位)は、イングランド、デンマーク、ノルウェーの広大な領域を統一したことで知られている。彼の治世は、異なる文化をまとめ上げ、安定した統治を行った点で特筆される。『ゲーム・オブ・スローンズ』におけるウェスタロスの統一も、異なる文化や地域の統合を目指す点でクヌートの治世と類似している。異なる背景を持つ勢力を一つにまとめる試みが、ウェスタロスとクヌート大王の治世に共通するテーマだ。そういえば、クヌート大王は『ヴィンランド・サガ』でも印象深く描かれている。

ノルマン・コンクエストとターガリエンの征服

英国史の最大事件ともいえるノルマン・コンクエスト(1066年)は、ウェスタロスの歴史と多くの共通点がある。ウィリアム征服王がノルマンディーからイングランドを征服し、新たな支配者層を形成したように、『ゲーム・オブ・スローンズ』ではターガリエン家がドラゴンの力を借りてウェスタロスを征服し、新しい王朝を築いた。

ノルマン・コンクエスト後のイングランドでは、新たな貴族層が土地を支配し、旧来の支配者層と摩擦が生まれた。これは、ターガリエン家の征服後に各地の領主たちが新しい支配者に順応していく姿と類似している。征服者としてのウィリアムと、征服王エイゴン・ターガリエンには、異なる文化や力を背景にしながらも新しい秩序を築こうとする共通の目的が見られる。

薔薇戦争とウェスタロスの内戦

『ゲーム・オブ・スローンズ』におけるラニスター家とスターク家の対立は、英国史における薔薇戦争(1455–1487年)を強く彷彿とさせる。薔薇戦争は、ランカスター家(赤バラ)とヨーク家(白バラ)の間で行われた王位継承を巡る内戦であり、イングランドの政治的混乱と不安定さが続いた。この内戦は、ラニスター家(名前すらランカスター家に類似)とスターク家(ヨーク家に類似)との権力闘争のストーリーにインスピレーションを与えている。

薔薇戦争との類似点でいえば、『ゲーム・オブ・スローンズ』でも貴族同士の対立が激化し、数多くの戦いが繰り広げられることも挙げられる。内戦の中で登場人物たちは忠誠心を試され、時には家族や同盟を裏切るなど、実際の歴史と同様の複雑な人間関係が描かれている。このように、英国の内戦時代のリアルな権力闘争が、ウェスタロスの動乱を通して再現されている。

十字軍とウェスタロスにおける信仰の対立

英国を含むヨーロッパ全体で11世紀から13世紀にかけて行われた十字軍は、宗教的な熱意に基づく遠征であり、政治と信仰が深く結びついた出来事だった。『ゲーム・オブ・スローンズ』にも宗教的な対立や宗教的情熱が政治に大きな影響を与えるシーンが数多く描かれている。

例えば、七神正教を信奉する「雀聖団(スパロウズ)」が政治的権力を握り、王族に影響を及ぼす姿勢は、十字軍の遠征に見られるような宗教的信念が国家や権力構造に大きな変化をもたらす様子と似ている。宗教と政治が複雑に絡み合うことで、争いが激化し、新たな秩序が模索される状況が共通して見られる。

マグナ・カルタとウェスタロスにおける諸侯の力

1215年に制定されたマグナ・カルタは、イングランド王ジョンが貴族たちに対して王権を制限するために認めた憲章であり、貴族たちが王に対して力を持つことを示した。同様に、『ゲーム・オブ・スローンズ』でも、諸侯たちが王に対して独自の権力を持ち、王権を制限しようとする動きが見られる。

ウェスタロスにおける諸侯の権力闘争は、貴族たちが自らの領地を守るために団結し、王に対して要求を突きつける姿勢と非常に似ている。たとえば、北部の領主たちが独立を主張し、王に対して自らの権利を守ろうとする姿勢は、マグナ・カルタ時代のイングランドの貴族たちの動きに共通している。

宗教改革とウェスタロスにおける宗教対立

16世紀の英国では宗教改革によりカトリックとプロテスタントの対立が激化し、国家全体に大きな影響を与えた。『ゲーム・オブ・スローンズ』では、七神正教と炎の神など、異なる宗教が政治に影響を与えるシーンが多く見られる。宗教が人々の信仰や行動に与える影響が、政治的な権力争いにどう関わってくるのかが巧みに描かれている。

たとえば、宗教団体である「雀聖団(スパロウズ)」が王都で勢力を持ち、王族に対して影響力を行使する姿は、宗教改革期における宗教勢力の増大と国家権力との摩擦を思わせる。信仰の違いが権力に影響を与えることで、政治と宗教の絡み合いが一層複雑になる点が共通している。

スチュアート朝の亡命とターガリエン家の王位請求

英国史の中で、スチュアート朝のチャールズ2世やジェームズ2世は、国外追放後に王位の奪還を目指した。『ゲーム・オブ・スローンズ』のデナーリス・ターガリエンもまた、幼少期に亡命し、成長してからは奪われた王座を取り戻すことを目指す。

デナーリスの「奪われた故国を取り戻す」という強い意志は、スチュアート家の亡命王たちが王座を取り戻そうとする努力と重なる。亡命生活の中で支援を集め、再び自らの正当な権利を主張しようとする姿は、歴史的な王位請求者たちの物語と共鳴している。

薔薇戦争の終結とウェスタロスの統一

薔薇戦争の終結後、ヘンリー7世がチューダー朝を創設し、イングランドを統一したように、『ゲーム・オブ・スローンズ』でも多くの内戦を経て新たな王朝が成立し、王国の安定がもたらされる。特に、複数の勢力が戦いの果てに統一され、平和が訪れる過程は、薔薇戦争後のイングランドの再建とよく似ている。

最終的に、ターガリエン家やラニスター家、スターク家といったさまざまな家の間で繰り広げられた戦いが終息し、新たな統治者が登場することで、長い内戦に終止符が打たれるというテーマは、チューダー朝の確立によるイングランドの平和への道筋と重なる。

スコットランドとの相克とウェスタロスにおける異民族の対立

英国とスコットランドの関係は、長年にわたる相克と緊張によって特徴づけられている。英国によるスコットランド支配は、抑圧と反乱、植民地化を通じて複雑な歴史を形成した。このような相克は、『ゲーム・オブ・スローンズ』におけるウェスタロスの「北の自由民」(野人)と「壁の南の七王国」との対立に類似している。

北の自由民は壁の向こう側に住む異民族として、七王国からしばしば脅威と見なされ、抑えつけられてきた。しかし、自由民たちには彼らなりの文化や独立した生活があり、七王国に支配されることを拒んでいる。この対立構造は、さらにスコットランドに加えアイルランドが、イングランドからの独立と自決を求めた歴史的な抵抗運動と似ている。壁を超えた世界と壁の内側の世界との対立は、長年にわたる英国とスコットランドやアイルランドの複雑な関係を暗示していると言える。

まとめ

『ゲーム・オブ・スローンズ』は単なるファンタジーではなく、英国史のさまざまな要素を巧みに取り入れて物語に深みを与えている。七王国の分裂と統一、征服王による新たな秩序の確立、宗教と権力の絡み合い、貴族の独立性と王権の対立など、これらのテーマは英国史における重要な出来事や変化と密接に関連している。こうした点に注目すれば、物語を楽しみながらこれらの歴史的背景に触れることで、英国史の複雑さやその背後にある人間関係のドラマを学ぶことができる。

 

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