2014.10.22

[書評]初代総料理長サリー・ワイル(神山典士)

 ミラノ風ドリア? 知らないでいたら、どうも知らないのは私くらいらしく、そのことで私のほうが驚いた。ツイッターや周りの人に訊いたりしてなんとなくわかった。調べてみて、なんでミラノ風かということもわかって、苦笑した。

cover
初代総料理長
サリー・ワイル
 それはまあそれでいい。が、「ドリア」については長年疑問に思っていたので、この機にちょっと調べたら、意外なことがわかった。昭和初期に来日した横浜のホテルニューグランド初代総料理長サリー・ワイル(Saly Weil)の創案らしい。
 後世にその料理が残って日本に定着するほどの影響力をもっていた料理人である。どんな人だったのだろうかと、ちょっと興味を持った。しかも、彼はスイス系のユダヤ人らしいというのも興味引かれる。そこで書籍を探したらそのまま『初代総料理長サリー・ワイル』という本があったので読んでみた。これは面白い。
 サリー・ワイルは、1897年(明治30年)に生まれ、1927年(昭和2年)、横浜ホテルニューグランド開業にあたり、パリのホテルから招請されたらしい。当時の年齢は30歳になったばかりなので、かなり若い人のようにも思うが、本書を読むとわかるが、その年齢で欧州の諸処でいろいろ料理の経験を積んだ人らしい。ただ、なぜこの時期に来日を望んだかというのは、著者がこだわりをもつように、いろいろ考えさせられるものがある。
cover
Kindle版
初代総料理長
サリー・ワイル
 著者は本書執筆にあたりいろいろと彼の事績を調べ、その人物像を描こうとしているが、ノンフィクションにありがちな奇妙な思い入れがない分、サリー・ワイルという人の実像は掴みにくい印象をもった。
 小泉八雲の来日前の生涯を追ったときも思ったのだが、自由な個人という陰影が深く、本質的に理解しづらい人物だと思わせる部分がある。八雲同様、女性遍歴もいろいろあったようにも察せられる。それなりの資産を形成したはずなのだが、戦禍という不遇はあったにせよ、晩年は質素に暮らしているのも奇妙には思える。
 80近い年齢まで生きて、日本の弟子からも慕われたが、直系の子どもがなかったこともあるだろうが、本書が書かれた2005年にはその墓の所在も苦労して探すように忘れられていたようだ。
 人物像に関連し、これも著者の関心をなぞることになるが、戦中日本にいたことも興味深い。最初に連想されるのはユダヤ人なので欧州を恐れたということはある。が、そのあたりも判然とはしない。それでも当時日本に残っていた西洋人たちが軽井沢の「つるや旅館」付近で事実上の軟禁状態にあった歴史なども、こういうとなんだが、面白い。。
 サリー・ワイルを一流の料理人という点から見ると、私もその存在を知らなかったのだが、同書が出るまで本格的な研究はなかったようだが、他面、これも本書でわかるのだが、きらびやかといってほどの弟子の人材・人脈を日本に残している。彼は戦後も欧州にあって、日本のフランス料理人の育成多大な貢献をしたことが本書からうかがわれる。
 そうした日本との交流の結果的な一端とも言えるのが、彼の創案の「ドリア」らしい。なぜ「ドリア」という名称なのかは本書でもわからない。
 いろいろディテールが面白い書籍でもあり。戦争だの政治・経済、あるいは大衆芸能史などで語られやすい昭和史も本書のようなハイカラな描写も見直すと興味深いものである。
 そうした逸話的な部分でちょっと驚いたのが、「ハンバーグ・ステーキ」である。私は以前から、この日本の「ハンバーグ・ステーキ」とはいったいどこの西洋料理なんだろうかと疑問に思っていた。似たようなものは米国料理にもあるが、違う。どちらかとミートローフに近いがそれでもない。そもそもパン粉を混ぜるところが面妖である。
 ところが本書にあるようにサリー・ワイルが伝えるその調理法は、なるほど現在日本のハンバーグ・ステーキに近い。というか、これだろう。印象ではあるが、日本のハンバーグ・ステーキというのもサリー・ワイルの創案なのではないだろうかと思える。
 スイス人という視点も興味深い。サリー・ワイルという人物を著者の感覚で追いながら、その視点でとても納得するのが「スイス人」という見立てである。いろいろ考えさせられるのだが、なかでも以下の一言には感銘した。

誰とも与しないかわりに誰とも対立しないという永世中立国の理念は、そうした国民の行動様式がベースになっている。
 そのことを端的に示す例として、スイスの小学校の教えの一つにこんな言葉があると聞いた。
「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」
 この教えに、世界の中でも特異なスイスのありかたが凝縮されている。

 いい言葉である。「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」
 世界の平和を希求する日本人としても、一つ一つ戦争を無くすために一つ一つ言葉を覚えていくとよいだろう。習得できなくても、覚えようとするだけでも、それは本当に平和につながっていくのではないだろうか。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.10.21

フィナンシャルタイムズは安倍内閣による第二次消費税増税に懸念

 安倍晋三首相は、日本経済に打撃を与えるなら、消費税率10%への引き上げは「無意味になる」とフィナンシャル・タイムズ(FT)とのインタビューで述べた。時事「消費増税、「経済に打撃なら無意味」=安倍首相、英紙インタビューで」(参照)ではこう伝えている。


 同紙電子版が19日報じたところによると、安倍首相は、消費税増税の狙いが次世代のための社会保障財源を確保することにあると強調。ただ、「他方で、われわれはデフレを終わらせるチャンスをつかんでおり、これを失うべきではない」と指摘し、「もし増税で経済が成長軌道を外れたり、減速してしまったりすれば税収が増えず、全てが無意味になってしまう」と述べた。

 該当のFT記事は19日付けの「Abe balances tax rise against economic damage」(参照)だろうか。

The Japanese economy shrank 7.1 per cent between April and June compared with a year ago after Mr Abe’s government raised consumption tax from 5 per cent to 8 per cent. A second rise has strong backing from the Bank of Japan, the finance ministry, big business and the International Monetary Fund, which all want action to reduce the country’s mountainous debt. A postponement would require a change in the law.

安倍氏の政府が消費税を5パーセントから8パーセントまで引き上げた後、1年前にと比較しすると、4月と6月の間に日本経済は7.1パーセント縮小した。第2増税は、日本銀行、財務省、大企業と国際通貨基金から強い支持を得ている。彼らはとにかく山のような国債を減らしたいのである。延期するなら法律改変が必要となる。

But Mr Abe said: “By increasing the consumption tax rate if the economy derails and if it decelerates, there will be no increase in tax revenues so it would render the whole exercise meaningless.”

しかし、「消費税増税によって、仮にこの経済が軌を逸し減速するなら、税収増加は期待されないし、すべての実施が無意味になる」と安倍氏は語った。


 特に注目に値するインタビューでもないように思われる。ただ、消費税増税見送りの意図を安倍首相が持っているとも一部で受け取られたのか、管官房長官はコメントを出していた。「「増税先送り示唆」報道を否定=菅官房長官」(参照)より。

 菅義偉官房長官は20日午前の記者会見で、安倍晋三首相が消費税率10%への引き上げを延期する可能性を示唆したとの英経済紙フィナンシャル・タイムズの報道について、「そうしたこと(先送り示唆)ではない。首相が常日ごろ発言していることを申し上げた」と述べた。
 同紙は消費税の再増税に関し、首相がインタビューで経済に大きな打撃を与えるなら「無意味になる」と述べたと報道。この発言について、菅長官は「当たり前のことだ。いつも通りの発言と全く変わっていない」と指摘した。 

 実際、「いつも通りの発言と全く変わっていない」と以上のことはないのだが、そういう含みを持つにはフィナンシャル・タイムズ側の報道からの印象もあったかもしれない。というのも、そう連想させるような関連記事が他にもFTにあった。「Abe has no easy fix for Japan’s economic woes」(参照)である。社説ではないが論説に近い。

In recent months a succession of weak economic data has raised concerns that Abenomics is stalling. This has prompted questions about whether the government should continue with a planned increase in the consumption tax next year.

この数か月、弱い経済データが連続することで、アベノミクスは行き詰まっているのではないかという懸念が起きている。このことで、日本政府が来年消費税の計画的増加を続行すべきかどうか疑問を投げかけている。



Mr Abe must decide by the end of this year whether to press ahead with the second planned increase of the tax to 10 per cent in 2015. Much depends on whether consumer sentiment bounces back in the third quarter. In an FT interview this week, he said he was considering delaying the second increase, saying the move would be “meaningless” if it inflicted too much damage on the economy.

安倍氏は、第二弾として計画された10パーセントへの2015年の増税についてこの年末までに決断しなければならない。趨勢は消費者マインドが第3四半期に回復するかにかかっている。今週のFTインタビューで彼は、第二次増税の遅延を考慮していると語り、仮にこの経済に大きすぎるダメージを与えるなら、この動向は「無意味」になるだろうとも述べた。

He is right to be wary. After all, if the effect of the tax is merely to slow the economy further, there will be no increase in tax revenues, making the entire exercise meaningless.

彼が慎重なのはよいことだ。結局、税金の効果が、さらに経済を減速させるだけなら、税収の増加はなく、その実施自体を無意味にするだろう。


 FTの社説ではないが、消費税増税第二弾延期を肯定的になぞっている。
 しかし、この記事はこの記事で、日本の消費税増税を強く否定しているわけでもない。この先話題はこう転換する。

Decisions on the consumption tax are not going to change the direction of the economy. It is only one of many factors. The government needs to persuade Japanese businesses to stop hoarding cash and invest in new equipment and infrastructure. It also needs to press ahead with labour market reforms, overhauling a workforce dominated by protected regular employees who are unproductive and difficult to fire.

消費税についての決定は、経済の方向性を変更させない。それは多くの要因のほんの1つにすぎない。この政府は、日本のビジネス界を説得し現金の貯蔵をやめさせ、新設備とインフラストラクチャーに投資させる必要がある。それにはまた、非生産的で、解雇しづらく保護された正規従業員で支配された労働力を再点検し、労働市場改革を前進させる必要がある。


 むしろ興味深いのは、FTとしては日本の経済停滞の問題の主要論点として、「解雇しづらく保護された正規従業員で支配された労働力を再点検」が挙げられていることだ。この問題は、私の印象では、日本のマスコミやネットではそのまますぐ「新自由主義」という奇妙なラベルを付けられ非難の対象となる。
 さらにFTのこの寄稿では安倍政権への期待は低い。

Mr Abe still has time on his hands before the next election, due in 2016. But the exuberance has gone out of Abenomics. Mr Abe must continue with his course and not allow himself to be distracted. However, no one should expect a miracle cure.

安倍氏には、2016年予定の次回選挙前に行政を手中にできる時間がまだある。しかし、アベノミクスの活力はもう失せている。安倍氏は責務を継続しなければならないし、気を散らしてはならない。しかしながら、この奇跡的治療を期待すべきではない。


 率直にいえば、まあ、前回の消費税増税でやっちまったな感が強く、その失態の痛手からある程度戻ることは可能であるにせよ、大きく明るい方向に転換することはなさそうに思える。さらに率直に言えば、安倍内閣後の政府にまったく明るい展望はもてない状況なので、奇妙な政局でぐだぐだやっていないで、普通の政治・外交を地味に進展させることを願っている。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«[映画]シックス・センス