2024.12.07

フランスの政治危機

 フランスのミシェル・バルニエ首相が2024年12月7日に辞任する。理由は、議会における不信任投票に敗北し、政権を維持できなくなったためである。彼の政府は、議会における不信任投票によって60年以上ぶりに政府が倒れるという、フランスにとって異例の事態となり、国内で大きな波紋を広げている。

不信任投票の背景
 フランスは深刻な経済問題を抱えていた。失業率は高く、財政赤字も増え続けていた。これに対し政府は、公務員給与の引き下げ、年金支給額の減額、社会福祉サービスの縮小など、厳しい支出削減策を実施したが、この措置により、特に一般の労働者層の生活は大きな打撃を受けることになった。
 こうした状況でありながら、マクロン大統領は更なる改革を進めようとしたが、その手法は急進的すぎ、国民の声に耳を傾けていないという批判が強まった。政府の強硬な姿勢に対し、左右両派の反対勢力が強く反発し、社会全体の不満が高まり、この対立は最終的に、議会での不信任投票という政治危機にまで発展することとなった。
 今回の不信任投票は、通常は対立する極右と左派勢力が一時的に協力して成立させた奇妙なしろものであるが、バルニエ政権は歴史的敗北を喫し、辞任を余儀なくされた。問題の発端は、バルニエ政権が議会での正式な投票を省略し、強行的に予算案を採決したことが原因である。この予算案は、国の財政赤字を抑えるための600億ユーロ(約9兆円)の大幅な財政削減を目指していたが、特に労働者層への負担が大きく、国民から厳しい批判を受けていた。また、マリーヌ・ルペン率いる極右「国民連合」や左派勢力が強く反発し、不信任投票の結果、バルニエ首相は現代フランス史上最も短命の首相として記録されることとなり、議会の不安定さが一層深まった。
 フランスでは、1962年のジョルジュ・ポンピドゥー政権以来、このような不信任投票による政府崩壊は例がない。ポンピドゥー政権時にはド・ゴール大統領が強権を発動し議会を解散したが、今回の危機はその時以上に深刻であるとの指摘もある。

マクロン大統領の責任
 フランスの政治が不安定になった主な要因は、マクロン大統領の政策運営と解散総選挙の失敗にある。マクロン大統領は労働法改革、年金制度改革、税制改革といった急進的な改革を矢継ぎ早に進めたが、その手法は「エリート寄り」で一般市民の声を軽視しているという批判を招き、多くの国民の理解と支持を得られなかった。事態は極右政党「国民連合」の欧州議会選挙での大勝により一層悪化し、これを受けてマクロン大統領は、議会の不安定さを解消し、明確な多数与党を形成するため、2024年6月末から7月初めにかけて解散総選挙を実施した。しかしこの決断は、パリ五輪開幕直前という微妙な時期での選挙実施となっただけでなく、議会内の勢力図をさらに複雑化させる結果となった。多数派の形成が一層困難となり、政治的混迷は一段と深まった。
 マクロン大統領は早期に新たな首相を任命し、混乱収拾を図る意向を示しているが、現在の議会構成では、新首相もバルニエ政権が直面したのと同様の困難を抱えることが予想される。フランスの憲法上、新たな議会選挙は2025年7月まで実施できないため、短期的な解決策が模索されている。

EUへの影響
 フランス国内の政治危機は、欧州連合(EU)全体にも広範な影響を与える。フランスはEUの経済と政策形成において重要な役割を果たしているため、フランスの政治不安定はEUの意思決定プロセスを遅らせ、他の加盟国との協力に支障をきたすことになる。また、EUの財政的安定性にも影響を及ぼし、EU内での成長戦略や財政政策の調整が難航する。
 特に、2025年度(2025年1月から12月)の予算が承認されない可能性が、すでに市場に不安を与えている。一時的にではあるが、フランスの国債利回りがギリシャを上回る事態となったことは、投資家心理の悪化を象徴している。さらにドイツでは連立政権が崩壊しており、EU全体で政治的な不安定感が広がっている。

 

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2024.12.06

OSCEマルタ会議

 2024年12月5日、マルタのタカリにおいて第31回欧州安全保障協力機構(OSCE)閣僚会議が開催された。メディアではあまり注目されなかったものの、ウクライナ侵攻を背景とするこの会議は、国際的な対話の試みと、対立と調停を巡る国際社会の努力を象徴する重要な場となった。マルタという開催地の選定は、地中海の中立国としての立場を活かし、深刻化する東西対立の中で対話の機会を提供するという意義も感じられた。
 欧州安全保障の要としてのOSCEは、近年その機能不全が顕著となっている。特にウクライナ侵攻以降、ロシアによるOSCEの意思決定に対する度重なる拒否権の行使により、予算の合意が成立せず、事務総長を含む幹部ポストが空席のままという異常事態が続いている。これは、全加盟国の合意を必要とするOSCEの意思決定プロセスが、現在の国際情勢下で深刻な制約となっていることを示している。一方で、OSCEはこれまで東欧諸国の選挙監視や人権保護の分野で多くの重要な成果を上げ、特にウクライナやグルジアなどの紛争地域での和平プロセス支援を通じて、地域の安定化に大きく貢献してきた実績がある。今回の会議では、トルコの外交官フェリドゥン・シニルリオール氏が新たな事務総長に承認される見込みとなり、組織の機能回復への期待が高まっている。
 とはいえ、今回の会議における対立は、予想通り熾烈なものとなった。ウクライナのアンドリー・シビハ外務大臣は、初っ端からロシアのセルゲイ・ラブロフ外相を「戦争犯罪人」と強く非難し、ロシアの行動を欧州安全保障への最大の脅威と位置付けた。これに対しラブロフ氏は、OSCEを「NATOとEUの付属機関」と批判し、西側諸国による冷戦の再来を糾弾。さらに、アメリカのアジア太平洋地域での軍事演習を「ユーラシア全域の不安定化を目的としている」と非難し、西側に対する根深い不信感を露わにした。アメリカのアンソニー・ブリンケン国務長官も会議に出席したが、ラブロフ氏との個別会談は行わず、代わりにウクライナへの継続的な支援の必要性を強調した。
 ラブロフ氏のEU加盟国訪問は、2022年のウクライナ侵攻以来初めてのことであり、対ロシア制裁下での特異な出来事として注目を集めた。マルタ政府は対話のチャネル維持を理由に招待を説明したが、これに対してブリンケン氏は、ラブロフ氏が「誤報の津波を広めている」と強く批判し、モスクワこそが現在の危機的状況の主たる要因であると指摘した。この応酬は、現在の東西対立の深刻さを如実に示すものとなった。
 OSCEの機能回復に向けた課題は山積している。世界中の紛争監視、選挙監視、人身売買対策、メディアの自由確保など、OSCEは幅広い活動を展開しているが、予算合意の不在がその取り組みを大きく制約している。さらに、2026年と2027年のOSCE議長国選定においても、ロシアがNATO加盟国エストニアの就任を阻止するなど、組織運営を巡る対立は続いている。2025年には新たにNATOに加盟したフィンランドが議長国候補として取り上げられているが、この選定プロセスも新たな対立の火種となる可能性がある。
 こうした状況に加え、米国の次期大統領選挙の結果は、ウクライナ戦争とOSCEの活動に大きな影響を与える可能性がある。共和党候補者の一部が「ウクライナ戦争の迅速な終結」を主張し、NATO諸国への防衛費増額要求を示唆していることから、西側諸国は支援強化と戦争終結への準備を急いでいる。
 国際社会における安全保障と平和維持の重要な枠組みとしてのOSCEの役割は、今後ますます重要性を増すと考えられる。今回のマルタ会議は、ウクライナ侵攻という厳しい現実に対して、対話と協力を通じた平和追求の必要性を再確認する機会となった。OSCEが本来の機能を取り戻し、より効果的な国際協力の場として再生するためには、加盟国間の信頼醸成と組織改革の両面からのアプローチが不可欠であり、特に、意思決定プロセスの効率化や、危機時における組織の対応能力強化など、具体的な改革への取り組みが期待されている。だが、現状を見る限り、その顔合わせの場としての存在の必要性の意義が増しているとしても、解決の方向にないことは明らかとなった。

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