2025.04.18

宇宙の隣人を探して

 昨年(2023年)9月、宇宙に新たな興奮が走った。英米の宇宙研究チームが、科学誌『Astrophysical Journal Letters』にて驚くべき研究結果を発表した。それは、120光年離れた惑星K2-18bの大気から、生命の痕跡を示すかもしれない化学物質「ジメチルスルフィド(DMS)」が検出された可能性がある、というものである。このニュースは、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の驚異的な観測能力によってもたらされ、科学者のみならず、一般の人々も「地球外生命は存在するのか?」という永遠の問いに改めて目を向けることになった。

遠い彼方の海
 K2-18bは、地球からしし座の方向に120光年離れた系外惑星である。2015年にNASAのケプラー計画で発見されて以来、注目を集めてきた。この惑星は、太陽より小さな赤色矮星(M型星)の「ハビタブルゾーン」に位置する。ハビタブルゾーンとは、惑星の表面で液体の水が存在できる「ちょうどいい」温度の領域であり、生命の可能性を考える上で非常に重要な場所である。つまり、生命が「いそう」な環境かもしれないのだ。
 K2-18bは、地球より大きく海王星より小さい「サブネプチューン」(または「ミニネプチューン」)と呼ばれるタイプの惑星である。科学者の中には、この惑星が深い海洋に覆われ、水素を豊富に含む大気を持つ「海洋惑星(ハイセアン惑星)」だと考える者もいる。
 JWSTはK2-18bの大気を初めて詳細に観測し、メタンや二酸化炭素の存在を確認するとともに、DMSの存在を示唆するデータを捉えた。DMSは、地球上では主に海洋のプランクトンなど生物活動によって生成される分子である。そのため、この発見は、「K2-18bに微生物のような生命が存在するかもしれない」という大胆な、しかし魅力的な仮説を生むことになったのである。
 発表を行ったケンブリッジ大学のニク・マドゥスダン教授は、この発見を地球外生命の可能性を示す重要なヒントだと位置づけている。しかし、科学は常に慎重さを求めるものである。検出されたシグナルはまだ確定的なものではなく、DMSが生命以外の未知のプロセスで作られる可能性も完全には否定できない。さらなる観測による検証が必要とされているのは、言うまでもない。

なぜ120光年
 K2-18bから私たちに届く光は、約120年前にその惑星を出発したものである。光の速度は有限なので、私たちは120年前のK2-18bの姿を見ていることになる。1900年代初頭の光景、ということだ。それでも、惑星の大気組成や、もし生命が存在するならばその兆候が、数百年程度で劇的に変化する可能性は低いと考えられる。したがって、観測データは、現在のK2-18bの状態を推測する上で十分価値のある手がかりを与えてくれる。この発見は、宇宙の比較的「近所」と言える範囲での生命探査の可能性を大きく広げた。K2-18bのような場所で生命のヒントが見つかるなら、もっと地球に近い惑星でも同様の発見があるのではないか、そんな期待が高まっている。

宇宙の生命を推定するドレイク方程式
 では、私たちの銀河系には、どれくらいの生命、あるいは知的文明が存在するのだろうか。この壮大な問いに取り組むため、1961年に天文学者のフランク・ドレイクが考案したのが、SF作品『三体』などでも触れられるドレイク方程式である。この方程式は、私たちの銀河系内で「電波などで通信可能な技術を持つ知的文明」の数を推定しようとする思考ツールだ。方程式は、以下の要素を掛け合わせる。

銀河系で1年間に星がどれくらい生まれるか (R*)
その星が惑星を持つ確率 (fp)
惑星の中で、生命が住める環境を持つものの平均数 (ne)
その環境で実際に生命が誕生する確率 (fl)
誕生した生命が知的生命体に進化する確率 (fi)
知的生命体が通信技術を発達させる確率 (fc)
その技術文明が存続する平均期間 (L)

 これらを掛け合わせると、銀河系に「今、通信可能な文明」がいくつ存在するか(N)の推定値が得られる。しかし、特に生命の発生確率 (fl) や知的生命への進化確率 (fi)、文明の寿命 (L) などは全く未知であり、研究者の仮定によって推定値は「ほぼゼロ」から「数百万」まで大きく変動する。役に立たないと思うかもしれないが、この方程式は、私たちが何を解明すべきかを明確にする枠組みを与えてくれるのである。
 K2-18bでのDMS検出の可能性は、この方程式の要素、特に「生命が誕生する確率 (fl)」や「ハビタブルな惑星の数 (ne)」について、新たな視点を提供する。もしK2-18bのDMSが本当に生命由来だと確認されれば、それは生命が宇宙ではそれほど稀ではない可能性を示唆し、方程式の各要素の推定値、ひいては知的文明の数の推定にも影響を与えるかもしれない。

100光年の「ご近所」
 100光年という距離は、直径約10万光年とされる銀河系のスケールから見れば、ほんの「ご近所」である。この範囲には約10,000~15,000個の恒星が存在すると考えられており、その多くが惑星を持っていることが近年の観測でわかってきた。NASAのケプラー宇宙望遠鏡やTESS(トランジット系外惑星探索衛星)のデータに基づくと、恒星の約20~50%が惑星を持ち、そのうち10~20%程度の恒星がハビタブルゾーン内に惑星を持つ可能性があると推定される。単純計算でも、100光年以内に数十から数百個の「生命が住めるかもしれない惑星」が存在する可能性があるのだ。
 K2-18b(120光年)はこの範囲の少し外側だが、100光年以内にも有望なターゲットがたくさんある。例えば:

  • プロキシマ・ケンタウリb(4.2光年): 地球に最も近い系外惑星で、ハビタブルゾーンにある。大気の有無や組成はまだ不明だが、最優先の観測対象である。
  • TRAPPIST-1系(39光年): 7つの地球サイズの惑星があり、うち3つがハビタブルゾーン内に位置する。JWSTによる大気観測が進行中である。
  • GJ 357 d(31光年): ハビタブルゾーンにあるスーパーアースで、液体の水が存在する可能性が指摘されている。

 これらの惑星はK2-18bよりも近く、より詳細な観測が期待できる。もしこれらの惑星の大気から、DMSやメタン、酸素といった生命指標(バイオシグネチャー)が見つかれば、宇宙における生命の普遍性を示す強力な証拠となるであろう。

ドレイク方程式で考える近傍宇宙
 ドレイク方程式の考え方を100光年以内に適用して、知的文明の数を推定するのは非常に難しい試みである。なぜなら、方程式に含まれる多くの確率(生命の誕生、知性への進化、技術文明の発生・存続期間など)が全く分かっていないからだ。仮に楽観的な数値を設定したとしても、それはあくまで思考実験に過ぎない。
 重要なのは、K2-18bのような発見が、これらの未知の確率について何かを教えてくれる可能性があるという点である。例えば、もし近傍のハビタブル惑星で生命の痕跡が次々と見つかれば、「生命が誕生する確率 (fl)」は思ったより高いのかもしれない。しかし、現時点では、100光年以内に知的文明が存在するかどうか、存在するとしていくつあるのかを具体的に計算することは、まだできない。SETI(地球外知的生命探査)プロジェクトが長年、電波やレーザー信号を探しているが、まだ明確なシグナルは捉えられていないのが現状だ。

技術進化が鍵
 現在のJWSTは、K2-18bのような比較的遠い惑星の大気からDMSのような分子の存在を示唆するデータを捉える能力を持つ。これは驚くべき進歩である。そして、技術はさらに進化する。2020年代後半から2030年代にかけて、地上からは欧州超大型望遠鏡(ELT)や、電波観測では平方キロメートルアレイ(SKA)などが本格稼働を開始し、より詳細な系外惑星の大気分析や、より感度の高いSETI観測が可能になるであろう。さらに2040年代には、NASAが計画するハビタブル・ワールド観測所(HWO)が、地球に似た惑星を直接撮影し、その大気や表面から生命や文明の痕跡を探すことを目指している。
 K2-18bでの発見(たとえまだ可能性の段階であっても)は、これらの次世代技術が、より近くの惑星(100光年以内)で更なる驚くべき発見をもたらすであろうという期待を抱かせる。TRAPPIST-1系やプロキシマ・ケンタウリbが、私たちに次の「生命のヒント」を教えてくれるかもしれない。
 科学の探求はまだ道半ばであるが、今後10~20年は、宇宙探査、特に地球外生命探査にとって黄金時代になる可能性がある。JWSTや次世代の望遠鏡群が、100光年以内の「ご近所」の惑星から、新たな生命の兆候や、あるいは(もし運が良ければ)遠い文明からの挨拶を届けてくれるかもしれないのである。K2-18bのニュースは、私たちが壮大な問いの答えに一歩近づくための、重要なマイルストーンと言えるだろう。…そして、それは地球三体組織(ETO)のようなものが生まれる、ほんの始まりに過ぎないのかもしれない。

 

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2025.04.17

ディエゴガルシア島が注目される

 インド洋の真ん中に浮かぶディエゴガルシア島は、最近、国際的な注目を浴びている。2025年4月、米国とイランの緊張が高まる中、米軍がこの島にB-2ステルス爆撃機を配備したことで、紛争の最前線として名前が挙がるようになったためだ。だが、この島の重要性はイランとの関係に留まらない。中国やインドとの地政学的競争でも、ディエゴガルシアは戦略の要衝として存在感を増している。この小さな環礁が、なぜ大国間のパワーバランスの鍵を握るのか。

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ディエゴガルシア島とイラン

 米国とイランの関係は、トランプ政権以降も緊迫の度を増している。2025年4月15、ニューズウィークの報道によれば(参照)、トランプ政権下でイランへの軍事圧力が強まり、ディエゴガルシア島にB-2爆撃機が最大6機配備された。この動きは、イランが支援するイエメンのフーシ派への警告や、ペルシャ湾でのイランのミサイル増強への対抗措置と見られる。イラン側メディアは、ディエゴガルシアが攻撃対象になり得ると報じ、英紙テレグラフもイラン高官の「攻撃リスト」発言を引用した。
 ディエゴガルシアが注目される理由は、その地理的・軍事的な特性にある。イランから約4000~4800キロ離れたこの島は、米軍の長距離爆撃機や補給艦の拠点として理想的だ。B-2は核搭載可能なステルス機であり、その配備は米国がイランに対し、外交交渉の失敗を軍事力で補う姿勢を示すシグナルである。一方、イランは中距離弾道ミサイル「ホラムシャフル4」を改良し、射程を延ばす可能性が指摘されるが、現時点でディエゴガルシアを直接脅かす能力は限定的と見られる。それでも専門家はイランの技術進歩を軽視できないと警告している。
 この緊張は、ディエゴガルシアを単なる後方基地から、潜在的な戦闘地域へと押し上げることになる。米イラン衝突が現実となれば、島の基地は攻撃や反撃の舞台となり得る。だが、ディエゴガルシアの物語は、イランとの対立だけで完結しない。この島の歴史と戦略的重要性は、より広範な地政学的課題の一部である。

ディエゴガルシア島とは

 ここで簡単にディエゴガルシア島の紹介をしておこう。この島は、インド洋のチャゴス諸島に属する面積約36平方キロの環礁である。モルディブの南、モーリシャスの北東約2000キロに位置し、平坦な地形と豊かな海洋生態系が特徴だ。16世紀にポルトガル人によって発見された当時は無人だったが、18世紀にフランスがモーリシャス統治下でココヤシ農園を開設。奴隷労働者を移住させ、島に定住文化が生まれた。1814年のパリ条約でモーリシャスごと英国領となり、20世紀半ばには約1500人のチャゴス人が暮らす繁栄したコミュニティが形成されていた。
 ディエゴガルシアの運命は冷戦期に劇的に変わった。1960年代、米国はインド洋での軍事プレゼンスを強化するため、戦略的拠点を求めた。英国は1965年、モーリシャスからチャゴス諸島を分離し、英領インド洋地域(BIOT)を設立した。1966年、米英はディエゴガルシアを軍事基地として共同使用する協定を結び、この協定の代償として、英国は米国から核兵器「ポラリス」の割引供給を受けることとなった。
 基地化の過程で、チャゴスの人々は過酷な運命を強いられた。1960年代末から1970年代初頭にかけて、約2000人の住民がモーリシャスやセーシェルへ強制移住させられたのである。家財は制限され、劣悪な船で運ばれた彼らは、移住先で貧困や差別に直面した。多くの者が故郷を失った悲劇は、国際的な批判を浴びた。2019年になって、国際司法裁判所(ICJ)はチャゴス諸島の分離が国際法違反と判断したが、法的拘束力はなく、島民の帰還は実現していない。
 軍事基地としてのディエゴガルシアは、冷戦期にソ連への対抗拠点として機能したものだった。4000メートルの滑走路は戦略爆撃機に対応し、港湾は空母や潜水艦の補給を可能にする。湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン攻撃(2001年)、イラク戦争(2003年)では、長距離爆撃機の発進基地として活躍した。CIAの「ブラック・サイト」疑惑も浮上し、テロ容疑者の尋問が行われたとも噂されている。これらの歴史は、ディエゴガルシアが単なる島ではなく、大国間の権力投影の舞台であることを物語っている。
 2024年10月、英国はチャゴス諸島の主権をモーリシャスに移譲する意向を表明したが、ディエゴガルシアの基地は99年間のリースで米英が維持している。この決定は、結局のところ、基地の戦略的重要性が今後も変わらないことを示している。島の孤立性と機密性は、外部の監視を遮断し、軍事作戦の自由度を高める。それゆえ、ディエゴガルシアは現代の地政学で「動かぬ空母」とも称される。ちなみに、同じ呼称の東アジアの島国もある。

対中国、対インドでの戦略的役割

 ディエゴガルシアの重要性は、イランだけでなく、中国やインドとの関係でも際立つ。インド洋は、21世紀の地政学で最も競争が激化する海域の一つだ。エネルギー輸送路(シーレーン)の要衝であり、大国の覇権争いが交錯する。
 中国は「真珠の首飾り」戦略を通じて、インド洋での影響力を拡大している。パキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、ミャンマーのチャウピュー港など、港湾インフラを整備し、シーレーンの確保を目論む。対して、ディエゴガルシアは、これらの動きを監視・牽制する米国の最重要拠点である。島の偵察機や爆撃機は、中国海軍の潜水艦や艦艇の動向を追跡し、マラッカ海峡やホルムズ海峡のチョークポイントを押さえる。
 米国の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略では、ディエゴガルシアが後方支援の要として機能する。中国にとって、インド洋は中東からの石油輸入の生命線であり、ディエゴガルシアの存在は、紛争とんれば、このルートを脅かす潜在的リスクとなる。中国メディアは、ディエゴガルシアを「米国のインド洋支配の象徴」と批判し、その軍事力に警戒を強めるのも頷ける。2025年のB-2配備も、イラン向けのシグナルだけでなく、中国への間接的警告とも解釈できる。イランと中国の軍事協力(合同演習や石油取引)を考慮すれば、ディエゴガルシアの強化は両国への牽制を兼ねると見るべきだろう。

 インドとの関係では、ディエゴガルシアは協力と競争の両面を持つ。インドは、中国の海洋進出に対抗するため、米国やQUAD(日米豪印)を通じてディエゴガルシアと連携している。アンダマン・ニコバル諸島のインド海軍基地とディエゴガルシアは、インド洋の監視網を補完する役割を担っている。2020年代に入り、米印の共同演習や情報共有が増加し、ディエゴガルシアがそのハブとなる場面も見られる。また、インドは自国の海洋覇権を追求し、モーリシャスやセーシェルでの港湾整備、マダガスカルやモザンビークとの防衛協力を通じ、インド洋での影響力を拡大している。こうしたなか、ディエゴガルシアが米英の支配下にあることは、インドの「地域リーダー」としての野心と微妙に競合する。2024年のチャゴス諸島返還交渉で、インドがモーリシャスを支持した背景には、米英の独占を牽制する意図が垣間見えるのも当然だろう。それでも、現時点では米印の共同利益(対中国)が優先され、ディエゴガルシアは協調の場として機能している。

ディエゴガルシアの未来

 ディエゴガルシア島は、不幸にもというべきか、インド洋の地政学で揺るぎない地位を築いてきた。イランとの緊張は、島を戦闘の舞台として浮上させ、中国やインドとの関係では、大国間の均衡を左右する。その孤立性は軍事機密を保ち、戦略的柔軟性を高めるが、同時にチャゴス人の悲劇や国際法の論争を呼び起こす。
 今後、ディエゴガルシアの役割は変わるのかといえば、悲観的な見通ししかない。モーリシャスへの主権移譲が実現しても、米英の基地は維持される。今後、気候変動による海面上昇は環礁の存続を脅かすが、米軍のインフラ投資は島の防護を強化することにもなる。中国の技術進歩やインドの海洋戦略が進む中、ディエゴガルシアは新たな競争の焦点となり得る。この島は、単なる軍事基地ではないのは明らかだ。歴史の傷跡と現代の野心が交錯する場所であり、イラン、中国、インド、そして米英の思惑が重なる。ディエゴガルシアは、インド洋の未来を映し出す鏡でもあり、つまり、その動向は、21世紀の国際秩序を占う鍵ともなる。率直なところ、近々そのような兆候がないよう、祈るばかりではあるが。

 

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